ミャオの家より

今はいないネコの飼い主だった男の日常

ワタシはネコである(129)

2010-01-26 16:57:39 | Weblog



1月26日

 さすがに、あの春のような暖かさの陽気のまま、行くはずがない。その後は小雪混じりの日があったり、晴れていても風が冷たかったりと、寒い日が続いている。

 そんな寒いある日のこと、数日前のことだ。久しぶりに飼い主から怒鳴られて、驚いたワタシは、夕闇の中に飛び出してしまった。
 ただでさえ怖い飼い主の鬼瓦(おにがわら)顔が、怒りにゆがみ、大声をあげたからたまらない。ワタシは一目散にベランダに飛びのいて、さらに庭へと下りて逃げ出した。
 普通は、あの鬼瓦顔に似合わず優しい飼い主が、どうしてあんな風に、急に豹変(ひょうへん)したのか。ワタシは家から離れ、寒い暗闇の中を歩きながら、考えていた。

 その日、飼い主は買い物に出かけたらしく、それでもワタシの、サカナの時間に合わせて帰って来た。待ち遠しくて、飼い主に体をすりよせ、ニャオニャオ鳴いて、ようやく、生ザカナをもらう。
 おいしく頂いた後は、しばらくそのままベランダで、食後の毛づくろいをしたりしていたが、居間に座っている飼い主に向かって鳴いて、ドアを開けてもらい、さらに部屋のコタツの中に入る。
 しかし、サカナを食べた後で、エネルギーはみなぎっている。じっとしていられなくて、ニャーと鳴いて部屋のドアを開けてもらい、さらに居間のドアも開けてもらいベランダへと出て、夕暮れ前の庭に注意を払う。
 しかし寒いから、また鳴いて家の中に入れてもらう。その日は、なぜか落ち着かず、出たり入ったりと、短い時間に3回も繰り返した。
 
 その時、居間でパソコンに向かって手を動かしていた飼い主が、立ち上がってワタシに怒鳴ったのだ。もう何年も、その怒鳴り声を聴いていなかったから、ワタシは驚いて、逃げ出してしまった。
 確かに、チョロチョロと出入りを繰り返したワタシも悪いけれど、何もあんなに、80db(デシベル)以上はあろうかと思われるような、大声を出さなくてもよいのに。
 ここは静かな山の中で、ワタシも年は取っているが、まだまねき猫のように、前足を自分の耳に添えて聴かなければならないほど、耳は遠くなっていない。注意するなら、もっと優しく言って欲しい。こどものネコじゃないんだから。
 ほんとに、あの鬼瓦めが。そんなに、カッカして熱くなると、焼かれて、鬼瓦せんべいになるぞ、とワタシもムカついていた。

 しばらくして、ベランダから飼い主が、やさしくワタシを呼ぶ声がした。バカめ、帰ってやるもんか。
 少し離れたもの陰の所にいたのだが、寒さがズンズンと忍び寄って来る。
 そして、さらに飼い主が外に出てきて、例のネコ声をあげて鳴いて回っている。ワタシの近くまで来たが、ワタシは黙っていた。

 1時間くらいたって、もうワタシは我慢できなくなった。家に戻り、駆けあがって、ベランダの所で一声鳴いた。すると飼い主が、ドアを開けてくれて、例のムツゴローさん可愛がりで、オーヨシヨシと言いながら、ワタシの体をなでまわした。
 さらに、飼い主は、いつものストーヴの前にいるワタシの傍にきて、頭を下げては、何かを言っていた。恐らくは、ワタシに謝っていたのだろうが、ともかく相手が話すのを黙って聞いてやり、そして飼い主の顔を見て、短くニャーと鳴いてやった。

 二人っきりで暮らしていれば、どうしてもそれぞれに、やりたい事や思いが違ってしまうことがあるものだ。そんな時に、一人しかいない相手に、いつまでも我を張っていたって、問題は解決しない。大事なことは、お互いに相手のやりたい方向へ、少しだけ歩み寄ってやることだ。
 それは、自分だけが我慢することではない。またある時には、自分のわがままになるのかもしれないし、お互いさまなのだ。ふたりで一つの思いになるために、それぞれ、相手のことを思い、一歩近づいて行けばよいのだ。

 飼い主は、ワタシがいなければどれほど寂しくなるか、そのことが分かっただろうし、ワタシも少し大人げなく、飼い主が仕事していることも考えずに、ひとりはしゃぎすぎたのだと思う。
 まあこうして、年をとっても、まだまだ学ぶことは多いのだ。


 「つい、ミャオに怒鳴ってしまった。前回のブログを急いで書いている時のことだ。余りにミヤオが何度も出入りして、そのたびごとに、外の冷気が入ってくるので、ドアを開け閉めしなければならず、ついカッとなってしまったのだ。
 怒鳴った後、すぐに自分が悪かったと思い、ミャオに謝ろうとしたが、もうベランダから外に逃げ出してしまっていた。

