マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

フルLL再プリント

2018年07月22日 08時14分19秒 | しゃしん
依頼していたプリントができたと電話が鳴る。

プリントは天理市勾田町で撮らせてもらった水口祭の情景である。

デジタル写真機で撮ったものではなく、フィルムカメラのキャノンEOS-3で撮ったもの。

フィルムはコダックのE100エクタムローム。

冷蔵庫で保存していたフィルムであるが、発色劣化も見られないので使用している。

プリントの大きさはいつも指定する通りのF-LL。

できあがりはいつも余黒であがってくる。

ところがこの日のあがりは余黒でないし、余白でもない全面プリントで返ってきた。

これって色も思った通りじゃないよ、と店員さんに告げる。

できあがりはどちらかといえばデジタル写真機で撮った仕上がり。

薄っぺらい仕上がりにどうなってんの。

私はいつも特記事項を書き添える。

「原版に忠実にプリントしてください」と但し書きを入れる。

これを毎回書き込むようになったのはプリント仕様がデジタルになってからだ。

フィルム原版通りに仕上がらないから何度も何度もやり直しを再指示した。

何回も再依頼した結果である。

当時おられた副店長と相談した結果は依頼時に「原版に忠実にプリントしてください」を書き添えることで同意した。

それからというもの、毎回においてずっと書き込むようにしていたが、すべてが余黒。

フイルムプリントはすべてが余黒。

いちいち「余黒」を書かなくとも余黒で仕上がってくる。

店員のKさんはすぐさま動いてプリントした会社に電話とFAXを入れた。

その結果、プリント会社のミスを判明した。

デジタル時代に染まってしまったプリント技術者のミスは、戦争を知らない子供たち、ではないが、「フィルム時代を知らない技術者」と云いたくもなる。



再プリントされてできあがった写真の具合を一目瞭然。

発色は綺麗な仕上がりにほっとする。

(H29. 6.14 SB932SH撮影)
(H29. 6.16 SB932SH撮影)
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遺作展になった森本康則個展「大和の一本桜」inアートスペース上三条

