即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

子どもサッカー

2009年05月31日 19時22分27秒 | 
断る力 (文春新書)
勝間 和代
文藝春秋

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初めての勝間本。かなり売れてるみたいですね。

いっぱい共感できる部分、参考になった部分ありました。

流されずに、再度ものごとの本質を考えてみる事。
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「単に頼まれたことを断らずに唯々諾々と行うということは、自分の人生の進路を行き当たりばったり、他人に委ねてしまっていると言い換えることもできる。」
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断ることができるようになれること、それは実力がないとできないと言う事。
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「断るから実力をつけられること、実力があるから断れること、の好循環を自ら作り出していかなければならない。」
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今の時代、自分自身が、コモディティでなく、スペシャリティにならないといけない、と言う話。
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「「コモディティ」はコスト勘定で処理をされるが、「スペシャリティ」は投資勘定として処理される。」
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「子どもサッカー」という概念がとっても印象に残ったので、紹介します。
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子どもサッカーとは、
戦略性もなにもないまま、
ひたすらボールを追いかけて、
ゴールを目指すような、
子どもたちが行うサッカーのこと。

幼稚園や小学生くらいの男の子たちが野原でやっているようなサッカー。

チームワークも何もなく、とにかくひとつのボールをみんなで追いかけている。
ひたすら単に目の前のボールを追いかける。
ボールを追いかけるという流れに疑問を持たない。

多くの潜在的に優秀な人たちが、
ひたすら人の評価を気にして努力を重ね、
Aさんに言われたらここを改善し、
Bさんに言われたらこの仕事を引き受け、
Cさんに怒られたらまずはそれに対処する。
そんな事を繰り返し、社会や職場でひたすら「子どもサッカー」を繰り広げている。
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とってもよくわかりますよね。「子どもサッカー」という表現、事象。
世の中、いろんなところで行われてます。
皆でひとつのボールを追い掛け回して、大騒ぎしてる。

大局的に見て、とか、きちんと戦略立てて、とか、なかなかいかない。
そこの小さい部分に皆の目が行ってしまう。
政治もそうだし、経済もそうだし、
ドッグイヤーの現代社会では、時間がない、短期間で結果出さないといけないから、皆でボールに群がって取り合っている。
取った後、どうするとかというよりも、とりあえずボールに触る。取りに行く。
触れもしないで、でかいこと言ってる場合じゃないだろって。
落ち着いて、ゆっくり考えて、直線的にボールに行くのでなく、チームワークで、とか、連携プレーで、とかの余裕はない。
個人の成果主義も影響してるし。
ボールのところに向かっていかないと、なんとか1秒でも早く、ボールを取らないと、生き残れない。
強い強迫観念やプレッシャーの中で、先を争う。乗り遅れたら大変。焦る。

「子どもサッカー」のひとつの事例。
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最近、バラエティ番組が多すぎて、視聴者に飽きが来て視聴率が落ちていたり、あるいは視聴率が取れても購買につながらないため、テレビの広告が集まりにくくなっている。これも子どもサッカーと同じ。

広告費の伸びが鈍化してきたことを受けて、番組制作費の大号令。
インターネットの影響を受け、マスメディアからだんだんと視聴者が離れていく中、ドラマやドキュメンタリーのような大型コンテンツに高い制作費を使ってもなかなか回収できなくなってきた。10億円出して作っても視聴率が7%になるか、20%になるかワカラナイドラマを作るのでなく、1億円の制作費で確実に10%の視聴率が取れるバラエティ、特にお笑い系の番組をテレビ局が一斉に、比較的安い人件費と制作費でひたすら作ってきた。
株主や経営陣からのプレッシャーも大きな原因。

