11月13日(土)に14日(日)の両日は、年に一度は開催される県立民俗博物館のみんぱく秋まつり。
今年も開催した2021年のみんぱく秋まつり。
テーマは「つくって、たべて、たのしむ秋」。
その内容は「江戸時代の古民家が建ち並ぶ民俗公園、3月に常設展示を一新した民俗博物館を舞台に、秋にぴったりなワークショップや物産販売、演奏会、紙芝居、芸能の上演、飲食のテイクアウトなど、個性豊かなプログラムが集合!」。
関西文化の日は入場無料のイベントが満載。
なかでも拝見したいイベントは、古民家修理工事中の状態。
こんな機会は滅多にない。
内容は「・・・今年度の修復古民家は、奈良県十津川村。山深い峡谷の地。風雨の厳しい場所に立地していた“旧木村家”。杉皮に覆われ、大きな石をのせた屋根。雨除けに板をはり詰めた家屋。厳しい自然のなかに暮らしぶりが伺える。工事中の現場公開を見てもらう見学会。屋根の葺き替えに合わせて、普段では見られない角度から・・。古民家を、まじかに見ていただく」(※要約し文は補正)」趣向。
その“旧木村家”は、県立大和民俗公園内にあるが、入口のゲートからいえば、最奥端。
途中に見ていく各種のイベント。
詳しく拝見するワケにはいかない午後2時半の時間帯。
食事を済ませたこの時間帯ににぎやかさはなく、一部は帰り支度の広場。
コロナ禍による影響であろうか。
秋のワークショップに物産の販売。
和楽器や雅楽の演奏もあれば、昔を懐かしむ紙芝居や芸能の上演。
ネットに見つかった風流舞・奏楽。
食事はランチにおやつ。
テイクアウトで提供する食事もあるそうだ。
さて、古民家を拝見しながら歩いてみる。
旧吉川家の戸口から見た旧萩原家住宅。
近年において茅葺屋根を修復したから美しく輝いていた。
最初に見た演舞は親子が演じる民芸寺子屋の獅子の舞い。
場は旧赤土家の離れ。
三方から拝見できる貴重な古民家である。
旧萩原家住宅の前で売っていた民具・工芸。
縁起物の下駄の細工は、夫婦下駄。
ミニサイズだけど実にいいね。
もうひとつは竹細工。
生駒・高山の茶筅つくりには負けるが、これもまたいいね。
ここよりは坂道になる。
ゆっくり、ぽちぽち歩く。
峠、私にとっては峠に見える頂点
小さな峠であるが、越えたときにやっとここまで来たか、と思う。
そして現れた古民家は、旧岩本家住居。
ここは、イベントのある都度、団・グループが催しをされている。
裏へ廻っていくと、古民家を舞台にお披露目。
演奏関係が多いように思える。
そこからさらに、西を向けば旧松井家住居。
近年になり著しく茅葺屋根の崩れが心配だ。
そして、やってきた吉野集落。
工事現場に入る前に見ておきたい十津川村の各所の他、旧西吉野村の一部にも見られる多段型のハザカケ。
ここ旧木村家の事例では、大和民俗公園の地形を考え、5段型に設えたのであろう。
稲干しの状態が見えないから、わかり難いが、まさにこれこそが多段に稲架けができる構造をもつ「ハザ(ハデと呼ぶ地区もあるが・・)」である。
私が、各地に出向き調査してきた多段型の「ハザ」。
最大は10段仕様。
地区、というか個人お家の関係や物理的条件から低くした8段型や、もっと低い多段型ハゼを見てきた。
工事を担当していた職員さんが話してくださる現場の話から、考えてみなきゃならない後継者つくり。
建築工事の体験によって何人もの人たちが志望する仕事に繋がるのだろうか。
非体験者よりも、この現場に来るだけでも、なんらかのキカッケが生まれたらいいのだが・・・
体験者に、なんらかの記録をとってもらってはどうか。
道具を測るなり、幅、長さに厚み。
重さの記録から、構造つくりのヒントにならんかなぁ。
定規を充てて、記録するペン文字。
