マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

我が家のセッコク・天紫晃

2018年06月24日 07時26分45秒 | 我が家の花
蕾状態は完ぺきに逃していた。

突然のごとく開花したセッコクはラベル有り。

昨年に特定できセッコクの品種は「天紫晃(てんしこう)」。

口紅シランとまではいかないが、薄紅色が混ざっている。

花びらにある薄紅色。

じっと見ていると可愛いものだ。



そうかといえば5月19日に開花した天紫晃はまるでダルマ目のデンドロビウム。

花びらの形がまったく違うからデンドロビウムでないことに気がつく。



これも雨に打たれてうな垂れる。

全開花してから6日前の25日である。



それも翌日の快晴になれば、再び美しい姿を見せてくれる。

(H29. 5.18、19、25、26 EOS40D撮影)
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我が家のデンドロビウム

2018年06月23日 09時03分08秒 | 我が家の花
これほど頭を下げるセッコクは我が家にいない。

ただ、見た目ではロケットというか軸はまさにセッコク。

蕾をつけてきたから様子を撮っておこう。

いずれは花芽がはっきりするだろう。



それがわかったのは10日過ぎの5月25日。

降った雨に打たれてさらに頭を下げていた花は一目でわかる。

ダルマの目をしたデンドロビウムだ。



なぜにここにダルマ目のデンドロビウムがあるのか。

種が飛んだのか、それとも株が勝手に分かれてここまでハイハイしてきたのか。

22日に撮った親元のデンドロビウムは何も語ってくれない。

(H29. 5.12、22、25 EOS40D撮影)

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和爾町・雨の日の田の水抜き

2018年06月22日 09時33分56秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
カルパー粒剤衣付け作業を終えた翌日から毎日は圃場の水抜き状態を確認する。

24日、25日は播種をするからと云っていたが、25日は大雨状態になった。

和爾町営農組合長の決断に朝一番の中止命令が下った。

指定された時間に間に合うように車を走らせていたが、もうすぐというところで電話が鳴った。

本日は播種作業ができる状態ではないということで中止の連絡だった。

中止であっても敢えて向かう圃場である。

待っていてくれたのはカルガモくんだった。

この日の雨はざんざか降り。

車から降りて状態を撮るが、ちょっとした時間であってもびしょ濡れになる。

直播き枚数は圃場全体のおよそ半分。

67枚中の30枚に水を張っていた。

播種は24日から28日までの毎日作業の予定であったが、一日遅れで終わることになる。

昨日は数枚で終えたが、予定していた水抜きどころではない。



田から水を抜く溝に降った雨が吸い込まれていく。

隣の田には抜けた雨水が勢いよく流れ落ちる。



昨日に播種をした田から籾種が流れていくのか、それとも沈殿したままなのか、観察のしようがない雨天日である。

和爾町の営農組合は自前のライスセンターを設けている。

そこよりほど近い処には立派な建物がある。



農小屋の表現が似合わないぐらいの立派な建物横に苗代があった。

前々から気になっていた場所である。

車を横付けして窓越しに覗いてみた苗代田に茶色いものが見える。

枯れた松葉である。

ここにもあった和爾坐赤坂比古神社の御田植祭でたばった松苗。

組合員でもない人かもしれないが、ここで苗代を作って松苗を立てていたことを知るのである。



その場からの反対側は幌をかけない苗代田だった。

水口は手前であるから探してみるが、松苗は見られなかった。

(H29. 5.25 EOS40D撮影)
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和爾町営農組合の籾種カルパーコーティング作業

2018年06月21日 08時14分16秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
天理市和爾町に3月行事がある。

和爾坐赤坂比古神社で行われた御田植祭に集まる高齢者集団の二十人衆。

うち十五人衆のKさんがひとこと伝えられた言葉である。

5月半ばころに直播きをするというのだ。

県内事例に直播きを見ることはまずない。

かつては苗代にモミダネ(籾種)を蒔いて苗を育てたという人もいたが、高齢者だった。

何人かが話してくれた直播きはずいぶん前に途絶えた。

山間部に住む男性たちはかつてしていた農法を話してくれたこともあるが、実際はどのような方法でしていたかは想像するしかない。

何年か前に拝見した直播きは天理市南六条に住むご夫婦だった。

FBやブログでその在り方を紹介したが、営農組合の方法では、まったく違うらしい。

取材させていただけないかとお願いしていたら5月8日に電話があった。

直播き工法は和爾町の営農組合が主導的にしているという。

蒔く籾種はカルパーという方法で籾にコーティングをする。

金平糖を作るようなぐるぐる回転する機械でコーテイングする手法は平成15年から始めたという。

同時並行的に営農組合ライスセンター付近の圃場で代掻きをする。

数日経ってから背負った機械にコーテイングした籾種を水田に蒔く。

そんなんでえーんやったら見に来られますか、ということだった。

現代の直播き工法をみることはまずない。

機会お与えてくださった十五老のKさんに感謝する。

教えてもらっていたこの日に営農組合ライスセンターを訪れた。

営農組合の組合員は60人ほど。

12~13人が集まって毎日の作業をしている。

金平糖を作るような、イメージしていた通りの機械が回転するが、どちらかといえば、昔しによく見たセメントコネコネのセメントミキサー車の構造を思い出した。

JAから直買いした籾種1袋をカルパー粒剤でコーテイングする。

水道水の水をバケツで汲み上げる。

自動的に水分量を計測してくれるコーテイング機械。

籾種の一粒、一粒を綺麗にコーテイングする。

かつてはハンドルを手で回す手動式だった。

つい最近まではそうしてきたが、今は平成22年に導入した電動式自動回転式粉衣装置(ヤンマー自動コーテイングマシンYCT20)でコーテイングする。

消毒薬も注入して、カルパー粒剤と同時に籾種を消毒する。

保土谷化学工業製造のカルパー粒剤(※登録商標)は籾を蒔いた水田の土壌中で徐々に分解されて酸素を発生させるようだ。

蒔いた籾種は軽くて浮いてはなんにもならん。

逆に重すぎてもいかんらしい。

重さが重要なポイントである。

あるメーカーでは鉄分を付与することで加減しているらしい。

らしい、らしい、としか言いようのない始めて聞く農法に興味津々であるが、化学的な理解はまったくわからないが、粒剤メーカーの謳い文句に「本剤を種籾に粉衣して播種すると、土壌中で徐々に酸素を放出し、発芽中の種子に酸素を供給することにより直播水稲の発芽率を向上させ、苗立歩合の安定化に有効である」と書いてあった。