テレビ企画の多くがバラエティに突進し、子どもサッカーをプレイした結果、2008年に何が起きたかは、皆さんご存知の通りです。
東京のキー5局、大阪の準キー5局が発表した中間決算は、赤字と減益ばかりでした。
芸能人のトークやバラエティに頼った番組作りが、視聴者と広告主の双方の離反を招いてしまいました。
その民放離れの受け皿になったのは、受信料の不払いで危機感が先に生じていて、視聴者向けのサービスに特化を始めたNHKであり、北京オリンピックや大河ドラマ「篤姫」などのNHKの番組が、民放を押さえてトップ視聴率になったというのは皮肉な事です。

断る力がないと、「子どもサッカー」をプレイしてしまう。
人と違う事をしたり、相手にNOと言ったりするためには、常に自分の頭で考えるという作業が必要になる。
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またもやたくさん書いてきた最近のテレビの話につながりました。

ここで浮上するのが、この本のタイトルである「断る力」の大切さ。

「断ること」をしないことが、いかに私たちの生産性向上を阻害し、成長を阻害し、ストレスをためることになるのか。

上司から言われた事、会長から指示された事、世間の目、護送船団、互助会。

異分子は排除されがちな日本社会の中で、
断る事をすること、できることのパワーが新たな流れを作るベースになる。

自分もいろんなところで、子どもサッカーに加わってないかと、

冷静に綿密に、棚卸ししないとね。
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誰も責任を取らない社会

2009年05月30日 22時37分48秒 | 雑感
昨日はおじさん四人で飲み会。

バブルの頃はよかったなあ、死ぬほど金使ったよなあ、なんて、昔話をしていた流れで、違う業界の人からの質問。

「最近さあ、コピーライターとか、デザイナーとか、あの頃すごくもてはやされた人ってどうしてるの?ああいう人ってもういないの?」

フリーでアートディレクターやってる知り合いが答える。
「そうねえ、そういうの、もうわかる人がいなくなったからねえ。
素人と玄人の見分けがつかない人が多くなっちゃったから、誰がやっても同じ、みたいなことになってて。
それと、クライアントは高いお金は払ってくれないし。」

まあ、バブル崩壊だけでなく、
ネットというもの、デジタル化というものが大きく影響している気もする。

いわゆるデザインというのは、
ホ-ムページのデザインもそうだけど、
デザイン学校行って、しっかりデザインの勉強してなくても、マックがいじれるようになれば、すぐにデザイナーでござい、ってなんとかできてしまう世の中。

ざっくり言うと、素人でもわりと簡単にできちゃう。

僕らおじさんからすれば、
きちんと基本を勉強したり、いろいろ下積みして、誰かしっかりした実績もあるディレクターに教えてもらったり鍛えられてないと普通はだめなんだと思うわけだけど、若さとセンスと(PCの)スキルだけで、一丁前のデザイナーだといって闊歩してる人が突然増えた。
マーケティングとかコンセプトとか、そもそもなんのためのデザインかということもあるし、社会なり、ビジネスのこともわからないのに、これ、かっこいいでしょ、新しいでしょ、って、ふざけんじゃねえ。。。

あっ、最近どうも怒りっぽくてすみません。
文章も荒れてるよね、僕とした事が。。。

話は戻って、

何日もかけて、いろいろ調べて、コンセプトについて徹夜で議論したり、熟考、長考を重ねてできた案も、
経験もないデザイナーがパッパッとキーボード叩いてできちゃった案も、
クライアントの評価は大して変わらないんだよね。

