即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

王位戦第七局大盤解説会

2009年09月30日 22時48分34秒 | 将棋
王位戦天下分け目の最終局。

深浦王位が3連敗から4連勝の大逆転で防衛を果たすか、はたまた最後の最後で千駄ヶ谷の受け師初の戴冠となるのか。

3年連続フルセットの王位戦最終局、見逃せない一番になりました。

先週の王座戦第三局の片上六段の大盤解説会、行こうと思っていたのに行けなかったので、今日はリベンジということで早い時間から参戦しました。

いつもファンサービス度満点の北海道新聞の担当で、恒例のスタッフブログが昨日から丁寧に現地の様子を伝えてくれています。

解説は、おなじみ、藤井九段。聞き手は熊倉女流初段
とってもカジュアルで楽しい雰囲気で解説会は始まりました。

藤井九段、軽妙洒脱なトーク炸裂です。

最近やらない藤井システムについて。
だんだん味方がいなくなっちゃったのでね。
こういうのは一人でやっててもだめで、研究する仲間が必要。

前に一緒に研究していた若手が、いつのまにか四間飛車破りの研究してるんです。

お前ら、なにやってるんだ、なんで裏切るんだよ・・・。

ついこの前の竜王戦挑決第二局での森内九段。
普段居飛車の人が、思いつきで四間飛車やったというのに、あんなにうまくやられちゃったら、こっちの立場がない。あれはショックだった。
いくら永世名人で何でも指せると言っても、自分の未熟さ、下手さを改めて感じた。
女流に入れてもらって、四間飛車やろうかな。

こうやって、こうやって、こうなって・・・・
これだと千日手だな。
そうなったら、この解説会、どうなるんですか?
僕は明日対局なので、もしそうなったら、熊倉さん、一人でお願いしますね。
遅くても10時には帰らないといけないので。
対局なんですよ、明日。

なーんて。

そして、熊倉女流初段との掛け合いも絶妙。

あれ、こうだったっけ?

そんなあ、学校の試験じゃないんだから、私に聞かないでください。

私、ほんと記憶力悪いんですよ。
よく記憶力悪いっていう人いるけど、そういう人の比じゃないです。

藤井九段のおとぼけと、熊倉女流初段の天然ボケ、の応酬。


こういうの、僕はよくわからないんですよ。
勉強してない事、バレないようにしないとね。

あら、いりたま、だなあ、これじゃ。(入玉のこと。)

こう打たれたらクラクラしちゃう。
クラクラ、クマクラ・・・。



木村八段は、もうタイトルに完全に手が届いていた。

悔やんでも悔やみきれないですね。

悔しくて3日は眠れないんじゃないですか。

そして、深浦王位の粘り強さ。

明らかにおかしい指し手、腐ってる銀を取りにいく▲7二歩なんて手を指し、おかしくしたというのに、終盤のしぶとさ、執念。

これはもう深浦王位は完璧に勝ったと思って、余裕の指し方としか考えられないです。もう自玉は広くてまったく安全なので。

去年の竜王戦以来、棋界二度目の3連敗4連勝。
3連敗スタートにも動じず、きっちり勝ちきりましたね。

これであとまだ誰もやってないのが、挑戦者の3連敗4連勝です。
いつ、誰がやるのか、これは楽しみです。

ということで、藤井九段、熊倉女流初段、今夜はありがとうございました。

将棋の楽しさを満喫した秋の夜でした。
コメント (1)   トラックバック (4)

マドルスルー

2009年09月30日 00時04分23秒 | 将棋
ずっと前から続いている人気シリーズ。
朝日新聞求人ウェブの連載コラム、仕事力

興味深いいろんなジャンルの人がたくさん登場していて、それぞれ読み応えのある内容がいっぱいです。

3年前のだけど、その中の「サバイバルは当たり前」羽生善治が語る仕事というコラムを見つけました。
--------------------------------------------
困難な砂利道が面白い
一通り仕事がわかると落とし穴がある

 誰でも、何もわからないというところから仕事をスタートするのですが、学ぶべきものを全部聞いて、全部やってみて、ある程度積み重ねていくまでは夢中です。将棋の世界はまだ小学生のうちから入ってきますが、学ぶことが非常に多い。私も必死に勉強し、勝負を重ね、そしてタイトルを獲得するという歩みでした。ところが20歳か21歳くらいでしょうか、将棋はこういう指し方をすれば、大体こんな結果を予想できるのではないかとわかった気になっていた時期がありました。何でも一通りできてしまうと考えていたのです。

