即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

三連休なので仕事の話

2014年11月03日 13時48分27秒 | 仕事
世の中は3連休ですね。
僕もそうなのだけど、いまいちそんな気分でもないし、そういえば3連休だったよな、程度の感じ。
サラリーマンの時ほどの解放感もワクワク感も死にもの狂いで遊んでやるっ!という気概もない。
そう、これはフリーランスの性(さが)なんですね。(個人事業や経営者も)

このブログではほとんど仕事の話は書いてないですけど、あらためて。
長い間(真面目な)サラリーマンだったのだけど、5年ほど前に独立というか、フリーランスになった。

友達など、手に職があって一人でもできるのはいいよな、と言うのだけど、そんなことでもなく、いい歳してどこかの会社に就職とか考えられなかったので、食えるかどうかは別にしてそれしかないしやってみようということでスタートした。

当初は結構暇だった。
個人事業主は何と言っても健康第一ということもあり、毎日のようにスポーツクラブに行ったり結構遠くまで散歩に行ったりしていた。
「毎日仕事に行くと言って家を出て、公園で一日暇を潰してるんじゃないの?」とか友達から弄られたりしてたけど、当たらずとも遠からず。(笑)

とりあえず長年のサラリーマン生活は楽しいこともたくさんあったけど、自分には向かないというか、どうにも受け付けにくい部分がいくつかあった。

ラッシュアワー
(長い)(くだらない)会議
(バカな)(上しか見てない)上司
ネクタイ
組織集団主義のプレッシャー

組織の一員と言えどもそんなことは一切気にせずゴーイングマイウェイでなるようになれ、という生き方もあるけれど元来気が弱いせいもあり、なかなか毅然とはできなかった。
ストレスもそれなりに感じていた。
休みの日でも気になって気になってゆっくりできない日もたくさんあった。

そんな長年の反動もあり、上記一切がなくなった新たな日々は新鮮だった。
快適だった。
ストレスフリーで自由な日々が始まった。

しかし、あまりにも大きかった会社の存在感が一切ないわけで、全部自分に降りかかってくるし、何事も自分でやらなければならない。
これは慣れないしいちいち面倒くさい。
経理とか青色申告とか、営業や企画のこと以外は一切わかんないし。

解放感と責任感と孤独感のバランス。喜びと悲哀。

当初は売上ゼロの月もあったけど、5年も経つとそれなりに相談なりオファーもあって、お陰様で結構忙しい毎日を送っている。
しかし、基本は不安定。
忙しい時と暇な時が当然あるわけだし、忙しいからといってレギュラーの仕事は断ることなんてできやしない。
その分週末で調整するわけだし、サラリーマンの時のような気楽な休みの感覚はない。
週末でも結構仕事してる。
逆に平日でも何もなければ遊んでる。

以前とはまるで違うライフワークバランス。

サラリーマンの時には、趣味を聞かれた時って、あれやこれやいっぱい語っていた。
いかにいっぱい趣味があり、どう熱中してるか、充実してるかをとめどなくしゃべっていた。
そこがないとサラリーマンってやってられないと思っていたこともあり、必要以上に頑張って心血を注いでいた。

しかし、ついこの前、nanaponさんの趣味は?って聞かれた時に、???と考える自分がいた。

もちろん仕事が趣味だなんて答えるわけじゃないけど、どうにも趣味の充実にいまいち頭が行ってない自分がいてハッとした。

まあ、それだけ自分の中での仕事が重いってことだ。

会社が受け皿で何でもやってくれていたのとは、まるで違う現状。

僕個人に頼んでくれるのだから、僕自身の力が問われてる。
せっかく声をかけてくれたのだから、それだけで感謝し、精一杯の恩返しをしたい。
どこかの知り合いの会社にでも声をかければ何とでもなっただろうことを、敢えて個人の僕に頼んでくれるリスク。
それを考えるとただでは済まさない、というか、期待以上の満足感を与えないとどうにも気が済まない。
以前、《時代の仕事観》と言う記事でも書いたのだけど、仕事はこうあるべきと思う。

どこまでやればいいという境界線がない仕事も多いので、それに関しては、
「これくらいにしておこう、これくらいでいいか」、
ではなく、
「えっ、そこまでやるの?」
と言われるくらいのアウトプットをしたいといつも思っている。
できる限り自分らしいブレない仕事の仕方ができればと思っている。


あー、声かけてよかった、そこまでやってくれるとは思わなかった、またぜひ頼みたい、ってことでないと、感謝の気持ちが収まらない。
1万円の売り上げを上げるのだって、個人では大変なんだもの。

ということで土日もなくなる。趣味への傾倒もそこそこになる。
前もって3連休の計画を立てることもなく、仕事もしながらいつもよりゆったりと過ごしている。

とりあえず大変なこともたくさんあるけど、充実して仕事ができているし、自分も今まではできなかった経験をさせてもらい成長できているし、クライアント仕事量も次第に増えてきている。