そしてもっと言えば、消費者の評価も変わらないんだよね。

もちろん全部が全部じゃないけど。

川島さんもいろいろ苦労してるみたいだけど、
プロのスキルの価値が(相対的に)なくなった。認めてくれなくなった。
対価がもらえなくなった。

昔は、20年も30年もやってた宣伝部長とかいて、
本物を見る目を持っていた。プロの技を認めてくれた。わかってくれた。

しかし今は、3年くらいですぐに異動になっちゃうわけだし、
そういう人はほんといなくなった。

そういう人がいなくなり、素人の担当者ばかりになると、結果、

いい企画は通らない。

なぜならいい企画には斬新さがある。

新しいことは、今までやったことがないからわからない。
当然やるにはリスクがある。

昔であれば、
「俺が責任取るから、いいよ、それ面白いし、やってみよう。」
とプロの判断ができる部長が、
命を賭けて上司や上層部を説得して通したものだ。

今、そんな力や根性ののある人、いや、そんな馬鹿なことする人はいなくなった。

もし失敗したらどうするんだ。
どうやって責任取るんだ。
ここで失敗したら、当社はもう先はないんだぞ。
わかってるのか。
そんな案を強く押すなんて、下請けとつるんでるんじゃないのか。

リスクを負えない企業。
リスクを負いたくないサラリーマン。

すべてはコンプライアンスであり、株主のための会社になっている。

まあ、なんでもそうだけど、やってみなきゃわかんない。
先のことなど誰も保障できない。
確率の話はあるけど、それはそれ。
最後は人生なんでも、えいやっ!なわけだもん。

ということで、上司にもわかりやすい、問題が起きにくい案が採用される。

どんどんリスクをとらない方向へ流れている。

気がつけば、誰も責任を取らない社会になってませんか?
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わかばマークの増殖

2009年05月30日 01時41分24秒 | 雑感
つい先日、悲惨な状況の居酒屋のことを書きました

今日はその続き。

その行った居酒屋に、結構でっかいわかばマークを胸につけた店員がいたんですね。

オーダー取りに来た店員が、つけてるんです。

ひぇっ。

こんなのあり?

まだ慣れないのでお手柔らかに。

不手際があっても、許して頂戴。

なんたってわかばマークなわけなので。

いや、そりゃわかるんだけどね、

サービス業で、そういうのっていいの?

甘えてるんじゃないの?

はっきり言って、まだ慣れなくて、ちゃんとしたサービスができないのなら、
人前に出すんじゃねーよ、ってことじゃないの?

サービス業としていかがなものかと思うけど。

あっ、でも、スーパーとか、コンビニとか、そうそう、いつも行く三省堂も、結構な割合でいるな、研修中ってバッジつけてる人。

ちょっとからかってみた。

わかばマークをじろじろ見つつ、
「この店のお勧めのメニューって何?」

「えっ、あー、ちょっと聞いてきます。」

「まだ新しいの?」

「えー、まだ三日目で・・・・。」

「あ、そう、じゃ、この店で美味しいの何か聞いてきて。」

「はい。」

最低限の運ぶとか、下げるとか、聞いたことはちゃんと伝える、くらいはするから、小難しいことは聞かないでね、ってこと?
聞くだけ無駄だから、ってこと?
客に無駄なことさせたり、がっかりさせないためのわかばマーク?
あっ、そうか、客に親切なわけね?

三省堂でも、研修中の店員にあたってしまうと、段取り悪くて時間かかってイライラする。
ポイントカードを処理する。カバーをかける。
お金のやり取り。あっ、スイカで払います。
領収書くれますか?
宛名は?
書籍代でいいですか?
袋は要らないです。

隣の慣れた店員は、テキパキやってるのに、カバー巻くの失敗した。
やり直してるよ。

そんなちょっとした時間で、イライラする都会人=自分。

話は居酒屋に戻って、

隣の席の料理を間違って持ってきた。

餃子に、小皿を持ってこない。

など、全部をわかばマークが対応したわけではないけど、

だめなんだよなあ。

サービス業全体のレベルが下がってる気、しませんか?

経営が大変で、お金も時間もかけられないってことが背景にあるのはわかるけど、

対面・接客サービスの基本も何も教えてないのに、客の前に堂々と出してしまう。

うちは安いんだからこれくらい仕方ないだろう。
そんなことまでできなくても当たり前だよ。

こういうところも二極分化で、リッツカールトンみたいなところと、サービスも何も関係なく、安いからいいでしょ、ってところと。

でもなんか違うんじゃないの?
安くたってそれなりに、最低限これだけはきちんとする、とか、
こういうことには力を入れる、とかってないのかな?
もう放棄?やけくそ?

