マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

ラストディマツダスクラムバスターと別れて代車に乗る

2014年10月31日 07時21分55秒 | いどう
購入してから11万2千kmも走り続けた中古のマツダスクラムバスターはこの日でお別れ。

代車の手配ができたと前夜の9時に連絡があった。

夕方であれば切り替えができたが時間帯は遅い。

契約したAKGコーポレーションが開店するのは朝9時。

取材機器を積み込んででかけた。

この日は昨夜から降り続く雨はやまない。

エンジンがかかるかどうかも不安なスクラムバスター。

吹きあげるエンジンは難なく回転したが、不安は信号待ちである。

いつ停止するかもしれないスクラムバスターは額田部町まで行きつくのか。

信号が赤になる都度、心臓がばくばくする。

とろとろ速度でようやく着いた時間は開店直後。

住民票、印鑑に残金46万5千円を支払った。

正式な契約はこれで済んだが、納車は来週末になる見込みだ。

それまでの期間は手配してくださったAKGコーポレーションの代車は乗用車タイプの黒色のダイハツタント。

これまでときおり乗らせてもらった軽の乗用車とはエライ違いだ。

車高は低いが乗りやすい。

乗り降りも負担にならない程度の高さである。

フロントガラスは大きくて広い。

視界が広く感じる。

助手席も乗りやすいし運転手と同様に広さを感じる。

乗り降りしてもラクラク。

これまで乗った代車はそうではなかった。

低さが災いとなって降りるときが困難なのだ。

腰を痛めそうな感じで負担がかかる。

ダイハツタントはそうではなかった。

静かなエンジン音も気にいったが、難点もある。

ウインドゥを開閉するスイッチが離れているのだ。

スクラムなら右手が自然な位置にくるが、手を伸ばさなければならない位置。

運転中の操作は実にやり難い。代車は傷つけてはならない。

制限速度を順守して向かった先は御所市の佐味

京奈和道も快適である。



取材を終えて戻ってきた我が家の駐車場。

難なく無事に格納した。

(H26. 4.18 SB932SH撮影)

風土に刻まれた災害の宿命

2014年10月30日 09時45分50秒 | 民俗の掲載・著作
国土交通省近畿地方整備局から送っていただいた『風土に刻まれた災害の宿命-近畿は災害と防災のルーツの地―講演会の記録』。

3年間に亘る山口大学時間学研究所客員教授・竹本征三氏の講演記録を纏めた著である。

大和郡山市の企画政策課のK職員から電話があったのは3月7日のことだった。

彼とは市民交流館勤務のころからずいぶんとお世話になっている。

彼が伝えた大和郡山市の山田町で行われている「でんでらこ」写真の提供依頼。

所管に尋ねられた近畿地方整備局の問合せだ。

大和川流域調整藤井寺事務所からである。

冊子に掲載する国の依頼であれば断る理由は見当たらない。

すぐさま承諾したが撮影者ネーム入りを伝えた。

その後の18には近畿地方整備局河川部河川計画課の担当者から提供承諾のお礼のメールが届いた。

24日には製本前の原稿を送ってくださった。

記載内容を熟読すれば紙面に記載されてあった大和郡山市の杵築神社が数か所ある。

ところがいずれも存在しない町名になっていた。

また、奈良県内で行われている川切りのカンジョ掛けの一覧表もあった。

よくよく見れば私が纏めた資料ではないか。

それで思い出した。自然観察会でお世話になっているH先生からの依頼で送付したカンジョ掛けの資料は平成24年12月現在の状況と書いていた。

私が作成した資料が知らずのうちに載っていたのである。

製本が間に合わなければ町名が誤ったままに伝わってしまう。

そう思って電話で緊急連絡をした。

その後の28日にはH先生および著者の竹本征三先生からお詫びの電話が入った。

お顔は思い出せないが、振り返ってみれば竹本征三先生とは平成22年の12月にお会いしたことがある。

お供のH先生から知らされて急遽でかけた郡山城跡。

そこで出合ったのだ。

そのようなことはすっかり忘れていたが、廻り回って正式に提供依頼を受けた著書は最終の校正段階に入っていた。

送られた製本は訂正されていたことに胸をなでおろした。



著書は(社)近畿建設協会から発行されたが非売品。

売値はないが、同協会のHPにPDF形式で掲載されており、一般の方々も拝読することができる。

近年発生している大きな災害発生を踏まえ、災害の記憶を防災の一助として考えさせる良書は多くの人たちに読んでいただきたいと思うのである。

(H26. 4.16 スキャン)