2018年03月12日 09時23分37秒 | しゃしん
森本康則氏が個展の写真展をされていると知ってぶらり散歩がてらに寄ってみる。

展示会場は知人の豊田定男さんが織りなす「奈良いまむかし」展をしていたアートスペース上三条

平成25年の6月4日だった。

場所はわかり難く往生したことがあった。

今回は2度目。

それでもあれから4年も経っている。

町の移り変わりは早く感じる。

あの狭い通路のようなところに入る口はどこだろうか。

たぶんここらであろうと思った地にタイムパーキングが見つかった。

以前はたしかなかったような気がする。

駐車しようとすればこれまた知人の写真家Kさんが歩道を歩いていたところに遭遇。

タイミングは30秒もズレておれば遭遇することのない、これを奇遇としか言いようのないタイミングである。

これから個展に、といえばご一緒しましょうということで会場にあがる。

そこにおられた森本康則氏。

1カ月半も入院に体重は10kgの減量。

ほっそりとされたが穏やかな面立ちはいつもお会いするときと同じだ。

温かみのお声で優しく喋られる、あの雰囲気は他の人には見られない魅力をもっている。

私もそうでありたいと思うが、無理なことである。

実は森本康則氏とはお会いしてお話しをしたのは平成27年5月3日に観覧させてもらった第20回水門会写真展のときである。

氏との繋がりはもっと以前である。

繋がりのキカッケを作ってくれた写真は一枚。天理市の大和神社で斎行されるちゃんちゃん祭りの一コマである。

その写真は「県政だより奈良 2005.4月号 第226号」に掲載された。

平成17年のことだから、今から12年も前のこと。

掲載された写真は私が撮った原画とまったく同じ。

こんなことってあり得るのだろうか。

答えを知りたくて県庁広報課に向かった。

応対してくださった広報課職員のKさん。

その写真は大和神社宮司から提供されたのが事実であるとわかった。

後日、訪れてそのことを尋ねた宮司さんは、県より掲載写真の提供を願われて、神社にあった写真を渡したというのだ。

えーっ、である。

過去、撮らせてもらった写真はできる限り、お礼として取材地にさしあげている。

その写真を渡したというのだから、間違いなく私に著作権がある。

HPにも書いたが、逆に名誉なことなので広報課の了解をえて「ならグルグル散歩」に紹介することにした。

そのことをきっかけに発展した「県政だより奈良」の写真掲載。

広報課から正式にお願いされての祭り・行事写真の掲載に一役買っていただいたのが森本康則氏だった。

直接はお会いしなかったが、候補写真の何枚かを広報課に提供した。

その中から選んでくださった選者であった。

そのときの写真は川上村烏川の弓始式を筆頭に、御所市鴨都波神社のススキ提灯などがある。

それからさらに発展した県からの依頼は平城遷都1300年祭を記念に発刊された『奈良・大和路まほろば巡礼』であった。

このときも写真監修をされたのが森本康則氏だった。

そんな経緯によって繋がっていた氏と初めてお会いして喋ったのが、先に挙げた第20回水門会写真展のときだった。

私の思い出はそういうことだが、監修をしてくださったおかげで今日の私がある。

いわば先生みたいなもので、今でも感謝している。

さて、写真展は氏が県内のあらゆる所に目を向けて撮ってきた「大和の一本桜」。

私も県内各地の一本桜や美桜を求めて探し回ったことがある。

見慣れた桜もあれば、ここってどこと思えるような桜もある。

穏やかな人物が穏やかな作風で写真を仕上げた「個展」に魅了される。

私が気に入っている桜にこんなのもありますって伝えたら、是非、来春にでかけてみたいと話していた。

個展より半年前の平成28年10月である。

氏がFBをされていると聞いてリクエストさせてもらった。

繋がった私のFBにコメントしてくださったのは平成28年11月4日。

その返事に「桃香野でもっとお話ししたかったのですが、隣村の行事取材の時間に追われていて失礼しました。行事のあれこれを写真に収めるだけでは限界を感じます。何年か前に民俗芸能調査員を委嘱されたこともあってより一層、所作の動きが気になりますね」を送った。

平成28年の10月23日に訪れた奈良市月ヶ瀬の桃香野の伝統行事に出会ったときのことである。

返答したコメントにコメントを返してくださる。

そのときの私の返答は「10年ほど前のことですが、『県政だより 奈良』の表紙写真を厳選してくださったのですから、私にとってはやはり先生ですょ。また、どこかでお会いしたいものです」。

そうしてお会いした個展であった。

実質はたった3度のリアルな出合いの写真談義が嬉しかった。


それから半年後の平成29年9月24日に訃報が届く。

直接ではなく、知人のNさんがFBに投稿した文章が気になる。

もしか・・、と思っていた翌日の9月25日。

電話の発信者は写真家のKさん。

主たる目的は撮影協力の願いだ。

通しで5日間のビデオ撮り。

それにはスチル写真が要るとのこと。

5日間のうち、この日は身体が空いていますか、という電話だった。

その日の夕刻は近々に取材の許諾をしてもらった伝統的民俗行事の取材が決まっている。

決まったのは前日のことである。

早朝からの行事もあったが、それは断った。

いや、断るというよりも行きたいな、と伝えてはいても確約ではないから、断念である。

なんせ行事が一番多いとされる10月の第二日曜日。

困ったものである。

そのKさんに森本さんの名を出した。

実は今から葬儀が始まるということだ。

心配されたことが現実になってしまった。

もう一度会って写真談義をしたかったが叶えられることはない。

突然の葬儀知らせに泣いてしまった。

氏の誕生日は4月4日。

私の方が3カ月早く生まれた同年生。

今でも病いを抱えている私より先に逝ってしまった。

合掌。

写真展から1年後。

逝去されてから半年後。

森本康則さんのFBは生きていたが・・・。

FBが伝える平成30年4月4日の一日前。

「・・誕生日を祝いましょう」のメッセージに反応する人は現れない。

天国に逝ってしまった森本康則さんも応えてくれない。

逝去されて半年間。

どうか天上で見守っていただきたく、FBも「友達から削除」を押して、合掌。

(H29. 4.12 SB932SH撮影)
(H29. 9.25 追記)
(H30. 4. 6 追記)
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私がとらえた大和の民俗(7)玄関ホール写真展

2017年11月19日 11時23分59秒 | しゃしん
奈良県立民俗博物館の玄関ホールにて、10人のカメラマンが出展する「第7回 私がとらえた大和の民俗」写真展は平成29年10月28日(土)より始まります。
今年で7回目を迎えた写真展の期間は平成29年12月17日(日)まで、となります。

今回のテーマは「水」。
「水は身近で根源的な素材のため、さまざまなとらえ方ができます。奈良盆地は元来水利に乏しく、溜め池を作ったり、雨乞いの信仰が盛んになるなど水の恵みを求めてきました。一方で洪水や土砂崩れなど災害の爪痕や、洪水に対する堤の跡なども残されています。さまざまな場面を切り取った奈良の民俗写真から、奈良の「水」についてご紹介します。」