のっぴきならない事情で、わかばマークの店員を出してしまって、申し訳ないです、って、
どこかで後ろめたく思っているのならまだいいのだけど、
なんか居直ってるような気がしてならない。

どんどん甘えの構造が増殖することに、不安が。不満が・・・。

「この席は、わかばマークの店員が対応するので、ビールが50円安いです!」

あっ、それならばいいよ。


と、ここまで書いてきて、ちょっと冷静になって読み返してみる。

まあ、そんなうるさいこと言っちゃいけないのかな。

誰だって最初は慣れない、できないのは当たり前。
それを優しく受け入れてあげないと。

こういうこと、ちょっとした辛さ、痛みを皆でシェアしあって、社会全体が成長していく。

うんうん、おじさんは優しく鷹揚な気持ちになってきた。

そうだよね、例えば賛否両論の裁判員制度。

皆が、国民全体がいろいろな事件をしっかり受け止めて判断できるようにしていくことが目的。

裁判員全員がわかばマークだもん。
わかばマークの奴らに、審判を下されるんだもの、そこに命がかかってくるんだもの、それ考えたら、料理間違えて持ってくるくらいなんてこたあない。
本のカバーうまくかけられなくったっていいよ。

許そうじゃないの、ちょっとしたサービス低下くらい。

おじさん、急に優しくなっちゃったよ。
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すてきな一日

2009年05月27日 23時45分45秒 | 日記とニュース
今日は、単純な日記です。

忙しくて、昼飯に、会社の近くの立ち食いそばやに行きました。
ご存知小諸そばです。

入り口付近にかなり年齢のいった小さなおばあちゃんがいて、メニューを見ながらうろうろしています。
逡巡している様子。

僕は急いでいたので、すぐに入って「かき揚げせいろ」を頼んで食べ始めた頃、
意を決したようにして、店内に入ってきました。
キョロキョロしてます。
誰しも慣れないと感じ取り、お店のおばさんが、
なんになさいます?と優しい感じで対応。

おばあちゃんは、かなり背が低くて、というか、腰が曲がってることもあり、カウンターにやっと背が届くかどうか。
これでちゃんと食べられるのかな?

ミニカレーうどんを注文。
店のおばさんもあれこれ気を遣ってる。
お金も先に払うことも含めいろいろ教えてあげて、何とか注文成立。
店中の食べているおじさんたちも、大丈夫かなあ、という目つき。