契約したスズキエブリィJOINターボ

2014年10月29日 13時53分45秒 | いどう
14日のトラブル状況を伝えた杉本オートサービス。

「いい加減に車を買い替えなけりゃ」の後押しもあるが、数日間の状況から決断は決まっているも同然。

探すのは中古車センターだ。

大和郡山市内には3カ所あることを知っている。

一つはスクラムバスターを購入した店。

それ以外の二つは患者さんを送迎している道路にある。

同じような形態の軽バン。

軽ワゴンでもと思うが、自家用車並みの車は考えていない。

乗用車タイプを選択する考えはない。

我が家下の道路に出る段差がある。

先日、お借りした代車タントの底が当たるのである。

積雪した道路を走る場合もある。

雪が溶けた轍をタイヤが回るが、底をうつのは中央に寄った積もった雪である。

氷のような雪が底をガツガツンとうつ。

乗用車であればなおさらだ。

翌日の15日は朝から住まい近くの中古車探し。

送迎中に見つけていた軽バンを置いていたAKG社。

数年前から当地に構えた中古車専門店だ。

数台の軽バン、軽ワゴンの値札に書いてある走行距離と新規登録の年式。

修理履歴も気になるが、車は走れば良いと思っている。

目に入ったのは年式が平成19年のスズキエブリィジョインターボ。

好みの色である。

平成27年1月までの車検付きで価格は35万8千円。

手ごろな価格帯であるが、走行距離は11万2千kmだ。

他にも似たりよったりの走行距離。

8万kmの軽ワゴンも魅力だが、年式は平成16年。

悩みどころである。

車を拝見しておれば代表の男性が寄ってきた。

2年ほど前に広陵町から本社を移したAKGコーポレーション。

しだいに展示場を広げていったと話す。

それはともかくエブリィジョインターボは4ナンバーの商用車。

スクラムバスターと同じである。

商用車の特典は税金・保険料が安価。

それが助かる。

商用車でなくワゴンであっても走行距離は多いらしい。

仕事などに使う人が多いようだと云う。

もう1軒見たい中古車センターがある。

それとも比較したいと伝えて場を離れた。

そこにあったのは黒塗りの三菱ワゴンボックス。

販売価格はエブリィジョインターボと同額の35万8千円だが、走行距離は13万8千km。

しかも年式は平成17年。

的は一本に絞られた。

かーさんとともに再びやってきたAKGコーポレーション。

置いてある数台の軽バン、軽ワゴンに乗ったりして比較した。

スライドドアを開ければ自動的にでてくる足台。

これは老体に助かるが、次男が木で作った足台があれば不要だ。

軽ワゴンは後列の座席が前後に動く。

足が長い人は必需な構造。

助手席を前にすれば問題はない。

スクラムを購入したときは色選びで眼中になかった白色。

今では気にしないという。

気にいった軽ワゴンは平成16年もの。

走行距離の8万kmは魅力的だが古い。

少しでも若いほうが良いに決まっていると決断したエブリィジョインターボは事故歴がある。

後扉の右側に当たったヘコミ。

修理跡が見られるが気にするほどでもない。

前金3万円を納めて注文した。

納車は10日後ぐらい。

エンジン周りの作動検査に内装も奇麗にするという。

納車それまでは代車も貸してくれるというサービス付き。

もう一つのサービスは下取りもできないくらいのヘタレになったスクラムバスターの廃車手続き。

これもまた無料のサービスである。

昨今はどこでもそのような対応をしているのかどうか知らないが、ありがたい。

ついでにお願いしたETC搭載は1万5千円。

ためらっていたが、高速道路料金が少しでも安くなるなら、買い時だ。

翌日16日に大和中央道を南下した大和郡山市の額田部町。

赤色が目立つ看板を立てたAKGコーポレーションの展示場。

昨日契約したエブリィジョインターボはどのような姿であるのか見ておきたかった。

売値を貼っていたパネルは「売約済み」になっていた。

AKGコーポレーションはネット販売をしているとFacebookにアップしてあった。

ネット販売はGooNET。

それにはまだ売約済みにはなっていなかった。

「リア修復小で安心♪電格ミラー♪キーレス♪ヘッドライトレベライザー♪」をスピーカーしていた。「人気の軽箱バン!ターボ&ハイルーフ車入荷♪程度良好♪ リア修復小で安心♪電格ミラー♪キーレス♪ヘッドライトレベライザー♪」も宣伝していた。