始めたころの直播(ちょくはん)農法は鉄で絡めていた。

ところが重さで埋まりすぎて芽が出なかった。

7年間も試行錯誤していた直販農法。

ようやく定着したのは今から7年前。

代掻きと並行する作業に、明日の夕方には田圃の水を抜くと話す。

十五老のKさんが補足される直播農法にドタ(泥田)の種撒きがあるという。

なんでも福岡式と云われるドロダンゴ投入方式。

山間では田圃の形が一定でなく、田も小さい。

畦から捕植する落下傘式だと話されるがリアルな像が浮かばない。

そのような話しをしてくださったKさんが東の方にある山を指さした。

その山は小山であるが、山の名は天神山。

今年も御田植祭をした和爾坐赤坂比古神社が鎮座していた旧社地になるという。

戦後間もない昭和23年。

戦争を終えた村の人らが外地から戻ってほどないころの時代である。

そのころまでしていた雨乞い。

天神山下にある池堤に村の人が集まっていた。

神職に頼んで雨乞い祈願をしていたという情景は、昭和13年生まれの78歳になったKさんが子どものころの記憶である。

また、営農組合は土地改良区・営農課組織から発展して今に至るという。

計画的に前もって作業日程を構築しておくと、組合長が話す。

5月初めの草刈りから始まった直播き農法は7日から3日間は畦塗り。

中旬には肥料配布に耕起して水入れ。

荒マンガを経てまたもや水入れ。

それから数日経ったころにカルパー粒剤作業である。

1袋が3kgのヒノヒカリ籾種に対して1袋が3kgのカルパー粒剤が2袋。

カルパー粒剤をコーテイングしたら実質は2.2kgになるという。

撒きすぎては籾種が密集してしまうので難しいところでもある。

その量で10反分を賄う。

籾種と粒剤の分量決めは、圃場の田一枚、一枚の面積を計算されて、それに見合う籾種量を決める。

つまりは一枚の水田に蒔く籾種量である。

歩合計算はロスなどこれまでの実績を加味して決められる。

一枚分の量が決まれば、それに見合うカルパー粒剤の量が決まる。

なんでも計算した上で作業量も決まるのだ。

その後の作業日程も計画されている。

代掻きに水抜き。

代掻きに播種。

代掻きに水抜き。

播種に代掻きに水抜き。

24日から始める直播きは28日までの毎日である。

そうしておけば6月のはじめぐらいには芽が出る。

また、奈良県の特産品を紹介してもらって栽培しているマコモダケもある。

マコモダケの生産はここ天理市と奈良市の阪原だけのようだ。

マコモダケは6月に苗を植えて、10月には収穫できるという。



ぐるぐる回転する処理状況はドアを閉めて行われる。

粒剤を混ぜる作業には注意事項がある。



粒剤は混ぜるときに粉となって飛び散る。

粉末は目に対して刺激性がある。

動作中は蓋をするのは当然であるが、直接的に作業する人は保護メガネやマスク着用を要する。

実は1回目のカルパー粒剤作業に誤りがあった。

粒剤の量に合わせて水の量も決めなければならない。

原因は水の量ではなく、投入したカルパー粒剤の量に軽量誤りがあった。

どうも、水分量を操作するレバー値がずれていたようだが、この状態であっても十分に使える。



そのために水分を多く含んでしまった籾種を乾かすために筵に広げた。



日が当たるうちに乾いていく。



干してから40分後には黒から白色に色具合が変化しはじめた。

この日はカルパー粒剤の作業と並行的に代掻きもする。



あっちの圃場、こっちの圃場と動き回って代掻きをする。



代掻きはこの日だけでなく、明日も、明後日も・・・。



こういった作業は6人の組合員でしている。

尤も和爾町営農組合は60人も所属しているが、実際に作業できる人は限られている。

うち二人は代掻き名人。

この日含めて6日間の毎日に出動する。



一回あたりのカルパー粒剤の衣付け作業はだいたいが30分程度。

一回ずつの回転はおよそ20分。



前後に投入や排出。

そして袋詰め。



午後も引き続きしているというが、午前中までしかお付き合いできない。

まだまだある準備済の袋を見てこの日は何袋するのだろうか。



午後いっぱいまでかかりそうだと話していた。

営農組合ライスセンター内に機械がある。



播種の前に行うべき作業が溝掘り。

車高が高い大きな車輪のある機械の後方に取り付けるアタッチメントが溝掘り道具。



水掻きというか、鋤簾の小型判に動力散布機もある。

明日の作業の出番待ち。

ところで、この日の作業におられた組合員が私に声をかけた。

その男性は、大和郡山市の矢田山ある場所でしていた水質調査の池にニッポンパラタナゴがいたと、話す。

そこから話題が広がって大和郡山市の少年自然の家の主催事業に観察指導員をしていたとも。

お名前を聞けば、Mさん。

なんと云十年ぶりの再会に驚きだった。

専門の水質関係の動植物観察なら任せてくださいと伝えられたが、観察・調査はボランテイア活動をされていないように感じた。

(H29. 5.22 EOS40D撮影)
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定例化しそうな同窓会in梅田曾根崎のたよし

2018年06月20日 10時48分21秒 | 食事が主な周辺をお散歩
4月19日、4M2C-2017同窓会の案内状が届いた。

昨年末にしようと希望が揃った同窓会。

諸事情があったのか幹事の3人が決めた日程。

行事取材と重なっていなかったのが幸いだ。

それまでは何事も起こらないように無茶もせず、日ごろのリハビリ運動も欠かさず体調を整えていた。

届いた案内状は往復はがき。

返信にありがたくの文字を入れて参加に〇をした。

返信に近況を伝えてほしいと書いてあったので「心拍数は40拍前後ですが、フツーの生活をしています。大丈夫です。生きています。尤も毎日はブログ『マネジャーの休日余暇』で近況発表中」の通知分で送った。