やっとどうにか食べ始めた時、

「お水もらえますか?」とおばあちゃん。

「すみません、お水はあちらにあるので。。。。」

その瞬間おばあちゃんの隣にいたおじさんが、
「あっ、いいよいいよ。」
とっさに食べるのを中断して、水を取りに行く。

おばさんも、
「今取ってきてくださるってことなので、お待ちくださいね。」
そして、おじさんに対しても、
「お客さん、すみません。」と会釈。

おばあさん、とても恐縮してる。

あんまり皆で気を遣うのもよくないけど。

やっと無事に終わった。

なんとなく店全体に、
あー、無事に食べられてよかったな、という温かい雰囲気が。
一体感。

店のおばさんにも、隣のおじさんにもきちんとお礼を言って立ち去るおばあちゃんの笑顔と後姿。

すてきな一日です。
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株主限定特製ビール

2009年05月26日 22時50分51秒 | 日記とニュース
株主になっている友達から分けてもらいました。

アサヒビール株主様限定特製ビール

株主には、各社いろいろな優待策をしているけど、普通だと、お金出せば買えるサービスがほとんど。
商品の詰め合わせだったり、外食なら、食事券だったり。

しかし、これは違う。
価値がありますね。

普通は手に入らない。
株主だけの特別なもの。

これが、毎年、味もラベルも変わるんですって。
いろんな味が楽しめるんですって。
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毎年ご好評をいただいている株主様限定特製ビール。創業120周年となる本年は、アサヒビールの歴史を感じていただけるよう、当社の原点である創業当時のビールの味を当時の分析書をもとに現代の原材料・設備・技術で再現した『初号アサヒビール』の復刻版です。麦芽100%の重厚なあじわいと、ドイツ産の華やかな香りが特長です。他では飲むことのできないあじわいと香りを、お申し込みの株主様だけにお届けします。【非売品】
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<表><裏>

謹んでいただきました。
一口一口じっくり深く味わって。

いやあ、実にコク、深みがあって、ビールらしい。
アサヒには悪いけど、エビスに通じるものがあります。

「明治時代の人々が愛飲した当時の味をお楽しみください。」とあるけれど、やはり、時代と共に、ライトで、カジュアルになっているんでしょうね。

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不況がもたらしたもの

2009年05月25日 23時55分57秒 | 仕事
先週金曜、仕事で戸塚に行きました。
仕事が終わって、部下と一緒に軽く飲もうということになり、駅前の某大手チェーンの居酒屋に。

そしたら、金曜の7時半くらいの時間だというのに、ガラガラ。

かなり大きな店だというのに、我々を入れて、全部で5、6組くらいでしょうか。

普通、ありえないです。

当たり前だけど、活気もない。
店員のやる気もない。
店員同士でおしゃべりしてる。
気が抜けたような店内です。

混んでてうるさいと、それはそれでやだなあ、と思うのだけど、
こうも空いてると、静か過ぎて、飲みに来た高揚感がない。

大手チェーンで、これじゃあやっていけないだろうな、ひどいな、と思いながらひとしきり飲んで食べて、

やっぱり腑に落ちないので、帰りにレジの店員に聞いてみました。

「いつもこんなに空いてるんですか?」

「いえ、4月までは、いっぱいでした。
 金曜は特に混んでいて。」

「はっ、じゃ、どうしたんですか?今日は。」

「実は去年の秋からずっと、千円で飲み放題をやってたんですよ。
 宴会コースでなくても、2時間千円で。
 それを4月末でやめたんですけど、その途端にこうなってしまって。

 なんでやめたんだという電話が、ものすごく多くて対応が大変なんです。
 来てくれるお客さんよりも、電話の方が多いんですよ。 
 飲み放題やってた4月までは、軽く1日、4~50万は行ってたんですけど。
 (簡単に客に売上げ高しゃべっちゃっていいのかい?)
 本社にまたやりたいといってるんですけど、本社の許可が出ないんです。
 他の店ではやってるところもあるんですけど。
 これじゃあ、悲惨ですよ。まずいですねえ。」

いや、ほんと、まずいですよ。
こんなんじゃ閉めた方がいい。

去年の秋のリーマンブラザーズ以降、
不況でどこの店も客が来なくなった。
来ても、少ししか使ってくれなくなった。

会社として、
採算が取れず、
営業会議かなんかで、現場に対して
このままじゃまずい、
なんか打開策を考えろ、
と指示した。
これなら客は来ると思います、と出てきた提案がこれだったんでしょうね。

例えば、枝豆だけ頼んで、2時間思い切りめちゃくちゃ飲んで、
1300円、ってこと。

短期刺激策ならまあいいかもしれないけど、どう見ても、サステイナブルじゃない。

本来の商品を充実させるとか、店員の教育に力を入れて、サービスで他店との差別化を図るとか。
仕入先や物流を見直すとか、多少価格をいじるとか、
サービス業、外食産業としての、まっとうな努力をするべきです。

客が来ないからと言って、こういうところに打開策を求めてしまったら、結果こうなってしまいますよね。

使ってはいけない切り札だと思います。

若くてさわやかなイケメン風だけど、
元気のない店員の顔つきを見て、なんかかわいそうになりました。
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シリコンバレーから将棋を観る