走行距離は11万2千kmで車検は平成27年1月。

64歳の誕生日を迎える月には車検しなければ・・と思うのだが、スクラムバスターの車検は平成26年の6月。

半年間も延長したと思えば良いのである。

過給器はターボチャージャー、ミッションはAT4速だ。

車体色はターコイズグリーンパールメタリック。

この色がお気に入り。

何年間も待っていた。

装備は運転席・助手席ともABSエアバッグでパワーステアリング、パワーウィンドウにエアコン付き。

年代ものの車は当たり前でキーレス、フルフラットシートにCD付き。

いまどきこれも当たり前。

なんといっても圧迫感を感じないハイルーフタイプの居心地が良いのだ。

燃費が悪いとか、リアの乗り心地が悪いとか、いろんな人がレビュー評価をしているが私は気にいった。

(H26. 4.16 SB932SH撮影)

フォレオタウン筒井店の得得

2014年10月28日 08時20分56秒 | 食事が主な周辺をお散歩
中古自動車の契約を終えてほっとした。

納車はおよそ10日後。

それまでに手続きをしなければならない。

住民票と支払い代金だ。

それ以前に買っておかなくちゃならんのがタマゴ。

1パック98円のタマゴはイオンマーケット。

その時間は午後2時。

20分ほど前に並ぶ行列に間に合うか。

先に満たしたい昼食はどこにするか。

通り道にあるフォレオタウンを目指すことに決まった。

得得のうどんは家族亭が経営しているチェーン店。

一昨年だったか、平日2時以降の特売にかけうどん一杯が65円だったと思う。

そんな大サービスはもうしていない。

メニューを拝見して選んだ商品は税抜き550円のきつねランチ。

温かいものもあれば冷たいものも選べるきつねうどん。

この日の気温は上昇中。冷たいうどんを食べたくなって注文した。

かーさんは親子丼に温かいきつねうどんのランチだ。

これは690円。

うどんにコシがなくなっている。

冷たいきつねうどんにはワサビも添えている。

出汁に混ぜていただく冷たいうどんはコシが強い。

喉越しよろしいつるつるうどんだ。

ワカメは少々だが刻みネギはたっぷり。

とにかく美味しい。



ランチにはイロゴハンも盛ってあった。

ニンジン、ゴボウに鳥肉ミンチ。小さく刻んだアゲサンも入っている。

出汁にパンチは感じなかった薄味のイロゴハン。

大阪人は馴染みのない名称をついついそう呼んでしまう。

一般的な呼び名はカヤクゴハン。

つぼ漬けの香物にヒジキの和えものの椀もある。

(H26. 4.15 SB932SH撮影)