 でも、それはとんでもない思い上がりで、ただ自分に見える世界だけを見ていたからだと気づいたのです。それは、先人が舗装してくれた道を突っ走るという、簡単なことをしていただけではないのか。20歳の私は、舗装された道なら早く走れる力をつけ、腕を上げた。だが、砂利道や道なき道を猛スピードで突っ走れるのか。まだ舗装されていない道を走ることが、私の力ではないかと思い至りました。

 そのときから意識して砂利道を選ぶようになりました。
でもそうすると試合には十中八九負けるのです(笑い)。私なりのアイデアで勝負していくわけですが、いきなり試合を落とすのでとにかく痛い。ただ逆に言えば、それを考え抜いて克服しようというやる気も出てくるのです。
失敗は覚悟で新しい形に挑む、私の将棋はそこが原点だと思います。
------------------------------------------
最近、タイトル戦のような大舞台であっても、果敢に実験をする、ということがあるけれど、ずっと前からそう言い放っているんですね。

『意識して砂利道を選ぶ。失敗を覚悟で新しい形に挑む。』なんてなかなか言えないですよね。
勝ち負けよりも、将棋の真理を探求、究明したい、そちらの方に重きを置きたい、というのが、羽生名人の哲学、生き方、原点だと言ってるわけですね。

以前書いた『羽生進化論』という記事にもリンクします。

『そこに七冠があるから』という記事にも書いたのだけど、谷川九段が『構想力』という本の中に書いてます。
構想力 (角川oneテーマ21)
谷川 浩司
角川書店

このアイテムの詳細を見る


『棋士は3つの顔が必要。
それは、勝負師と研究家と芸術家

特に前例のない局面では、芸術家の側面が大きくものを言う。
この3つの顔をバランスよく持つことが、トップ棋士の絶対条件ではないかと。』

将棋の真理を探求、究明していくと、そこには『理』というだけでなく、『美』ということも大きく関係してくる。

そもそも大局観というものは、棋理とか構想とかもあるけど、美学とか哲学による部分もあるはず。

マドルスルー【muddle through】
“まるで解決策が見つからない中、泥の中をもがくようにがむしゃらに突き進むことでいつのまにか解決策にたどり着くという考え。”

今、何もかも混沌としていて、構造不況にあえいでいる現代社会。
今まで脈々とやってきたことを続けているだけでは先はない。
ドラスティックに変化、チャレンジをする姿勢。
気概を持ち、情熱に燃え、信念を持ち、がむしゃらに立ち向かっていく強さ。
過去に捉われず、ゼロベースから本質を見据えて組み立て直す発想。
先の見えない危機的状況の中で、不安と疑心暗鬼に包まれて。

「困難な砂利道を面白がる気持ち」=『混沌を楽しむ』

楽しようなんて思わず、泥の中をもがきながらずぶずぶと進む。

かっこはよくないかもしれないけど、ここを突き破るにはそれしかないんだろうと思える。

正解のないこの難局を乗り切る大きなヒント、すべてこの羽生名人の言葉の中に詰まっているように思います。
コメント

18連覇

2009年09月27日 12時25分22秒 | 将棋
おととい行われた王座戦第3局。
連盟での片上六段の大盤解説会に行く予定だったのが、予定が狂って変更。
残念ながら行けませんでした。
たいがーさん、すみません。)

渡辺竜王書いている通り

『羽生王座が勝って3連勝で防衛、18連覇。5年連続ストレート勝ち、16連勝(3連勝×5+1)のおまけも付き、ものすごい記録です。誰がこの連覇を止めるのか、の前に誰がこの連勝を止めるのか、が来期の焦点になりそうです。 』

去年も、『17連覇!!』という記事を書いたけど、ちょっと強すぎ、すごすぎで、ただただびっくりするだけ。
やっとのことで挑戦権獲って、タイトル戦に登場したというのに、山崎七段、へこんでいる事と思います。
捲土重来を期待します。

一日中ちょこちょこ中継見てたけど、僕のような素人でも羽生王座のすごさ、強さ、間違えないだろうオーラ、が感じられて、プロにはまだまだという途中の局面においても、これはストレートで、挑戦者はいいところなく行っちゃうだろうなあ、と思ってました。