それだけでも思いだす記憶の残照。
例えば、ここ旧木村家には、当時使っていたカラウス(※唐臼)がある。
それを使うのは無理だとするなら、つくってみてはどうか。
民俗を研究している大学生のインターシップによる体験学習。
梁から吊った紐に掴まって、カラウスをしていたという先駆者の動作はどこにも書いていない。
梁にその紐を通す窪みがあって、それでわかった、と話してくれた工務店の担当者になるほど・・
杉の葉も触って体感する。
十津川村に今でもみられるハダに、手が伸びる高さはどこまで・・
届く、届かない高さに梯子の有無。
或いは登って足をかけ、固定して稲束を受け取ることも書かずに、単にこれはハダ・ハザです、と云っても聴衆には頭に描けない・・なんてことをつぶやいてしまった。
何故にそのことを呟いたのか。
それは、これからの人材育成。
暮らしの体験をしたいない時代に生まれ育った人たち。
都会の生活しか知らない人たち。
ここ民俗博物館に必要な要件は、体験の有無。
あっても、その体験数がモノをいう。
生活文化が、さらに近代化。
農や漁業の営みもあるが、それは生産体験。
暮らしの体験は、物理的、地域的、また家族構成によっても違いがある。
それぞれの県や市町村ごとに民俗資料館や博物館をつくってきたが、今後はどのようになっていくんだろうか。
云十年、或いは数百年間を経た時代に、継承されることなく、どれほど残っているのか。
国も、県も予算がないと、いう。
国の文化を、どう将来に繋げていくのか、真剣に取り組まなきゃ、いずれは文化の消滅を招くことになるだろう、と危惧している。
そんなことをいろいろ考えてしまった県立大和民俗公園。
戻りの道に見つけた花。
種子を生んで、子孫を残し後世に委ねる。
時間帯は午後3時半。
そろそろ夕陽が沈む時間帯に、紅葉が染まった。
(R3.11.14 SB805SH 撮影)
今年も開催した2021年のみんぱく秋まつり。
テーマは「つくって、たべて、たのしむ秋」。
その内容は「江戸時代の古民家が建ち並ぶ民俗公園、3月に常設展示を一新した民俗博物館を舞台に、秋にぴったりなワークショップや物産販売、演奏会、紙芝居、芸能の上演、飲食のテイクアウトなど、個性豊かなプログラムが集合!」。
関西文化の日は入場無料のイベントが満載。
なかでも拝見したいイベントは、古民家修理工事中の状態。
こんな機会は滅多にない。
内容は「・・・今年度の修復古民家は、奈良県十津川村。山深い峡谷の地。風雨の厳しい場所に立地していた“旧木村家”。杉皮に覆われ、大きな石をのせた屋根。雨除けに板をはり詰めた家屋。厳しい自然のなかに暮らしぶりが伺える。工事中の現場公開を見てもらう見学会。屋根の葺き替えに合わせて、普段では見られない角度から・・。古民家を、まじかに見ていただく」(※要約し文は補正)」趣向。
その“旧木村家”は、県立大和民俗公園内にあるが、入口のゲートからいえば、最奥端。
途中に見ていく各種のイベント。
詳しく拝見するワケにはいかない午後2時半の時間帯。
食事を済ませたこの時間帯ににぎやかさはなく、一部は帰り支度の広場。
コロナ禍による影響であろうか。
秋のワークショップに物産の販売。
和楽器や雅楽の演奏もあれば、昔を懐かしむ紙芝居や芸能の上演。
ネットに見つかった風流舞・奏楽。
食事はランチにおやつ。
テイクアウトで提供する食事もあるそうだ。
さて、古民家を拝見しながら歩いてみる。
旧吉川家の戸口から見た旧萩原家住宅。
近年において茅葺屋根を修復したから美しく輝いていた。
最初に見た演舞は親子が演じる民芸寺子屋の獅子の舞い。
場は旧赤土家の離れ。
三方から拝見できる貴重な古民家である。