西名阪でエンジン停止

2014年10月27日 07時18分24秒 | いどう
1年4カ月も国外でワークをこなしてきた次男が戻ってきた。

その月は誕生月。祝いの場におふくろも呼びだす。

迎えの車は平成13年モノの軽バンのマツダスクラムバスター。

中古で購入したのは平成19年の9月26日だった。

走行距離は10万1千5百98km。

販売価格の29万円で購入したが、実際はタイミングベルトの交換や諸費用で45万円だった。

ネットで見たとか云えば値引きしてくれて41万円のマツダスクラムバスターは走り続けて21万kmを遥かに越えていた。

今年の1月に入ってからおかしな症状がでていた。

ときおりオイルランプが点滅するのだ。

オイル交換をしてもしばらくすればまたもや発生するオイルランプの点滅。

2月、3月、4月になってもときおり。ときおりなのだから症状を杉本オートサービスに伝えても本格的な修理にはゆきつかない。ややこしいのである。

平成25年の1月8日に発生したエンジン停止。

場は平群の山間であった。

修理会社を手配して応急措置。

原因はスロットル装置の自動チョークの故障であった。

自動を外して手動に切り替える。

エンジン回転を調整して出発前の暖気運転さえすれば、なにごともなく動いていた。

この日はおふくろを迎えに大阪住之江まで行かなくてはならない。

エンジンの調子がおかしくなるのは高速回転で走ってきて止まったときだ。

音もなくエンジンが停止するのだ。

天理の坂を越えて走る西名阪国道。

福住、或いは針で下りた直後もそうなった。

高速回転が持続する際に発生するおかしな事象である。

もしかと思いつつも走っていた阪奈道路。

生駒山の峠を越える際には信号がある。

そこでストップしたエンジン。

こりゃ、えらいところで停まってしまったと汗がでる。

エンジンキーを回してもうんともすんとも、である。

後方の車列に両手で×表示をしてニュートラル。

そろそろと道路脇に寄せて停めた。

これまでこのような事象が発生しても駐車場内ばかりだった。

しばらく待てばエンジンが回復する。

なぜか判らないが、時間をしばらくあければ問題なく動き出す。

回復して再び出発した大阪地道。

平坦国道をひたすら走るが、信号待ちになればドキドキする。

なんとか住之江に着いておふくろを乗せる。

一般道を走って西名阪高速道路は松原JCTから。

料金所で支払って一路は奈良。

いつもなら香芝ICで下りるのだが、3月23日に開通した大和まほろばスマートチェンジで下りたかった。

そこで下りれば大和中央道路に行きつく。

早く着くようになったスマートチェンジを利用したかったが、現金払いは不可である。

走行中に掲示してあったETC専用の出入り口。

仕方なく法隆寺ICで下りることにした。

下りた直後の信号待ち。オイルランプは点滅するし、エンジンがスローな状態でドクン、ドクンである。

ガソリンスタンド北側にある道脇に寄せて退避した。

エンジンを止めてしばらくは小休止。

その間に緊急連絡した杉本オードサービス。

閉店時間にはなんとか間に合う16時半。

回復したエンジンは停止せずに着いた。

オイルバルブメッシュの目詰まりが原因であろうということだ。

代車は子息の愛車。長男と同級生の子息だ。

駐車場に停めていたら後方がボコボコにされていたと云う日産CUBEは普通車。

我が家の駐車場ではいっぱいになる。

ボロボロ車やから構わんと云うが、傷をつけるわけにもいかずにおそるおそるのバック駐車に次男の単車に当たりそうだ。



(H26. 4.12 SB932SH撮影)