「水」の写真は数々あれど、そのほとんどが風景写真。
「水」には生きている民俗がつきもの、「水」とともに生きる民俗。
それが本質。根底にある「水」。
写真家がとらえる「水」とは何ぞえ、をみていただきたい。
そう、思うのです。

なお、12月3日(日) 13時45分より、出展されるカメラマンたちが語る「写真家座談会―水に関する奈良の民俗―」があります。
座談会会場は併設の大和民俗公園内施設の古民家(旧臼井家住宅)ですが、変更する場合もありますのでよろしくお願いします。・・・終了しました
                 
是非、お越しくださいませ。

展示場所 奈良県大和郡山市矢田町545 奈良県立民俗博物館 玄関ホール(館入場料200円)
※ 11月18日(土)、19日(日)は「関西文化の日」のため、入館観覧料が無料 
開館時間 9時~17時 (入館は16時半まで)
展示日程 平成29年10月28日(土)~平成29年12月17日(日)・・・終了しました
関連イベント 平成29年12月3日(日) 
 <出展写真家が語る「写真家座談会―水に関する奈良の民俗―」 13時45分より>・・・終了しました
奈良県内の水に纏わる信仰や芸能、生業、遺構など、 出展写真を交えながらご紹介します
      
出展者および作品テーマ(図録順)・・・在館解説日(午後1時半より)
志岐利恵子  【人生の水】・・・・・・11月25日・終了
鹿谷勲    【水の風景】・・・・・・12月 2日・終了
脇坂実希   【水の信仰】・・・・・・12月10日・終了
野本暉房   【水垢離】・・・・・・・11月 4日・終了
松本純一   【流す】・・・・・・・・11月19日・終了※ 関西文化の日
森川壽美三  【めぐみの水】
田中眞人   【大岩の雨たんもれ】・・11月18日・終了※ 関西文化の日
森川光章   【暮らしと水】・・・・・12月 9日・終了
野口文男   【災害】・・・・・・・・11月11日・終了
松井良浩   【請堤(受堤】・・・・・11月 5日・終了

どうぞ、ご来館お待ちしております。



(H29.10.27 記)
(H29.11.18 SB932SH撮影)
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ジャック&ベテイ+フォトクラブ台高“夢幻”+遊写楽合同写真展in奈良市美術館

2017年11月11日 10時01分54秒 | しゃしん
いっぱい、いっぱいの出合いの人たちに御心をいただいた写真展でしたが、記事を書く時間がない。

良き出会いをさせていただいた方々。

2時間たっぷりお話ししてくださって、ありがとうございます。

せめて、と思って忘れないようにお名前を此の場で芳名させてもらいます。

ジャック&ベテイ代表者のKさんにMさん、Nさん。

皆さんは主に風景写真を撮っておられる方々。

普段はFBに公開されている映像で楽しませてもらっているが、大判で見ると感じは違う。

やはりプリントで見る方がいいね!を押したくなる。

フォトクラブ台高“夢幻”には存じあげる人がいないので、どこから話しかけてよいやら・・・。

でしたが、遊写楽に属されていた有名人の杉田幸作さんや椿本久美夫さんもお会いできた。

力作が多かった合同写真展は、今後も機会があれば出かけてみたい。

(H29. 1.26 SB932SH撮影)
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第27回日本写真作家協会会員展+第14回日本写真作家協会公募展in大阪市立美術館