それからは無しのつぶて。

今の世の中はメールどころかネットのSNSの世界で情報交換する時代なのにそれがない。

アナログ時代を生きてきた幹事の一人は携帯電話すら所持してない。

パソコンはあるらしいが発信はしない。

アドレスを知ったとしても登録はしない。

相手から空メールが届いてそれに返信するだけだ。

その空メールは常時見られるようにしているらしい。

そうでないと返事ができない。

まったく同じことをしている知人がいる。

しかもだ。

SNSに入ってはいるがややこしいIDやパスワードをいちいち入力するのが面倒なのでお気に入りに入れたまま。

いつしかパソコンが壊れて新規購入。

お気に入りに入れていたSNSアドレスは当然ながら、無い。

なければどうすればいいのか。

SNSのオーナーに頼んで、ご本人のIDやパスワードを教えてほしいという。

そりゃ無理だ。

手抜きをしている人。

お任せしている人はネットでの再会は絶対的に無理。

そうしてSNSから離脱した人が何人居るやら、である。

参加を返信してから1カ月。

起床状態や安静時の脈拍は相も変わらずの40拍以下。

治る見込みはまったくないが、家廻りを歩けば60拍前後で戻ってくる。

返信に書いた「大丈夫です。生きています」である。

待合せ場所は大阪梅田の阪神百貨店側の梅田陸橋。

大昔の映画に待ち合わす場に設定された石橋があった。

昨年流行った「君の名は。」ではなく、昭和28年9月に公開された「君の名は」である。

氏家真知子と後宮春樹が待ち合わせする石橋は東京銀座の数寄屋橋だった。

会えずに結局は・・・、なんていうストーリーとはまったく関係のない同窓会の待ち合わせ場所。

昨年は30分以上も路頭に迷って辿り着けず。

その橋の下から彼らを発見したときは感動もんだった。

こちらは見上げて遠くにいる同窓生たち。

手を振れば手を振ってくれたのが嬉しかった。

今年はそんなことにならないようにJR大阪駅の降り方に細心の注意をはらった。

西でもなく中央でもない。

東の改札口を念じて右良し、左良し、と指信号をしながら電車から降りた。

降りるまでは方向、方角がわかっているのだが、降りたとたんに方向、方角がわからなくなる。

人があまりにも多くて、東か西か、ここはどこなんだ、と思ってしまう。

それを示す表示もないから、乗ってきた電車がこう来たから、あっちやと指さした左に向きをとる。

途中にある階段には目もくれず、最後の最後にある階段を下りていく。

そこからはどうしていいのかわからない。

人の流れについていくしかない。

そう思って改札を出た処は南出口。



向こう側に立ち食いの麺屋がある。

暖簾に「麺家」の白抜き染め文字。

うどん・そばが290円~とある。

「麺家」は「大阪みどう」。

暖簾の向こう側に見えた席はテーブルもある。

家族で来るときは助かる。

それはともかく外に出る。

予め調べておいた出口にバスロータリーの位置。

ネットの地図では全体感が掴めないが、どうやら間違いなさそうだ。

すぐ近くにあった陸橋にあがるエスカレータ。

はっきりと見えなかったが、阪急-阪神を結ぶ陸橋に違いない。

そこから南にある大阪警察曽根崎署が見えない。

見えないのは工事中の陸橋に背高く幕を張っているからだ。

阪急百貨店はすぐそこ。

反対側にある曽根崎署から道路隔てた右にあるが、これもまたわかり難い。

阪神百貨店も工事中・・。

一年前の工事状況とちっともかわってないのでは、と思った。

今回は間違うこともなかったので早く着き過ぎた。

またもや流離うのではとう思って30分間の余裕時間を確保していたから、逆に余った時間はどうするか。



ここはどこなのかを後日にもわかるように撮っておきたいJR大阪駅。

熱い日差しを浴びて黒光りしていた。

この日の大阪中央部の気温は28.7度に目眩をしそうだ。



人はどこを目指しているのだろうか。

旅行客もおれば家族連れに友だち連れ、学生さん・・・。

人の流れを見るだけでふらーと、する。

待合場所は阪神百貨店側。

昨年の宴に参加した同窓生であればすぐわかる。

早かったせいか、誰も来ていないようだ。

そこへ階段を登ってきたのはM・Hだ。

学生時代は「くん」付けで呼んだことはなかった。

上からおーいと声かけたら気がついた。

そのときだ。彼を発見する直前である。

赤いシャツを着ている男性が立っていた。

見たような、見てないような・・・。

もしかとしたらと指をさせばO・Mだった。

大阪府立東住吉工業高校を昭和44年に卒業して以来、会ったことがないO・M。

48年ぶりに会って確かめ合う。

当時よりは痩せているように見える。

こっちは逆に中年太り。

身体を壊してからは若干の細目。

頭は本数が少ない白髪。

お互い年老いたもんだが、1年ぶりのM・Hの頭は真っ白。

毛がたくさんあるのが羨ましい。

そのうちに一人、二人とやってくる。

到着した幹事に参加人数を聞けば15人。

昨年は出席していたT・Kは欠席だ。

欠席理由はサッカーの試合。

彼はサッカー部のキャプテンだった。

試しに一日だけの入部。幹事のD・Kは辞めずにずっと続けていたが、体験した私はこりゃ無理だとわかった。

そこへやってきたO・M同様に48年ぶりに顔を合わしたK・SにS・T。



体形や染めもあるけど頭具合は昔の面影はない。

ないが、目の辺りはそのまんま。

まんまと云っても皺があるぐらいだ。

喋っている間に48年前の学生時代に戻っていく。

もう一人のO・Tは集合場所を誤ったのか、待っているわけにはいかず予約しているお初天神通りにある「たよし」曾根崎店を目指す。