誕生祝いの翌日には大阪へ戻りたいというおふくろ。

仕事を終えてしばらくしてから送りだす。

送りだすと云っても電車で帰らすわけにはいかない。

丁度そのとき杉本オートサービスから電話があった。

メッシュの汚れはそれほどでもなかったと云う。

それなら大丈夫だと思って戻ってきたスクラムバスター。

風呂の蓋やマットが欲しいと云いだしたおふくろの願いで途中下車。

大和小泉店のコーナンで購入する。

ここからは斑鳩町を通り抜ける国道25号線。

王寺からはさらに南下して香芝出入り口の西名阪高速道路を走る。

料金所は大阪の柏原だ。

支払った料金は軽自動車で310円。

4月からの消費税アップで10円も増額された。

そのとき停車したエンジンが停止した。

よもやこんなところでと思っても仕方がない地点は西名阪上り7.5キロポストだ。

料金所職員に停止した旨を伝えたら、二人がやってきた。

ニュートラムにして後ろから押してくれる二人。

料金所の端っこ。

指示に従って高速パトロール隊施設辺りの道路脇に停めた。

「どうしたのですか」と寄ってきたパトロール隊員。

事情を説明すれば、「レッカー車を手配してください」である。

とにもかくも緊急連絡をするのは杉本オートサービス。なかなか電話にでない。

仕方なくかーさんに緊急連絡して工場に走ってもらった。

状況を説明するも、ここまで支援に来られるわけはない。

そうこうしていううちにエンジンは始動した。

現象はしばらく待てば回復する、である。

エンジンは回転しても高速道路ではそうはいかない。

いつ停まるかもしれない車は高速道路を走らすわけにはいかないのである。

戻るか、それとも次のIC出口。

高速道路は一方通行。

奈良へ戻ることは不可である。

選択は藤井寺ICであるが、高速パトロール隊の指示に従う誘導走行。

後方につく。

何かしかの伝達をしなければならないので窓は開放だ。

そろりそろりと走り出す道は中興ではなく端っこだ。

パッシングライトを点滅させる30km走行。

後方の高速パトロール隊も同じだ。

しばらく走行してから鳴りだしたサイレン。

何事かと思ったが、鳴らし続けるパトロール隊のサイレン。

違反した車を追いかけているようにも見える様に思えた。

どこまで走ったのか判らないが、停止のマイクが聞こえてきた。

辺りは河内の大和川であろう。

高速を走る車がビュンビュン飛ばしていく。

その有りさまに怖がるおふくろ。

停車した高速パトロール隊員が下りて伝えた言葉は「本部から連絡があり、道路に落し物が見つかったので、それを除去するまで待ってください」である。

高速パトロール隊員の仕事はそれが多い。

大きな旗を振って隊員が居ることを知らせる旗。

そんなことはおかまいなしに走っていく高速走行の車。

車間が僅かに途切れた瞬間に中央分離帯にあった落し物を確保された。

その様子をバックミラーで見ていた。

拾得したものはブルー色。

落し物はもう一つあった。

同じブルー色のそれは、おそらく灯油函であろう。

無事に回収された落し物はパトロールカーに詰め込む。

テレビなどで特集されたこともある高速道路のパトルール作業。

リアルな現実場面を見てたいへんなお仕事にあたっているのだと思った。

そろり、そろりの誘導で到着した藤井寺IC。

「右にでればコンビニで休憩されてはいかがでしょうか」と伝えられた。

ありがたい言葉に感激して窓から激励の手を振って再出発した。

藤井寺からは地道の国道。信号待ちにビクビクしながら住之江に着いた。

その時間は夕方5時。

無事におくふくろも送り届けた私の任務は帰り道もビクビクである。

長居公園通りを東に向かう。

信号に出くわす度に踊る心臓。

それに合わせているかどうか判らないが、エンジンもバクバクしている。

回転を上げればと思ってニュートラルにしたとたんに停止した場所は平野の喜連(きれ)。

こうなっても慌てず騒がす、パッシングライトを点滅させて後方の車に両手を交差させて×表示。

よいこらと一人で道路脇に寄せる。

パッシングを点滅したままではバッテリーがあがる。

申しわけないが切ってしばらくの時間を待つ。

回復するには数分間。消防車が後ろについた。

停めた場は消防車の駐車場であったのだ。

申しわけないと思って、直ちにエンジンを回した。

復活だ。いつ、どこで停止するかもしれないスクラムバスター。

命運は生駒山を越えることはできない。

八尾太子堂、志紀、柏原安堂、国府を経て大和川を遡上するように王寺に着くが長丁場の復路。

途中のコンビニで用を足すなどせざるを得ない。

エンジンも休ませば回復する。

三室、竜田、法隆寺から大和小泉まで来ればほっとする。

自宅に戻ったのは21時20分だった。

平成24年の5月29日に発生したエンジン回転不良。

スローなブギにしてくれではなく、スローな回転をどうにかしてくれだった。

エンジンの隙間を調整したものの、同年7月5日に腐気くさい臭いが発生する。

どうしようもないエンジンを交換(7月24日)した修理代は6万円だった。

平成22年の9月13日の故障はクーラーだ。

同年11月にはオートマのオイル漏れがあった。

12月半ばにオイルシールとエンジンシール交換で対応した。

費用は2万円だった。

遡ればいくらでもあったスクラムバスターの故障。

平成22年の8月7日に発生した故障は難儀した。

山添村の取材を終えて都祁上深川へ戻る道中にエンジンランプが点灯して停止した。

うんともすんとも作動しないエンジン。

なんとバッテリー切れである。

なんとか動いたものの西名阪国道で完全停止した。

杉本オートサービスに緊急コール。

数個のバッテリーを積んで大急ぎでやってきた。

ダイナモの故障によるバッテリーの不充電。

当時の走行メーターは16万kmだった。

同年の4月1日は正面衝突事故に見舞われた。

平成24年の5月8日に訪れた大阪の能勢村。

そこで運転席側のスライドドアの取っ手が破損した。

スライドドアを勢いよく開けようとしたときのことだ。

堅かったので思いっきり引っぱった。

バキっと音をたてて取っ手が壊れた。

運転席の窓を開けて手を伸ばす。

車の内部に手を入れてドアを開ける。

2年間もそうしていたからおかしな癖がついてしまった。

運転席を降りて、すぐさま内部に手を入れる。

そんな癖である。

平成25年の秋夏には運転席側のバックミラーが壊れた。

西名阪国道を走っているときのことだ。

バックミラーがペコっと車体に並ぶ。

風圧に耐えきれず、車体にくっつくという感じだ。

おかしいと思って停車した。

本来ならばラッチがついていてそのようなことは起こらない。

ぐらぐらして軽いのである。

これには困った。思いついた救急措置はガムテープ。

持ち合わせていたガムテープで固定した。

これなら風圧にも耐えられる。

そんなスクラムを見た知人が言った。

「なんで?ガムテープ」である。

しばらくはそうしていたが、あまりのむごさに透明テープに貼り替えた。

ほとんどの人はそれに気がつかないが、洗車する際は困ったものだ。

洗車するにはバックミラーは閉じなくてはならない。

その都度貼り替えて半年間も経っていた。

走行メーターは21万6千5百56km。

よくも走ったものだと思う。

そのほとんどの走行距離を稼いだのが行事の取材である。

月割り計算してみれば月間平均が1450km。

一年間で1万7千kmにもおよぶ距離を走っていた6年と7カ月。

費やしたガソリン代を平均値計算して総合計すればおよそ130万円にもなった。



写真はおふくろの住む団地の花。

手入れが行き届いている。

(H26. 4.14 SB932SH撮影)
(H26. 4.15 記)