こういう生活を送れていることに感謝です。

クライアントには、『nanaponさんはいい仕事をしてくれた。』と思ってもらうのより、
『nanaponさんと一緒に仕事ができてとても楽しかった。』と言われたい。

つくづくそう思っている今日この頃です。
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経営理念

2013年12月21日 15時33分05秒 | 仕事
先日、ある販促関連の会社の人と会いました。
いろいろユニークで面白い事業展開をしていて、創業以来ずっと業績は右肩上がり。
リーマンショックも震災も関係なく新規事業も含めどんどん数字を伸ばしている。

そんなことも聞いたので、一度伺って御社の業務内容とか特徴などをお聞きしたいと言うことで、昨日訪問してきました。

応接室に通されて、お茶が出て、偉い人から現場まで何人かで対応してくれる。
普通であれば、ちょっと雑談をした後に現場の具体的な話になっていくことが多いけど、この会社は違った。

普通に会社案内を出したところまでは同じだけど、
弊社の大切にしていることをまずご説明します、と言って、

損得よりも善悪を大切にしてます。

という話を事例を交えてかなり長いこと話すんです。

もちろん利益がなければ会社は存続できないから、そういう意味では損得もどうでもいいわけではないし気にしてはいますけど、まずは善悪を大切にして事業展開をしています。

会社案内の表紙にもでっかく「損得よりも先ずは善悪を大切にして」と書いてあります。

ここまで拘ってこんな感じでとても重要に考えてます、ということをまずしっかり話す会社って、そんなにはないと思います。
というか長い仕事人生の中で初めてかもしれないです。

ちょっと目から鱗というか、度肝を抜かれたというか、そうか、こう来るのか、と感心させられました。

その後、現在の売り物、体制などの具体的な話があったのだけど、要所要所では、なんでこのような売り物ができたかという説明があり、そこでまた善悪の話にリンクしてくる展開になっている。

その理念が末端まで浸透しているのかどうかはわからないけど、それを何よりも大切にしてきたことは伝わってくる。
しっかりした理念を持つことが大きな理由なのかどうかはわからないけど、結果として業績はすごく伸びているこの会社。

社員の方々も皆、生き生きニコニコしているように見えたし、考えさせられる貴重な経験をさせてもらいました。

バブル崩壊からこの失われた20年というもの、どうしても低価格という価値ばかりが取りざたされ、猫も杓子も、“安く早く”という先の見えない迷路に迷いこんでしまった感があり、このブログでもこんな記事ばかり書いてきました。
価格から価値へ
価格と価値のつばぜり合い
価格競争不参加表明

そんな中にあって、この会社の歩んできた道筋は多分ブレてないのだろうと思う。
いろんな局面的にはかなり悩ましいことももちろんあったのだろうけど、これだけ一貫して胸を張って標榜する姿勢は何とも素晴らしい。

現代将棋では序盤の構想、戦略、戦型は極めて重要。
研究に研究を重ねて相手の手も読みながら、中終盤まで深くシミュレーションしていく。

まず、うちの会社はこういう会社です、と明らかにしてそこから商売を始める。

企業の存在意義、存在価値を明らかにして、平易な言葉でわかりやすく伝えられること、伝えきることの重要性。
いろいろ勉強させられた貴重な時間でした。ありがとうございました。
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信頼の基準

2013年11月07日 11時36分28秒 | 仕事
昨日は広告関係のセミナーに行ってきました。

昨日の講師の話の中でとても気になったこと。

「弊社」って言い方です。

最初の講師は40代半ばの女性。
マーケティング関連の仕事で実績もあり次々といろいろなパワーポイントを駆使して流れるように説明していきます。
早口で、立て板に水のような感じで、自信持って自分の経験した事例などをわかりやすくしゃべってます。

ただ、そのせっかくの内容を邪魔しているのが、へーしゃ、ってイントネーション。

芸者と同じイントネーションです。
カレシ、クラブ、の流れですね。

何度も、「へーしゃでは・・」、「へーしゃとしましては・・」、「へーしゃは考えました・・」とか出てきます。
若い人は違うのかもしれないけど、オジサンはとても違和感感じてしまいます。
参考になる話してるのだけど、どうにも耳障りで話に入って行けない自分がいる。
講師を尊敬できない自分がいる。
へーしゃですべて台無しです。