田舎からでてきたおのぼりさん一行が撮影地に選んだJR大阪駅南口広場に架かる大型歩道橋の“スカイウォーク”。

阪神側が工事中だから中途半端な開通だ。

阪急東通り商店街を抜けて曾根崎のお初天神通りを歩いていたら、ようやく合流したO・T。



なんとか揃って入店した「たよし」にエレベータもエスカレートもない。

宴会場は3階。

昨年は危ないくらいの身体状況だったN・Mは苦も無く楽々上がっていく。

私も心配されたが、すいすい上がれる。

こりゃ調子が良い。

昼の宴会食は美味しくいただきたいと思って朝食は少々にしてきた。

「たよし」の宴食は実質が3時間の「2時間半飲み放題」の5千円。

瓶ビールで乾杯だ。

はじめに運ばれたのは5種盛りの造り。



マグロ、サーモン、ハマチ、タイに貝柱。

どれもこれも新鮮で美味い。

一口食べては話題が集中するのは近況よりも学生時代のことだ。

国語の先生は生徒に向かって右を指さす。

そうかと思ったら逆の左の生徒である。

いつ、それがやってくるのか予想もできない早業に面食らって答えが返せない。

私は国語の先生が解説してくれた走れメロスにメロメロになった。

本を読め、本を読めと云われて何冊も読んだという同窓生がいる。

そのおかげで多くの本を読書するようになったという同窓生もいる。

本を読んでどう思ったのか。

いわゆる読書感想であるが、田中、お前は走れメロスを読んで順当な答えしか返せないのかと云われたことがある。

信頼・友情、そんな甘いもんじゃない。

友情は走れメロスの主題ではない。

太宰治が云いたかったのは、裏切りやというのだ。

つまりは背信やという。

人間ちゅうのは常に友情で保っているのではない。

背信があるのが人生・・といったかどうかは疑わしいが、裏側に何があるのかを考えろといわれたときにドキっとした。

見かけではなく裏を読めということだ。

先生の顔は覚えているが、名前が思い出せない。

一年生のときの国語の先生はどこかの普通科の学校に移った。

デキの良い先生は異動の対象になったらしい。

他にもあの先生はこうやった。

この先生はこういうクセがあったのか、同窓生の記憶はさまざま。

そんな話題が沸騰中に配膳される豚しゃぶサラダ。

昨年に出た宴の食事はまったく同じだ。

そういや最初に出てくる先付けの椀物。

酔いがずいぶん回ったころに食べたが、これは何。

なんとなく茹でたエビにサラダドレッシングをかけたような感じだけど・・・。

とにかく飲む、飲む。

飲んではトイレ行き。

何度も移動するトイレ急行。

前回もそうだったが宴が始まって15分後にやってくる串カツ盛り。



串エビフライにネギを挟んだ牛カツ。

タレにつけて食べるが、「たよし」は一度漬けだよと仲居さんが触れ回る。

なぜかキャベツには手は出なんだ。

宴もたけなわになれば記念写真どころではない。

ぐだぐだになる前のフツー状態の顔ぶれを撮っておこうとこれまた三脚を据えて自動シャッター。

二日後に届いた記念の写真は素の顔で写っていた。

ビールは何本も換えを発注する。

「たよし」のシステムは空瓶をもって新品の瓶がやってくる。

空の状態を確かめる仲居さん。



指示もなしに運ばれる一品は豚のバーベキュー串焼き。

ピ-マンに太めの白ネギが間に挟まれている。

これはタレがいらない味付け串焼き。

おろしのダイコンが妙に合う。



トウモロコシは酔いも回れば食べにくい。

がっつり口にしたいと思うが、それは無理。

ということは私の身体が上々。



とにかくよく食べ、よく飲む。

そしてトイレ行きを繰り返す。

始まってから2時間45分。

〆の料理はこれもまた昨年同様の茶椀蒸しに海鮮丼。



わさびは入っていたのか、いなかったのか。

まったく記憶にないが、垂らした醤油で美味しかったことだけは覚えている。

最後はこれまた冷凍イチゴ。

でっかい冷凍イチゴは冷たい。

少しずつ齧るように食べた。

3時間も早い。

あっという間に楽しい宴が終わりの幕締め。

ではなく、今回は仲居さんからの話しもあっての延長戦。

延長時間が1時間ならば利用料金が5百円。

一同に相談したいと幹事から声がかかる。

5百円は中途半端。

千円一枚で2時間も延長できる部屋貸し。

食べ物はなくても酒が飲める。

そんなありがたいことはない。

遠慮は無用。

思いっきり昔話に花を咲かせようと2次会に移った。

おっと、私はといえば忘れてはならない昼食後の服用薬。

家から持ってきた軟便薬に2錠の利尿剤。

小便は体内から排出しないと身体は重たいどころか、息苦しくもなる。

おかげさんで、この日は既に効いている朝に服用した利尿剤の効果が発揮できている。

トイレに行く回数が物語っている。

量は少なくとも回数が増えれば合算。

身体が重たいか、軽いか。

その状態は軽い、である。

軽い状態に突入した延長戦。

移動する同窓生にO・Mが居る。

一番に思い出すのがプールで泳ぐ水泳訓練である。

彼の泳ぎは泳ぎどころではない。

泳ぐ以前に水そのものが怖いのである。

水に浸かるのは浴場と同じ。

同じであるが水が怖い。

先生が驚いた救難状態の彼。

手足をバタつかせて上下に動く。

もがき苦しむ彼の姿が目に焼き付いている。

その後はどうだったと問えば・・・今も同じだと云う。

克服はできなかったという。

辛いことを思い出させてしまって申しわけない。

手を握って詫びたが、水難事故の訓練映像とかを見るたびに私は思い出すだろう。

不得手なものを克服できる人もおれば無理なこともある。

矯正するには心理的な面から診るしかないと思っているが、彼にとっては今さらだ。

ところで話題はぐっと替わって連絡網だ。

お互いが知りたい携帯電話の番号。