2017年10月21日 09時32分23秒 | しゃしん
フォトサークルDANを運営されている宮崎壽一郎さんから届いた写真展の案内。

会場は大阪の天王寺公園内に建つ大阪市立美術館だ。

ここで行われる写真展は初めて。

案内がなければ知ることもなかった日本写真作家協会会員展。

会員の宮崎さんも作品を展示している。

宮崎さんが主宰するサークルの写真展は何度か拝見している。

また、所属するJNP日本風景写真協会の奈良第1支部展示会も拝見している。

所属が異なれば作品はどういうものになるのか・・。

案内状に在室日時が書いてあったので、スケジューリングしていた。

何日も前からその日を意識していた。

明日はリハビリ運動で外来棟に行く。

明後日は歯医者で午後が空いている。

たしかこの日だったと思い込み。

自宅を出てJR大和路線に乗車した。

あらためて届いた案内状を見た。

日にちを間違ったことに気がついたが、もう遅い。

電車は快速急行で大阪の天王寺駅はもうすぐだ。

ご本人には会いたいが・・仕方がない。

会場は大阪市立美術館。

平成24年の秋に拝見した葛飾北斎展会場がここであった・・・。

いやもっと前にあった・・・。

そのときはおふくろにかーさんも拝見していた。

招待入場券を貰ったから出かけたまで。

車で出かけたから地下の駐車場を利用したと思う。

今回はJR天王寺駅を降りて地上に出る。

天井下などにある「大阪市立美術館」の文字を見ては真っすぐ、左、下、上へ記す誘導に沿って歩く。

地下から出ればそこは天王寺公園の一角にある「天芝」。

後方にあの有名な・・・タワーが見える。

そこから美術館がどこにあるのか道がわからなくなった。

警備服を着ている男性に道を尋ねた。

あっちで、こっちでも行けば着く。

あっちは狭いから・・・。

じゃ、こっちで行けばいいのですねと云えば、あっちでもこっちでもええ、という。

私はどちらの道を行けば良いのですかといえば、あっちでもこっちでも行ける・・・・。

こういう人の案内は案内でもなく、人を惑わす他ならない。

狭い方は工事をしているから危ないといっていた「あっち」を避けて「こっち」の道を行く。

正面にあった施設は天王寺動物園。

子ども、幼児でもわかるようにひらがなで「てんのうじどうぶつえん」の大きな文字が見える。

その右横のトイレに貼ってあった大阪市立美術館へ向かう→に沿って道を下る。



ようやく見つかった「地下展覧会室」。

受付、記帳を済まして奥の会場へ行こうとしたらその人が席を離れて案内してくださる。

その場は誰でもわかる位置であるにも関わらず案内をしてくれた。

“天芝”にいた警備員とはえらい違い。

警備に案内があるのか、ないのか、知らないが、そうあるべきだと思った次第だ。

手前の室内には絵画の展示会もあったが、本日は時間足らずで断念する。



向かった先の開場前にも受付はあるが、不要ですと云われて廊下奥にある展示室へ・・。

日本写真作家協会会員展は通称、略してJPA展と云えばわかるようだ。

展示作品の一切が撮影禁ズ。

記憶に残るように一枚、一枚、丹念に拝見する。

会の名称は写真作家。英語表記は“Photographers”。

アルベット表記はフォトグラファー。

名刺交換させていただく写真家さんは必ずといっていいほど“Photographer”の文字がある。

カメラマンとフォトグラファーは・・・どう違うねんと思いたくもなる。

ネットをぐぐってみれば商業ベースか、芸術性であるのかの違いとかで、海外では動画鳥のビデオカメラマンがカメラマン、写真撮りはフォトグラファーになるようだ。

では、写真家と写真作家の違いはどうなん、である。

天才写真家を自認する荒木経惟氏は云った言葉があるそうだ。

