ミャオの家より

今はいないネコの飼い主だった男の日常

タラの芽とホタルイカ

2013-05-27 22:15:03 | Weblog
 

 5月27日

 朝、周りの風景は深い霧の中にあった。しかし、その白い空の彼方には、何かしら明るい兆(きざ)しが感じられた。
 その白い明るさが広がり、やがて霧が引いていき、林が見え、ゆるやかにうねり続く畑が現れ、そして白い空のあちこちから、青い空が広がってきた。
 彼方には、日高山脈の残雪の山なみがかすんで見えている。

 今日は、全北海道的に、晴れの予報だった。さらに帯広の予想気温は、何と前日よりは一気に10度以上も高くなって30度になるという。
 そんな好天の日なのに、私は、山に行くつもりはなかった。
 昨日から天気が良くなって、気温が上がり始めていたから、たとえ晴れ渡っても、山はかすんでしまいぼんやりとしか見えないだろう。
 今まで、何度もそんな経験をしてきている。せっかく晴れた日に山に登ったのに、上からの山々の眺めがかすんでいては、眺望(ちょうぼう)が第一という私の楽しみが失われてしまう。それは、雲の多い日の登山と同じであって、全くの期待はずれになると思うからだ。

 私が山に登る日は、できることなら見通しのきいた空の下、周りの山々がくっきりと見えるような日であってほしいのだ。
 前回ブログ記事に書いた双珠別岳からは、もう10日余りもたつのだが、あの爽快な雪原歩きの思い出が、今でもよみがえってくる・・・。
 年を取ったがゆえのわがままで、あるいは残り少ない日々のためにも、これからの山歩きは、その最上の天気の日を選んで、出かけたいと思っているのだ。

 ・・・というのは、実は自分への言い訳であり、今では体力的な意味も含めてすっかりぐうたらになり、それほど山にガツガツしなくなったというのが本音のところだろう。
 その分、家の周りにある木々や草花については、より詳しく観察して見守るようになってきたのだ。私と一緒に生きているものとして。

 つい数日前まで寒くて、薪(まき)スト-ヴを燃やしていたというのに、その後、晴れて気温が上がり始めると、一気に春の盛りになってしまった。まさしく、あちこちで爆発的に緑が満ち溢れ、草花が咲き、木いっぱいに緑の葉が増えてきたのだ。
 なんという、北国の春の勢い。
 あのストラヴィンスキー(1882~1971)の名曲『春の祭典』での、フル・オーケストラのきらめき響き合う音の流れのように、生き生きとうごめく草花たち・・・。
 思えばそれは、北国ロシアの出身である彼だからこそ表現することのできた、すさまじい躍動感にあふれた春の音だったのだ。

 前回あげたように、林の中ではオオサクラソウやオオバナノエンレイソウが、今も咲いているのだが、庭ではようやくシバザクラが咲き始めて、さらにはそれまで大きな葉だけだったチューリップも、そのツボミが伸びてきたと思う間もなく、鮮やかな原色の花びらがあちこちで開き始めたのだ、その数、数十本。 
 エゾヤマザクラやキタコブシの花はもう終わりだが、周りの木々の新緑もあっという間だった。シラカバ、ナナカマド、ミズナラなどの若々しい葉が風に吹かれてきらめいている。その上には芽吹いたばかりのカラマツが立ち並んでいる・・・そして青空。

 林の中に入れば、日当たりのよい斜面にはタラの芽が出ている。(写真上)
 「おいしいものにはトゲがあるのだから」とひとりつぶやきながら、そのトゲだらけの枝を曲げて先端の芽を採っていく。
 すぐにレジ袋いっぱいになってしまう。それをその日のうちに、天ぷらに揚げて食べる。
 天つゆにさっとつけてから、その一口めの、さくっとやわらかいおいしさといったら・・・このひとり暮らしのよれよれのオヤジは、それだけでも、ああ生きていてよかったと思うのであります、はい。

 ところで今年は、長く寒さが続いた後で、一気に春が来たために、山菜もみんな同時に出てしまい、大忙しで取りにいかなけれならなくなったのだ。
 そのタラの芽の他に、ウドにワラビにフキにコゴミ(’10.5.24の項)があり、他にも、ヨモギは他の野菜と一緒にかき揚げにして食べるとうまいし、またタンポポの若葉も悪くない。
 食べるものは、探せば野山にいくらでもあるのだ。それが、春の恵みのありがたさだ。