こんなことを目の当たりにすると、
羽生時代、という感が強い。
羽生世代の時代ではなく、羽生が作ってその世代がずっと離れた次に続いて形成している時代。

それにしても、18年という長い歳月を考えると気が遠くなる。

連盟解説会はたいがーさんも裏方で活躍し、現地ネット中継班及び連盟順位戦中継班とのリアルタイム中継コラボ大盤解説会だったとのこと。
行きたかったです。

どんどん精力的に新しい実験を重ねていくこと、素晴らしいです。
よりファンが喜ぶために、楽しめるために、もっとできることはないだろうか。

より将棋というコンテンツを強化していくために、価値を高めていくために、ゆるやかな協力者を増やしつつ、どんどんトライアル&エラー、or PDCAを繰り返しやっていくこと。

ファンにそういう意気込みや情熱が伝わっていけば、多少失敗したってかまわないですよ。ファンも大目に見てくれるはずです。

『新手一生』です。

もしかしたら後世にまで残るような画期的なファンサービスの手法がまだまだあるかもしれません。
将棋の魅力を高める素晴らしい方法があるかもしれません。

話は戻って、18連覇というのはすごいけど、記録を調べると、羽生四冠に負けず、大山先生のすごさもまだまだ輝いています。

■同一タイトル連続獲得
1 羽生善治 18 王座(継続中)
2 大山康晴 13 名人
3 大山康晴 12 王位
3 羽生善治 12 棋王

■同一タイトル通算獲得
1 大山康晴 20 王将
2 大山康晴 18 名人
2 羽生善治 18 王座

■タイトル獲得回数
1 大山康晴 80
2 羽生善治 75

最近の話題で言うと、亡くなった土井正三氏の頃の巨人軍V9、とか、イチローの9年連続200本安打、とか、そういうのもすごいけど、その倍ですよ。

二十歳くらいからずっと継続して、トップでいる。
どんな相手が出てこようと、絶対に獲らせない。

ここまできたら、(イチローには10年連続を、そして、)羽生王座は20連覇を達成して欲しいと思っています。
コメント (6)   トラックバック (1)

「システム」というもの

2009年09月25日 19時41分48秒 | 雑感
ずいぶん前の話になってしまったけど、今年の4月3日(金)付の天声人語。
--------------------------------------------
 入社式のあいさつの中で、荻田伍(ひとし)アサヒビール社長の言葉が印象に残った。「大変な時期に入社したと考えるか、変革期こそチャンスと考えるかで、皆さんの行動や成長は違ってくる。前向きに考えれば、知恵と工夫が生まれる」
▼門出の景気づけにしても、元気を分けてもらった。経済がこの惨状だからこそ、個人も会社も、そして国も、知恵の絞り時、工夫のしどころだ。ロンドンのG20サミットに集った首脳は、エゴを抑え、一緒に知恵と金を絞り出そうと話し合った
▼それにしても、次から次に浮かない数字が出てくる。先の日銀短観では、大手製造業の景況感が過去最悪になった。輸出が振るわないうえ、内需は賃下げや失業で湿るこれからが冬本番との見方さえある
▼過日の小紙で、同志社大学教授の浜矩子(のりこ)さんが「海外で跳びはねているジャパンマネーを呼び戻せ」と説いていた。この辛口エコノミストによると、戻すべきものがもう一つある。ふるい落とされた人を、政策の力で経済活動の輪に戻すことだ
▼浜さんは、怪しげな金融工学が経済の営みから人間を消したと嘆く。「グローバル化の時代、仕組みだけ整えても運営はできない。精神論ですが、心意気、魂、人間らしさが出てこないと輝きは増しません」
▼幸い、米ロの間に再び雪解けの兆しが見える。同時不況の渦の中、どの国も好き勝手をする余裕はない。中国とて大国の責任を感じていよう。浜さんの言う「地球村」的な発想を促すなら、この危機は結構なチャンスかもしれない。要は心意気である。
-------------------------------------------
この中に、こういう言葉がある。

「グローバル化の時代、仕組みだけ整えても運営はできない。
精神論ですが、心意気、魂、人間らしさが出てこないと輝きは増しません。」

仕組みだけでなく、人に因ること。
人がしっかりと関わる事。
心理とかモチベーションとか、人間というものをしっかりと見据えた運営、戦略が重要と言う事ですね。

そしてもうひとつ。
「ふるい落とされた人を、政策の力で経済活動の輪に戻すことだ。」

短絡的な話だけど、最近ハローワークは中高年でなく、若い人で溢れているらしい。
ハローワークに勤めている知り合いがいるのだけど、去年と比べても3~4割くらい人が増えてきていて、対応に苦慮しているとのこと。