次に若い女性の講師が出てきました。
服装も見かけも声も、ほんとにキャピキャピギャル(死語?)の感じです。

同じようにパワーポイントで説明を始めます。
前のおばちゃん講師のように流れるようにはいかない。
まじめに一生懸命やってるけど、まだまだこなれてない。

「へーしゃの紹介をします。」
おー、ちゃんとへーしゃと言ってます。
それもゆっくりとしゃべってます。
「へーしゃでは・・・」、「へーしゃの取り組みとしましては・・・」、「へーしゃはここに目をつけて・・・」、と、高音の可愛らしい声なのだけど、ゆったりと「へーしゃは」と言われると、なんだか説得力あります。
なんだかいい会社じゃん。しっかりして頑張ってる会社みたいだし、応援したくなってくるぞ。(単純)

最初の講師の、「へーしゃは」、「へーしゃは」、という流れるような言葉は、何だか軽くてうわっすべりしたような会社に思えてしまう。
まあそれなりにうまくやってるのだろうけど、勝手にやってれば?
まあ、いいんじゃないの?

この年代の偏見と言われればそれまでだけど、若者たちの遊びの場でなく、ビジネスにこのイントネーションを持ってこられちゃうとどうにもオジサンは受け付けない。痒くなる。関係したくなくなる。

デフレでいろんなもん下がってばかりなので、せめて言葉くらいは右肩上がりにしようぜってことなのかしらん?

右肩上がり言葉の蔓延。

この傾向、かなりやばくね
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価格競争不参加表明

2013年10月12日 16時13分15秒 | 仕事
価格と価値のつばぜり合いという記事をはじめとして、安売り、価格競争についての意見や疑問について何度も取り上げてきました。

結局は自分の首を絞めることにもなるし、価格よりも自分(自社なり商品なり)の価値を高めないといけないんじゃないの、って話。(まあ、それが難しいんだけど)

川島さんはしょっちゅうこのネタ関連記事を書かれてますし、時々川島さんを弄っているssayさん価格と価値という記事の中で川島さんの安売りの採算。という記事について書かれています。

実は昨日、ほとんどまだ知らない印刷会社の営業の人と会いました。
今関わってる仕事の話をしている中で、nanaponさんは顔が広いからいろいろ紹介してくださいよ、という話になったので、その人の会社の強みとか、特徴とか、その辺について聞きました。

『まずうちはそんな安くないんですよ。』

おー、そこから来るか。

最初のポイントが、安くはないですよ、と。

『うちは結構凝ったものとか、面倒なもの、難しそうなものが得意なんです。』

へー、やるなあ。

『色にうるさいものとか、加工が大変なものとか、この予算ではどこまでのことができるのか、みたいな条件の中での提案とか。

 もちろん普通のものだってやりますよ、そりゃ。でも、値段のこといろいろ言われて、うちは予算が少なくて、とか、他社はこれくらい(の低価格)でやるところがある、とかなると、じゃあ、そちらでどうぞ、ってなってしまう。』

どの業界もそうだろうけど、デザイン代にしろ印刷費にしろ、全体的にはもう10年以上前からどんどん全体的な価格が急降下している。(二極分化してるってこともある)
不況になり、各社生き残りをかけて、構造改革や新技術導入なども含め、必死で値段を下げて仕事を増やす努力をしている。

大手は大手で、ここまで下げたら競合は付いてこられないだろ、という驚くべき価格破壊値段で仕掛けてくる。
そこにどんどん追随して、こっちはもっと安いよ、と、利益度外視の作戦に出る。
価格という一つの尺度が全体を席巻してしまう。
そんなことの繰り返しで、完全に足の引っ張り合い。
消費者がそこまで求めてないのに無駄な競争をしてお互い疲弊しちゃってる。
不況になり消費者の財布のひもが固くなったのは確かだけど、そこで価格のところばかりに目が行っちゃって、もっと安く、うちの方が安く、って戦いにはどこかで終止符を打ちたい気がする。打たなければいけない。
そっちばかりにのめりこまず、価値の部分をしっかり構築してもっとちゃんと利益が出るビジネスモデルを作っていこう。
画一的でなく、呉越同舟ではなく、もっとそれぞれの個性を出して、多様性を極めて、価値争いが勝ち争いになるような展開が望ましい。

商品、サービスによって一概には言えない部分もあるし、価格と価値どちらか一方ではなく、そのバランスだということもある。

当社は、価格コースと価値コースの中で、価格コースの方にエントリーしてます(だから安いでっせ)、とか旗幟鮮明にしちゃった方がわかりやすいかもしれない。

どちらにしても姑息に安い値段を提示して抜け駆け的に仕事をかっさらっていく、そしてやってるいうちにずるずる上げていって利益を確保してしまう、的なことには騙されないようにして、一部は除いてできるだけ多くの会社が百花繚乱の価値争いをしてくれた方が買う方にとっては楽しいし選びやすい。

ということで、自分の価値は何?うちの会社の強みは何?絶対負けない部分を作っていこうよ、という流れが主流の業界、世の中になっていかないと、皆儲からないし疲れちゃうし楽しくないじゃん、というお話。