発信しては確かめ合う。

応答があれば、その番号を登録すれば良い。

ところが部屋内ではなぜか数分もかかる。

架かってこないからまたもや発信する。

発信した回数が受信した。

何人もの同窓生が一つの携帯電話に架けるものだから、どの番号が誰であるのかわからなくなる。

ガラケーであれば着信した番号を表示させて名前等を登録する。

ところがスマホはそれができない。

番号を表示させようとすれば押すしかない。

ガラケーはそれでいいのだが、スマホはすぐに発信してしまう。

それが何度もするものだから受けた携帯にはスマホの晩後ばかりがでて困ったもんだ。

工業高校出の同窓生はマシンに強くても情報端末には不慣れなようだ。

そういや勤めていた情報処理会社の人たちもよく似たものも居る。

困ったもんだと思うのはほぼ同世代の人たちである。

そんなあれやこれやで爆笑会場に一枚の紙が登場した。

その紙にみんなが携帯電話の番号を手書きする。

そう、入力するのはあとからでいい。

私は携帯電話のカメラがメモ替わり。

その場で撮って、落ち着いたときに入力する。

そうしたが、誰も真似をするものはいなかった。

あれやこれやの大騒動に手招きしたY・J。

集合場所にやってきた姿はトレーニングだった。

恰好のえー運動靴を履いて颯爽と走ってきた。

その彼が手招きするのは、横に座っていたK・Kのお願いだ。

話しておきたいことがあると口を開いたそれは・・・。

あれは3年生のときだったと思う。

クラス対抗の体育祭に掲げるでっかい絵のことだ。

畳数畳分もある大絵画はクラスの協力を得て製作する。

製作日数はそれほど多くない。

体育祭が迫っていた塗り絵作業。

下書き、デッサンは私が担当した。

キャンパスに白地の紙を貼った。

そこに鉛筆かマジックか覚えてないが、下書きに線画する。

キャンパス表現は塗り絵の色で決まる。

ここは何色。

あそこはこの色。

指示をするために下書きした絵に合わせて塗り絵をしてもらう。

そのときに発した罵声。

それをK・Kに浴びせた。

浴びせた記憶はまったくない。

まったくないが、その作業をしていたK・Kにとっては何故に怒られるんや、ということだ。

怒ったわけは覚えていないが、焦っていたのだと思う。

焦りに遅々として進まない塗り絵。

一喝したのはそういうことだと思う。

思うが彼は納得できないだろう。

ただ、その作業を覚えていてくれたのがむちゃくちゃ嬉しかった。

私が3年間に唯一誇りたいのがこの大絵画である。

他のクラスよりももっと良いのを。

4M2Cの名に恥じないようどころか勝ちたかった。

大絵画のリーダーに指名したのは担任の先生だったか、それとも美術の先生だったか、覚えていない。

指名を受けたこと事態になんとかしたいと思ったことは確かだ。

一夜で考えたデッサン絵。

これでクラスの応援歌、ではなく応援の大絵画である。

舟でいえば大漁旗を思ったのかもしれない。

指名した先生は私の絵心を知っていたのだろうと思う。

普段は目立たない私に活をいれるためだったのかもしれない。

彼に怒ったのは事実であろう。

手を握って思い出してくれたことにありがとうと感謝した。

48年間も悩んできたK・Kが切ない。

当時は若かってそんな気持ちをもっていたことさえ知らずに生きてきた。

ほんとうに申しわけないことをした。

許してくれと手を握る。

いやいや怒られたということよりもその真相を知りたかっただけやという。

その会話を横で聞いていたY・Jは喜色満面になっておまえらすごいわと感動してくれたのもまた嬉し、である。

シナイをもっていたがシゴキでない。

その姿は誰しも覚えているH先生。

たしかバスケットの顧問んやったと思う。

悪戯したのか体育館を跨ぐ通路に正座させられたこともあるし、理由はまったく覚えていない水をたっぷり入れた2杯のバケツ持ち。

そのまま立っとれという感じやったなかぁ。

卒業後だったかと思う。

担任のK先生は新聞やテレビに取材を受けて顔がばっちり出ていたことがある。

当時の流行りだった初乗り切符一枚で一日かけて一筆書きのように大回りで周遊する電車乗りを実践していた。

ユニークだったのかその活動を取り上げられた。

利用できる区間は大阪などの大都市だけに限る。

大阪環状線から外れてどこまで行ったやらである。

その話しで思い出したのが、環状線一駅ずつ順繰りに乗り降りして一周するお遊びだ。

クラブにも入らず何もしない学友たちと帰る天王寺駅。

そこからそれぞれは別れていくのだが、一駅ずつ降りては乗るってのも面白いんじゃないと誰かが云いだした。

例えば3人としよう。

最初の駅は3人とも乗って次の駅に向かう。

次の駅で一人だけが降りる。

残りの2人は次の駅に向かう。

着いたらまた一人が降りる。

残った一人は次の駅で降りる。

その間、最初に降りた学友は次に来た電車に乗って次の駅を目指す。

着いたら降りる。

3人それぞれがそうしている。

最終的に落ち合う駅までそうして遊んだ。

人数が多いと出合う回数が増えるので面白かった。

他愛のない遊びにキャッキャと笑っていた帰宅クラブの学友たち。

環状線に乗る学友だったが、卒業後は音信不通になった。

元気で生きているやろか。

通学ルートはそれぞれ。

当初は南海本線住ノ江駅から乗って天下茶屋で乗り換え。

そこから天王寺駅に行く。

そこも乗り換えて当時走っていたチンチン電車に乗る。

阪堺電鉄の平野線である。

天王寺支線の天王寺駅前―阿倍野駅(斎場前)―苗代田―(※文ノ里―股ケ池)―田辺―駒川町―中野―西平野―平野停留所であったが、昭和55年11月27日の運行を最後に廃線となった。