お客さん(?)がそれだけ増えれば、当然のこと職員も増えないとやってられない。
少ない職員でこなすのは忙しすぎてカラダも辛いし、給料も良くないから辞めたい、なんてことで、ハローワークまでもが求人をハローワークに出したりして。(笑)

要はこういう時期だからこそチャンスと捉える。
後ろ向きになりがちなことさえも、敢然と前向きに捉えて対処する。

ほんと、そうですね。
愚痴ばかりこぼしてられない話です。

そして、すっかり有名になったエルサレムでの村上春樹さんの「壁と卵」というタイトルのスピーチ。
なんか通じるものがあるような気がします。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
高い、固い壁と、それに立ち向かって壊れてしまう卵があるなら、僕はいつも卵の側に身を置く。

壁がどんなに正しくて、卵がどんなに間違っていたとしても、僕は卵の側に立つ。誰か他の人が、何が正しくて、何が間違っているかを決めなければならないなら、多分、時間や歴史がそれを決めてくれる。どんな理由があったとしても、もし壁の側に立っている小説を書くような小説家がいたとしたら、その作品にはどんな価値があるのか。

この暗喩にはどんな意味があるのか。いくつかの場面において、それはあまりに単純で明確だ。爆撃機や戦車やロケットや白リン弾がその高い、固い壁だ。卵は武装していない市民で、それらによって壊され、焼かれ、撃たれる。これは暗喩のひとつだ。

しかし、これがすべてではない。もっと深い意味がある。こう考えて欲しい。僕たちはみんな多かれ少なかれ、卵のようなものだ。僕たちはみんな独自性があって、かけがえのない魂をもろい殻の中に押し込めている。僕も、あなたたちもそれぞれみんなが。そして、僕たちはみんな、程度の差こそあれ、高く固い壁の前に立っている。その壁は名前を持っている。
それは「システム」である。システムは僕たちを守ることになっている。しかし、時々システムはそれ自身の命を持ち、僕たちを殺し始め、そして僕たちの殺し合いの原因となる。冷たく、効率的に、そして組織的に。

 <中略>

今日、僕が皆さんに伝えたいことはたった一つだ。僕たちはみんな、国籍や、人種や、宗教といった分類以前に一人の人間であり、システムと呼ばれる固い壁の前に立ち尽くす、脆い卵だということだ。どこから見ても、僕たちに勝ち目はない。壁はあまりにも高く、強く、そしてあまりにも冷たい。もしわずかでも勝ち目があるとすれば、それは僕たちが自分たちや他者の魂の独自性やかけがえのなさを信じることと、お互いの魂が触れ合うことによって生じる温かさによってのみもたらされる。

このことをちょっとだけでも考えてみて欲しい。僕たちはそれぞれ、実体のある、生きた魂を持っている。システムはそれを持ち合わせない。僕たちは、システムが僕たちを食い物にするのを許してはならない。システムが独自の生命を持つことを許してはならない。システムが僕たちを作ったのではない。僕たちがシステムを作ったのだ。

これが、僕が皆さんに言わなくてはならないすべてである。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

ここで、浜さんが「仕組み」と言っているもの、そして村上さんが「システム」と言っているもの。

これが僕らが進もうとしている道に、大きく立ちはだかっている。
前に進ませないように邪魔している。

こういう流れの話になると、どうしても「けものみち」の話につながってくる。
もがいて、苦しんで、道なき道をかき分けて、知恵と汗を出し切って前に進む事。

精神論だけではもちろんだめなんだろうけど、やっぱり基本はそこだと思えてしまう。
絶対にこうする、これだけは成し遂げたい、これに命を賭ける、という意気込みがあれば、大体のものは解決する、成就する。

村上さんが言っています。

『壁はあまりにも高く、強く、そしてあまりにも冷たい。もしわずかでも勝ち目があるとすれば、それは僕たちが自分たちや他者の魂の独自性やかけがえのなさを信じることと、お互いの魂が触れ合うことによって生じる温かさによってのみもたらされる。

今、閉塞状況にある社会を何とかしたいと思っても、本当に高くて冷たい壁がある。
鳩山新政権も、その壁を打破するためにこれから大変な苦難に立ち向かうところだ。
八ツ場ダムの問題でも同じ。
どうやったところで万人の納得を得ての100点満点の解決というのは難しい。

