波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

今日72歳

2024年03月26日 | 日記・エッセイ・コラム

今日は波風氏72歳の誕生日。「いやー、よくこんなに生きられたなあ」が率直な感慨。男が短命な家系、10年毎に入院手術、前々からこの歳上限と思っていた。それが健康寿命72歳(女性75歳)まで到達出来たとは。

一にも二にもママヨさんからの生活習慣チクチク矯正が生誕72年の勝因。嫌いな風呂も連泊でなく連浴しちゃうこの頃。裏ブログ『わかってきた』に、①人は必ず死ぬ。②暮らしの総決算は体調③長生きは好きな「ひと・こと・もの」のためと書いたが、付け足しで④「わからないこと」ばっかりがわかること。スマホ代金の還元が極端に減り支払いカードの変更が必要になった。だが、その操作はわかってもその意味がわからず、ショップに行って一発解決。あっ、さらに付け足し⑤「わからないこと」はわかっている人に聞けばよい。

わからなくても暮らしには困らない。今までもそんなんでやってこられた。「俺ってだめだなあ」の自覚と、「分かりたいなあ」という好奇心と、朝起きて寝るまでのまともな習慣があればね。波風氏のブログは「わかって面白かったこと」しか書いてないが、それはこの3つを言葉で確認し自分で自分を納得させる作業。自己満足の自己表現。

「おやっ、川に入っちゃいけないったら」は、宮沢賢治『オツベルと像』の文末の言葉だが、ここまで来たけれど先はまだあるかなあと思った時にひょういと浮かんだ。


画像は、春の陽気で雪が解け始めてもその下に氷が張っていて危ないよの玄関前看板。ママヨさんが「角スコップどこにあるの?」と聞いたが、犯人と隠し場所わかります?「おやっ、川に~」は、注意しないと騙されるかもしれないよの意味あり。大谷さんじゃないが、真面目にやっていても先に何があるかわからないね「トランプふたたび」「男性たちは本当に哲学してきたのか?」に惹かれた『世界』(岩波4月号)、『続 窓ぎわのとっとちゃん』を時々思い出しながら読む。

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第38回『ほんのおつきあい』全記録

2024年03月23日 | 読書

先月25日、参加者6人の読書交流会記録。

MS 解錠師(スティーブ・ハミルトン著、越前敏弥訳:ハヤカワミステリー)、息子が高校生の時に読み解錠師いなりたいと言っていた。言葉を失った主人公が絵と解錠の才能で金庫破りの弟子に。未だ半分しか読んでいないがとても面白い★5

ママヨ 前回交流した石牟礼道子著『苦海浄土』に関わる読書のその後。
悲しみのなかの真実 石牟礼道子/苦海浄土(若松英輔著:NHK出版)、2018年に亡くなったこの本がNHK番組「100分de名著」で紹介された時のテキストをもとに指南役の若松さんがずうっと読み続けるべき本として「『苦海浄土』とは何か」を表した。「宗教は死んでしまった」とまで言う悲惨さで読み続けられないのも大事な読書体験という指摘にうなづく。水俣病との闘いとはチッソ会社ではなく文明(便利さ)に対する考え方の変更を迫る、今を生き抜く祈りの世界への道★5
ちようはたり(志村ふくみ著:筑摩書房)、人間国宝の染織家が3回ほど水俣病について書いている。自然からの恵みを忘れていないだろうか、という問いあり。良い本だと波風さんが前に言っていた家の本★5

KK  『夢幻花』(東野圭吾著:PHP研究所)、なぜ殺したのか(殺されたのか)、どうやって殺したのかというミステリー小説の原点に帰る10年前の本。黄色の朝顔(=無幻花)を愛でる老人が殺され真相解明に向かう孫娘。禁断の花を巡る人間ドラマ、伏線の回収が天才的★5
白鳥とコウモリ』(東野圭吾著:幻冬舎)、高名な弁護士が殺され、自供により解決されたはずが加害者と被害者の子どもの疑問から一転、「罪と罰」を考えさせられる題名の妙★5

HFYOGAジャーナル』(ヨガジャーナル日本版編集部:プレジデント社)、ヨガを15年やってきたが、除雪前に身体があちらこちら痛くて準備おテキスト★4
子どもの貧困』(池上彰編:ちくま新書)副題「日本の大課題 社会的養護の現場から考える」、家庭で育つことが出来ない子どもが増え、その状況を知り自分でやれることはないかと手に取った★3