2009年05月24日 01時53分12秒 | 将棋
シリコンバレーと本屋の売り場その2その3その4その5その6その7、と書いてきましたが、
「もう本屋の話はいい加減にしろよ」、「いつまでそんなことでごまかしてるんだ」、「ちゃんと読んだのなら本の内容のこと書かねーのか」、「もしかして読んでないんじゃないのか?」と評判悪かったので、やっとのことで遅ればせながら書きはじめることにします。

先日の八重洲ブックセンターでのサイン会で、梅田さんご本人からも、「書評楽しみにしてますよ。」なんて言われてしまった事もあり、かなりやばい緊張状態で、いつものようには筆が進みません。
(気が弱いのよ、ほんと。)
(ご本人にそんなこと言われちゃったら、誰だってそうか。)
(と、気を落ち着かせる。)

シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代
梅田望夫
中央公論新社

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この本の書評に関しては、shogitygooさんの4回シリーズの大作をはじめとして、すでに多くの方がそれぞれの観点で書かれています。

では僕なりに感じた事、何回かに分けて書く事にします。

まずは、「指さない将棋ファン宣言」について。

この概念、こんなに明確に示してくれた事、その意味は大きいと思います。

将棋は指すだけではない、指さなくても、指せなくても、楽しく奥が深いもの。

僕ら将棋ファンに、そして、将棋をなんとなくだけど知ってるという人だちに対して、今まで確立できてなかった新たなる視点をわかりやすく明示してくれた。

『将棋が趣味。』と一言言った途端に、

『へー、すごいですねえ、将棋うまいんですか。
棋力はどれくらいですか?
道場とか行ってるんですか?
僕もちょっとやってるんで、一局行きますか?』

と、こうなってしまう。

『いや、そうじゃなくて、うまくないですよ。
 全然指してないし。
 観るだけなんですけど。』

『はっ、観るだけ?』

と不思議な顔をされてしまう。
変わり者みたいに思われてしまう。

そして、弱い、あまり指せない、とわかると、その途端に馬鹿にしたような雰囲気になる。
そんな弱いくせに、生意気なこというんじゃない。
あまり指せない奴とは仲良くなっても仕方ない。

そんな位置づけ。
そんな仕打ち。
弱いと、指せないと、何も発言することすら許されない雰囲気。

指さない人は将棋ファンにあらず、という世の中の原理、常識。

この頑なな風土。強固なしきたり。

将棋という文化の持つ、根の深い特殊な風土や文化に、入りにくかった人はかなり多いのだと思う。

今までスポットライトが当たることはなかった。
日陰の道を歩まざるを得なかった。
カミングアウトしずらかった。

それが、この本の出現によって、この本が話題になりどんどん売れる事によって、

「指さない将棋ファン」、「観る将棋ファン」というものに、
市民権を与えてくれた。


これはある意味、将棋ファンの内部の「革命」とすら言ってもいい。

長年僕らがずっと感じてきたもやもやを、それぞれが抱えていた淀んだ空気を一気に吹き飛ばしてくれた。

指さないけど、観る将棋ファンという人種は、実はかなり大勢いて、
そうだ、そうなんだ、と一気に立ち上がったのだ。
「我が意を得たり!」の一大ムーブメントが起こったのだ。

僕らに自信や勇気を持たせてくれた。
しっかりした指針を示してくれた。
進むべき道を照らしてくれた。

指さないこと、指せないことを後ろめたく思ってなくてもいいのか。
弱くても、棋力に関係なく、こんなに楽しめる世界があるのか。

まさにこれは、
「コペルニクス的転換」
である。

梅田さん以上に自分のことを「指せない将棋ファン」と自認する編集担当の岡田さんの記事、
「相変わらず指せませんが、将棋の本を作りました。」
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たとえルールがわからなくても、「観る」面白さを知っている、すべての人に。
「私が本当に書きたかったのは、この本でした」
――梅田望夫
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梅田さんの本当の本音なんだと思います。
ずっと熟成されてきたこの思いが、どんどん強くなり、岡田さんからのオファーもあり、一気に醸成された。