それによれば、「カメラマンは現実をそのまま切り取ってくる人。写真作家は現実を虚構化し、現実とは違った別のもの(写真作品)に置き換えて表現する人だ」という。

云っている言葉はよくわかる。

写真の原点は記録。

そこに芸術性を加えて表現をもつ。

とらえた人の意思を伝えるのが作品。

つまりは写真と云う道具を使って表現する作家ということなのであろう。

日本写真作家協会会員展を拝見させてもらって感じたことは多様化した芸術性作品である。

えっ、これが写真。

そう思う作品はけっこーな数であった。

写真展示数は204点。

作者一人について一枚の作品を展示しているから写真作家は204人にもなる。

また、新入会員の作品22点も展示してある。

それに加えて日本写真作家協会公募展が併設展示。

入賞・入選合わせて249点。

合計すれば453点。

一枚をじっくり見るとして平均10秒間の拝見であれば4530秒。

時間換算1時間15分にもなる。

立ち止ってしまう驚愕の作品もあればさらりと抜ける作品もある。

立ったままでの閲覧は身体的もよおしもやってくる。

それが限界と思って、駆け巡るように見ていた。

農村風景写真が突然に・・・。

十津川村の内原、滝川、谷瀬や旧西吉野村の永谷で拝見した多段型の稲架けを思い起こす写真のタイトルは「美しい農村」。

撮影地は新潟県の十日町。

夕暮れ近い情景であろう、その場で作業をされている男女は夫婦であろう。

下から刈り取った稲束を投げているのは男性だ。

それを受け取る女性は高所の稲架けに登っていた。

竿に足を絡ませて落ちないようにしている。

前述した十津川村や旧西吉野村の多段型ハダ架けを取材するにあたって他府県の在り方も調べてみた。

だいたいが北陸地方や越後、信州からやや東北で見られる稲架け。

多段型の構造は段数に違いはあってもほぼ同様である。

それを調べていたときに知った新潟県十日町の状況はネットで確認していた。

この作業を農業体験イベント・風物詩として紹介していた。

私は取材した十津川村の内原、滝川、谷瀬や旧西吉野村の永谷のハザ架けを8枚のテーマ組作品としてカメラのキタムラ奈良南店で展示した。

作業にともなう農家の苦労話を中心に構成した。

天候、気候を見据えながら刈り取り、ハダ架け作業に伴う労力。

年齢、体力面から考慮する作業の在り方を短文で書いた。

カメラマンにとっては風物詩。

美しい景観を撮ることに力を入れる。

当然の行為であるが、そこで働く人たちの姿をどうとらえるか、である。

「美しい農村」写真を拝見させてもらって感じたこと。

なんとなく躍動感が物足りないのだ。

投げる方は力強さがいる。

受け取る方は落としてはならないという責任感がある。

一束、一束は大切な稔りの作物である。

私がとらえた作品はローアングルに身を構えてレンズが見上げる二人の動きである。

投げる方は姉さん、受け取る方は弟。

年齢の違いもあるが、喜んでもらえる作品になったと自画自賛してしまう。

「美しい農村」にそれを感じないのは何故だろう。

カメラマンの立ち位置である。

真横から水平に撮っただけでは平面体。

平凡なアングルは平坦。

極端な言い方をすれば・・・申しわけないが、誰でも撮れる。

「美しい農村」でもないように思えた作品は会員作品だった。



すかっとした気分になって表に出た。

会場の大阪市立美術館に青空が映える。

その向こうに高さが300mの近鉄阿倍野に建つあべのハルカスが見える。



帰り道にはどこからでも見えるハルカスであるが、私は一度も入店したことがない。

(H29. 1.11 SB932SH撮影)
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幾度行っても彷徨う大都会にハレとケの谷間

