ミャオの家より

今はいないネコの飼い主だった男の日常

飼い主よりミャオへ(57)

2009-05-24 17:26:19 | Weblog



5月24日
 拝啓 ミャオ様

 この三日ほど、小雨模様の日が続いているが、乾ききった大地を、十分に潤(うるお)すほどの雨は降っていない。気温は、朝8度、日中、15度位で、ストーヴをつけるほどではないが、かといって肌寒いし、といった毎日だ。


 それでも季節は、進んでいく。シバザクラの花の、甘い香りが漂ってくる中、庭のリンゴの木には、いっぱいの白い花が咲いているし、ライラックの花のツボミも、日ごとに大きくなっている。
 一方で、チューリップは、花期の終わったものから順に、花の摘み取りをしなければならない。裏の林の中で、長く咲き続けて、私の目を楽しませてくれた、オオバナノエンレイソウの花も、ついに枯れはじめてきた。

 昨日、霧雨の降る、庭の草の上に、一匹のエゾハルゼミがいた。寒さで弱っていて、私が手を伸ばしても、逃げようとはしない。捕まえて、近くのシラカバの木に、とまらせてみた(写真)。
 そこから少し上に上がったが、またじっと、とまったままだった。私には、他に何もしてやれなかった。
 今朝、そういえばと、気がついて、シラカバの木を見てみたが、もうセミの姿はなかった。
 弱っていたから、夜のうちに木から落ちて、キタキツネやノラネコたちに食べられてしまったのかもしれない。もし、どこかに飛んでいったとしても、この寒さの中、生き延びていくのは容易なことではない。
 彼は、四日前に、ただ一匹で鳴いていたあのセミかもしれない。その前に続いた暖かい日々に、つい誘われて、羽化するのが、早すぎたのだ。まだ、仲間たちは、どこにもいなかったのに、ひとりで鳴いていたのだ。
 地中で数年を暮らした後、やっと地上に出てきて、繁殖の時を迎え、鳴き始めたのに、仲間がいないなんて。そして、わずか一週間ほどしかない彼の寿命に、今はもう、一日二日しか残っていないのだ。
 天気予報では、明日から晴れの日が続くというのに・・・。

 しかし、おまえ、エゾハルゼミよ。私は、おまえのために、嘆きはしない。
 時の運不運は、誰にしもあること。後戻りできない、不運を嘆くより、ここまで生きてきた運に、感謝しよう。
 このまま、冷たい骸(むくろ)になったとしても、それは、他の生き物たちの命の糧(かて)となり、あるいは、大地の肥やしになるだろう。
 お前が生まれてきたことは、無駄ではなかったのだ。そもそも、この地球上の、様々な生命流転の仕組みの中に、無駄なものなど、何もないのだ。
 短く生きようが、長く生きようが、あるいは生まれてこなくても、その兆(きざ)し、萌芽(ほうが)だけでさえも、この地球では、意味あることなのだ。
 おまえ、エゾハルゼミよ。私は、ただおまえが、そうしてひとりで、黙って死んでいったことに、感動するのだ。
 それは、人間たちが、さも賢(さか)しげに、悟(さと)りなどと名づけた言葉より、はるかに、自然の神の心に近いものだ。
 あるがままに・・・。私も、そうありたいと思うけれど。

 フランスの哲学者、アランの宿命についての言葉より。
 「・・・みんな歩いているし、どの道もまちがっていない。生きるすべは、なによりもまず、自分のした決心や自分のやっている職業について、決してみずから文句を言わないことにある。・・・」(アラン『幸福論』、白井健三郎訳、集英社文庫)

 NHK Hiの、『白い魔境 冬富士』という番組を見た。今日も、再放送していたけれど、私は、その前の放送の時に録画していたものを、ようやく、三日ほど前に見たのだ。
 なかなかに面白かったが、あえていえば、少し中途半端な番組になっていたと言えなくもない。つまり、日本最高峰の冬山の厳しい世界を、他の季節の情景も交えながら、映像として前面に押し出してほしかったという思いと、なかなかに興味深い、人との係わり合いを、もっとじっくり描いてほしかったという思いを、合わせて感じたのだ。
 つまり、番組そのものが、総花(そうばな)的に、二つの違ったジャンルの話を、一つの特集番組としてまとめていたからだ。
 できることなら、『冬富士(1)自然編』と『冬富士(2)人間編』と分けてほしかったくらいだ。それほどに、どちらのジャンルも、興味深いテーマだったのだ。
 三十年にわたり、富士山の写真を撮り続けているという、写真家、大山行男氏の富士にかける思い、79歳にして、いまだに一年を通して富士山に登り続け、その数、520回にもなるという、大貫金吾氏・・・。
 前回、書いたように、日高山脈の春山に登ったくらいで、泣きごとを言っていた自分に、深く恥じ入るばかりである。
 さらに、これはニュース番組の特集として見たのだが、あの新田次郎著『剣岳・点の記』が、名キャメラマンでもある木村大作氏によって、自身の初監督作品として、映画化されたとのことだ。
 これは、あの『冬富士』の番組とは違い、映画として、人間ドラマとして、描かれているのだろうが、70歳にもなる木村氏は、現地の剣岳の現場にまで登って行って、撮影しているのである。
 いずれも、私よりははるかに年上の、高齢者でありながら、今なお元気な諸先輩方には、ただただ、頭が下がる思いである。

 思えば、ミャオの面倒でさえ、ちゃんと見ることのできない私のふがいなさ、山に登っては、弱音をはき、家に居てはぐうたらに過ごし、全く、あのエゾハルゼミの、本能としての使命感すらない、私の情けなさ。
 呵責(かしゃく)の念に、さいなまれ、ひとり泣く(鳴く)心は、それでも、しかーだないさ。(注、しかーだ、Cicada=セミ)

 どうも、しょうもない話で、失礼しました。
                     飼い主より 敬具



 


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