行き着くところは、誠意を持って、お互いの立場を尊重して、形式的なことでなく、仕組みやシステムや決まりごとの話でなく、お互いの魂が音を立てて激しく触れ合うくらいに地道で疲れる作業を積み重ねていくことが重要なんだと思います。

我々の前に現れるいろんな困難にどう立ち向かうかも、基本はこのことなんだと思います。

要は『心意気』、そして、いつも『卵の側に身を置く』こと。

そう開き直って、今がチャンスだと思い、
汗をかくことを楽しみながら、一歩一歩前に進んでいくしかないですね。
コメント (2)

新政権への期待

2009年09月22日 21時48分03秒 | 雑感
前原国交大臣は23日にも建設中止を決めた群馬県の八ッ場ダムを視察し、地元住民らと意見交換をすることにしているそうです。

先週、前原大臣に先駆けて八ッ場ダムを視察してきたこともあり、政治ネタです。

凡人さんssayさん振られ飛車さん改めくっち~さん川島さん、など皆さんが取り上げてますね。
これに関してはいろいろ意見が分かれてもいいし、議論百出が自然の成り行きだと思うけど、一応、新政権の船出について一言。

鳩山内閣、いよいよ動き出しました。
首相も訪米のようです。(始球式の練習ばかりニュースネタにしてたけど。)

先日の内閣発足の深夜の会見、ずっと見てました。

新総理大臣の会見の中で、新鮮だったこと。

国民の皆様にお願いしなきゃならないことも多い、とか、
失敗するかもしれないけど、長い目で見てね、とか、いう趣旨のコメント。

これ、当然のことだと思うのだけど、今までの自民党政権では、こういう類のものの言い方はなかったように思う。

国民は選んで任せたのだから、あとは何でもかんでもおかみがやるよ、プロに任せて黙って見ていれば大丈夫、という姿勢だった。

そういう姿勢だと、次第に国民不在になっていく。
国民は、自分には何の責任もなく、評論家となり、あれがだめだ、あいつが馬鹿だ、と言ってるだけ。
そして、政治が悪い、いい政治家がいない、マスコミが悪い。
愚痴、不満、愛想尽かし。

やはり、そういうの、おかしいですよね。

何もかも政治や行政がやるなんてありえないし、国民は何もせず、おとなしくしてたり、政治家の批判をしてるだけでは、何も変わらない。
政治家も可哀想だし、人間としてあまりにも自分勝手な図式だ。
新政権を選んだ国民にも責任があるわけだし、選んだからには、国民としてやることはしっかりやり、その上で意見や批判をするべきなのは当然のこと。

どのような日本にするべきかのグランドデザインを一緒に考えていく。
そのためには自分たちがどのような暮らしをしたいか、を考える。
理想的なことや贅沢ばかりを望んでいても独りよがりになる。
そのための犠牲や、痛みも含め、皆が幸せになるためにはどうしたらいいのか。
あまりにも大きなところはわからないけど、自分の身近な部分、目の届くところから具体的な構想を考え、行動をする。

限られた財源、自分たちの税金を、どう効率的に使うべきかも含め、
日々の生活の中で、我々が考えなければいけないこと、やらなければいけないこと、いっぱいあるはずです。

この国に、この街に住んでいて、どういう暮らしをしたいのかは、政治家でなく、我々が考えなければならないのだから。

もちろん国の政策、戦略、構想と、その実行ということは政治家の仕事だろうけど、我々がやらなければいけないこと、やるべきこと、というのはたくさんある。

例えば、温室効果ガスを25%削減する、というマニフェスト。
世界中から圧倒的に高く評価されている部分です。

これは国がやることもそうだけど、我々が本当にこれをやるのか、ということも突き詰められているはず。
もし本気でやるのなら、おかみに任せておかず、我々がそのためにやれることを真剣に考えて実施する。
車に乗らない、節電、マイバッグ、マイ箸、などなど環境のことで、何をするのか、どこまでするのか。
何をどうすれば25%になるのか。

