ミロクさんと呼ぶ高さ2mの石仏を探していた。
現状はどうであるのか、調べてみたいと思った行事が載っていた。
昭和61年7月刊の『季刊明日香風19号』に掲載されていた「明日香村の民俗点描」は「飛鳥のミロクさん」。
その記事によれば旧暦の八月五日にお祭りが行われていると書いてあった。
稔りの稲穂がたわわになっている状況にお参りする人が大勢。
服装はそれほど古くもなく新しくもない時代。
割烹着を着ている婦人はいないが、参っているのは婦人と子供たちだけである。
そんな情景をとらえていた一枚の写真。
撮った人は執筆者の大阪城南女子短期大学講師(当時)の野掘正雄氏である。
野掘氏とはお会いしたこともないが、たまらないほど魅力たっぷりに祭りの情景を写している。
はっと気づくのが飛鳥のミロクさんの祠に吊るしている提灯である。
その提灯に文字がある。
「地蔵尊」である。「ミロクさんは」たぶんに弥勒石仏。
地蔵さんではないが・・・そのミロクさんは腰から下の病に効くらしく、願掛けに多数の片足の藁草履が奉納されている。
なんとなく川沿いにあるような気がした。
その日は明日香の地が霞んでいた。
里の向こうはついさっきまで滞在していた大字上(かむら)。
さなぶりの行事をしているときは土砂降りだった。
ここへ下りてきたときは小雨が残っていた。
田植えを終えた田んぼに苗が育つ。
一週間か十日ほど経った状態のように思える。
その向こうにあった祠に藁草履が見えたが、『季刊明日香風19号』に掲載されていた状況とはやや異なる。
“やや”という部分は併設している建物の形状である。
屋根、庇の向きが違う。
どことなく大部屋になった感じである。
近づいた飛鳥のミロクさんに解説板があった。
「弥勒石」は真神原(まがみはら)の西を流れる飛鳥川の右岸に位置する石柱状の巨石であると書いてあった。
石には仏顔面もほとんどないが、わずかに目と口とみられる部分が細工されているとある。
この弥勒石がある大字は岡であるがお祭りは大字の飛鳥が行っているとある。
弥勒石を拝めばわかるようにとてつもなき巨岩である。
目というか、口と云われようがまったくわけがわからない表面は面でないような気もしないではないが・・・たしかに願掛け、若しくは満願に掛けたであろうと思う藁草履がたくさんあった。
新しく吊るしたものもあるが、ほとんどがやや古い藁草履。
一枚だけあった大きな藁草履は柄紋様のある藁草履に囲まれて隠れていた。
これらを撮っていたときに散歩されていた男性がやってきた。
犬の散歩も兼ねてだろうが、弥勒石を参拝されて去っていった。
こうした行為があるということはご利益があることなのだろう。
それにしても霞みは消えない。
肉眼でみればそうでもないが・・・。
はっと気がついたカメラレンズ。
内部が曇っていた。
土砂降りの雨に祟られてレンズ内に浸み込んだようだ。
(H28. 6.19 EOS40D撮影)
現状はどうであるのか、調べてみたいと思った行事が載っていた。
昭和61年7月刊の『季刊明日香風19号』に掲載されていた「明日香村の民俗点描」は「飛鳥のミロクさん」。
その記事によれば旧暦の八月五日にお祭りが行われていると書いてあった。
稔りの稲穂がたわわになっている状況にお参りする人が大勢。
服装はそれほど古くもなく新しくもない時代。
割烹着を着ている婦人はいないが、参っているのは婦人と子供たちだけである。
そんな情景をとらえていた一枚の写真。
撮った人は執筆者の大阪城南女子短期大学講師(当時)の野掘正雄氏である。
野掘氏とはお会いしたこともないが、たまらないほど魅力たっぷりに祭りの情景を写している。
はっと気づくのが飛鳥のミロクさんの祠に吊るしている提灯である。
その提灯に文字がある。
「地蔵尊」である。「ミロクさんは」たぶんに弥勒石仏。
地蔵さんではないが・・・そのミロクさんは腰から下の病に効くらしく、願掛けに多数の片足の藁草履が奉納されている。
なんとなく川沿いにあるような気がした。
その日は明日香の地が霞んでいた。
里の向こうはついさっきまで滞在していた大字上(かむら)。
さなぶりの行事をしているときは土砂降りだった。
ここへ下りてきたときは小雨が残っていた。
田植えを終えた田んぼに苗が育つ。
一週間か十日ほど経った状態のように思える。
その向こうにあった祠に藁草履が見えたが、『季刊明日香風19号』に掲載されていた状況とはやや異なる。
“やや”という部分は併設している建物の形状である。
屋根、庇の向きが違う。
どことなく大部屋になった感じである。
近づいた飛鳥のミロクさんに解説板があった。
「弥勒石」は真神原(まがみはら)の西を流れる飛鳥川の右岸に位置する石柱状の巨石であると書いてあった。
石には仏顔面もほとんどないが、わずかに目と口とみられる部分が細工されているとある。
この弥勒石がある大字は岡であるがお祭りは大字の飛鳥が行っているとある。
弥勒石を拝めばわかるようにとてつもなき巨岩である。
目というか、口と云われようがまったくわけがわからない表面は面でないような気もしないではないが・・・たしかに願掛け、若しくは満願に掛けたであろうと思う藁草履がたくさんあった。
新しく吊るしたものもあるが、ほとんどがやや古い藁草履。
一枚だけあった大きな藁草履は柄紋様のある藁草履に囲まれて隠れていた。
これらを撮っていたときに散歩されていた男性がやってきた。
犬の散歩も兼ねてだろうが、弥勒石を参拝されて去っていった。
こうした行為があるということはご利益があることなのだろう。
それにしても霞みは消えない。
肉眼でみればそうでもないが・・・。
はっと気がついたカメラレンズ。
内部が曇っていた。
土砂降りの雨に祟られてレンズ内に浸み込んだようだ。
(H28. 6.19 EOS40D撮影)