マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

友田の善導会式

2010年07月31日 07時22分26秒 | 奈良市(旧都祁村)へ
9月14日は来迎寺で善導会式(訛ってイシキ)が行われている。

前日の昼ころに作られたオソナエ(生御膳であろう)に興味をもつ。

平たい板盆(枡という)に乗せたズイキ。

角は斜めに切ってある。

サトイモを土台に竹串を挿す。

そこにはダイコンを太く丸切りしたものを挿す。

傍らには四つ切りのナンキンカボチャ。

洗い米を置いてできあがる。

その数多かりし。

村の手伝いのご婦人数人が作られる。

会式は善導大師の命日にあたるそうだ。

元は17日だったが、数年前から住職が替わり日程は14日になった。

統括総代の大字友田、南之庄に小山戸に加えてソト大字の多田、白石、甲岡、吐山からお布施(御供)を持って大勢の参拝者が訪れるらしい。

(H22. 6.16 SB932SH撮影)
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南之庄歓楽寺虫供養

2010年07月30日 07時28分16秒 | 奈良市(旧都祁村)へ
4月は岳へ登って豊作を祈願した。

その月にはオコナイでたばったお札を苗代に挿して苗が育つように祈った。

5月の田植えでは天候を気にしながら植え初めをした。

田植えが終わったら岳へ登って田植終いの報告祭。

節目、節目に豊作を願う行事を行ってきた。

6月になれば虫がどこからともなく発生する。

農家にとって育ってきた稲を食い荒らす虫は外敵だ。

虫を殺生しては、その虫を弔う虫供養。

祭壇に虫一族一切皆満足なにがしと墨書された卒塔婆が置かれた都祁南之庄の歓楽寺本堂。

檀家総代ら役員は本堂にあがって虫供養の法要を始められた。

本尊のお薬師さんの前で恒例の虫供養を祈る。

傍らには祈祷札が挿された長さ2メートルほどの青竹が立てかけられている。

それは田畑の稲がよく実るよう、うやうやしく祈願する法要だ。

住職は敬って五穀豊穣を願った。

梅雨入りは13日。昨夜から降り出した雨もあがった。

田んぼには潤いの水が満たされている。

ウグイスが囀る境内は「やーて、やーて」の般若心経とともに共鳴している。

法要を済ませると総代たちは村境にやってくる。

南之庄から桜の峠を越えて到着した。

手にしているのが先ほどの祈祷札だ。

村境は白石と吐山の境界地の分岐点に挿す。



虫は村の境に追いやったということだ。

かって南之庄でも虫送りの松明があったという。

戦時中のことだと前置きされて語った。

空襲で大阪の中心部は焼けだされた。

都祁の村も空襲警報が鳴った。

そんな時代に灯りは禁物。

松明といえども爆撃機から見えないようにした。

いわゆる灯火管制だ。

戦後も迎えたのだが、村から虫送りの松明が消えていった。

(H22. 6.16 EOS40D撮影)
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野遊び③in正暦寺周辺