高速道路無料なんてして、この政策に矛盾してることにならないのか。

新政権のスタンスは、
政治+国民主導で共にやっていく、変えていくという姿勢、のようです。

これ、極めて普通だし、自然な事だと思う。

今までそうじゃなかったことが、やっと普通に、当たり前になった感じ。

首相も含め、大臣たちは自分の言葉で原稿も見ずに語っていたように見えたのがとっても好感が持てた。

しかし、後半のあまり知らないような人たち、メインでない人たち。
これは、内容もなく、気概もなく、当たり障りないように思えた。
少なくても自分の言葉でもないし、その専門分野における戦略がない。
どんな困難に会おうとも、自分は絶対にこうするんだ、という情熱が伝わらない限り、官僚は動かないし、官僚主導のままで進んでいくのだと思う。
適材適所の人材がいなくて、仕方なく調整した人事のように見えてしまう。
特化した専門分野はないけれど、なんとか使えそうな人たちをパズルのように当てはめたって感じがしてならない。

どちらにしてもこれからいろいろあるのだと思うけど、国民を巻き込んだ身近な政治にしてほしいし、すべてわかりやすい言葉で、国民の目線で進んでいってほしいと願っています。
ここまで期待されているのだから、たのんまっせ!
コメント (5)   トラックバック (3)

コメントの難しさ

2009年09月21日 17時14分06秒 | ブログ
先日の川島さんの記事、「すみません!コメントできなくて。」
少し引用させてください。
--------------------------------------
こうして毎日ブログ記事を書いているのに
(ほんのたまにサボりますが!← 残業だったり、
酔っぱらっていたり、寝てしまったり…)
「コメント欄へのご返事」のほうは
けっこうためこんでしまうことがあります。

これって、何でしょうね。

いま、こんなことを書いているのだったら、
さっさ一言でいいからコメント欄に書けばいいのに。

うーん、たぶん、
「ちゃんと答えなきゃ」と身構えてしまうのかなー。
自分で理由を考えるに(苦笑)。

コメントをくださる方は、記事に目を通した上に、
そのことに向き合って(軽くでも重くでも)
とにかくメッセージを書いてくれる。

だから、私としては一言でも「きちんと答えて」…なんてね。

へらへら書く本文より、メッセージのやりとりが
濃密に感じるのかもしれません。
------------------------------------------
この記事にコメントされているDanchoさんも『そうそう、同じです。』とおっしゃってます。

ほんと、そうなんです。
それほど重荷なわけではないけど、結構気を遣うので、後回しになっちゃいます。
記事を書くよりも、勢いがないと書けません。

さくさく書いちゃえばいいや、と思おうとしているのだけど、どうも悩んでしまう。
これ、書きすぎかな、と思って、書き直したり、またやめたり、もっとさらっとした書き方にしておこうかな、いや、それじゃ答えになってないな、などと考えてしまう。そしてドツボにはまり気味になると、今日はやめとこ、ってなって、順延。

ほんと、すみません。
僕もそうだけど、誰かのブログに何かコメントした時は、その後それに対してどういうレスがあったかが気になって、頻繁に訪れてチェックしたりする。
(みんなそうでもないのかな?)

そうだとすると、
せっかく書いたのに、まだレスしてくれてないよ。
読んでるのかなあ。
忙しいのかなあ?
でも、記事はちゃんと毎日のように書いてるしなあ。
なんでレスしてくれないんだろ。
なんか気に障ったかな?

なんてことになる。

せいぜい2~3日くらいの間に書ければいいし、書くべきかなとも思っている。

しかし、ちょっと前の記事へのコメントだと、自分が書いたその記事自体をうっすら忘れていたりする。
そうなると、コメントに答えるためには、その記事を書いた時の自分の気持ちに戻って、再度読み直してから書かないとだめ。失礼に当たるし、とんちんかんな答えをしてしまうかもしれないし。
そうなると、ちょっと気合が要る。

ずいぶん前に梅田望夫さんの本の書評を書いた「シリコンバレーから将棋を観る」、そして、《将棋を観る楽しみ》という記事に長文のコメントをいただいた、3時のおやじさん。
見てくれてますか?(もうあきれて見てくれてないかな?)
ほんと、ほったらかしですみません。
忘れてないですよ。(あっ、他にも忘れてるの、あるかな?)

