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波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

【その252】 ジョルテ

2016年02月22日 | ご連絡
 波風さんのコメントを読み、「ジョルテ?」と思い、調べてみた。なるほど、こういう便利な物も・・・。波風さんは、凡師の大先輩なのだが、凡師よりもディジタル通。うーむ、今度「ジョルテ」についても詳しく聞いてみねば・・・。
 
 通常業務に加え会議が増えるこの時期。上手に「時間」と「これぐらいで!」を使いこなしたい。最近(年齢とともに?)「頭の中のイメージ」と「実体像」とのズレが大きくなってきたように感じる。「イメージ化」を“改低”するのか、「生み出される実態」の引き上げ方を考えるのか・・・。いずれにしても、自分自身がよく見えていない気がする。『“忙しい”とは“心を無くす”と書くんだよ』と聞いたことがある。確かに。でも、“心を無にして動く”「無心」もある。 昨日、息子と一緒に地元のイベント「ありがとう祭」に。東日本大震災で亡くなった方々にお祈りをしてきた。仙台の友人、大越桂さんの詩「ありがとうの行き先」も掲示されていて、懐かしさが。これも何かの縁。久しぶりにハガキを書いてみたい。
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働かないアリ

2016年02月20日 | 新聞感想

 

  「これは記憶しておこう」と思った記事(2/17 道新夕刊)。『働かない蟻』のいる集団が、働き者ばかりより「長期的存続」できるという研究結果。前に、蜂や蟻の中に「働かない奴」が必ずいるがその理由は不明、というのを何かで読んでいた▲興味湧くのは、『働き者』と『働かない者』の関係。働き者が疲れたら、怠け者が働きだすとあるが、(1)働き者が疲労回復したら怠け者はどうなるのか?(2)働き者と怠け者の報酬(例えば餌の質や量)に差はないのか?(3)普段、互いのことをどう思っているのか▲「蟻は『仕事への腰の軽さ』に個体差」で笑う。波風君は、重い腰の『個体』としてこの生を授かった気がする。蟻に学ぶのは、周りの疲れを敏感に察知できること、それでは始めるかと腰を上げること。                                          
 
 生命の誕生は、卵子に精子が到達する受精から。若い時、「競争を勝ち抜いた1個の精子」なんかではなく、「協働して到達できた代表の1個の精子」という話を聞いた▲その説明時に見せられた映像は、卵子の分厚い殻に無数の精子が協力して立ち向かい、少しづつ削り込んでついに1個(匹)が入り込む様子だった。世界の根本を見た思いがした▲「働かないアリ」の話は、「競争」でなく「協働」の合理性が生命の『長期的存続』の根本、そのことに人間も早く気づいた方がいいと思うよ、と言っているような気がするが、どうなんだろう。



 「働き者」とか「協力」の言葉で、そんなようなことを少し前に誰かと話したのを思い出した。ここに書くと長くなるから公式裏ブログ「波風食堂、準備中です」(2/20「違いの発見」に書き残しておく。そっちも訪ねて欲しい。
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第95回/厄年

2016年02月19日 | 【保管】腹ペコ日記

【腹ペコ日記】 厄年

  友人からのメールで、今年が本厄であることに気がついた。と、いうことは昨年が前厄だったわけだが、腹ペコ家は厄払いをしていない。

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 「厄年」というのはつまるところ、身体的にも社会的にも変化が起こる年齢である、ということだと認識している。腹ペコで言えば、腹ポコになったりまた腹ペコになったりと身体は劇的に変化したし、産後やけに風邪をひきやすくなった。社会的には、10年近く在籍していた場所から離れ、なんとなくあやふやな身分になり、一方で「親」になった。仕事、研究、家事などもこれまでと同様というわけにはいかず、現在進行形で見直しを迫られている。

・・・

  来年が後厄ということは、「変化した身体や生活に慣れるにはあと2年くらいかかるよ」ということなのだろう。これまでの自分を振り返り、これからの自分をつくるための三年間の厄年。できれば何事もなく乗り切りたいところだが、どうなることやら。

