波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

26歳だった。

2014年07月29日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo_3 「波風先生の絵を見ながら育ちました」と最後に勤めていた学校で突然に男子生徒から言われた。昔、家に遊びに来ていた教え子から「この絵好きです。私に下さい。」と真っ直ぐな目で言われ、あまり考えないで「いいよ」と言ったのを思い出した。あの中3女子が母親になったのはその後も時々家に遊びに来ているから知っているが、目の前の中3男子がその子どもだった。笑ったときの柔らかな眼差しがなるほど親子だ。

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 絵は昭和54年に描いた「日曜日」(F50号)。例の表札をやっと作ることができたので掛けに行ったら、玄関にこの絵が飾ってあった。少し絵の具が剥がれていたので修理するからと30年ぶりに里帰りさせた。国語教師から美術教師になろうと真剣だった頃の1枚。学校が荒れ始め華麗なる転身はできなくなった。絵の人物は子どもだが、子どもでも大人でも無いような、永遠の少年を描こうとしていたような気がする。ここに自分がいる。

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 そのころ描いた絵は、あまり残っていない。絵はいつも練習作品で、苦渋の結晶だから手元に置いて眺める勇気が無かった。楽しいから描くというのはここ最近だ。それにしても、この絵からは気負いとその気負いを押さえつける感情、そんな矛盾が伝わる。いかにも若く、息苦しさが辛い。この絵の後に描き始め止めてしまった「家族」(100号)が物置にあるはずだ。今なら再開できるような気もする。

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【その173】 ふるさと

2014年07月27日 | 【保管】一寸凡師コラム

Photo_4  25日より灼熱の秋田に帰省中。今年も帰省できたことに感謝。昨日の県内最高気温はなんと37度。良い土産話ができた。夏バテを心配していた長男は元気一杯。「いかに汗をかかずに過ごすか」を追求する小生は、おかまいなしに動き回る長男の姿に「人生」を感じた。

  せっかくなのでどこか観光でもということで、本日、阿仁クマ牧場に。阿仁といえばあの「マタギ」の故郷。クマはもちろんだが、北海道とはまた違った豊かな自然に感動。さて、そんな秋田も残り2日。長男を見習って、少し汗をかきたい。

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波風工房【木彫】

2014年07月27日 | 図工・調理

  

Photo_2 大事にしている言葉「座辺師友」彫る。故緒形拳さんの造語だが気に入ってる。前から短冊に書き見えるところに貼って時々我が身を振り返ったりしていた。

 今回のシャモジは、生まれ育った実家を売った時に母からもらってきた、まな板、洗濯板、丸い飯台、竹のざるや買い物かごなど、母の匂いの残っているものに紛れ込んでいたもの。普通のシャモジの倍はあるから広島の土産にでもらったのだろう。使った跡も無い。

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 シャモジは、杓文字と書くから飯を盛る以上に言葉と縁があるのだろう。この前の表札と同じく、彫った後にアクリルカラーで彩色し全体に水性の色つきニスを塗る。画像は、紙やすりで塗ったニスを研ぎ再び塗装しようとした時のもの。何だか使い古した感があり面白いので、透明ニスも塗らずそのままにしてみた。ママヨさんが言うには、仕事で忙しい時ほど立男はこういうことをやっているそうだ。朝の4時半から彫刻刀を握っているのだからかなり好きなんだろう。粘土工作も朝。昨日は、目玉焼き形の掛け時計作る。  たいていのこと朝出来る、そんな気がする初級老人の夏。

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仕事先の大学、嬉しいことが2つあった。祈るような気持ちで種を蒔き大事に育てていたら芽が出てきて双葉になった感じ。来週の新聞にも出ることだろう 菖蒲、芍薬、鉄線が終わりもうすぐ向日葵と朝顔が楽しみな花壇。立男の夏休みこそ、もうすぐ… 公式裏ブログ「雨の日曜日」UP。ゼミ生が利尻から今日帰る。

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№12/高校三原則

2014年07月26日 | 【保管】腹ペコ日記

Photo  とある高校の実践のお話を聞く機会に恵まれた。地域との連携というと、地域の歴史を学んだり、地域の取り組みに関わったりすることが思い浮かぶけれど、これからの地域の可能性を考えて実践が組み立てられていることに驚いた。その可能性は、日本や世界の状況も踏まえて考えられていて、その視野の広さにも圧倒された。そして、戦後初期の高校が目指そうとしていた、ひとつのあり方のように感じた。


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高校というと、地域から遠い、というイメージがある。けれど、新制高校として発足した当初は小学区制として構想されていて、その地域に住む子どもは希望者が全員地域の同じ高校に行くはずだった。また、総合制でもあり、その地域で求められる職業教育を行うことも構想されていた。こうしてみると、高校は地域と最も密接した学校として考えられていたと思える。一方で、学校段階が上がるにつれて社会のつながりを考える必要が生じるのだから、今だって地域社会との接続を考えるのは当たり前とも言えるとも思った。

 

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【その172】お祈り

2014年07月21日 | 【保管】一寸凡師コラム
Photo3_4  たまには洗車をということで、息子と一緒にスタンドへ。若かりし頃は、「洗車は自分で丁寧に」派だったが、今では「丁寧な洗車を見守る」派 へ。機械で洗車されてる様子を見て息子が「シャワーを浴びてるみたい」と一言。暑い日が続いているが、車もどことなく気持ちよさそう。
 
 さて、そんな長男。平和の日に向け学校で折り鶴を作ってきた。なぜ折り鶴を折るのかを聞いてきた長男が「お祈りしに行きたい」との事で、家族 みんなで宗谷岬へ。平和を願ってお祈りをしてきた。長男のおかげで心が洗われた気がする。時々長男は、グッとくることを言う。そう、時々…。
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