この本に関しても、第三弾、第四弾、と書こうと思って途中までは書いたのだけど、その後、進まない。
反省。
そのうち時間見て、と思ってるけど、
そんなもん作らないとダメなんで。
わかってるじゃん。

そうそう、こんな言い訳みたいなこと書いてる代わりに、早くやれよ、って感じ。

はい、そんなわけで、
コメントへのレスは今後とも遅れる場合がありますので、
そんな時は、また「線路内に人が立ち入った」のかあ、
またかあ、
じゃあ、遅れても仕方ないかなあ、と思っていただき、
ご容赦のほど、よろしくお願いします。
コメント (4)   トラックバック (1)

ブログ開設3周年

2009年09月19日 18時01分18秒 | ブログ
今日でブログを始めて3年になります。

ちょうど3年前、2006年09月19日に、《初めてのブログ》という初々しい記事を書いて始まった、僕のブログ。

1年目は、《ブログ1周年》

2年目は《ブログ開設2周年》という記事を書いて振り返りつつ、
今日でなんと、3周年です。

《3日、3ヶ月、3年》なんてことを3ヶ月目に書いたのだけど、ついにやっと、その節目の3年です。

いやもうびっくり。
早いですねえ。
まだまだ新参者という甘えもあるし、
ブログというもの、ネットというものとどうつきあっていくのかは、試行錯誤の域を出ていません。

なんとなく、日常的に書く習慣もできたし、何かにつけて、あっ、これ書こうか、と考える癖が自然とついちゃっているのですけど、でもまだまだ安定的ではない。
正直、揺れ動いている部分もあります。
要は、なんのために書いているのか。
ある程度時間を使って書いていることが何かの役に立つのか?立っているのか?
貴重な時間を他のことに使った方がいいのではないのか。

わりと最近書いた記事、《ブログ進化論》の中で、こんな風に書いてます。
-----------------------------------------
ブログというのは、
「ネット上に建てた家」
なんですって。

自分が手作りで趣向を凝らして、かなりのエネルギーで建てたものなので、
それ相応の愛着がある。
汚れてきたら掃除もするし、時々はメンテナンスもする。

いろんな人が遊びに来てくれて、居心地のいいリビングで、
一緒にお茶飲んだり、おしゃべりしたりしたり。
その時々、いろんな仲間との楽しいひととき。
違う意見の人や、違和感のある人も含めて、うちに来てくれた人と一緒に考えたり話し合ったりする。
-------------------------------------------
最近、ほんと、こう思います。

家ですね。
建てなくてもよかったんだけど、もう建てちゃったんですから、あんまりほっとくのもよくない。
住み心地がいい方がいいし、いろんな人が遊びに来てくれた方が楽しいです。
そして、できれば、nanaponさんのところに遊びに行ってよかった、楽しかった、また行きたい、って思ってもらえるに越した事はない。

でも、基本は自分が楽しく心地よく暮らせる家。
日々の生活の中で、ただあたふたしてるだけでなく、
いろんなこと考えたり、整理したりも含め、自分を見つめつつ、ゆったりできる場所。

この3年の間、ブログについて感じたこと、ブログから教えられたことが下記の記事。
時系列で、こんなに書いてきました。

ブログの効用
3日、3ヶ月、3年
ブログ効果
ブログの来し方行く末
足跡をたどってみる
採用はブログで
半年経って
ブログの輪
一億のブログ
ブログの値段
謝辞
ブログ友達の輪
ブログ仲間との交流
ブログ進化論
シンプルに、お気軽に

まだまだ揺れ動きつつですけど、
少しでも快適で温かい雰囲気の家にできればいいと思い、
地道にゆるゆる書き続けていこうかなと思ってます。
たくさんの皆様に元気付けられてなんとか3年もったわけですけど、
引き続きこの家をよろしくお願いします。

そして、時々は遊びに来てくれたらうれしいです。
コメント (7)

色づき始めてます

2009年09月18日 15時04分00秒 | 
どんどん時は流れ、季節は移ろいます。

ここには政権交代も、官僚主導も関係ありません。

空気も澄んでるし、天気もいいので、支持率は高そうです。
コメント

睡蓮

2009年09月18日 10時46分20秒 | 
自然がいっぱいなところにいると、心が洗われます。

なんかモネの世界に紛れ込んだかのようです。

こんなところだったら、ずっとボケーッとして一日中いたい、と思うのだけど、一日中いることには決してならないです。

現代人というか、貧乏症というか、悲しい性です。
コメント (2)

草津の湯畑

2009年09月18日 09時39分58秒 | 
ここを訪れたのは何回目でしょうか。

今回初めて聞いたのだけど、この瓢箪型の湯畑のデザインは岡本太郎なんだそうです。

今まで全然知らなかったですよ。

恐るべしです。

岡本太郎もすごいけど、岡本太郎を起用したことがすごいです。
コメント