波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

恐怖満載絶対注意

2022年07月28日 | 日記・エッセイ・コラム

齢者になり特に注意している危険3つ。毎日朝に珈琲を淹れているが、ガス台五徳に置くヤカンの位置、ヤカンを持つ右手の感覚、ヤカンを珈琲ポットに注ぐときの状態をいつも注意している。中学生の時、ストーブの上のヤカンから鍋に湯を注ごうとして足にかけてしまい、それはそれは痛い中3始業式前の春休みだった。その時の感覚がずうっと消えない人生だが半世紀経っても「残る人生で絶対に失敗してはいけないこと」に真っ先に確定。

 

暦後から急速に恐怖感が増してきたのが『階段』。昨年ママヨさんが2階から下りてくるときにあやうく落ちそうになり急遽寝室を1階に移したが、前々から恐いと思っていたので「やっぱり恐いんだ」と老いた脳に刻む。決して急な階段では無いから、筋肉や全身の調整力の弱体化と集中力の欠如が原因だろう。家の玄関は低い3段だからまだ大丈夫だが、階下車庫で2階玄関なんていう家を見ると、毎日毎日あんな恐ろしいところを上り下りしていると思うと気の毒。若い時、あんな家を持ちたいと思ったこともあったのだが。

 

う一つは出会い頭の車の事故。若い時に失敗してから「俺はこれから車を動かすぞ、右からも左からも車は来ていないな、周りに人もいないな」と思ってからアクセルを踏む。それ以来、この種の事故は無い。と書いたが5月に思いっきりスーパーの駐車場で車止めに衝突していた(あらためて絶句)。出会い頭で無く、駐車場で停めてあった車をこすったり、家の門で研いだり(泣)は数件ある。出発とともに駐停車時も「俺はこれから・・・・」が絶対に必要だ。今年免許更新のママヨさんに高齢者運転教習の案内状が来た。波風夫妻は社会的に「君たちは相当に心して運転しなければだめなんだからね」と刻印を押されているのだ。「波風板金やってます」なんてふざけている場合ではない。


波風氏のバイク事故の話は広く知れ渡っている(笑)新聞に掲載(道新コラム「勉強」)したので。「先生がこういう態度で良いのか!」という投書が新聞社に来たらしいし、家にも知人から「波風先生らしくない、と思ったが最後まで読んで立派な奥さんがいて良かった」なんていう手紙が来た他に注意しているのは電動工具。丸鋸、チエンソー、ハンドグラインダー・・・みんな恐い。メンテナンスと作業環境や作業衣服の点検は絶対。防塵メガネを最近新調した2時間後に4回目ワクチン接種。明日は昆布干し作業休み。副反応がコワイヨ~(強弱あるがほぼ100%出現)

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浄める仕事

2022年07月22日 | 日記・エッセイ・コラム

「和食を上手に作るためには、道具や食材や自らの手を浄(きよ)めることから始め、常に始末をつけながら料理すること」と土井善晴さん。これを引用した雑誌(前出『別冊太陽 一汁一菜の未来』から)が、時間・場所・道具のいちいちにけじめをつけてから次に進むことは、『きれい』を維持し、更新しながら作業することと解説し、そんな仕事・家事の出来る人は料理も上達が早いはずだと結論づける。

 

専業主夫歴まだ5年の波風氏だが素直に納得。どんな分野でも、きれいな仕事の出来る人は他の手仕事の上達も早くてきれいだと思う。けじめをつけた仕事の出来る人は、段取りもそうだが出来上がった後のことも考えている。こういう人生訓が、残る人生に直接反映するなら今からでも遅くない大切さだ。家事は日常で単調な繰り返しだからいつでも手が抜ける、それを一定のレベルでたんたんと最後の最後まで続けられたら実にきれいな人生だったと言えるのではないかな。難しいことだが。


前回ブログで若い人の政治意識が不安と書いたが、若い人が加速度的に少なくなっていることが根本的不安。若い人が安心して子どもを育てる喜びを持てないんだから、最悪家事で気をつけていること。ヤカンや鍋で沸かした湯を動かす時、階段の登り下り、そして食器や食材はもちろんだが俎板(まないた)と自分の手を浄めること。「清める」でなく「浄める」なんだね、精神でなく物資画像は波風兄妹の60年前ぐらい前。昔はこんな子どもたちがいたるところに湧き出ていた(笑)

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暮らしという座標軸(下)

2022年07月19日 | 日記・エッセイ・コラム

(前号から続く)
70歳になり、過去はますます遠くなり未来がどんどん近づいてきた感じする。もともと昔のことを考えるより今をどう楽しむかを思う質(たち)だが、その未来は暗い。「選挙に行かない若者が大勢いる」と前回書いたが、未来に生きる人たちがこの国を良くしようと思えなくさせられているのだから。これ、全大人の責任。憲法を暮らしに生かす大事さを学校が教えていないし、先生も制約だらけで政治を恐くて教えられない。高齢者世代の投票率が高いのは、「自分たちでこの国を変えられる」という政治的的体験が普通にあったからだろう。波風氏はその時の勢いを今も身体のどこかに宿している感じがする。