はま寿司の祝い寿司

2014年10月26日 08時40分23秒 | 食事が主な周辺をお散歩
始めに手を出すのは流れるレーンだ。



イカが大好きなかーさんと私の指示で手にした次男。



レーン側に座ればそうならざるを得ない座り位置である。



次に流れてきたにぎりのツブガイ。

コリコリした舌触りというか、歯ごたえが強く反応する。

美味いのである。

またもやレーンに流れてきたツブガイ。



今度は軍艦巻きだ。

あまりにもツブガイが美味かったので発注パネルを押していた。

次男もおふくろも美味いと云うはま寿司の回転寿司。

食べる人も居なくて勝手に流れる作り置きの回転寿司。

あるお店では何回転か、それとも握ってから時間が経過したものは皿に埋め込まれたICチップが働いてはじき出される。

新鮮ではなくなった作り置きのにぎり寿司は捨てられるのである。

これがもったいないと思っていた。

回転寿司は流れるレーンから手を伸ばして好きなにぎりを手にする。

気にいらないものは素通りだ。

その点、パネルで注文するのは捨てられることなく必ず口にする。

新鮮な寿司は新鮮なうちに食べる。

決して捨てることなく口にする。

本来の寿司屋はそうであった。

ICチップまで埋め込んだ回転寿司の構造はどうも納得がいかないのである。

完全なる注文制のシステムにすれば廃棄処分にもならない。

そうあって欲しいと願うのである。



そう思って次の注文は鶏のからあげの軍艦巻き。

これが美味いのである。

三度入店したのはこれがあるからだ。

ほくほく揚げたてのからあげは実に香ばしい。

この日はやや柔らかめであったが・・・。



はま寿司は「春の逸品握り」が謳い文句。

売切御免の期間限定である。

試しに食べてみたくなった三品。



一つは漬け真イカミミだ。

なぜか次男は「ヅケマのイカ云々」と云う。

ヅケマとは何だ。

「漬け真イカミミ」を「漬け真」と「イカミミ」に区切っていたのだ。

思わず、長男が小学生のころに発した「しぎさんの どか村」を思い出した。

区切りを誤れば「どか村」になってしまった「信貴山のどか村」に笑ったことを思い出したのだ。

これまで食べてきた回転寿司は星一つ。

まずくもない美味い方の星一つである。



もう一つ注文した季節のにぎりのカツオはらみ炙り。

これも星一つだ。

次男が注文したサバの押し寿司が美味そうに見えた。



厚い肉で押したサバ寿司の魅力に釣られて注文した。

同じ厚さのサバの押しは星二つ。

見かけ以上に美味しかった。

もう一つの季節のにぎりを注文する。



流れてきたのはイトヨリダイの天ぷらにぎり。

尻尾がピンと立っている。

一口では入りきらないイトヨリダイの天ぷら。

ほくほく感である。

天ぷらには醤油は似合わない。

備えつけの藻塩を振り掛けて食べた。

むちゃくちゃ美味かったので、この日最高の星三つ。

たまななく三つもあげた。

一口食べたいと願ったかーさんも注文した。

揚げたてのイトヨリダイは白身魚。

淡白な味にご満悦だ。

おふくろはナスビが大好きだ。

当店ではワサビ入りのナスビのにぎりがある。

これは他の店では味わえなかった。

こちらもご満悦の味で二皿も注文した。

頼んだ皿は十枚。



〆に頼んだマグロユッケの軍艦巻き。

星二つである。

はま寿司にはパックが置いてある。

食べきることができなかった回転寿司はこれに入れて持ち帰りができる。

最後に竜田揚げの鶏を頼んで支払った。

締めて4人で5千円弱。

次男の運転を期待していたが、滞在していた海外で免許証を紛失した。

お酒は帰ってから飲むとするか。

(H26. 4.13 SB932SH撮影)