NI  今回は私の父親と私の言葉で交流。利尻で鰊が獲れなくなり稚内に移り沿岸漁業に従事。阿弥陀如来様に帰依し毎日漁の前にはお経をあげていた。とても厳しい人だったがこの言葉は私の生きる指針。「70年の道のりを振り返り険しい時もあったけれど只あなた様(他力本願)にみまもられ過ごして参りましたが何時みはなされようとも悔いる事なし お念仏申すのみ 南無阿弥陀仏 々 々 昨日も今日も又明日もあなたまかせの身なれば死すとも生きるに更に悔いなし 念仏がついてござる」。

私のは「一、親の尊さを越えるものは無い 一、常に生きている証を創造せよ 一、生命には限りあることを知れ 一、他を不幸にする権利など無い 一、幸せは分かち合うもの」。42歳の時、長女に手を上げてまんじりともしない一夜を過ごし娘に送ろうと思った言葉。

波風 『ディアスポラ紀行ー追放された者のまなざし』(徐京植:岩波新書)、本ブログの『君のことは忘れないよ』と『なぜ自分は自分なのか』で触れたので省略。★5 


生きるということは、多くの言葉との出会いであり人間は何て色々な言葉を使い生かされている生き物なんだろうとあらためて思う今回の読書交流会次の読書交流会は、3月31日(日)波風宅で14:00~2時間半程度、参加費200円。本の簡単な内容と感想を交流(多くて3冊)、みんなの話を聞くだけもOK。参加可能ならご連絡を➜ namikazetateo@gmail.com

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曲解『徒然草 117段』

2024年03月21日 | 日記・エッセイ・コラム

70年生きて、この人は良い人だとか、悪い人だとかを切実に考えることが稀にあった。誰かのせいで怒ったり、歪む笑いで消化したり、失意にくれて涙流すしかないような時。700年前鎌倉時代の随筆の言葉がそんな心をピタリと言いあてる。
友人(年齢差関係ない知人含む)としてありがたくない人、まず「エライひと」。民主主義の今、身分の高低無いけれど、「周りから認められた選ばれた人」と勘違いしている自画自賛者は意外に多い気がする。礼儀知らずの生意気な若者も困る。病気知らずは幸運な人だが、それをベラベラ自慢して病気持ちをウンザリさせるのは最低。未婚の人や子ども無き人を前にして妻や孫の話を嬉しそうに語る人も同じ。酒が飲めないのは男ではない、気脈が通じないと真顔で語る先輩がいたが馬鹿だと思っていた。すぐケンカするのもだが、嘘つき、欲深い奴は遠ざけるに限る、伝染るかもしれない(笑)国会中継は危険。
大谷選手の通訳が違法賭博で球団解雇されたニュース、7つの友人不可項目中であてはまるのが3つはあるような気がする。

物くれる人は良い人は、即物的というか功利的な感じして嫌だったが、老人になり有難く思う(笑)。あげることも多くなり、「これは美味しかったからあの人にも味わって欲しい」という心を思う。医者の友人はいないが身体を心配してくれる人はありがたい人。それも、そこはかとない態度で示してくれる情けは寒い日の温もりに似て嬉しい。「知恵ある人」は知識のある人でなく優しく常識のある人のことだろう。遠く離れていても、長く会わなくても「あの人はどうしているかなあ」と考えるだけで懐かしく心が素直になれるような。


波風氏がウドン打ち、ママヨさんがオハギつくる春分の日。早朝に積雪あっても午後には溶けていた。明日から最高気温プラスの春が始まる  勝手なこと言いながら相撲見物、何か隠していたような北青鵬、だんだん取り組みも顔つきも態度も悪くなった白鳳、似たような豊昇龍。大の里と猛富士、良い顔してるわ画像は、吉田兼好(1283~1350年)の随筆『徒然草』から。

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シワシワ波風

2024年03月13日 | 日記・エッセイ・コラム

だいぶシワシワになった顔、深い人生物語るような粋な皺が刻まれますように。白髪が先か毛消滅が先かと思っていたら、両方とも停滞気味。首筋に老いが浮かんでいるのが年相応。1年に1度ぐらい誕生日前後で似顔絵描き、顔つき目つきの怪しさ点検。今回は、穏やかな雰囲気で、ダイエット効果も表現され、エプロンで自立的暮らしも感じさせるお気に入り。少し気難しそうだが、もしもの時の遺影にも使えそう。