僕だってどこかに印刷会社を紹介するにあたっては、
安い印刷会社ありますよ、というよりも、安くはないけどいろいろ面白い印刷会社知ってます、という方が楽しいです。
はい、興味のある方、ご紹介しますよ。

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2013年09月16日 12時14分29秒 | 仕事

時代の仕事観という以前の記事でも紹介した、僕の仕事の原点とも言えるクライアントの某外食企業。

20代の頃に出会って、それから長い間、すごくたくさんの方にお世話になってきた。

僕が30代、40代前半くらいの頃には、クライアントもすごい勢いで伸びていたので、CMからキャンペーンからメニュー、イベントまで、たくさんの予算を預かって目一杯のめり込んで仕事をさせていただいた。

新業態の企画開発にもずいぶん関わらせてもらったし、好調な時、不調な時、いろいろな局面において様々な相談も持ちかけられ、好きなクライアントのために必死でなんとかするべく奮闘した。

仕事を通じて、いろんな人からいろんなことを教えていただいたし、長い時間を通じて一緒にたくさんの喜びや困難も共有してきた。

時代が変わって、いろいろ歯車が狂ってきて業績が悪化する。

見る見るうちに辿っていく下降線を食い止めるために四苦八苦する。

そして、経営も変わり、新たな思考や論理ですべてが動くようになる。

昔からよく知っている人はほとんどが転職したりリタイアしてしまう。

それでも、まだ知っている人がいて、つい最近、その一人から仕事のオファーをいただいた。

いつまで経ってもご縁は続く。

代理店にいた当時とは違って僕はもう個人のフリーランスなのだけど、それでも信頼してくれて仕事をまかせてもらえることに心から感謝する。

昔、気が合って一緒に仕事をしたクライアントの人たちは、転職して行った先からまた相談やオファーをくれたりもしている。

その僕の一番大事にしているクライアントの長年お世話になっていた方が、4日前に亡くなった。

ずいぶん前から直接仕事は関係なくなってたものの、2年前くらいまでは定期的によく飲んだりしていた。

ダンディーだし、笑顔が素敵だし、頭も切れるし、男気があるし、(偉い立場だったのに)僕らのこともすごく気を遣ってくれる人だった。

年齢は僕よりもちょっとだけ上というのがまた辛い。

数年前に奥さまが倒れたのだけど奇跡的に回復し、また二人で旅行などされていた。

『女房がまだ具合悪いから、このところ料理がうまくなっちゃってさ。

全然やらなかったけど、やってみたら結構面白いよ。nanaponさんもやったらいいのに。』

なんて言っていた。

昨日のお通夜。懐かしい方々とも会えて、故人を偲んだ。

『殺そうったって絶対に死なないような人だったよな。』

誰かが言った。

あの満面の笑顔が浮かんでくる。

合掌。

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時代の仕事観

2013年06月05日 12時24分47秒 | 仕事
いいところなく敗退してしまった名人戦。
初の三冠対決で、別の意味の宿敵相手に、この流れを変えることができるのかどうか。
心配だったけど、昨日の棋聖戦第一局は羽生棋聖の快勝、いや、完勝でした。
 
オマーン戦、ブルガリア戦ではいいところなく敗退してしまったザックジャパンも、昨日は見事にWC出場を決めてくれました。
 
さて将棋でもサッカーでもなく、今日は仕事の話。
 
昔から親しくさせてもらってる某外食関連クライアント。
昔は店舗だけでなく本部でも夜中も土日も正月も何もなかったし、皆すごい勢いで働いていた。
それも上から言われてということでなく、皆外食が好きで楽しそうで、自発的に何とかしたいと思って夢中であきれるほど頑張っていた。
皆、よく働くよなあ、仕事、辛いこともあるだろうけど、基本的には楽しそうだよなあ、すごく充実してそうでいいなあ、うらやましくもと感じてた。
 
それが最近、経営も変わったこともあるけど、夜7時になったら皆帰ってしまい本部のオフィスはシーンとしてるとのこと。
土日も出てくる人はほとんどいないらしいし、ちゃんと有給取らないと怒られるとのこと。
 
昔からいる人は、
『ほんとまるで変っちゃって、唖然としてますよ。
これがほんとにうちの会社なのかって。』
 
すべては時代の成せる業。
 
朝から夕方までしっかり集中して効率的に仕事して、残業なんかしないようにする。
土日出るなんて仕事できない奴の典型。
ちゃんとプライベートの時間は家族や友達と充実した時間を過ごしてリフレッシュして、仕事の時間には集中して成果を上げる。
公私混同はしないし、ドライにしっかり自分の役割だけをきちんと果たす。
 