野遊び①in民博公園から矢田丘陵へ

2014年10月25日 07時53分11秒 | 自然観察会
今年度初回に参加した自然観察会。

年8回の実施だが、民俗取材と重なる日が多く、ほとんど欠席状態。

始めて参加したのは息子たちが小学生の頃だったので20年も前のことだ。

野の鳥、山野草が大好きな私は子供についていった。

野の鳥に熱中しはじめたのは蒲谷鶴彦さんの番組をラジオで聞いた声からだ。

解説する声は蒲谷さんで、収録された野の鳥の声は衝撃だった。

たしかNHKの朝のFM放送だったように思える。

テレビでも放映されたような記憶もある。

それかどうか覚えていないが、傘で作ったパラボラ型集音マイク装置。

無指向性マイクを取り付けて集音されていた映像に感動、憧れにソニーから発売されたパラボラ集音器を買って生駒山に登ったことを覚えている。

かーさんはその形をみて三度笠やと言った。

録音機はカセットデンスケ。

動かないが今でも三階の収納庫に残している。

私にとって野の鳥の始めは鳴き声だった。

子供は大きくなって卒業したが、親父は居残って平成10年からは観察補助員。

毎年観察する動植物は、私にとっていつも新鮮。

目にする自然の生態に感動するが、いまだに名前を覚えられないのはいっぱいある。

特に昆虫類は多種多様、専門の先生方に聞きまくりである。

大和民俗公園のウワミズザクラはまだ蕾の状態。

昨年の観察会は4月14日。

ウワミズザクラは満開だった。

一日違いのこの日は13日であるが、これほど差があるとは。

旧暦でみれば昨年は旧暦3月5日。

今年の14日は旧暦の3月14日。

10日間もずれている。

ソメイヨシノはほぼ昨年と同じように咲いていた。

何かの要素がウワミズザクラの花に影響を与えているのではないだろうか。

この日は野遊び観察会の初観察。

スタッフは13人にもなったが、初回の参加者は子供が5人の3家族。

例年ならもっと多くの参加者が来られるが、諸行事と重なったらしい。

集合場所は大和郡山市の少年自然の家。



ピロティで参加受付をする。

ルーペの使い方を伝える先生方。

目に直接あてて接眼するところがどうも判らなず、眼から離してしまう。

風が冷たい冷え込む朝。どんよりとした曇り日だった。

雨が降るやしれない日だが、揃って出発した。



始めに観察する場はゲートを入った段丘だ。

もっこり盛りあがった土があった。

正体はモグラである。

畑を荒らすと云われているモグラであるが、主食はミミズや昆虫。

畑に埋まっているダイコンなぞを引き抜くことはない。

市内伊豆七条町に住む婦人はモグラのことをオンゴロと呼んでいた。

大阪の能勢の住民もそう呼んでいた。

伊勢地方の人たちもオンゴロと呼ぶようだ。

そう呼ぶ分布地域はどれほどあるのか存知しない。

モグラの姿を拝見することはできないが、おそらくコウベモグラであろうと話す。



樹木の隙間に居た昆虫は羽化中の脱皮寸前。

シリアゲムシの羽化と思われたが、羽根にある模様からマダラガガンボでは・・と図鑑と見比べるがピントは外れる。

その場には春のいろんな花が咲いている。

毎年来ていても覚えることができない。



ピンと立った花は(ミチ?)タネツケバナ。

揚げた手がバンザイをしているようにも見える。

シジュウカラやホオジロが樹木の上の方で囁いている。



シャガの花芽を観察する子供たち。



その場にはミツバツツジが美しい色合いもみせていた。



何十羽もいるのであろう、ここら辺りで聞こえてきたニュウナイスズメのざわめき。

盛んに鳴いているが、姿は見えない。

高い樹木に止まっているの。

おそらくヤマザクラと思うのであるが、遮る木々でその先にある樹木が見えないのだ。

ざわめきはピタッと一斉に鳴きやむ。

しばらく経てば再びざわめき。

ニュウナイスズメに先導者がいるのか知らないが、サクラの蜜を捕食する嬉しそうな鳴き声に聞こえた。

その場にあったザ(サ)イフリボクは蕾も見られずのまだまだだ。

カスミサクラも満開には至っていない。

花の樹木によっては大きく異なる今年の花たち。

平坦部のソメイヨシノが満開になった頃から冷え込む日が続いていた。

そういうことが影響しているのだろうか。

定点観測どころか、毎日の変化を観察する定時観測しなければと思うが・・・日々の余裕は持ち合わせていない。

大和民俗公園には移築復原された江戸時代の民家が建ち並ぶ。

重要文化財や県指定文化財の旧家は15棟。



そのうちの一つ、緑色の若芽が美しいと思った旧岩本家住居から煙の臭いが漂ってきた。