2010年07月29日 07時20分23秒 | 自然観察会
今回は矢田山フィールドを離れて反対側の東へ。

何度か観察地としてきた正暦寺付近に移動した。

前日は初夏を通り越して気温は30度。

今日は梅雨入りで10度も下がった。

週間天気予報は見事に当たって雨模様。

雨天は中止と前回のときに連絡していた。

うめちゃんは雲の動きが心配で4時から起きていた。

待つこと2時間。

連絡していたとおりに中止指令をだしたが、雨はそれほどでもないので集合場所に行ってみた。

既にスタッフが到着していた。

そこに保護者たちが1組、2組と来られた。

その後も増えていく。

集合時間には11組になっていった。

雨であっても観察したいという子どもたちに引っ張られるようにやってきた。

まさかこないに集まってくださるとは。

雨なんかたいしたこたねぇって感じで。

気合いたっぷりの子供たちは頼もしい新人(類)です。

奈良市東部の山間近い正暦寺付近。

温暖系の貴重なシダなどが植生している大切な地域。

草むらのマムシに注意して行きましょうと長靴を履き、傘をさして出発した。

ホトトギスの夏を告げる声が聞こえてきた。

笹の新芽を軸にして回す風車はテイカカズラ。

プロペラのような花はクルクル回る。

ホシハラビロヘリカメムシのラブラブ。



褐色の前翅中央に一対の黒点が目立つ。

傾斜面に咲いていたニワフジは咲き終わり。



のちほど見つかった沢沿いのニワフジ。

湿ったところにあるようだ。

ダイモンジソウに似ているユキノシタ。

庭に植えられていることが多い。

これも湿ったところを好む。

なにやら見慣れない花が咲いている。

山辺の道や金剛山麓で見られるようになってきたヤワゲフウロ。



今は少しだけしかないが、やがて帰化植物は10年も経てばはびこることになるであろうと警告を発する先生。

リキュウバイは白い5弁花。

葉の陰に白いものがちらほら。

風にひらひら。

まるでフワフワ虫のようだ。



手で触ってみればボロボロと崩れる。

花後なのかどうか判らないがカビの状態であるそうだ。

ハコベ、タツナミソウ、ウツギのお花を見る。



ウグイスの声に混ざって聞こえてきたサンコウチョウ。

遠くの林の中からだ。

ツキヒーホシホイホイホイ。

美しい鳴き声は盛んに聞こえる。

ちっちゃなちっやなお花姿のキクムグラ。



ヤエムグラと同じようにクッツキムシの仲間。

可憐に咲くイチヤクソウ。



その名は「一薬草」。

一つの薬草で多くの病に効くという。

花弁は下向きなので超ローアングルが丁度。

一つの株で毎年咲くことがないというからこれだけ並んでいれば快感だ。

渓谷の参道ではスジグロチョウが飛んでいた。

コゲラやシジュウカラも盛んに囀っている。

雨も本格的になって今日はここまで。

お寺で毎週修行しているNさんにお会いした。

なんでも夜にはヨタカやアオバズクが鳴いているという。

野鳥を探索する人も見かけるそうだ。

当地はサンコウチョウやルリビタキを何度も見るという。

山野草に詳しいNさんの話では自然の宝庫だと話す。

かってはキンラン、ギンラン、コクランに混じってカキランもあったという。

それがごっそりと根こそぎ持っていかれた。

花が咲いていないのに盗られたのはよほどの専門家。

嘆かわしいことだと呟かれる。

(H22. 6.13 EOS40D撮影)
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自然破壊した結果の矢田ホタル

2010年07月28日 07時21分49秒 | 大和郡山市へ
矢田にホタルが飛んでいると聞いてきたかーさんの話。

そりゃあ確かめてみなけりゃということ出かけてきた。

場所はといえば少年自然の家の傍を流れる川沿い。

南へ歩いていけば高専のグランドに繋がる川沿いの道。

20時前のことだった。

光がポツンと目に入った。

わりあいと大きく輝く光だった。

それからもポツ、ポツと点滅する光が見つかったが光は小さい。

乱舞景色にはほど遠いホタルの光の数。

水路や田んぼの茂み、樹上にも点滅している。

ほとんどがじーっとしている。

光源がない夜の散歩道。

単車で走ってきた少年たち。

車で移動していった男性。

ご夫婦やご婦人たちの4組が訪れていた。

光始めてからはホタルも飛んでいたが一斉に消えてしまう時間もあった。

それからも1時間ほど鑑賞していたかーさんは久しぶりに見るホタルの輝きに大喜びだった。

自然観察会の先生によれば本来はゲンジボタルの住処だった。

ところがだ。里山にホタル鑑賞をしようと放ってしまった団体が関係していたという。

それも買ってきたホタルを放たれた。

他所で育ったホタルはヘイケボタル。

ゲンジと他地域ヘイケの異種交配が進んでいる模様だという。

人に手による愚かな行為が自然の状態を変えていった。

戻ることなく自然が破壊されていく。

(H22. 6.12 EOS40D撮影)
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巨大な

2010年07月27日 07時44分47秒 | 自然観察会(番外編)
巨大なものが目に入った。

いつかの観察会で目にしたガだが名前がとんと思いだせない。

画像を見てもらったやまちゃん先生から「それはオオミズアオです」と教えてもらった。

ヤママユガの仲間のオオミズアオは美しく、とても大きい。

魅力的な蛾(ガ)だ。

触覚の色がダイダイだとされるオオミズアオ。

それはまだ確認できていない。

(H22. 6.11 SB932SH撮影)
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我が家のセッコク

2010年07月26日 07時31分37秒 | 我が家の花
何年ぶりでしょうか。

我が家のセッコクに花が咲いた。

行事の取材に行くようになってからは手入れはまったく行き届かなくなった。

可憐にも咲き始めたセッコクが愛おしい。

(H22. 6. 9 EOS40D撮影)
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神座ラーメン300円

2010年07月25日 07時53分32秒 | 食事が主な周辺をお散歩
次男と連絡がとれずいらいらが募る日々。

気晴らしにラーメンを食べに行こうとかーさんを誘った。

ここ数日間は食事ものどが通らない状態に陥っていたかーさん。

一人でいるとどうしてもマイナスのことばかり考えてしまう閉塞感を打破するために気分転換。

先月発行されたチラシのクーポン券を手に持ってお店に向かった。

神座ラーメンが1億食を突破した記念のキャンペーンだ。

普段は税込み530円の「おいしラーメン」が関西一円のお店で300円。

対象店は限られる。

ついこの前にオープンしたイオンモール大和郡山店はない。

ハクサイたっぷりしゃぶしゃぶあっさりにちょろちょろブタ。

茹でブタなんでしょうか、味もなくコクもない。

(H22. 6. 9 SB932SH撮影)
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第一次大極殿院