先日そんな話を聞いて、あー、ずいぶん変わっちゃったんだなあ、と。
あの頃はみんな生き生きしてて輝いてたよなあ。
疲れ切ってもいたけど、明るい未来が描けていたよなあ。
 
はっきり言って、昔の方が共感できるのだけど、今の雰囲気もわかるよなあ。
ドライになってよくなったと思う人もずいぶんいるのだろうなあ。
昔は表面に出なかった負の部分もいろいろあったわけで、そういうことが起きないように、是正しようとすると、次第にきちんと管理できる仕組みになっていく。
 
すっかり外資っぽいようなスマートで洗練された風土になってしまった。
文書化、見える化、仕組み化。
効率化、オープン化、論理化。
 
当時はそんな言葉すらなかった外食産業。
水商売と揶揄されて、産業なんかになるのか、って思われていたけれど、時代とともにどんどん発展してきて、我々にとってなくてはならないものになった。
 
しかし、店の現場では毎日いろんな想定外のことが起こるし、楽しい反面やること、やらなくてはいけないことが山ほどある。
お客様により満足を、感動を、と思ったら切りがない。
 
そんなことで外食産業は、3Kとかブラック企業の代名詞にもなっている部分もある。
 
働く人にとって何が幸せなのか、何がブラック的なのか。
さっと切り上げて時間内に効率よく仕事したい人。
年がら年中ではないけどここぞという時は集中して時間に関係なく仕事したい人。
会社の理念や業績と自分の情熱とか納得とか成長の天秤。
会社の都合と自分の都合の折り合い。
 
セクハラと同じで、相手がどう感じるか、なわけで、会社からの指示がきつくてやってられないと思う人もいれば、同じことでも自主的にそう思って当たり前にやってのける人もいる。
 
ストレス溜めないように、カラダ壊さない程度に、自分でマネージメントしながら働ければそれがベスト。 
でもなかなかそうはいかないのがサラリーマンの辛さ。
 
植木等の映画や歌は僕の座右の銘だった。
例えば、
 『日本一のホラ吹き男』笑いのツボ?出社早々、社長を叱る
 
話はそれたけど、要はサラリーマンは会社、仕事とどう付き合うのか、どう折り合いをうまくつけるのかという永遠の課題。
 
嫌なことも含め、せっかく何かの縁で与えられた(いただいた)仕事なのだから、それに感謝しつつ、できる限り自分として精一杯やり遂げたいと思う。 
どこまでやればいいという境界線がない仕事も多いので、それに関しては、
「これくらいにしておこう、これくらいでいいか」、
ではなく、
「えっ、そこまでやるの?」
と言われるくらいのアウトプットをしたいといつも思っている。
できる限り自分らしいブレない仕事の仕方ができればと思っている。 
 
なんか真面目な話みたいになったけど、余裕を持って、無責任に、気楽な稼業を楽しみましょう。
 
 ホレ、スイスイスーダララッタ、スラスラスイスイスイ~  
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価格と価値のつばぜり合い

2013年04月29日 11時06分12秒 | 仕事

作戦負け

価格戦争の行方

不定型の未来

昨今外食事情雑感

価格から価値へ

と、今までもいろいろ書いてきましたが、今日も価格と価値の話。

吉野家が定価をついに値下げも注目は価格でなく“あの時の味”

この前テレビで吉野家の安部社長が話していたのを聞いたのだけど、どうも説得力がないように感じました。
『決して低価格競争に参入したわけではない。

競合よりもお客様の方を向いている。

味をわかってほしいのでお客様にとって大事な要素である価格を下げて課題である客数増を目指したキャンペーンだ。』と。

ではなんで100円も値下げして、他社と同じ時期に同じ値段に揃えないといけないのか、理屈がつかない。

『牛丼はファミレスなどと違ってコモディティ商品なので、価格が何よりも大きな要素になるので、価格を下げることが大事。』

これも説得力ないです。

価格は大事な要素であるのは間違いないけど、納豆でも醤油でもトイレットペーパーでも何でも、普通のよりもちょっと高いけど、何かが違うって商品ありますよね?

ネットでは、『今更、価格を下げるよりも、“昔の味が戻ったから値上げします”くらいの思いきったことをやったほうがよかったのでは』という声も多いし、そう思ってる人は多いはず。

値上げしないまでも、『あの時の味に戻った、味が格段によくなったので一度ぜひ食べてみてください!』と、価格でなく価値訴求のキャンペーンを大々的に繰り広げたらよかったのに。

結局、わざわざ無理して他社と横一線にしちゃうことが、自分の強みを消していることに何で気づかないのでしょうか?