 しかし、このままにして放ってはおけない。何といっても昔のこともあるし(’07年,2月10日,11日,13日の項)、また大変なことになるのではないかと、心配になってきた。
 しばらくして、外に出て、ライトで夜道を照らしながら、ミャオに鳴きかけて回ったのだが、返事もない。仕方なく家に戻ってしばらくしてから、ベランダでミャオの鳴く声がして、すぐに家の中に入れてやり、やっと安心した。

 今回のことは、すべて私の方がが悪い。ミャオは、私が北海道にいる間は、ひとりでつらい暮らしをしているのだから、少なくともこうして一緒にいる時くらいは、ミャオの思いどおりにさせてやるべきなのだ。
 ミャオには、ミャオのその時の気分があるのだから。それは、いろいろ買い与えたり、過保護にしたりして、甘やかすこととは別なのだ。
 それにしても、この年になってカッとして、キレるなんて、それもネコを相手にして、と自ら恥じ入るばかりである。

 昔は、キレることを、正しく、『堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒(お)が切れる』と言ったものだが、今では、その言葉は会話体としては余り使われずに、私でさえ、あの『忠臣蔵』の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が、松の廊下で刀を手にした時か、昔の頑固親父が放蕩(ほうとう)息子に向かって吐く言葉としてぐらいしか、思い浮かばないのである。
 大体、『かんにん』という言葉そのものが、関西圏とその影響下にある地域以外では、余り使われなくなった言葉でもある。『かんにんしてね』なんて、きれいなお姉さんに言われれば、誰だってすぐに許してしまう良い言葉なのだが。


 短縮語ばやりの昨今であり、キレるという言葉は、元の出どころから離れて、もっと冷たい感じで、すぐにカッとなり、暴力を伴う意味も多少含まれているようだ。昔、同じようにカッとなるという意味で、『あいつは瞬間湯沸かし器だから』なんていう流行語があったが、このほうが、人間的で温かみがあった。

 私たちの世代は、そのように、『堪忍袋の緒が切れる』という意味合いを教えられてはいたのだが、さらに繰り返し映画などで見たりすることによって、納得していたのである。
 例えば、こうした情景の一つとして・・・。その強欲悪辣(ごうよくあくらつ)な仕打ちに耐えて、我慢に我慢を重ねていた男が、ついに『堪忍袋の緒が切れて』、世の中の正しい道を全(まっと)うすべく立ち上がるのだ。
 『義理と人情を秤(はかり)にかけりゃ、義理が重たい男の世界・・・』
 雪の降る深夜の道を、抜き身の脇差しを手に、着物姿の男がひとり歩いて行く。今まで悪逆非道(あくぎゃくひどう)の限りを重ねて来た悪者一家に、殴りこみに行くのだ。その男は、怒りに燃えた眼で敵に立ち向かい、次々に切り倒していく。
 すべてが終わった後、自らも手負いの傷を受けたまま、ひとり出てくると、橋のたもとにいた女が駆け寄ってくる。彼女に、『後のことは頼んだぜ』と一言告げたまま、彼は警察への道を歩いて行くのだ。
 『・・・幼馴染(おさななじみ)の観音様にゃ、俺の心はお見通し、背中(せな)で吠えてる唐獅子牡丹(からじしぼたん)』(作詞、矢野亮・水城一狼)。

 ヤクザ映画全盛のころ、ひとり場末の映画館で、こぶしを握りしめていた私は、その高ぶる思いのまま外に出た。何事もなく、華やかにさんざめいている盛り場の雑踏の中、行きかう人々に抗(あらが)うように、私は肩で風を切って歩きだした。

 全く今にして思えば、恥ずかしいばかりの若き日の一シーンである。しかし、若者たちの、一本気な思いは、耐え忍ぶ時を経て、いつしか溢れんばかりの激情となって、ある時は怒りの舞台に、そしてまたある時は喜劇となって爆発し、その祭りの後は、いつも苦い後悔と涙の悲劇が訪れるのだ。
 しかし、いつの時代にも、そんな若者たちの気難しい思いを受け入れてくれる場所があり、やさしく見守ってくれる人々がいるはずだ。若さとは、無益な冒険をしては傷つき、学んでいくことなのだ。8割の失敗と、1割の成功があればよい。残りの1割は時の運だ。ただ、そのうちのどれを選択したか、だが。

 今の時代は、すぐにキレてしまう若者と、助けてと言えない若者(NHK・『クローズアップ現代』の特集)の両極端だけが目立つようだけれども、その元をたどると、何か同じ所にあるように思えてくる。
 ひとりの世界にこもることと、ひとりで外に歩きだすことは、同じひとりでやることにしても全く意味が違う。つまり、今、まだ若いうちに、『ゲーム器を捨て、コンビニを捨て、町を出よう』(寺山修二『書を捨てよ、町を出よう』)、ということなのだけれども。

 といったことを、山の中に引きこもって、ネコを相手にキレているオヤジが、若者たちに話すべきではないのに。まあ、人間というものは、いつも他人には厳しく、自分には甘い、まさに度(ど)しがたき存在なのだから。
 ミャオ、今日はい天気だな。散歩に行くべか。」

 
 


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