波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

「唐黍ご飯」の夕食

2017年07月28日 | 図工・調理

が来て、唐黍(とうきび)が安くなり、1本108円(税込)。時々読む知人のブログに載っていた『とうきびご飯』で夕食。簡単で美味くて季節感溢れるイッピンだ。実の甘味と塩加減、実と米の噛み応えの妙が嬉しい。メタボリック認定以後、ご飯は一膳、食パンは一枚と決めて幾年月だが、黒胡椒を振りバターを乗せて2杯目をいただく。これまた乙。副食は、焼き塩鯖、ざる豆腐の冷や奴。汁と漬物無し。

が急に降った午後、「人生の踏み絵」(遠藤周作著:新潮社)読む。冒頭の「人生にも踏み絵があるのだから  『沈黙』が出来るまで」、目次にある「宗教」「憐憫」「肉欲」「聖女」「無力」などの言葉に反応し手が出る。もちろん、先月観た映画「沈黙」があって。発刊が今年1月。作者亡くなり既に20年。キリスト教と精神風土の問題、曰く言いがたい心の問題を生涯を通じて追及し、それが未だに影響力を持っているのだ。本人の遺志で『沈黙』が棺の中に入れられたとも聞く。 ※関連するブログ記事 →「悪法の6月中旬(続)」


政治家が役職を辞すニュース。自分を客観化できない人間は、出処進退でこそ醜態を晒す 物置の造作は「さてさてこれは、どんなふうにすすめれば良いのだろう」の連続。数学の問題回答で、途中式を次々に考える感じ。これが面白くて続いてる ブルーベリーの苗購入。枯れてしまったグスベリも新しく。明日晴れたら庭作業だな。

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こめの学習帳:14ページ目【風呂場の哲学】

2017年07月27日 | 【保管】こめの学習帳
風呂場の哲学
 
呂場から音がしたような気がしていた朝。夜、シャワーのため風呂場に入ると、吸盤式のフックに引っ掛けてあった洗面器が落ちていた。正確には、吸盤式のフックが外れていたのだ。稚内に来てすぐに取り付けたものだったので、3年以上、外れなかったのだ。最近の百円均一は良いものを売るなと思ったのと同時に、別のことも思った。
 
身赴任状態になってから、面倒なのと節約とで風呂をいれず、ずっとシャワーで過ごしていた。必然的に、洗面器はほぼ使わなくなる。つまり吸盤式フックに対する唯一の刺激である洗面器の着脱が一切行われなかったのである。
 
い出したのは、「組織は3~5年ごとに改革をしなければ、体制を維持することすら難しい」という、経営学の先生の話だ。現在仕事で行っている事業が、大体そういう時期にあたる。そんなことを考えていたときの矢先の出来事で考えさせられた。定期的な刺激を失って脱落した洗面器は、個人も組織も同じだという事を物語っているのだ。なあんちゃって。
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続 下の笑い

2017年07月24日 | 日記・エッセイ・コラム
(前回から続く)
の辺を今日の道新(7/22)一面見出しに即して言うと、『監察本部が稲出氏聴取のキンタマ』『会見 辞任の意向無しのキンタマ』『圧力容器内デブリのキンタマ』『白鵬歴代最多のキンタマ』となる。権威ある秩序世界をひとつの言葉が一気に壊してしまうすさまじさ。赤塚不二夫のギャグを思い出す。
 
評判の小学生用「うんこ漢字ドリル」。漢字読み書きの例文全てに「うんこ」使用。うんこ・おしっこネタを子どもたちが好きなのは身体的自立と言語発達が交差するのが理由だと思う。このドリル、批判は当然で「子どもに媚びている」というのがあった。だが、教育勅語礼賛に媚びる教育行政に比べると、うんこも、いやクソも問題とは思えない。大人の「学力向上」一本槍に対して、子どもたちが健気に回避して楽しんでいる、そんな笑いがのこっているだけマシな感じもする。そもそも、媚びで子どもは動かないし続かない。。
 