結局(そうしたかったのだけど)できないというのは、大して味に自信ないのね、と皆思ってしまうんですよ。

せっかく吉牛でなきゃ嫌、吉牛だけが本物の味、というコアなファンがたくさんいたのに、何年もかけてブランドの毀損を繰り返してきてしまったとしか思えないです。

値段が上がることになったっていいから、本来の味を追求することを地道にやっていけば、絶対に勝機はあると思うのに、もったいないです。情けないです。

価格戦争から抜け出して、一人別の道を楽々進めたというのにね。

“おいしさ”追求でロイヤルホストが復活

こちらは、元祖御三家の明るいニュース。

16年ぶりって、すごいです。

ずいぶん長いこと苦戦、低迷していたんですね。

「競合の低価格攻勢に飲まれて、自社の強みを見失っていた」

そう、吉野家だけでなく、目先の数字に追われて、ついつい自社の強みを見失っちゃう企業、ほんと多いと思います。

自社の強みを見直して、再確認、再認識すること。

その強みを着実に進化させ続けること。

それをターゲットにうまくアピールすること。

それに尽きると思うし、時代と関係なくそこだけを愚直にやっていきさえすれば、消費者はちゃんと支持してくれるはず。

これ、基本だと思います。

GWということもあり、遠出をするわけでもないので、いろいろ外食を楽しみつつ世間の動向を探って来たいと思っています。

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失敗の勧め

2013年04月21日 20時10分27秒 | 仕事
最近、いろんな仕事関係の人と話していて感じること。

アベノミクスで多少は上向きのところもあるけど、まだまだ数字に苦しんでいるところが多い。
目先の数字を上げないとやばい。
もう少し利益出ないとこのままではまずい。
上層部も現場もひっちゃきになっていろいろがんばっているもののうまく行かない。改善できない。

短期的に、あれがうまくいかないから、これやってみる。
それだめだから、元に戻そう。
これで勝負して対前年クリアできなかったら、全部中止だ。

余裕のないことが、失敗ができない状況を生み、どうにものっぴきならない閉塞状況になっている。

戦々恐々。仕事も楽しくない。

生き生きと、明るい未来に向かって目をキラキラさせてる人は極めて少ない。

皆、窒息しそうなストレスの海の中で溺れている。

こんな記事がありました。
まじめに規則を守って仕事をすればするほど、ダメになっていく日本

一部引用します。
--------------------------------------
その中で、どんな組織からも出てくるんですよね、ルールばかり気にする人が。

石橋を叩きに叩いて、最後は叩き割る。

いつも結論は、「やめましょう」になる人が。

 <中略>

ルールを守ることに汲々とするより、まず、やってみる。

そして、失敗して直した方が、失敗を恐れて停滞するより良いのではないか。

日本では、ちょっとしたルール違反を口うるさく言う人が多すぎる。

むしろ、いまの日本に必要なのは、失敗を叱らないこと。

チャレンジしないことこそ、恥ずべきこと
じゃないですか。

規則にがんじがらめの組織、規則の中身を考えもせず、規則ををひたすらまじめに守ろうとするカルチャー、こういったものを変えないと、日本の復活はないと思う。
--------------------------------------------(引用終わり)

新しいことにチャレンジできない。
イノベーションが進まない。
ベンチャースピリットが育たない。
今までの枠組みの中で、組織や個人の成功体験や既得権益の中で、すべては保守的に停滞的に回っていく。
声の大きな人たちの論理的でない頑なさをなかなか突破することができない。

日本の活力がどんどん落ちていってる。

過去にも関連記事、いろいろ書いてきました。
天下の悪法
かなり深刻なコンプライアンス病の蔓延
リスクを取らないトーナメント戦
失敗は協力者
短期は損気

今までのことに捉われずに、どれだけ課題解決のための新たな発想やアイディアが出せるのか。
そして、困難を乗り越えて反対勢力を押し切ってそれを実行し切れるのか。

失敗を成功までの一里塚と捉えることができるのか。
失敗しても自分が責任取るからという上司がいて、思う存分伸び伸びと100%の力を発揮できるのかどうか。

将棋でも何でもそうだけど、これで負けたらやばい、まずい、と思って指してると、手が伸びない、盤面を広く見られない、結局自分の力を出し切れないことになる。
昨日の電王戦も然り。
これではいい結果は生まれにくい。

このメンタル。
この壁をどう打開できるかが、今の日本のビジネスが発展していけるかどうかの鍵となるに違いない。
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あきれたコンペ《ビジネスモラルの変質》

2012年06月23日 00時34分10秒 | 仕事
まだ先日の名人戦のことは この人と同じようにまるでぬけがら状態なので、今日は仕事の話。

先日仕事仲間から頼まれて、某クライアントの企画コンペに参加しました。
販促プランの5社競合。

こういうビジネス環境になってからというもの、少額予算案件であってもどんどん入札やコンペを実施するクライアントが増えており、1つのコンペの参加社数もうなぎのぼり。
広告代理店や企画制作会社、印刷会社などはほんと大変。
勝ち抜くにはアイディアだけでなく、根気や体力や運も必要になってきています。