2017年06月30日 08時59分26秒 | しゃしん
空を見上げりゃ青空に浮かぶ白い雲。

ビルの間に広がる自然の色。



内部に入れば僅かな隙間から都会が見える。

重たい籠部屋を上下に引っ張る、降ろす導線。

それもこれも命の綱・・。



一本が欠けたらどないなるんやろか。

私の心臓は一本か何本か判らないが「健索(けん)」切れて高級困難に陥って死にかけた。

地下に潜ればごめんくださいの声が聞こえてくる。



反応もないから他の店も訪ねてみよう。

都会の動きはとにかく忙しそう。



歩く人たちの速度についていけない。

目眩をしそうになった。

この日に出かけた大都会の大阪。

JR大阪より歩いて十数分の西梅田。

ヒルトンプラザウエスト・オフィスタワー13階で展示されている石津武史写真展の「ぶらり大阪環状線」を拝見する。

石津武史さんと初めて出会ったのは奈良の祭りの場だった。

それがどこのどういう行事だったのか未だに思い出せない。

それはともかく石津武史さんがとらえた写真は凄まじいほどの迫力を感じる。

圧倒されるドアップで表現される釜の人たち。

モノクローム部門で第61回のニッコール長岡賞・ニッコール大賞を獲得された実力者。

テーマ「釜で生きる」は第17回酒田市土門拳文化賞奨励賞も受賞している。

今回の作品はモノクロでなく全作品ともカラー。

しかもすべてが縦位置。

画面上にオレンジカラー色の環状線電車が走る。

高架下に暮らす人たちの様相をほぼ明るい陽射しを浴びる状況を撮っている。

ビジネスマンもおれば自転車で道具を運ぶ作業員の姿もとらえる。

ときには夕暮れ近い灯りを得た映像もある。

正面中央には静止画。周りはブレで動きを表現する。

計算しつくした作品に憧れを感じる。

ひと通り拝見して併設されている写真展も拝見する。

石津武史写真展の「ぶらり大阪環状線」は梅田ニコンサロンbis大阪が会場。

同一フロアーの左側にある会場は大阪ニコンサロン。

どういう違いがあるのだろうか。

石津さんの話によれば審査員が違うらしい。

平成22年に拝見した石津作品は「日々坦々」。

3度目になる石津作品はすべてが梅田ニコンサロンbis大阪だった。

たまたまであると思うが大阪ニコンサロンに比べて明るい会場だった。

石津さんが云うには作家さんのご希望による照明のようだ。

この日に拝見した大阪ニコンサロンの展示作品は松本コウシ写真展の「泳ぐ夜 其の弐」。

すべてがモノクロ写真。巷の夜を蠢く人たちは何者。

肩を寄せ合う男女もおれ若いカップルにど派手な姿の女性。

酔っているのか路上に倒れている男性もいるし小学生と思える子どもを連れた親子もいる。

表情に明るさは見られない。

会場の照明も暗く闇に包まれているようだ。

流れている楽曲は知らないが情景に深みを増す。

撮られた地は・・。

おそらく大阪市内。

新世界もあるだろう。

もしかとして環状線も・・。

闇を蠢く虫たちのような映像に心臓術後に出現した幻影と見間違う。

二つの展示会場は隙間があるかのように思った写真展。

ひとつは日常を表現する「ケ」。

もうひとつは夜を舞台にした「ハレ」ではないだろうか。

(H28.10.27 SB932SH撮影)
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半年無償期間内に発生したCanonEFS17-85ISUUSMレンズのErr01

2017年06月29日 09時05分02秒 | しゃしん
中古品には一度限りではあるが、無償の半年間保証がついている。

半年過ぎてエラーが出たらたまらん・・。

そうは思っても出るわけはないだろうと思っていた。

ところが、だ。

買い換えた日から数えて107日目。

3カ月と半月ほど経った10月16日に再発生した。

カシャと音をたてたカメラ本体の表示画面に「Err 01」。



エラーメッセージは「カメラとレンズの通信不良です。レンズの接点を清掃してください」である。

これが出たらシャッターは押しても映像は・・・。

とにかく写さなければならない状況下に焦る行動は電源オフにレンズの再装填。

一枚撮ってはエラーに再処理を繰り返す。

翌日の17日は撮影取材がある。

なんとかしたい。

思い出したのがカメラのキタムラM店員さんの言葉だ。

17mmから35mmまでの広角側にエラーが発生する。

それ以上であればシャッターは下りる。

そうだ、この日はそれでなんとか逃げ切りたい。

たしかにそうであればシャッターは下りるが、普段のクセが自然と出る。

ついつい広角側にズーミングしてしまうのだ。

その度に発生する「Err 01」に難儀はしたが、なんとか写真を撮ることができた。

翌日の10月18日。

カメラのキタムラ奈良南店に持ち込んだレンズ不良。

ところがどこを探しても保証書が見つからない。

ここはと思う場所はくまなく探したが見つからないが、買った日や購入価格はメモしているから思いだせる。

それが前述したブログ記事である。

これこれかくかくしかじかの店員さんに伝えたら落下したものは保証できません、という。

そんなことは一言も云っていない。

何十年と通っている大得意客の私はゴネたくない。

購入履歴があるはずだと思って調べてもらったら・・・・あった

購入したときのサインもある。

間違いないことを信じてもらえた。

購入してから指折り数える店員さん。

半年保証期間内ですと答えた応対が笑えた。

無償の修理は2、3週間もかかる。

かかっても構わないが本体は要る。

レンズだけをお願いしたが、以前は店長や副店長が修理期間中に無償で予備レンズを貸してくれた。

今はそれもできない時代。

そりゃそうだが、さて、どうするか、である。

そういえばザックに保管してあるカメラがあったはずだ。

今では懐かしい「Kiss Digtal N」だ。

平成22年1月30日までは使っていた。

その日に貰ったEOD40Dに譲るまでの数年間も活躍していた一眼レフカメラ。

たしかレンズは装填したままで保管しているかも、と思って探したらザックの中で眠っていた。



修理願いに出したレンズの代替に久々登場したCanonEF28-80mm F3.5-5.6 V USMの再活用である。

修理されて戻ってくるまでの期間にガンバッてもらうしかない。

(H28.10.18 SB932SH撮影)
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倉家eto修司さとがえり写真展inラボ京都