 純白の雪の山の姿はきれいだし、冬の季節が一番いいと、日ごろからほざいてはいても、こうして春になって季節のいろどりで衣替えをした姿を見れば、それは、あのルネッサンスの画家ボッティチェッリ(1445~1510)の名作『春』の中の、花の衣装を着たあでやかな女神をほうふつとさせる姿であり、ああやっぱり、春はいいなと思ってしまうのだ。

 その純白の雪山の姿と言えば、前回、富山平野から雪の剣・立山連峰を見てみたいと書いたのだが、タイミングよくその後に、BS朝日で『ボクらの地球、日本唯一の氷河から奇跡の深海、富山湾』という2時間番組が放送されたのだ。
 まあ概していえば、こうした番組によくありがちな、科学的な興味と旅番組を合わせて盛り込んだ構成になっていて、ずっと通して見続けるには退屈な、どうでもいいような場面も幾つかはあったのだが、そこは録画だったので早送りにして・・・いつも思うのだ、すべての人が楽しめるように作った番組は、すべての人にとってぴったり当てはまるような番組にはならないということだ。

 たとえば、これは昨日放送されたのだが、NHK教育の『日曜美術館』では、今東京で開催されている、あの有名な15世紀ごろのタぺストリー(タピスリー、壁掛け織物)『貴婦人と一角獣』をテーマにして、その作品の全貌(ぜんぼう)が紹介され、この織物にまつわる謎についてなどが話し合われていたが、なかなかに興味深い番組だった。 
 それは、もともと美術に幾らかの興味があり、さらに日ごろから中世・ルネッサンス時代の音楽をよく聞いている私だからなおさらのことだろうが、つまりはそうしたマニアックな人たち向けの番組だったとも言えるのだが。

 紀元前の古代ギリシャの時代から、どこかにいると信じられていた一角獣の話が、中世の時代まで途切れることなく伝わっていて、その時代の人々の願いと教訓を込めて、巨大なタペストリーとして作られていた6枚もの連作。
 この織物の写真は、ずいぶん前にどこかで見た憶えがあり、さらに私にとっては、主に中世・ルネッサンスなどが専門のアメリカの女性ボーカル・グループ、アノニマス4(フォー)の、1993年発売のCD、『愛の幻影』のジャケット写真としてもおなじみのものだったからだ。(写真)

 

 アカペラで歌う彼女らの歌声は、一度聴いたらその声の響きの虜(とりこ)になるほどに魅力的であり、私は3枚のCDを持っているのだが、今にして思えば多分に録音技術的に作られたところもあって、今ではたまにしか聞かなくなっていたのだが、その中でも、あのモンペリエ写本と呼ばれる13世紀の歌曲集を集めた1枚は、その一角獣のジャケット写真とともに、私には忘れがたいCDでもあったのだ。

 さて、その6枚のタぺストリーは、人間の五感、味覚、聴覚、視覚、嗅覚、触覚を表していて、その最後の1枚、”我が唯一の望み”という言葉が織り込まれているタペストリーの意味するところが、いまだ不明であり、様々な学説があるということである。
 番組では、中世時代史の専門家の話も交えて、解明していくのだ。織物の絵の中に書き込まれた紋章から、その依頼主の貴族を探り当て、その夫婦二人の名前の頭文字があることも、そして・・・、しかしまだ謎は続いていく、あの『ダヴィンチ・コード』ほどではないにしろ。
 もともと西洋の絵画には、その絵のもう一つの主題でもある幾つかの寓意(ぐうい)も組み込まれている場合が多く、その上質な謎を秘めて描かれた絵だからこその魅力もあるのだが、同じことがこのタぺストリーにもいえるのだろう。

 いつものことだが、話がすっかりそれてしまった。富山湾の番組の話から、一角獣の話へと、全く関係もないところに及んでしまったが、私が言いたかったのは、テレビ番組について、その制作意図、対象視聴者をどこまで含めるかで、的確なあるいはあいまいな仕上がりになってしまうということである。
 もっとも、NHK『日曜美術館』という番組自体が、ごく少数の人たち向けの趣味的なものであり、その中の中世美術というさらに限られた分野での一作品というテーマであったから、もちろん私のような少し変わった好みの人間には、まさにうってつけの番組だったのだろうが、大多数の人にとっては、おそらく見る気もしないような番組だったに違いない。