沿線は廃線で見ることはできないが記憶の中で蘇る。

学校へ行く最寄りの駅は西平野。

近くにあった大阪府立東住吉高校の生徒たちも通学していた。

停留所駅からは田園地帯。

民家はなんぞがなかった広大な田園を見ながら通ったものだ。

いつしかルート替え。

阿部野橋駅から針中野駅まで乗車する近鉄電車にした。

針中野駅までだったが、沿線利用の生徒は多くてほぼ満員。

女子学校もあったので女生徒が多かったように思える。

駅からは徒歩。

平野線利用よりも距離は伸びたが、利用するクラスメートも多かったので結局はこっちになった。

もう一つのルートは自宅からの自転車通学。

大阪住之江から東へ一直線。

地元の小学校、中学校を卒業して高校も一緒になったS・Tも自転車通学だった。

ただ、雨天の場合は電車ルートにしたのは同じだ。

彼はずっとそうしていたが、私はいつしか近鉄電車―南海電車ルートに固定化した。

高校時代の話題は尽きない。

2時間も延長したのにもう終わり。

次回はいつにするかという前に3次会行き。

行こうとするが、宴会場に忘れ物がある。

どなたか履いてきた靴を忘れていませんか、と仲居さんが声をかけるも反応がない。



赤いスニーカーで来ていたのは誰だろうか。

降りていったら酔っぱらいの皆が集まっていた。

誰かが云った。

おーい、スリッパ履いているど、だ。

ありゃりゃの靴忘れはY・Jだった。

前回も入店したカラオケ店。



幹事の一人はあっちの店、こっちの店に入っては交渉ごと。

決めたら入るがここは前回利用のカラオケ。



換気がもうひとつの狭い部屋に12人も詰め込んだ結果は息苦しかったことを思い出す。

思い出しはしてもひょいひょいと階段を登ってしまう。

身体の調子がすこぶる良いのだ。

案内された唄部屋は14人がゆったり座れる。

換気も云いようだ。

ただ、O・Mは用事があったのか帰っていった。

もう一人が足らん。

Y・Jだ。

だいぶと酔っていたから、店を間違ったのかもしれない。

M・Hが探しに降りてみたが見つからない。

ベロベロではなかったからなんとか無事に帰ったと思う。

専用の端末で歌曲を選択するが、プッシュしても反応が悪い。

なんとかしたが、選曲が増えるにつれもう一台。

これがなんと充電切れで使用不能。

代替機を持ってきたが、これもまた本体との受信ができない。

なんとかせよ、のお店はカラオケGUY

カラオケジャンカラの姉妹店と聞いたが、ほんまか。

酔ったクラスメートじゃ違うような気がする。

まずはとD・KにK・Tが選曲した一曲は月光仮面。

ノリが良いからいつもそれにしているらしい。

選曲された楽曲は懐かしいものばかり。

誰でも知っている月光仮面のフレーズと同じ。

ついつい釣られて声を出して唄う。

こうであれば難なく声は出そうだ。

歌いたい楽曲を探してみるが歌手名も曲名も出てこない。

なーんも出てこないのではなく、ちょっとばかしのフレーズは出る。

フレーズは出ても歌詞が思い出せない。

喉から出そうになってもすぐに引っ込む。



ふと、出たフレーズが生駒山。

生駒山といえば河内節。

歌い手の名前が浮かばん。

で、あれば河内節をキーワードに繰ってみたら、でてきた。

河内けんか囃子でもなく、河内のおっさんの唄でもない。

中村美津子さんの河内おとこ節だった。

待ってましたの声はあがらなかった学友。

卒業してから48年目。

喉を披露するのは初めてに唄いなれた演歌節を気持ちよく唄えた。

一年前の私の身体は完全ではない。

歩くのもしんどかったし酒量も少なかった。

この日は気持ちが良いほど飲んで食べて、唄わせてもらった。

唄い始めて1時間半だったか。

K・Kが動いた。

動かざるを得ないのは衣服がびしょびしょであるからだ。

特にお尻はひどい状態になっていた。

苦言を伝えた幹事が動く。

やってきた店員に告げる室内クーラーからボトボト落ちる水滴。

いや、はじめは水滴だったかもしれないが、現状はボトボト落ち。

水道の蛇口が締まらなかった状態のような水量である。

クーラーの電源を切ってくださいというが、それでは室内は熱気に包まれる。

仕方ないからクーラー位置から少しでも離そうとソファを移動する。

どうやらクーラーの排水管が詰まっているようだ。

カラオケGUYは早急に治したのだろうか。

2時間、目いっぱい唄って声が出ない。

海、その愛も気持ちよく唄っていたが、高音部はあきまへん、だ。

たっぷり楽しんだカラオケ店を出て、お初天神通りにあった自動販売機を見る。



D・Kが云うには電車の切符が安くなるというもの。

毎回、利用して少しでも節約しているという自動販売機はJRや阪急電鉄の切符売り。

それも安売りのチケット販売のようだ。

金券ショップであれば閉店時間が早い。

飲んで帰る人の時間帯は閉店後の時間が圧倒的。

利用者が多い場所に設置しておけば間違いなく売れる。

尤も乗り降りする電車が合っておれば、の話しであるが、それにしても阪神電鉄はたったの一枚だった。

なにはともあれここで解散するJR大阪駅。

大和路快速に乗って帰ろうと思っていたが、天王寺駅行き電車が待っていた。

その方面に帰るO・T、F・M、M・Hの3人とともに乗車。

別れて大和路線に乗車した時間は午後8時32分。



およそ30分間の快速に乗って帰ったJR郡山駅。

最終バスはとうの昔に出ているので三都交通のタクシーで帰宅。

いやはや、であるが疲れはまったく感じない。

感じはなかったが翌朝の声はダダ枯れだった。

(H29. 5.21 SB932SH撮影)
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天理ハッスル3の焼き鳥丼

2018年06月19日 10時00分44秒 | あれこれテイクアウト
予定時間よりも1時間遅れで終えた外来棟の診察

自宅までは30分もかかる。

帰りには途中で立ち寄って買い出しするスーパー通いもある。

そのついでに買った昼食弁当。

ほんまは海鮮巻き寿司でもと思っていたが、100円の差で焼き鶏丼に落ち着いた。

税抜き価格が298円の焼き鳥丼は天理ハッスル3の手造り料理。

蓋を通してだが大きめの焼き鳥が五つもある。

これは買いでしょと思ってレジで支払い。

尤も他の商品もここでしか売っていないものを買い出しである。

買物を済ませた車に戻る。

その時間帯は午後1時50分。

帰ってから食べてりゃ午後2時をとうに過ぎてしまう。

こういう場合は駐車場に車を停めたままの車中食。

天気が良ければ天理の山々が見えて見晴らしがいいのだが、この日は薄曇り。

PM2.5のようなどんよりとした空気が漂う。

蓋を開けるには苦労する。

この手のパッケージは嫌いだ。蓋があるのだから、なにも透明シートをさらに巻くことはない。

ラ・ムーであればそんなものはないから蓋は難なくすっぽりと外せる。

こういう方法は見倣って、少しでもコストを落としてはどうなんだと云いたくなる。

さて、焼き鳥丼の味である。

なにが美味いかっていえば鳥の皮である。

唐揚げの場合もそうだが皮がカリッとしていると美味い。

皮を噛めば味がジュワと感じる。

肉はもも肉。

揚げてはいないからジューシーさはない。

それはないが、旨みのある鳥肉はタレと絡んで口の中でとろける。

見た目であるが、ご飯は少ないと思っていたが、そうではなかった。

お腹が満腹以上になるぐらいに盛ってあった。

その証拠に五つのごっついぶつ切りの焼き鳥が丁度であったのだ。

(H29. 5.16 SB932SH撮影)
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急患の関係で1時間遅れの診察

2018年06月18日 11時26分24秒 | むびょうそくさい
3カ月ぶりの循環器内科診療である。

その間は特に異常もなかった身体状況であるが、なぜか身体も気分も重たい。

二日前の山登りがキツかったのか身体がシャンとしない。

診察前の検査は血液検査と心電図検査だけである。

血液検査は結果がでないとわからないが心電図検査は毎日に測っているから結果は聞かなくとも読める。

駐車場から歩いて5分ほど。

身体がほんまにシャキっとしないから歩くのも怠い。

受診は一か月間も過ぎたら健康保険証の確認を要する。

特に問題もなく通過する。

それから測った院内設置の血圧計。

血圧は152で心拍数は48拍だ。

歩いてきたからその分、安静状態よりは上回る。

上回るといっても少しだけ。

ほんのちょっぴりの少しだけ。

最近の起床時の心拍数といえば下が36拍で上でも38拍だ。

以前よりはほんの2拍ほどが落ちている。

これ以上落ちることがあれば・・・というような不安があるからシャキっとしないのかもしれない。

血液検査の受付整理番号は309番。

外来棟の受付時間が9時20分だからそんなもんだ。

受付のときの表示番号は262番。

47人待ちの間は持ってきた本を読む。

著者は市川秀之氏。

写真家Kさんから借りた『「民俗」の創出』が置いたまま。

早く返したいと思っていても読む時間がない。

あまりにも忙しい田んぼの取材。

4月半ばから始まって4週間。

写真の整理はしなくちゃならんし文章起こしも。

毎日が時間に追われる始末である。

今日の診察の待ち時間を活用する本読み。

これまで取材してきた状況を整理する上でも役にたつ『「民俗」の創出』は1.はじめにの研究動向、2.「古代」的葬送儀礼の創出、3.先祖代々之墓の成立、4.河内の餅なし正月、5.歴史伝承の形成と知識人、6.神武天皇祭も民俗行事化―奈良県下のレンゾを中心に―・・・が読みたい章である。