「指さなくても、指せなくても、立派な将棋ファンじゃないか。」というメッセージを広く世間に提唱したこの本の持つ意味は本当に大きいと思うのです。

そして、あとがきに書いてあった事。
「将棋の面白さを知ったのはこの本を読んだのがきっかけだ。」
という人々が話し合う未来が見える。

この明確なビジョンの凄さ、強さ。

梅田さんを動かした、岡田さんの「素朴な発想」と、「狂気に満ちた情熱」、に心から敬意を表します。

そして、典型的な「指さない将棋ファン」、「観る将棋ファン」の一人として、あらためて感謝したいと思います。

(つづく)本当に続きます。多分。
第二章は、「観ることの楽しみについて(予定)」。
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棋王就位式

2009年05月23日 13時07分46秒 | 将棋
20日の水曜日。
仕事関係の出版者の方から招待状をGETして、何故か、こんな晴れやかな席に参加させていただきました。

業界関係者がいっぱい、ファンにとってはたまらない極上のひとときです。

主催の共同通信社、そして、大矢順正さんの記者ニュースにも紹介されていますけど、順を追って写真主体でレポートします。

ほんと、米長会長の挨拶はジョークも交え、長すぎもせず、ポイントを抑えていて、ほんとさわやかです。


なんと、タイトルを獲ったということで、第一回加古川市民栄誉賞を受賞されました。
加古川市長より、賞状と記念品の授与です。はい、笑ってください、の声に、さわやかな笑顔の久保棋王。

関西では久しぶりのタイトルということもあり、地元の熱気はすごいようです。
そして、今年の将棋の日のイベントは加古川で行われるとのことです。

現在、加古川市の出身の棋士は4人いるそうです。
誰だか、わかりますか?

答えは、A級昇級の井上八段、ご存知神吉六段、久保棋王、そして、新鋭の稲葉四段@あと一歩で棋聖戦挑戦者。

この人誰だっけというような人はいないし、なかなかの豪華キャラ揃いです。

記念品は特産品のこれ。建具の技術を生かしたデザインとのことです。

ここでスペシャルイベント。
久保棋王と親交が厚いとのことで、なんと、水谷豊さんの登場です。
ほんとは会場に来てくれるはずだったらしいけど、撮影が長引いたと言う事で、ビデオレターでの登場と言う事になりましたが、会場はびっくり、大いに沸きました。
ドラマ「相棒」で将棋のシーンが入ったのも、久保棋王との関係があったからのようですね。


北日本新聞社から差し入れの、高岡のお酒、「勝駒」です。
これを飲むと勝てる!


お待ちかねの謝辞です。

初めてのタイトルとのこともあり、かなり挨拶には気合を入れていたようです。

話の中で印象的だったのは、

タイトルを獲ったのと同じくらいうれしかったこと。
それは、今回の第2局の▲7五飛という新手で升田幸三賞を受賞したこと。
前から欲しいと思っていた賞だったし、この手はずっと前から温めていて、大事なところで指そうと思っていたとのこと。
そして、このような大きな舞台で出す事ができ、そして、それが勝ちにつながり、さらに、第五局にも勝ててタイトルを獲る事になったこと。

初々しさもあり、温かく優しい人柄が出たとっても素敵なスピーチでした。

師匠の淡路九段の挨拶。弟子のタイトル獲得、本当にうれしそうです。

これがお土産です。


ラッキーにも久保棋王とも直接お話できたのですが、本当に明るく気さくな印象で、すっかりファンになってしまいました。

昨年度は、このタイトル獲得だけでなく、最多対局、最多勝利も含め、すっかりブレークした感があります。
自信が漲っている印象も感じたし、
今年度も、タイトル挑戦とか、A級への復帰とか、ますます活躍するんだろうなあ、と感じさせるような就位式でした。

久保棋王、本当におめでとうございました!

