即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

水分補給の功罪

2015年02月11日 16時28分47秒 | 雑感
新規案件も含め、どんどんいろんな仕事が舞い込んできて、嬉しい反面、かなりいっぱいいっぱいな毎日になっています。

《三連休なので仕事の話》という以前の記事にも書いたように、小さな仕事でも儲からない仕事でも、せっかく僕に声をかけてくれたことに感謝して、週末も祭日もなく、日々老体に鞭打って頑張っています。

祭日の今日も全くそんな意識のないまま、渡辺・羽生の棋王戦を時々チェックしつつも朝からPCに向かっているのだけど、ブログも将棋観戦も遠出も何もままならない状況でちょっとストレスが溜まっています。

それに加えて、毎年1月、2月には重ーくのしかかっているのが青色申告。
もう4回目なので、慣れてはきたのだけど、いつになっても好きになれないこの作業。
ちゃんと都度都度やっておけばいいというのも十分わかっているのだけど、ずっとほったらかしの定石通りに今年を迎えてしまい、いよいよケツに火が点いてきた最近、やっと着手した次第。
過去の青くなっている記事は下記。
青ざめて深刻な日々
青色吐息

今日のネタは、時々話題になっていてずっと気になっていたのだけど、
『この常識が180度ガラッと変わったのはいつ、どういうことだったのか?』というネタ。

昔は運動をした時、バテるから一切水を飲むな、って言われていましたよね。
皆、顔を洗うふりして飲んだり、こそこそ目を盗んで飲んだり、見つかって怒られたりした思い出があるはずです。

それがいつの時代から、水分補給が大事、しっかりこまめに飲め、となったのだろう?
その境目はいつごろなのか?
誰がいつこの常識に真っ向から異を唱えたのだろうか?
すっかり定着していたこの常識に対して、誰が勇気を持って覆すことができたのだろう?
どのような経緯で、この常識がコロッと正反対に変わったのだろうか?

まさにコペルニクス的転回。
天動説に懐疑的な見解を持っていて恐る恐る地動説を唱えたコペルニクス。
当時のキリスト教の教義に反することは、尋問にかけられたり、火あぶりにされたりしても不思議ではなかった時代。

どちらにしても常識に異を唱える、固定観念を打破するということは、どこの国でも大きな反発を受けることになると思うけど、一体いつ誰が言い出したのだろうか?
そもそも、昔の説はちゃんとした根拠とかデータがあったのだろうか?

単によくわかってない勢いだけの体育会系の人たちが、根性論とか、下級生を鍛えるための便利な方法論として利用していただけなのかどうか。
それが噂とか流行りで全国的に蔓延していただけかもしれない。
どちらにしてもあの頃はそれが一般常識だったし、ちょっとでも水を飲んだらあっという間に疲れが出て、飲んだ瞬間にヘトヘトになるように洗脳されていた気がする。

ということでかねてからの二大研究テーマの
1.線路内人立ち入りとは、どんな人が何の理由で立ち入るのだろうか?
2.毎日行なっている『拭く』という作業は、前からか、後ろからか、どちらから行っているのか?
に加えて、このテーマもこれから深く掘り下げていきたくなりました。

現在は、こまめに水分を取らないと熱中症になったり体によくないというのが常識になってます。
そういうことであるのなら、昔、どれだけ多くの人が水を飲めずに倒れたり、病気になったりしたのでしょうか?
昔の説を唱えた人は今頃反省してるのだろうか?
全く正反対、大間違いの説を唱え、多くの人たちに苦痛を与えた責任は一切問われないのだろうか?
傷害罪、殺人罪などの罪には問われないのだろうか?

ちょっと検索しただけでも、たくさんの情報があるようです。
水分を取るとバテるから飲むな!は誰がいつ頃言いだしたのでしょうか?
名古屋ランニングジャーナル: 「運動中は水飲むな!」時代の方が熱中症は少なかった!?
子供のころ、よく「運動中に水を飲むとバテる」と言われましたが、医学的に本当の所どうなのでしょうか?

さて、この件もライフワークとして徐々に解き明かしていきたいと思うので、情報その他、ご協力のほどよろしくお願いします。
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