採血待ちだけでも十数頁も読めたのが嬉しいが老眼鏡を忘れたのが辛い。

ところで採血受付した際に結果がわかる予想時間が番号整理表に書いてある。

予定時間は11時17分。

循環器内科の医師の診察予定時間の直前である。

と、いうことであれば凡そ昼頃には会計に出向いているころだ。

慌てることもなく採血を済ましたら心電図検査。

これが予想よりも長かった。

毎回そうだが長めに記録しますのでじっとしておいてくださいと云われる。

その時間は5分間程度。

それが今回は倍もあったのではと思うぐらい長かった。

たぶんに不整脈があったのだろうと思う。

それから循環器内科の受付。

10時10分ぐらいだ。医師の呼び出しがあるのは順調にいって11時半。

それまでは待つしかない。

その間にいっておきたい部屋がある5階にある心臓のリハビリをする部屋である。

リハビリは1カ月半前の3月28日

無事にお勤めを終えて修了証書をもらった。

お世話になったお礼に3人のリハビリ療法士と循環器内科医師たちの記念写真を撮らせてもらった。

そのときの写真を差しあげたら喜んでくれた。

受け取ったⅠさんの身体つきを拝見して驚き。

1カ月半前のときは気がつかなかった妊婦さんだった。

なんでも2月後には第一子の誕生。

その姿がわかるなり、おめでとうございます、だ。

循環器内科診察室に戻ってじっくり本を読む。

老眼鏡がないから読み辛い。

辛いがなんとか判読する。

頭は痛くなる。

ぼぉーとすることもある。

しまいに眠たくなる。

それを押しのけてなんとか頭に叩き込む『「民俗」の創出』は示唆する箇所が多い。

細かな部分は頭に入らないが、待ち時間が長ければまた嬉し、である。

そのうちに院内アナウンスが流れた。

10時半のころである。

急患が入ったことにより診察時間が伸びてご迷惑をおかけしているというアナウンスだ。

予約の診察時間は11時。

この状況では12時を過ぎるであろう。

その後の11時20分にもアナウンスがあった。

本日の予約が多くなり、たいへん混んでおり、約1時間遅れの状況になっているという。

これでは私の番が廻ってくるのは午後12時半になること間違いなしだ。

またまた本読みに没頭する。

予定していた章の判読はほとんど読み終えたころに呼び出しがかかった午後12時10分。

診察室内の待ち合わせ場所で待つこと5分。

ようやく面談できた主治医のⅠ循環器内科医師。

心電図の結果ではp波が鮮明に出ているという。

それは良かったである。

一年前は薄っすら状態。

心配された心臓であるがリハビリ運動のおかげでここまで良くなった。

そのp波状態はリハビリ運動中にもみていた。

デイスプレイ画像であるが清明状態に安堵していたのだ。

先生方のお陰であるが、不整脈が見られるということだ。

その不整脈は重要なことではない。

たんまにみられる程度であるなら問題視することも要らないという。

さて、血液検査結果である。

特に問題はみられないが、ワーフアリン効き目を数値で現わしているPT―INRである。

前回は1.33のところが、今回は1.43。

若干は上昇したが、未達である。

PT-INRは1.5以上が望ましい。

ワーフアリン錠剤を増量するか、しないのか。

低ければ血液の流れが良くないということだが、医師の決断はもう少し様子をみましょう、である。

気になっていたのはγ-GTPの値。

前々回の平成28年11月の値は143。

前回、2月の値は158。

今回は三桁から二桁に落ちて89。

アルコールは毎日飲んでいるし、脂もんも食べているが適度な量である。

肝臓の具合がえーということは嬉しい限り。

ただ、平成28年の9月は97だったから、無茶をすると反逆する可能性もなきにしもあらず。

今週末には1年ぶりの同窓会がある。

適量で済ませるように努力してみたい。

ちなみに今回はBNPについてのコメントがなかった。

ないということは特に問題になるものがないということだ。

BNPは脳性ナトリウム利尿ペプチドの略。

心臓の負荷が増えるとか、心筋肥大が起こるとBNPの血液濃度が増加する。

値が高いほど心臓が良くない状態であるが、今回の値は92.5である。

前々回の平成28年11月の値は62.8。

前回、2月の値は75.48。

基準値には達していないが、今回も二桁台をキープしている。

ぎりぎりのキープであるのはこの数日間がしんどいという証拠ではないだろうか。

しんどいというのは利尿量である。

きっちりとたっぷりの排尿があれば身体も気分も軽くなる。

たんまに重たくなる日は、やはりである。

本来なら排尿量を計測しないとわからんであるが、記録している排尿回数でもだいたいがわかる。

特に問題はなかったが、腰を屈めたときは生き苦しくなることだけは伝えておいた。

カメラマンの特性の関係でローアングル撮影をする場合が多々ある。

屈むということはしゃがむことである。

しゃがむと胸が圧迫されるのか息苦しくなるのだ。

例えば運動のように一時であればしんどさは感じないが、撮影にピント合わせ。

構図取りなどをしておればある程度の時間が要る。

それが長時間になればなるほど苦しいのである。

靴を履くときはしゃがむ。

その一時が苦しい。

床に腰かけて靴を履く場合も前かがみになれば苦しい。

一時的であればなんとも思わないが、靴ひもを結ぶことなんてもんは耐えられないのである。

顔色も口もよく動いて達者である。

見た目はまったくわからない屈む、しゃがむの状態は健康な人には想像できないだろう。

診察を終えた時間帯は午後12時半ジャスト。

それからは会計処理待ち。

これはいつもの通りの20分程度。

3カ月分の薬をもらって外来棟を出たのは午後1時だった。

(H29. 5.16 SB932SH撮影)
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月々千円ちょっとでタイガース試合が見られる装置