期待しています。
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久々にまた線路内に人立入り

2009年05月22日 02時32分11秒 | 「線路内人立ち入り」研究
今日は、名人戦第四局二日目。
大盤解説会には結局行けず、帰ってきて衛星放送で楽しみました。

お互いほとんど居玉のまま終盤の恐ろしい斬り合いの末、後手の郷田九段が制し、またまた五分になりました。

それにしても、相撲と国会中継のダブルパンチ。
午前の放送がカットされてしまうのは、なんとも悔しいです。

さて、そんな将棋ネタで行こうとしたけど、将棋ファンの数よりも、ひょっとしたら多いかもしれない、「なんでまたこんなによく、線路内に人が立ち入るんだろうか」と思ってる人の数。

この問題については、カテゴリーも作って、過去に21本の記事を書いてますが、久々に今週2回も遭遇しました。

月曜の帰りの山手線。

有楽町駅に着いた電車がいつまでたっても動かない。

「神田駅近辺で、線路内に人が立ち入ったため、現在調査中です。
お客様にはご迷惑をおかけしますが、しばらくお待ちください。」

そんなアナウンスが繰り返され、15分ほど止まったまま。

通勤帰りの時間帯だから、もう車内は人でいっぱい。
いつまでたっても動かないのでイライラ。

そして、今日の昼頃の中央線上り。

阿佐ヶ谷付近で、停止した。

「ただいま、中野駅と東中野駅の間で、線路内に人がいるとのことで、乗務員が保護に向かってます。確認が取れますまで、ご迷惑をおかけしますが今しばらくお待ちください。」

10分ほどそのままで。

「線路内にいる人の保護が先ほど終わりました。安全確認をした上で、発車いたしますので、もうしばらくお待ちください。」

「ただいま安全確認が取れましたので、新宿方面に向かって発車いたします。大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」

そういう日にはこのブログはアクセスが増えます。
そして、線路内人立ち入りの記事がたくさん閲覧されてます。

さすが、国内最強「線路内人立ち入り」ブログ!

それはともかく、迷惑を蒙ったということもあり、
その人は何だったのか、どういう理由で立ち入ったのか、というの、
知りたいです。

いつも思うのだけど、とっても好奇心。

教えてくれないのかな。

それだけ乗客に迷惑かけたのだから、情報開示する責任ないのかな?

痴漢が逃げたのか?
変質者だったのか?
痴呆老人だったのか?
不良高校生が遊び半分で立ち入ったのか?
単なる目立ちたがり屋か?

この問題、ずっと前からあって、なくならない。
いや、多くなってる?

であれば、今後こういうことを繰り返さないためにも、乗客に迷惑かけることを減らすためにも、情報開示して、原因究明して、最善の対処方法を考えて、さらに注意を促して、利用者サービスの一環として、最大の改善努力をすべきなんじゃないですか?

とりあえずの第一歩は、情報開示です。

もちろん個人情報に関することは不要。

皆、本当に、心から、知りたいのだから。。。。

どんな人が、なんのために、立ち入ったのでしょうか??????
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大人の対応

2009年05月21日 00時34分32秒 | 将棋
今日、LPSAから、リリースされた、
社団法人日本将棋連盟公式サイト掲載の公開質問状につきまして当協会からのお知らせ

以前から例の問題で、あの方ひとりでやきもきしていた件ですね。

「中井広恵さんまだあー。」などとさわやか日記で自分勝手にせっついていました。

理屈が通用しない子供に対して腹を立てても仕方ないですもの。

言わせておけばいい、という指しまわしもあると思いますが、
大局観のある冷静な一着だと思います。
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