本で立ち止まって考える。俺って何も分かっていなあ。「教育改革の、リベラル、新自由主義、道徳保守主義の混在が同時に求められることが先生の忙しさの背景」(※1)、「差別や猥褻や偏見に関する用語を口にすると目の前の奴が分かってる奴かどうか解っておもしろい・・・・陵辱もそれだけだとただの単語。好きって付けると良くも悪くも生き返る」(※2)。「日本での『リベラル』は、保守でも共産主義でもない立場を指す」(※3)。本は予想なしに立ち止まらせ、散らばっている記憶や感情を別の知識に仕立て直す道具だなあ。いくつになっても心ざわざわするのは嬉しい。

その好奇心とは、あることに関心を持つことだが、字のごとく『好き』だからこそ。これをモノやコトだと関心失せること多いが、ヒトだと少し次元が違う。一度好きになったヒトは忘れない。だが、そういうヒトが長い年月の間に何度も人間性への疑問や失望、怒りの対象にまでなってくると、そのヒトへの関心を消すことにしている波風氏。下手すると「勝つまでやる」がモットーの腹ワタ充満暴発的言いがかり発動になりかねないからだ。こういう性分は老いると丸くなり薄れると思っていたがもともと非常識(本日の公式裏ブログ「過去は変えられなくて」参照)だからそうならない。許せないヒトは関心を持たないヒトにしてしまうのが波風氏の平和的制裁。こういうの嫌じゃないなあ、俺ってそういうところがあるのかと関心持ったりして。ヒトって何?自分って何?ここらが老いても失せない好奇心の中心問題かもなあ。


画像『シワシワ波風氏』、こうしてみると哲学者的雰囲気もありなかなか(笑)  (※1)『世界』1月号砂田砂鉄・二平典宏対談「最後は教育なのか」から。学校の殺人的多忙と管理主義をこういう視点で整理する鮮やかさ(※2)山田詠美著『肌馬の系譜』(幻冬舎)、際限なき小説世界と思いつつ隠れてエロ本読む気分、大人向け江戸川乱歩作品みたい、山田さん凄いわ『世界』2月号、小熊英次著「戦後日本の『リベラル』と平和主義」、辞書的な意味で無く、外国の使い方で無く、この国での意味の変遷。

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おさげママヨ

2024年03月10日 | 日記・エッセイ・コラム

仕事を始める前にこのブログを読んで、時々クスッと笑っていると、昨日来られたお客さん。どうもママヨさんの言行がそれらしく小さな声で「奥さんはブログ読んでいないのですか?」なんて聞く。誰が読んでくれているか分からないし、家族から感想も聞かないので読んでないと思うと答えたら、「何書かれているかわからないので時々点検してます」といつの間にか近くに座っていた本人。

結婚して50年目に入るが、ママヨさんが断言していた波風氏との「親友」関係の深化を日々実感中。各自が身辺的にも文化的にも自立を模索し、それを互いに励まし、やっと得られた年相応の自由を楽しむこと。昨年秋に言い出した「お下げ髪」も今年の夏には達成できる模様。白髪:黒髪=7:3がなかなか粋。波風氏が面白がってやっている体重・血糖値・血圧の管理も早2年。

面白がる種を見つけて暮らしていればそのうち、カッコいい変なおじさんやおばさんにはなれなくても、普通に変なおじいさん、ちょっと変わったおばあさんにはなれるかもしれない。コツはママヨさんとの関係でも、人は人自分は自分、ストレスを与えずもらわないことに尽きる。昨日の夜、嫌いな風呂に入れと言われて嫌だと言ったら、間髪入れずに「風呂が汚れなくて助かりますホホホッ」と返された。親友が対等とは限らない。


画像は、全然似ていないけれど「そんな感じかもなあ」と思わせる波風的強引似顔絵。マーガリンの箱の裏に これでお終い、と思いたいのに静かに積もっている春の雪、これが意外に重い記事が先か画像が先かと言われたら、後者が先かもなあと思うブログ更新の意欲。

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