て、話を戻そう。「2回2日分」は二人の真剣な努力と工夫でクリアした。心配性のママヨさんは寝不足、立男は股を開き過ぎて痛くなった。やれやれ、やっと準備完了と思って安心して出し切って勇んでドックに入ったら、最初にオシッコ採取を求められた。前日夜9時から飲まず食わずで出るわけ無いだろ。
人間ドックの後遺症、いや財産が一つできた。一回一回の排出がいかに幸せなことかを強く意識する機会になったことだ。「では行ってきます」「ありがとうございます」「次回もよろしくお願いします」という感謝の気持ちで臨むこの頃である。


 
裏ブログ「真面目なショクドウの話」で更新しました 昨日夜、突然の焼き肉。快晴で外仕事に熱中していた波風家両人、連絡つかないまま教え子が用意万端で来宅。夏はこういうのが楽しい。
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下の笑い

2017年07月22日 | 日記・エッセイ・コラム
間ドックで、事前に検便の採取が必要になった。波風氏は昔から排便苦労知らずの質でこういうので困ったことが無い。今回少し事情が違うのは2回2日分必要だったことだ。忘れないように前日からトイレに採取容器を置いた。「明日が本番」と用を足しつつ採取の注意書きを開くと、後ろ向きに便器にまたがり手前の壁面に便を残しそれを掬って容器に入れなさいと書いてある。「はあっ?」。便器右側にお尻を奇麗にしてくれる散水用ボタンが並んだ太い腕ががっしりとついているので、これをまたぐのは無理な話だ。一緒にドック入りのママヨさんは足の長さから言ってもっと無理(ごめん)。未だ時間はあるので、2人の間で「さあどうする?」の話で盛り上がる(笑)紙でこんなふうに土手を築いてとか、普通に始末して・・・、なんて話を笑いつつ目は真剣だった。
 
 
風立男氏は、ウイットの効いた下ネタは好きだが、うんこネタ、オシッコねたは、はっきり言ってもっと好きだ(笑)自分でもその幼児性をあっさり認めちゃう。卒論を書くのに読んだ「ガルガンチュアとパンタグリュエル」(仏15世紀 ラブレー、)に、文庫本一冊分すべてのものごとに『キンタマ』をつけるところがあり、その荒唐無稽な暴走に唖然としつつ、思ってもみなかった言葉の効能に圧倒され、文学世界の意味を感覚的に考える機会があった。(明日に続く)
 
※画像の便採取方法はインターネットから。こういうのまでUPされる今。今日の標題は「うんこネタ」だったがそれではあんまり、と思い「下の笑い」に。
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こめの学習帳:13ページ目【将来に楽しみを用意すること】

2017年07月16日 | 【保管】こめの学習帳
将来に楽しみを用意すること
 
退職後にチャレンジしたいと思っていることの一つに、チェロを弾くことがある。特に好きになったのは高校~大学の頃だったと思う。親から借りたヨーヨーマのCDを何度も聴いた。低音を朗々と歌うような音色が心地よかった。高校までコーラスをやっていたからだろうか「こんな風に歌えたら気持ちよさそうだ」と思った記憶もある。
 
は1度だけチェロに触ったことがある。小学校の頃の友人がチェロを習っており、遊びに行った時には少し教えてもらったのだ。弓をうまくあてられると、いい音がして嬉しかった。教えてくれた友人はその後チェロ奏者になり、現在は某音大で指導している。彼に最初に師事したのは私という事になる、かもしれない。
 
際にはやらないかもしれないし、あるいは、別の楽器をしたいと思うかもしれない(アルトサックスも素敵だと思っている)。ただ、何十年か後にやりたいことを用意しておくことは、今を楽しくさせる。それに気づいてからは、老後の妄想も嗜むようになっている。


【波風立男氏談】波風立男氏も心と共振するチエロが好き。昔、「マーマーヨのリベルタンゴ入っているの下さい」とCDショップに買いに行ったことがある(笑)店員さんが少しも慌てず「お待ち下さい」と出してくれた  前回記事の丸鶏スープで鶏雑炊、中華風野菜スープ、わかめスープ作って食べる。美味くて飽きない。こういうのが庶民の出来るご馳走だと思う波風食堂用の手作りシンク、シンクトップの塗装残すだけに。小型冷蔵庫と棚をシンク下に配しスッキリ裏ブログを久しぶりに更新。お題は「寒い7月」。
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