 


今日のイラストは、腹ペコ家とは関係がありません。波風家の昨日の朝食。ブロッコリーの芯が美味かったのと、一仕事終えたことで、少し遊ぶ余裕もできて描いたりして。


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続いている「ベルマーク運動」

2016年02月18日 | 新聞感想
【前回「ぎょう虫検査の廃止」から続く】まず、膨大なベルマーク(企業の教育に対する志)がゴミと消えている事実、それが社会的な問題にもならない不思議。そして、世界一忙しい日本の教師となり手のいないPTA役員さんによる煩雑な作業。目的に賛同できる部分もあるが、こういうやり方は大いに疑問。「まだ(こんなこと)やっているのか」だね。「子どものため」「小さな善意を集めて」「国に頼らず自分たちで」などの掛け声も…ちょっとなあ。『力あわせ』の一言で肝心なことが誤魔化される感じ。
 前述の新聞広告にこの運動の目的が書いてあった。いわく、「行政では届かない人材の育成につながる」、「子どもたちに、自分で考える人になってもらいたい」と理事(大学教員)の言葉。これほど意味不明な言葉も珍しい。戦後70年経っても変わらず、ごまかしようの無い、世界で最も「貧困で劣悪な教育予算」の国のことを隠して説明しようとすると、こういう言い回ししか出てこないのだろうねえ。
 
                        
 
 波風立男君の小学校でも『ベルマークの日』があり、手ぶらでは済まない空気があった。遠足の時に、海苔1枚、玉子1個買う波風家には「ベルマーク」商品なんか買う余裕がなかった。周りもそんな感じだ。中に、町内のゴミ箱からマークのついた箱や包装紙を見つけて持ってくるのがいた。いいアイデアだと感心し、魚肉ソーセージの赤いセロハンについたマークを見つけて喜んでいたら、親に見つかって泣かれた。立男の『ベルマーク』は生ごみの匂いの赤いセロハンの記憶。親泣かせの悲しい運動だ。いっぱい親を泣かせてきたが、金のからむ記憶が一番悲しい。
 
 アベシが米国大学へ気前よく5億円プレゼント(加えて2大学に12億円)したニュースは昨年3月だったな、確か。



 昨日の夕刊に「これは保存しておかなければ」と思う記事を見つけた。笑いつつ考えさせられた。明日UP予定。
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廃止される「ぎょう虫検査」

2016年02月17日 | 新聞感想

 小学校3年生以下に義務づけられている寄生虫卵検査(「ぎょう虫検査」)が58年経ち今春廃止。「まだやっていたのか」と驚く。開始した1958年は、波風立男君小学校入学の年。その頃は実に4人中1人が虫を飼っていたそうだ。思い出すと、「ケツがかゆい」と言っていたのがクラスに結構いた。最近10年は1%以下が続き、衛生環境の向上が廃止理由と先週の新聞。座高測定の廃止とあわせ、学校保健安全法施行規則改正。ただ、九州や沖縄は未だ2%以上で、自治体独自で継続するかどうか悩んでいるとある。検査費用1人425円。

                 
                          
 これも先週の新聞(2/8朝日)。随分派手な「ベルマーク」運動紹介の左右全面カラー広告。掲載紙が運動の協賛企業。ぎょう虫検査から遅れること2年1960年開始の運動。へき地の教育設備支援が目的の民間運動だ。14年度は5.85億点(円)が集まり、これまでに東日本大震災校へ4.07億円支援されたとある。昔、小学校の教室に新しい壁掛け時計が設置され、先生から「みんなの小さな協力が集まって…」みたいな話がされたのを思い出す。その後の学校生活でも、立男の働いた学校でもこの運動に関係していない。
 いかにも教育的な運動みたいだが、考えれば考えるほど不思議に思う。【次回の「不思議なベルマーク運動」に続く】
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