タイトル通りの素描。朝刊を取りに出た玄関、如雨露(ジョウロ)が面白くてスケッチブックに。周りに面白いのもあり4枚。自分のリズムで生活できる休みって良いなあ。 開花時期とは違うはず。草取り用具は何の変哲もないけれどよく見ると不思議な形だ。
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昔から描きたいものがある。けれど描けない。どこからどんな風に描いたらよいのかもわからない。この前、白黒で港を描いていて少しヒントが。作りたい人形もある。踊っている奴だ。勇壮なのしか浮かばなかったが、和紙や粘 土のほっこりした民芸のを目にして、こんなのもあるなあと思った。
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このブログ、こんなふうに絵を並べて載せることも出来るんだ。 画文集みたいでなんとなくおもしろい。
大学生の頃。札幌ファクトリーで、「鉄馬(アイアンホース)」と称される「ハーレーダビッドソン」のフェスティバルが開かれ、大勢のハーレー乗りが集まっていたのを偶然見たことがある。ハーレー独特のエンジン音。皮ジャンにサングラス、ジーンズの裾から見えるブーツ、バイク好きの いた。安全の為に父親と息子はベルトで繋がれ、子どもが眠ってしまっても落ちることはなさそうだった。息子を気にしながら、ドドドッドドドッとゆっくりと走り去る姿は、憧れの姿だった。
あの光景から十数年。ライダー凡師も諸処の理由でバイクを手放すことに。憧れだった息子との2人乗りはとうとう実現しなかったが、手放す前の日に、車庫の中で息子と「2人乗り」をした。風景も変わらず、風も感じず、エンジ ン音も響かない「2人乗り」だったが、どこか感慨深いものがあった。息子が大人になった時、覚えていてくれるだろうか。
バイクを積み込んだトラックが出発した時、息子が「あ~、お父さんのバイクが・・・」とさみしそうに言ってた。
案ずるな、息子よ。わが家には「荒馬(アバレホース)」がいるじゃないか。
7月始め種を植え、苗にした朝顔。昨日、外に植えた。去年は、9月に打ち上げ花火みたく次々に青い花を咲かせてくれた。今年は遅い植え替え。寒かったからだ。青色多く、白と赤と桃色少々の30数本。玄関横に。
ポットの住み家がよほど窮屈だったのだろう。 隣に遠慮していたのか。今日はもう、なんとものびのびした茎や葉に。さっそく、麻紐に嬉しそうに巻きついているのも。
もっともっとつるが伸び、葉が大きくなり重なりあって、朝起きるのが楽しみな2学期になって欲しい。去年みたく咲くのを待っている。 右下「2011ギャラリー」に花のイラスト2点UP。こちらもどうぞ。
火の魚
老人と若い女性の「死」と「生」がからむ短編小説のような単発TVドラマ「火の魚」。事件らしい事件は無い。が目をそらせない緊張感が。広島の小さな島の夏も、赤い金魚等の小道具もさりげなく美しい、俳優の演技力に惹かれる。主人公役の原田芳雄、先週19日に71歳でご逝去の報。好きでも嫌いでもないが5月に見たこのドラマの印象が深くて。
下流の宴
連続TVドラマ「下流の宴」。高校中退のフリーター「翔ちゃん」の、大それた意欲を持たない存在感が印象に。逆に女たちはそろいもそろって強烈な存在感で人生を勝負する。黒木瞳の演技がなかなか。漫画のようでリアル。別に見る必要も無いドラマだが、「翔ちゃん」が気 になって。眠気我慢の連続ドラマは「四十九日のレシピ」以来。
中流家庭を必死に守ろうとする主婦が、夫の地位、子どもの学歴、結婚相手の収入や地位、に血道をあげている姿は実に滑稽。が笑えない。自分のことを言われている気もするからだ。それにしても、出てくる男たちがそろいも揃って気が弱く優しく…誠に…魅力的だ。
このドラマの言葉を借りるなら、まさに下流からのし上がった原作者:林真理子が、こんなふうに自分を客観化しつつドラマ化するたたかさ、プロの根性と技術に驚嘆。
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イラストは「たまにこんなのを食べたくなって」(№2)はガラナ。60年代、世界のグローバル企業コカコーラ上陸を迎え撃つ日本の中小飲料メーカが共同で生み出した一品。コーラに似て非なる清涼飲料。まるで重爆撃機に対する「竹槍」、北海道だけ善戦したのがおもしろい。私はコーラより好きだ。
凡師ファミリーの長男坊。散髪はいつも家でやっていたが、今回は思い切って「プロ」の手で。長男は「髪を切りたくない!」と渋っていたが、長男お気に入りのキャラクター 「徳川家康」と同じ髪型にということで本人も納得。いざ出陣。「徳川家康」と言っても、歴史の教科書に出てくるちょんまげではなく、ゲームに出てくるキャラクターで、ソフトモヒカン風。散髪の様子を見ていた荒馬さん(長男の母。凡師の奥様。家族の為、自分の信念の為なら、「荒ぶる馬」のようにヒ・ヒーンと暴れ回ることから、凡師は賞賛と畏敬の念を込めて「荒馬(あらうま)」と表記することにしている。)曰く、「プロの技ってすごい!」。今まで長男の髪を切り続けてきたからこその感想。散髪を終えた長男は、まさに「徳川家康」。散髪前の「モンチッチ」とは大違い。さすがはプロである。
「プロの技」「プロの仕事」とはよく言うが、凡師も「プロの技」をきらりと見せられる人間になれるよう、修行を続けたい。人生は修行、修行は一生である。
ちなみに荒馬さんからは、「ソーセージの皮をむくのはプロ級」と揶揄されている。