アホなクライアントは、『なんならコンペに参加させてやろうか、参加させてやってもいいよ。』などと居丈高な姿勢を増し、これ幸いと『弊社もぜひ参加させてください。』とへいこらする会社も後を絶たないのでますますこの状況は加速して状況は悪化の一途を辿る。

先日のプレゼン。
会議室にずらっと座ったクライアントの上から下までの8人。

珍しく、寝てたりとか興味無さげな人はいなくて、皆熱心に聞いている。
メモしたりとか、きちんとこちらの目も見つつしっかりと理解しているような雰囲気。
こちらの企画のいろいろな部分に興味を示しているのがよくわかる。
いい感触じゃないか。
もしかしたら行けそうなのかも。

説明が終わって、クライアントの質問タイム。

『この企画を実施したら、うちの商品はどれくらい売れますか?』
『売れなかった場合、どうされますか?』
『この全体見積もりですけど、御社のいろいろなコネなどで、どれくらい安くできますか?』
『うちは人がいなくて困ってますが、御社は現場でどれくらい実際に動いたりしてもらえるんですか?』
『ビジュアルの最後にあるこのノボリのデザインなんですけど、文字は赤の方がよくないですか?』
『このパンフのサイズはもうちょっと小さい方がいいと思うけどどうですか?』

いやもう、久しぶりにあきれました。
ひどい要求ばかり。くだらない質問ばかり。
エライさんから現場担当者まで、揃いも揃ってなんですか、これ。

企画の骨子とか、考え方とか、キービジュアルとか、そういうことは興味ないんですか?

何のリスクも取らず、自分たちは何もしないで結果を出してくれるところを探して丸投げしようとする姿勢。
時代とともに、こういう体質の会社が増えているのだろうか?

いや、でも、こんなにひどいの初めてです。

そんなことはおくびにも出さず、質問は適当にうまくかわしつついい雰囲気の中で終了。

最後に、
『では結果は○日の夕方までにはご連絡します。
連絡が来なかったらダメだと思ってください。』

はっ?
通ったところにしか連絡しないの?
あと4社のダメだったところには、何もなし?

うわっ。
そんなの聞いたことないよ。
あまりにもひどいんじゃない?
時間もお金も含め必死になってわざわざ提案してくれたというのに、お礼の一言も言わないっつーの?

これがおかしいと誰一人思ってない幸せなクライアントの人たち。
かなりの重症だな。

今まで何十回、いえ、三桁の回数、企画コンペに参加してきたけど、なんだかとっても新鮮。
ビジネスのモラルというか、一般常識が確実に変わって来つつある。

そして、結果発表の日。
夜遅くなって連絡が来た。
なんと、恐れていたことが起こってしまった。
決まってしまったのだ。

僕はプレゼンまでの作業を協力する約束だったから、後のことは伝え聞いた話。
企画全体がどうこうという総括も何もなく、いきなり一番最初に必要なツールのビジュアルを10案以上も提案させられて、修正作業その他で四六時中バタバタしてるとのこと。
さもありなん。
結局、クライアントの担当部長でさえ、何も決められないことがすべて。
誰も責任持てないとなると何も進まない。
上層部のOKを取るとか、関係者の了解を取るなどの作業で、あっち行ったりこっち来たりすぐに後戻りしたり。
いちいち手間も時間もかかる。
クライアントもある意味一生懸命やってるんだろうけど、どこまで行っても前に進まない。
非生産的なことこの上ない。

ということで絵に描いたような見事な迷走状態が続いているということです。
アーメン。
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価格から価値へ

2012年03月28日 18時39分29秒 | 仕事
先日のカンブリア宮殿の話です。

テーマは
安さよりも“感動”を!
圧巻の品揃えで客を呼ぶ急成長スーパーの秘密


大手スーパーとは一線を画した経営で急成長中という北野エースの社長がゲストでした。
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節約志向が今なお続き苦戦をする小売業界の中で、急成長している企業がある。全国に49店舗のスーパーを展開する「エース」だ。その特徴は、客を圧倒する品揃え。関西から関東に進出して10年。無名のスーパーは、今や東京スカイツリーのショッピングセンター「東京ソラマチ」に出店するまでに急成長した。社長の北野が目指すのは、安さよりも「買う楽しさ」、量よりも「質」を売る個性派スーパー。その豊富な品揃えは一体どうやって実現しているのか?エースが作り上げた、客を飽きさせない驚きの仕掛けに迫る。

レトルトカレー350種類!客を感動させる店作り

「この店には毎日寄ります」「ここに来ると何か発見があるんです」。主婦たちが嬉しそうに話す店とは、スーパーの「エース」。野菜、肉、魚というスーパーの“顔”であるはずの生鮮品は一切置かず、グロッサリーと呼ばれる日用食品を中心に揃える。驚くべきはその品揃えの凄さ。例えば東京・調布の店には、醤油だけでも140種類、ドレッシングは195種類、レトルトカレーは何と350種類!他にも、東京ではなかなかお目にかかれない、全国のこだわりの逸品が勢揃い。決して安い品ばかりではないが、客を感動させる店づくりと選べる楽しさで、お客を魅了し続ける急成長のスーパーなのだ。

他にはない質と品揃えの裏に…知られざる攻防戦!