旧萩原家住宅の前で売っていた民具・工芸。
縁起物の下駄の細工は、夫婦下駄。
ミニサイズだけど実にいいね。
もうひとつは竹細工。
生駒・高山の茶筅つくりには負けるが、これもまたいいね。
ここよりは坂道になる。
ゆっくり、ぽちぽち歩く。
峠、私にとっては峠に見える頂点
小さな峠であるが、越えたときにやっとここまで来たか、と思う。
そして現れた古民家は、旧岩本家住居。
ここは、イベントのある都度、団・グループが催しをされている。
裏へ廻っていくと、古民家を舞台にお披露目。
演奏関係が多いように思える。
そこからさらに、西を向けば旧松井家住居。
近年になり著しく茅葺屋根の崩れが心配だ。
そして、やってきた吉野集落。
工事現場に入る前に見ておきたい十津川村の各所の他、旧西吉野村の一部にも見られる多段型のハザカケ。
ここ旧木村家の事例では、大和民俗公園の地形を考え、5段型に設えたのであろう。
稲干しの状態が見えないから、わかり難いが、まさにこれこそが多段に稲架けができる構造をもつ「ハザ(ハデと呼ぶ地区もあるが・・)」である。
私が、各地に出向き調査してきた多段型の「ハザ」。
最大は10段仕様。
地区、というか個人お家の関係や物理的条件から低くした8段型や、もっと低い多段型ハゼを見てきた。
工事を担当していた職員さんが話してくださる現場の話から、考えてみなきゃならない後継者つくり。
建築工事の体験によって何人もの人たちが志望する仕事に繋がるのだろうか。
非体験者よりも、この現場に来るだけでも、なんらかのキカッケが生まれたらいいのだが・・・
体験者に、なんらかの記録をとってもらってはどうか。
道具を測るなり、幅、長さに厚み。
重さの記録から、構造つくりのヒントにならんかなぁ。
定規を充てて、記録するペン文字。
それだけでも思いだす記憶の残照。
例えば、ここ旧木村家には、当時使っていたカラウス(※唐臼)がある。
それを使うのは無理だとするなら、つくってみてはどうか。
民俗を研究している大学生のインターシップによる体験学習。
梁から吊った紐に掴まって、カラウスをしていたという先駆者の動作はどこにも書いていない。
梁にその紐を通す窪みがあって、それでわかった、と話してくれた工務店の担当者になるほど・・
杉の葉も触って体感する。
十津川村に今でもみられるハダに、手が伸びる高さはどこまで・・
届く、届かない高さに梯子の有無。
或いは登って足をかけ、固定して稲束を受け取ることも書かずに、単にこれはハダ・ハザです、と云っても聴衆には頭に描けない・・なんてことをつぶやいてしまった。
何故にそのことを呟いたのか。
それは、これからの人材育成。
暮らしの体験をしたいない時代に生まれ育った人たち。
都会の生活しか知らない人たち。
ここ民俗博物館に必要な要件は、体験の有無。
あっても、その体験数がモノをいう。
生活文化が、さらに近代化。
農や漁業の営みもあるが、それは生産体験。
暮らしの体験は、物理的、地域的、また家族構成によっても違いがある。
それぞれの県や市町村ごとに民俗資料館や博物館をつくってきたが、今後はどのようになっていくんだろうか。
云十年、或いは数百年間を経た時代に、継承されることなく、どれほど残っているのか。
国も、県も予算がないと、いう。
国の文化を、どう将来に繋げていくのか、真剣に取り組まなきゃ、いずれは文化の消滅を招くことになるだろう、と危惧している。
そんなことをいろいろ考えてしまった県立大和民俗公園。
戻りの道に見つけた花。
種子を生んで、子孫を残し後世に委ねる。
時間帯は午後3時半。
そろそろ夕陽が沈む時間帯に、紅葉が染まった。
(R3.11.14 SB805SH 撮影)