 一方、『富山湾』の方は、標高3000mの立山から、さらに1000mもの深さで切れ落ちる、海洋地形の構造によって、それは山からの地下水が地上で湧き出すだけでなく、その海底にも湧き出していて、多くの種類の魚たちをはぐくむような豊かな漁場になり、さらにはその水で古代の海底林も保存され、その海岸では蜃気楼(しんきろう)が見られ、一方の山の上には氷河が存在する、という幾つのものテーマが寄せ集められていて、それを一人の若い俳優がリポーターとして、地元の人々とのふれあいなども交えて紹介するという番組構成になっていた。
 つまり、NHK教育の『サイエンスZER0』のような科学的ドキュメンタリーと、これまたNHKの人気番組である『鶴瓶の家族に乾杯』的な地元の人とのふれあい番組、さらに旅グルメ番組を併せてのごっちゃ煮になっていて、人によってはまとまりがないと感じるだろう。

 といって、いわゆるバラエティー番組のおふざけ調なところはなく、至って真面目に作られたいい番組だったことは確かである。
 この番組で、私が興味があったのは、もちろん時々映し出された富山平野から見た剣・立山連峰の姿にあったのだが、番組の意図はそこにないから、さっと映し出されていただけにすぎなかった。
 さらに、別な番組でも見てはいたが、氷河の現地調査のシーンはなかなかに興味深かった。
 さらにこれは、思いがけなく興味を引いたシーンなのだが、毎年テレビのニュースにもなる、例の浜辺に打ち上げられるホタルイカを、”集団身投げするホタルイカ”と名づけて、その謎に迫っていたところである。

 これは、人間以外の動物は、自殺をするのかという問題にも関連してくるのだ。
 私たちは、長い間、つい最近まで、子供の頃に見た絵本などで、ネズミたちが群れをなして自ら海に飛び込み死んでゆくさまを知っていたし、それは増えすぎた集団の数を減らすための、自らの自殺行為だと思っていた。

 しかしその話は、北極圏ツンドラ帯に住むレミングの、集団行動によるものが、その話のもとになっていて、そうした集団死は、実は個体数が増えすぎて、そのための集団移転の際の事故によるものであって、今まで言われていたような、種の保存のために、自分たちが選んで死に至るというのではないということがわかってきたのである。
 これは、繁殖力の高い他の昆虫や魚類などにも見られるそうであるが、そこで前にテレビで見たのだが、あのアフリカのヌーの大群が、エサになる草を求めて毎年同じルートで、途中、ワニも待ち構える激流渦巻く川を渡るのだが、あの川岸の崖を雪崩(なだれ)を打ってかけ下りて行くさまは壮絶であり、そこで何頭ものヌーが仲間に踏まれて、あるいはワニに襲われて犠牲になるのだが、その時のことが思い起こされるのだ。
 つまりいずれも、自分が生き残るための必死の行動が、事故としての死につながってしまうということだろう。

 ホタルイカの場合は幾つかの、仮説が立てられているが、いずれも、あのイルカの浜辺への集団打ち上げと同じように、いまだにはっきりと解明されてはいないのだ。帰るべき道に迷ってか、方向感覚を失ってか、それとも沿岸逆流の流れによってか・・・。

 前にも書いたことのある、あの日高敏隆氏の『利己としての死』の本能を信じるならば、生き物は決して自らの利益なくして死を選ぶことはないと思われるのだが、自殺することを選ぶ唯一の例外である人間は、果たして、利己としての生きるための意義を、生まれてきた義務としての生を、自分だけのものとして守るべく考えているのだろうか。

 人間社会に生きる倫理観はしっかりと持って、その上で、生きていくことに関してはひたむきであり、貪欲(どんよく)であり、強欲であることは、個である人間にとしては、まさに地球上の生命観にかなったものではないのか。
 80歳でエヴェレストの頂きに立った、三浦雄一郎氏のことを思う。
 

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