2017年04月29日 06時30分02秒 | しゃしん
この日は何十年ぶりかの期間を経て京都中心部の市街地に向かう。

京都は祖母が入院していた地。

毎週は行かないと顔を忘れてしまうほどの認知症に陥っていた。

琵琶湖の水を京都しないに運ぶ疎水に疎水橋水路閣やインクラインがある蹴上など見所多い処からすぐ近くに施設があった。

我が家から車で行くには地道をほぼ一直線。

市内に遡上するまでは田園地帯を走る。

宇治の大川を渡って市内中心部へ。

記憶に残っている道を走ろう。

そう思って出かけた京都の展示場はラボ京都。

京奈和道路を利用して北上する。

その下を走る地道は覚えている。

さらに走って記憶にある国道にでる。

たしかここらへんにあったと思う京都では有名なラーメン店。

店名も忘れてしまえば所在地も出てこない。

数か月経ってふと頭に浮かんだ新福菜館。

たしかそんな名前のラーメン店は久御山町にあったお店だと思う。

行先をインップトしたカーナビゲーションのいう通りに走っていたが、覚えている道にでればここやろ、と思ってハンドルを切る。

曲がった先で警告を発信する愛車のカーナビゲーション。

それも無視して走れば道が消えた。

記憶っていうものはそうなるわが身の勝手な判断である。

そういや大多数の車は指示された道を走っていった。

そこを走る車はとても多い。

いわゆる渋滞なのだ。

ノロノロ走る渋滞に辟易するが、仕方なく波に乗らざるを得ない。

目的地のラボ京都の所在地は京都市下京区釘隠町248-1。

フジカラーの総合ラボでもある。

ラボ京都のHPには㈱トミカラーとか日本風景写真協会、一般社団法人二科会写真部などのアイコンがある。

拝見したい写真展会場はそこであるが、散々迷った。

会場はわかったが駐車場は併設していない。

付近にあるタイムパーキングを探して周回する。

結局は迷って入ってしまった道にあった。

15分で200円だから1時間もおれば800円にもなる。

そこまでは滞在しないと思うがとにかくそこに停めてラボ京都まで歩く。

ここはどこなんだ。

京都といえば辻々に地番表記がある。



ここは「下京区 室町通仏光寺下る 山王町」とある。

表記の下に「京都南」とあるから京都市中心市街地からみれば「南」になるのだろう。



すぐ近くには与謝野蕪村の終焉地となる宅跡施設がある。

目印はこれなんだろう。

その向かいがラボ京都。



見上げたら電信柱に清輝ビル内にある施設を明示していた。

写真展の会場はこのビル内の4階にあるギャラリーラボ京都だ。

一階玄関前に写真展案内の立て看板があった。



やっと着いた、と思った看板ポスターに「いずれこの場所で語り部の一人となるために」が書いてあった。

心を揺さぶる独白のように思えた。

会場におられた作者の倉家衛藤修司さんは奈良市月ヶ瀬桃香野に住む。

倉家さんが発信する写真展のコメントに「月ヶ瀬と縁が出来てから住むまでの10年間 その地で生まれ育った訳ではなく 無関係な人間でもなく 近すぎず離れすぎずという立場で 将来の自分の居場所探しを目的に撮り始めた写真です・・・」とある。

「毎年行われる行事 正月・観梅・茶刈り・お盆・祭り それは、ひと時のやすらぎと 生活の中の風習、歴史、文化が伝承する大切な時間でした・・・」にまたもや心に響く。

それがすべての本人の意思。

そう思った通りの写真であった。

一点、一点が重みをもつ写真。

とらえた映像に立ち止る。

私がいくらガンバッても撮ることができない暮らしの民俗に見惚れていた。

感動もんの作品がずらりと並ぶ。

特に印象的だったのはご婦人が沈みかける夕陽を見ているシーンだ。

その婦人はうしろ姿だが、心情は映像で答えてくれる。

正月のイタダキも感動するお家の行事や風習。

ありのままの自然な姿をとらえた映像にウソはない。

そう思った作品は私にとっては衝撃的。

撮り方もさることながら、プリントの風合いがさらに深みを増していると思った。

素晴らしい作品は、これからもずっと撮り続けてくださいと伝えて帰路につく。

復路の道はちょっと寄り道。

時間はたっぷりあるからあっちへよれよれ。

こっちへよれよれと思ったが、どうにもならない交通渋滞に巻き込まれた。

ここはどこだ。

京奈和道路の南の端っこ。

山田川で下りてからどこへ行く。

東か南か・・。

ふと頭の中に湧いた「鹿畑」。鹿が多く生息したことからその名がついたとか・・・。

新興住宅地に囲まれている旧村集落がある。

その辺りで車が動かなくなった。

昔の街道に生活溢れる住宅地に多くの物流が動く。

昼間はそうでないと思うが、今の時間帯は午後の5時半。

どうしようもないぐらいに前へ進まない。



田園が広がるこの地に案山子が立つ。

スズメは追い払えるが車は無理だ。

ずっと先に見える信号は青だがまったく進まない。



その間に撮らせてもらった車越しの案山子。

嘲笑っているかのように思えた。

(H28. 9. 3 SB932SH撮影)
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なら歳時記・夏~奈良写真家9人展~inクロネコならTabiセンター