戦争が終わった1945年8月15日、文字通りの焼け野原で生き残った人々は心の底から自由な気持ちに満たされたと聞く。比べて、あらゆる物が溢れるような今の人々が満たされているとは思えない。連帯で無く分断、言論で無く暴力、分け合うのでなく独り占め、新しい戦前が近くの未来に潜んでいる不安。
こういう時は、「難しいことはさておき、まずご飯を食べてから」に限る。トイレ掃除とか、アリ退治とか、畑の草取りとか、暮らしの些細なことを楽しみながらこの国のことを考えてみたい。「暮らしは暗し」になると生きる元気の座標軸がなくなっちゃうからね。(もやもやした終わり方だけで、一応終わってみる)


図書館にリクエストして買ってもらった『ちばあきおを覚えていますか』(集英社:千葉一郎)、新聞でこの本の広告を見たとき、「当然覚えているよ。キャプテンもプレイボールもチャンプも全巻持ってるよ」。筆者はあきおさんの長男、とても分かりやすい文章、待っていた本 TVをあまり見なくなったのは戦場やテロの場面にうんざりもあるが、つまらないのが多すぎる「暮らしの座標軸」の原点は身体の健康。オヤツ我慢したら60代の体重72㎏が69㎏(適正体重)になり、血圧も血糖も良くなってきた。身体って面白いなあ。

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暮らしという座標軸(上)

2022年07月15日 | 日記・エッセイ・コラム

クライナに平和が戻るために、俺は何をしたら良いのだろう、と考え続けている。外側に向かって何かする術は思いつかない。まともな政党の名前を選挙で書くぐらいしかない。彼の地の平和を念じながら自分で出来る『我慢』をしてみることにする。意識は外側に向けつつ、暮らしの中の甘えを意識して減らしていく感じ。

病、戦争、暴力、貧困、・・・・・だいぶ前からひどいなあと思っていたら、今はもっと悪くなり、未来の明るさが電池切れみたく乏しくなる時代。これを利用して昔から決定的に悪いことしようと画策する人たちが大手振り出したのが恐い。選挙に行かない若者が大勢いるのも残念。
本能的に命の不安を予感。戦争直前の川柳「戦争が廊下の端に立っている」になぞらえれば、死に神が廊下の端に座ってる。(次回に続く)


画像は、別冊太陽『一汁一菜の未来 土井義晴』(平凡社)、この人の言葉「何が必要かわからなくなったらいつでも戻ってこられる灯台のような座標が暮らし」に共感 開店未定の波風食堂をせっせと掃除。今日は波風強くて昆布干し休み。『波風』と短冊に書いて風鈴つるす朝、家の周囲の細道畑を見回り、青のが多い花々を愛でズッキーニの雄花と雌花交配し、収穫したイチゴをヨーグルトで食べる。

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ママ友の教え

2022年07月08日 | 日記・エッセイ・コラム

昨日の公式裏ブログ『ゼリ友』に続くママ友の話だと思ってもらっては困る。「ママヨさんと明らかに友人関係の波風夫妻」の意味。この関係は、10年前に新聞誌上で公言(道新「朝の食卓」に載せたエッセー『親友』)した。なぜこの話を古希になった今持ち出すかというと、『親友関係』以外のなにものでもないと確信に至ったからだ。

 

10年前、ママヨさんは何の疑いも無く親友関係と断言し、波風氏は半分洒落の感覚で「では俺もそういうことで」と同意。以後10年は「波風氏、自立の修行期間」なのだが、無意識にママヨさんの上に立ちたがる波風氏と、終始一貫並立のママヨさんとの間には絶えず葛藤があった(涙)。「どうしてわからないかなあ」、「どうしてそんなことするのかなあ」というママヨさんの日々のつぶやきは、波風氏が「家事手伝い」から「家事共同」へ成長する激励だったのだ。

 

波風氏は褒めて伸びる奴、変なところでプライドが高い男とママヨさんは理解しているので(実際そうだ)、そこらを上手に駆使して家事担当分野をじょじょに拡大させてきた。波風氏にとってそれは面倒なことの習慣化だが、不思議なもので自然に体が動くようになるにつれ「俺もママヨさんと一緒に暮らしを作っている」という今までに無かった意識が生まれて来た。それは、退職しても全身に密着している「俺は外で給料もらう仕事:君は家で無給の仕事」という人間観からの脱却であり、頼るところは頼りつつ目指すは各自の人間的成長であり、そうした努力を励ましあう関係=親友という言葉が一番ふさわしいんだろうなあ、と思う。


画像は昨年に続く昆布干し作業、今日からスタート。明日も早いからもう寝るよ 寒かったから遅れていた花と野菜、一気に暑くなり一気に成長。いちごも大粒、好きな青い花の都忘れも菖蒲も鉄線も今が盛り毎日が本当に忙しい、そして面白い、だから・・・・ブログ書けない(言い訳です)新しいエッセーの書き手を依頼、今月中のどこかでデビュー、お楽しみに。

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