2010年07月24日 07時53分45秒 | 奈良市へ
復元された第一次大極殿院は平城遷都会場の目玉施設。

観光客が吸い込まれるように入っていく。

眼前は広大な宮廷前庭。

朱雀門が小さく見える。

大極殿院は天皇即位や朝賀、使節の謁見などの国家儀式が行われていた。

周囲の景観は大きく変化したが、古の都人の想いに浸ってみるのもいい。

(H22. 6. 7 SB932SH撮影)
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まほろばでふれあい

2010年07月23日 07時36分14秒 | メモしとこっ!
始めて平城遷都会場にやってきた。

駐輪場に自転車を停めてまほろば交流館に向かった。

会場は三つの団体が準備に追われていた。

金魚すくいは市地域振興課。物

産販売はこちくやさん。

金魚の折り紙作りはボランティアガイドクラブだ。

前夜も準備されていたのだがスタートは20時。

しかも会場オープンは10時。

時間的な余裕はないが作業が再開された。

郡山の行事を紹介する写真展は市の担当者が行ってくれた。

パネルをピンで止めるわけだが、何をどういう位置で展示するかは私がセレクションした。

当初聞いていたパネル数よりもぐっと減って15枚。

1枚に2、3枚の写真と解説文を配置する。

カテゴリーを早急に決めて指示をしながら張っていく。

67行事のなかから厳選して39行事の写真を展示。

10時の開場を過ぎても間に合わなかったがなんとか格好がついた。

まほろばステージで繰り出すショーの音が響いてきた。

せんとくんもやってきて賑やかさが増幅した。



徐々に現れる観光客。

同一ブースには宇陀市松山と高取町。

三つの城がある奈良の代表市が集まった。

それぞれの地域の見所が紹介されている。

私は展示場で立ち続けて訪れる人を待った。

パラパラと立ち見入るお客さん。

見てくれるだけで嬉しいものだ。

郡山は懐かしいと言った生駒の男性。

昔に居住していた井戸野でも砂の道があったという。

貝吹きや観音講を見てもらったら住んでいたころの記憶が蘇ったと笑顔で答えられた。

親子連れで来られていた人は写真を指さした。

お聞きすれば母親だという。

地蔵盆でお世話になった自治会長さんの娘さんだったのだ。

もう一組の親子連れの人は別の写真を指さした。

地蔵盆で法要を営むお坊さんだ。

学校でお世話になっている人だという。

行事写真で繋がる地域のふれあいが会場に蘇った。

会場ではそれからも立ち寄る人が流れていく。

解説文をじっくり読んでいく人。

さァーっと一回りする人とさまざまだ。

ご夫婦が「フクマル」はうちにもあると話してくれた。

ひょっとしたら山添村の菅生ではといえばそうだった。

菅生ではいろんな行事があるのよと教えてくださった。

4月はオイナリサンのモチマキ、7月はアタゴサンのモチマキがあるという。

10月の秋祭りは子供の泣き相撲。

赤子を抱えて上に上げる。

泣いたら負けだという。

興味が尽きない菅生の行事。

初参会のオトナ講も判ったし、山の神しか取材できていなかっただけにありがたい情報に是非ともおじゃましたい。

しかもだ。

翌日の朝には瀧倉の二老さんまで出会った。

まほろば会場はふれあい以上の出合い場でもあった。

初日に置いた解説資料は40部配置して残りが3部。

翌日に12部を持っていった。

市担当も何部か置いてくれた(と思う)。

で、撤収のときは1部だった。

50部以上の持ち帰り。

どなたか判りませんがこの場をお借りして御礼申し上げます。

(H22. 6. 6 SB932SH撮影)
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新穀寄進

2010年07月22日 06時32分51秒 | 楽しみにしておこうっと
およそ60年前から始められたという新穀の寄進。

N町に住むTさんの話によると5軒ほどの農家の方が、法隆寺から水をもらっていたので新穀が採れたさかいに奉納したらどうかと始めたそうだ。

先々代からの慣わしは、さらし木綿の袋に入れた一升ほどの新穀を入れてお寺が来るのを待つらしい。

12月だったか1月だったか覚えてないがお寺から用意しておくようにと伝えられる。

それがあれば寄進者に声を掛けて何時来てもいけるように待っているという。

袋には寄進者の名前が記されているらしい。

それはずっと同じものだそうだ。

お寺は持って帰ると次の収穫が行われるころに袋だけを持ってくる。

寄進者にはお寺から食事の招待が届く。

日にちは指定なのであろう。

食堂かどうか判らないが、そこでお寺の食事をよばれる。

サケの切り身など精進料理のようなものらしい。

ごはんもある。

それは新穀で炊いたご飯であろう。

撮影は一切受けることができないとTさんは話す。

だれが許可したのだとお寺からクレームがでるのだという。

(H22. 6. 5 聞き取り)
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