2018年06月17日 09時01分26秒 | つうしん
一昨日のことだ。門扉の呼び鈴を誰かが押す。

押されても奥の部屋で作業していたら、耳には届かないことが多々ある。

一人で居る場合はその音が鳴る装置があるリビングの扉を開けておく。

開けておいても聞こえなない場合がある。

なぜなら、パソコン作業中も横に置いてあるテレビジョンの音声によって呼び鈴の音が認識できない場合があるからだ。

たまたまである。

呼び鈴を押されたときは音声を切っていた。

執筆作業に集中にするためにやむなく音声を切っていた。

そのときにピンポーンと鳴った。

鳴ったのであれば装置があるリビングに行ってボタンを押す。

呼び鈴がある装置はテレビカメラ付き。

どのような人が来たのかだいたいがわかるようになっている。

ご近所さんならボタンを押すこともなく玄関ドアを開けて門扉にでる。

この日は見かけない男性である。

なんでしょうかと問えば、「KCNです」と云った。

KCNが進めている光ケーブル化の案内である。

利用しているインターネットは一番定額のコースである。

動画を必要としない私はこれで満足している。

今回の案内はそれではなくテレビである。

それもBS放送である。

何かの特典がありそうだと思って玄関を開けた。

男性は担当である名札を示して怪しい者ではないことを伝える。

BS放送を見るにはNHKの契約が要る。

我が家はきちんと契約している。

その支払いをKCNが代行するというのだ。

間に入って中間搾取・・・ではなくNHK衛星受信料「団体一括支払」をすれば支払い金額が低減されるという話しだ。

2カ月払額であればNHK直接の口座振替・クレジットカード継続払いよりも300円安くなる。

半年一括前払い額であればその差額は915円。

12カ月一括前払い額であれば1850円もお得になる。

NHKとの直接契約であっても半年払い、一年払いの割引特典があるが、KCN団体一括支払い契約の方が安価になる。

年間1850円のお得感を12月で割れば月割り約154円がお得になる計算だ。

担当者が提示する資料はもう一枚ある。

これを見てもう決まったようなもんだ。

そのシートに書いてあった文字に「KCNなら地域によって受信できないテレビ大阪とか京都テレビが受信できる」が躍る。

しかも、だ。

サインペンで書いた文字もある。

それには「サンTV」と書いてある。

これら3局があれば阪神タイガースの試合中継が見られる。

一番に喜ぶのはかーさんだ。

オープン戦から始まってペナントレース公式戦にクライマックスシリーズを経て日本シリーズでチャンピオンが決まる。

この恩恵はタダではない。

KCNケーブルテレビに契約しなくては見られないシステム。

そりゃどこでもそうだが、である。

男性職員が示した契約コースは地デジスーパーディズニー2chコースである。

我が家は電話も含みのインターネット契約。

プラスするには接続工事が伴う。

ただいまその工事費はタダになるキャンペーン中であるという売り込みである。

男性職員はいう。

電話プラスのインターネット契約よりプラス770円で阪神タイガースの試合が見られる。

喜ぶのはかーさんだが、プラスの支出にどう思うのか。

相談の上で決定したいと伝えたら明日か明後日に再訪するという。

翌日は自然観察会に出かけなくてはならないので15日の月曜日を指定したが、時間の約束は決めていなかった、

いつ来るやら、逆に失念してこないかもしれない。

電話をしても良いのだが、夕方には来るであろうと思っていたら、ほんまにそうなった。

男性職員の担当地域は香芝市もあるがもっと遠い五條市も担当する。

そこまで訪問していたら遅くなったという。

それなりゃ電話をするのが当然だろうと思うが、こっちも約束時間を決めずにいたからその指摘は強く云わない。

二日前に聞いていた推薦の地デジスーパーディズニー2chコースである。

我が家に孫はいない。

いたとしてもディズニー番組はまったく興味がない。

それを除いたコースはどれかと聞けば、地デジスーパーコースである。

そのコースであれば月額5030円。

一昨日の我が家の契約は誤計算。

正しくは月々3530円だった。

その差額は1500円。

毎月1500円のアップになるがKCN契約のNHK衛星受信料「団体一括支払」にすれば月割り約154円を差し引いて1345円である。

そこで云った男性職員。

我が家の電話は二つのオプションをつけている。

一つはナンバー表示でもう一つはキャッチフォンだ。

職員が云ったのはキャッチフォンの利用状況である。

ほとんど使っていませんねといえばかーさんが頷く。

そうなのである。

であればオプションを外されたらどうかという打診である。

使っていないのであれば将来もそうであろう。

不要な費用はカット。

そうすれば月額300円も浮く。

こうして再計算すれば1045円の月額アップになる。

これで手を打った契約に契約書類に必要事項を書き込む。

これまでのKCN契約の支払いはクレジット扱い。

そうであればNHKの受信料もクレジット扱いにしましょうということでそうした。

男性職員が云った。

我が家も支払いはクレジットにしている。

一つに纏めてポイントを稼ぐ。

年間で2万円ほどの現金化が見込まれる。

我が家もそうしてきたが、何故かNHKは外していた。

月々の合計支払額には微々たるものだが積もり積もればポイント加算増が見込まれる。

ありがたいシステム構造のメリットを利用しなくてはならない低金利の世の中である。

ところで工事である。

骨のアンテナは外しても構わないが円盤アンテナはそのままにしておく必要があるという。

尤も骨アンテナもそのままであっても問題はない。

工事は屋外の引き込み線から取り付ける機器に接続。

その機器底から屋内に設置する機器に接続して配線を張り巡らす。

メインのリビングだけは「サンTV」のターミナルが要る。

その接続工事もある。

インターネットもそうだが私の頭では整理のつかない線がいっぱいある。

工事の人にお願いするしかないが、屋内の天井に上がる場所はどこだったっけ・・・。

(H29. 5.15 記)
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我が家の白花セッコク

2018年06月16日 09時34分48秒 | 我が家の花
5月になれば我が家のセッコクが動き出す。

昨年は花が咲いた種別ごとに発芽、蕾、開花、萎み状況を観察していた。

今年も、という気は起らない。

なんせ溜まっている民俗取材の紀行文執筆がいっぱい。

それに集中していたいと思ってはいるものの、花が咲けば、つい、目がセッコクに向いてしまう。



これは5月9日の状態の白花セッコク。

蕾がぷっくら膨らんで今にも咲きそうな状態である。



この写真は5月10日の白花セッコク。

予想通りのこの日に咲いた。

咲いたのは一輪であるが、後方にいくつかの蕾がある。

いつ咲いてもおかしくない気象条件。明日はどうなることやら。

それがなんとの満開。



5月11日の白花セッコクは気持ちがいいくらいに後方も開きだした。

一輪、一輪咲きだす白花セッコクに見惚れる。



翌日の12日は全開。

花畑のような感じになった白花セッコクに拍手する。

その日の夜に降り出した雨は強烈だった。

打たれ強いセッコクなんてものはあるのかどうか知らないが・・。

翌日は頭を下げて滴を垂らしていた。

そんな姿が愛おしい。

まるで両手をついて誤っているようにも見えた。

頭を下げていた白花セッコクは元気を取り戻す。

雨は降らずに気温も上がってカラカラ。



14日の姿に頑張ったなと声をかけたい。

(H29. 5. 9~14 EOS40D撮影)
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矢田町寺村の水口まつり

2018年06月15日 09時52分51秒 | 大和郡山市へ
この日は2年ぶりに参加した大和郡山のボランテイア自然観察会

観察会を終えて解散したら、私自身の観察に移る。

矢田町にはあちらこちらに水口まつりがあるが、調べるエリアはとにかく広い。



矢田坐久志玉比古神社付近の北村、横山、中村地区の集落の水口はイロバナに綱掛行事にもらったお札を立てる。

寺村、垣内地区は矢田寺(金剛山寺)の修正会のごーさん札。



これがそうであるが、垣内の垣内は東明寺八阪神社の御田植祭にもらった松苗を立てると聞いているが、未だ発見できていない。

ちなみに矢田町の南の端にある山田原地区にも神社はあるが、関係する行事がないことからイロバナだけである。

(H29. 5.14 EOS40D撮影)
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