2017年03月14日 09時42分53秒 | しゃしん
奈良の行事を主にシャッターをきっている人たちの写真展を拝見した。

9人のうち5人は県立民俗博物館で開催されている「私がとらえた大和の民俗」写真展でも馴染みのある方だ。

他の4人もそれなりの活動はしているそうだが、出展はFBやブログなどだ。

大きな写真で作品を展示する。

「夏」をテーマにどういう風に写真で奈良の夏を伝えていくのか興味をもつ。

それが楽しみでやってきた。

会場に入る前の三条通り。

出展者の一人であるTさんが若い女性を連れて歩いていた。



展示しているクロネコならTabiセンターに入る・・・ことはなく手を振りながら遠ざかっていった。

今日から15日までは奈良の夏の風物詩となった燈花会に行くのだろう。

会場に入れば出展者のNさんがいた。

当番の在廊である。

展示されていた作品をざっとひと通り拝見する。

感想を挙げれば・・であるが・・。

ベテランの人たちの作品と差異があまりにもありすぎるのが特徴だと思った。

ピンが甘いのもあるが、なにを訴えたいのか判らないものもある。

むしろ、テーマの「夏」外れになるものもある。

尤も初夏ということも考えているのであれば・・・。

燈花会に出かける途中に立ち寄って見てもらえれば・・というコメントもあったと思う。

それならば盛夏に絞り込んだほうがよかったのでは・・・と思った。

これは感想である。

作品に対する悪気はない。

悪気はないが、観光客が作品を観て行きたくなるのだろうか。

もちろん行きたくなる、見たくなる作品も多い。

要は独りよがりになっていないか、である。

正直申し上げて、大きくすれば生身の写真のアラが再現される。

そういう写真が何枚もある。

そうなることを知っていて出典したのなら・・・。

一般の人が見ればそうは思わないが、写真家と銘打っている写真家が見て、これは学ばねば・・と思うような作品に期待していた。

ベテランでなくとも学ぶ写真はいくらでもある。

さまざまなクラブ団体の写真展を拝見してきたが、同じような感覚になった。

これが賞取り作品展示会、県展とか市展とか。

苦言を申すのは大きく成長してもらいたいという願望。

私の作品などを蹴散らすぐらいに成長してもらいたい。

次回はどうぞ入選できるぐらいのレベル作品で奈良を飾ってほしい。

(H28. 8. 5 SB932SH撮影)
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一挙に拝見する二つの併設写真展

2017年01月11日 10時26分40秒 | しゃしん
おふくろの友だちのうちの三人がアマチュア写真家。

始めてお会いしたのは高取町のお城祭り。

時代行列に南京玉すだれなどを撮って歩いていたときに出合った。

その日はおふくろもかーさんも一緒に会かけていた。

まさか、ここで遭遇するとはおふくろも思わなんだ、と今でも述懐する。

その三人のうちのお一人は写真クラブに入ってめきめきと腕をあげている。

それとは関係なくFBで案内されていた写真展を見に行った。

会場は写真展や県展などさまざまな会が利用している奈良文化会館だ。

会場に行けば主催のFCCならのKさんが受付をしていた。

月ヶ瀬の桃香野の一万度祭の場で始めてお会いした方は所属する会社は写真のことなら一切をおまかせというトミカラーである。

ひと通りの作品を拝見させてもらったなかにおふくろの友だちの作品があった。

今度もなかなかのいいデキである。

そうでしょうと云ってくれたのはKさんだ。

その会場に見慣れた女性が現われた。

2年ぶりにお会いした女性は和歌山からお出まし。

JNP和歌山市部所属のKさんはFBで伝える病状を認識されていた。

思ったよりも元気な姿に驚かれた。

記念の一枚をとFCCのKさんが撮ってくれた写真は顔が引きずっているような表情だ。

目線はカメラアイから外れている。

女性と並んで撮影されるなんてことは滅多にない、というか、あり得ない。

そういうことだからどうしていいか手の置き場も困ってしまう。

それはともかく次の会場も奈良文化会館。

同じフロア内の中ロビーを挟んだ向こう側である。

写真展は第38回なら写真展。

入選作品もたいしたものだが、入賞作品には圧倒されてしまう。

何を隠そう、私も随分昔しに入選、入賞したことがある。

一つは平成17年の「出荷準備」。

初の入選に心がときめいた

二つ目が入賞した平成14年の「大陸鼓動」。

送るときにふっと閃いたタイトルに救われたような気がする。

三つめは平成15年の「勝負あり」。

ダイナミックな動きをどろんこ相撲で表現した。

その後の平成17年を最後に各種のコンテスト狙いはやめた。

力量がわかっただけで、一応の目標は達成したと考えて手を出すことはなくなった。

(H28. 7. 9 SB932SH撮影)
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