実はエースの品揃えは、各店舗によって大きく違う。例えば高齢者の多い浅草店は「和菓子」が豊富。駅の中に出店する大宮店は、通勤途中に立ち寄る人たちをターゲットにした「弁当」や「総菜」を多く取り揃えている。その品揃えを決めるのは、実は各店舗の店長たち。一般的なスーパーでは、本部が一括仕入れをして店に置くのが普通だが、エースでは「お客の欲しい物は店が一番知っている」をポリシーに、仕入れは店に任せている。
“多品種少量”しかも、全国の珍しい品々。エースにはそれを実現する、独特の仕入れの仕組みがある。商品バイヤーが新たな商品を見出し、それを「社内商談会」の場で店長が買い付けるのだ。売り込む「バイヤー」vs売れる商品を見極めたい「店側」。“真剣勝負”の現場を追う!

「倒産の危機だった…」激安スーパーからの大転換

「エース」の本社は兵庫県尼崎市。その始まりは、実は「激安」を売りにした大型スーパーだった。しかし、90年代に入ると近隣に大手ショッピングセンターが次々と進出し、経営が悪化。
「このままでは倒産してしまう…」社長の北野は大勝負に出る。それが、安売りをやめ品揃えを売りにした、現在の店舗の始まりだった。1号店出店は10年前のこと。だが当初は赤字続きで、関西の店舗の黒字を食うだけの日々…。
だがある日、北野のもとに大手デパートの幹部が訪れる。「うちに出店しませんか」。ここからエースの起死回生の挑戦が始まった!
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もともとは激安スーパーだった北野エースが伸びている秘訣。
実にシンプルな話だと思いました。

価格から価値への方針転換。

今、どの業界も同じ状況にあると思うけど、どんどん価格競争に巻き込まれて疲弊していく企業群と、そこに陥ったら先はないと気づいて自社の独自の価値を生み出している企業群に二分されているのだと思う。

そして、安くはない、ちょっと高いけど、この価値にだったらお金を払ってくれるという客がうまくついて来れば勝ち組になる。

大手スーパーがやっていることの正反対をすればいい。
大手スーパーがその規模ゆえできないことをやればいい。
量より質。
標準化より地域差の最大化。

野菜、肉、魚などの生鮮品は大手にまかせて捨てた。
日用食品の中でも、大手有名メーカーの普及品も捨てた。
醤油でもレトルトカレーでもそれ以外のマイナーなメーカーのものをとことん幅広く品揃えした。

店毎の客層の違いを徹底的に洗い出し、客が要望するものは全部揃えることによりさらに地域密着の店になっていく。

大手にはない自らの価値を創造すること。
大手がやろうと思ってもできない局地戦を展開する。
大手が得意なことはあえて勝負せずに捨てる。

普通ではない特徴を出す。
明確な差別化をする。
はっきりと言える独自性を持つ。

こういう人、こういう動機、ならお応えしてます。
こういうものがほしければ必ず満足できます。

この店だけのシンプルなメッセージがある。

普通の品揃えでなく、この店にしかない壮観な商品が所狭しと並ぶ。
あー、こんなのがあるんだ。
へ~、これ、面白そう。
こんなの初めて見る。
これ、食べてみたい。
これもいいけど、こっちも試してみたい。

見ているとどんどんワクワクしてくる。

以前書いた記事、浜口隆則さんの戦わない経営の話に通じます。

誰も旗を立ててないところに旗を立てる。
戦いを略く(はぶく)ので《戦略》。

今の時代、何でもそうだと思います。

人と違う自分だけの個性をできるだけクリアにする。
エッジを立てる。キャラを立てる。
自分だけの思い、主張、メッセージをできるだけ発信して共感を持ってもらう。

横並びになって価格競争に巻き込まれたらどんどんそっちの方に行ってしまい、泥沼、底なし沼になってしまう。
川島さんもいつも書いているように、自分とは何か、自分の強みや価値は何か、を絶えず追求する姿勢こそが現代を生き抜く唯一無二の方法なのではないかとつくづく思う今日この頃です。
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