住居は旧室生村の黒岩で代々農業・林業を営んでいた庄屋年寄を務めていた家と伝えられている。

竃に火を入れて雑木を燃やしていた煙であったのだ。



職員が毎週の土曜、日曜に火をくべる竃。

煙による防虫だそうだ。

そこから広場へ移動した。



枝垂れの宝クジ桜が咲いている。



アオジの囀りが聞こえてきた。

奇麗な鳴き声である。

通りの向こう側の芝ではシロハラが何かを啄んでいる。



地面を歩いては啄む。

土にいる虫であろう。

その向こうからも鳥の声が聞こえてきた。

鳴き声からおそらくアカハラではないかと思った。



この辺りの斜面にはワラビが見つかる。

美味しそうなワラビであるが、まだ少ない。

昨年はもっと多かった。

ついつい手が出てしまいそうになる春のご馳走だ。

動態保存していた旧民家は室生上笠間の旧松井家住居もあれば吉野集落もある。



春の花が主役のこの日。



ピンク色で迎えてくれた民家に見惚れるが、ゆっくり佇む時間もなく、次へと向かった十津川村旭の旧木村家住居。



主屋には自在カギがある囲炉裏も見られる。

高台から眺望する矢田丘陵に春がきた。



来月ともなれば、森林浴が味わえる新緑の季節も訪ねてみたい。



集落床下にもあったアリジゴクが住んでいる砂穴。

地獄穴から出てくるのを待っていたが、顔は出さない。



下った広場に咲いていたシロ花のカラスノエンドウ。

野山では見かけることはないが、毎年楽しみにしている場に昆虫が飛んできた。



アブの仲間であろう。

カワラヒラが鳴きながら飛んでいった。

地面にいたのはツグミだ。

昨今、見ることが少なくなってきた。

公園を離れて里山を巡る。

ガガンボの一種であろうか、フワフワと飛んできて止まった。

じっとしているガガンボ。



羽根の模様に特徴があるようで、なんとなくキリウジガガンボのようだ。

いつもならこの場で昼食を摂るのであるが、今回は断念。

最近になって市が設営したイノシシの罠がある。



餌のヌカを内部に入れた鉄の扉は開いている。

餌を求めるイノシシが内部に入ったところで身体に接触したピンが外れるようにしている。

子供たちにとっては危険な場。

興味本位で侵入することにでもなれば大事故に繋がる。

安全に過ごせる昼食場はここにはない。

足を伸ばして村の外れ。

気温は上昇して風もない穏やかな時間帯。

すっかり寛いでしまう。

林の向こうにいたエナガやモズが高い声で鳴いていた。

ウグイスも鳴いている。

何かが動いたと声があがった。



樹木の下はドロ田。

そこでちょこちょこ動く物体。

双眼鏡で探してみればクイナであった。

長い嘴の下側が赤い色。

僅かに湾曲しているように見えた。

胴体・羽根は縞模様だ。

出たり、入ったりの繰り返しをする。

餌がドロ田にあるのだろう。

後日に再訪されたやまちゃん先生の報告によれば、その場にはヒクイナもいたそうだ。



脇道に入れば絶滅種のシュンランが咲いていた。

香りはしなかったが自生するシュンランだ。



場を明かすことはできない生息地。

そっとしてほしい山中。



ひっそりと佇んでいた石仏にお花が寄せられていた。



下った田畑にレンゲの花が広がっていた。

レンゲを背景に撮ってみた樹木。

新芽の色はまるで雪を被っているようだが、木の名前は判らない。



山から下りて咲いていたアリアケスミレを見る。

その辺りの畑にはダイコンの花も咲いていた。



なんとなく可愛い。

その場は畦。

零れタネが落ちていたのであろう。



ヒメシジミもヒラヒラ舞う田園の里山。

キジやコゲラの鳴き声も聞こえる戻りの道中。



リンゴの花も咲いていた。

この年のヒメハギはまだ開花していなかった。

サルトリイバラの花も黄色さがでていない。

しばらく歩いて花とは思えないような花が咲いていた。



黄色姿が面白くて撮ったが、花弁はどれであるのか、名前もさっぱり判らない。

この日に歩いた歩数計は4400歩だった。

(H26. 4.13 EOS40D撮影)

新薬師寺のおたいまつ

2014年10月24日 08時28分25秒 | 奈良市へ
所用で落ち合う場は新薬師寺。

1日に行われた天理市の大和神社のちゃんちゃん祭。

祭りの取材を終えた女子大の武藤先生がいただいた「牛の舌餅」だ。

大字成願寺が神社に奉納された餅である。

私の分まで預かってくれていたのだ。

ありがたい「牛の舌餅」は待ち合せの日まで教授室の冷蔵庫で保管されていた。



手にした「牛の舌餅」は冷たかった。

神社から受け取ったお土産の手ぬぐいまで持ってきてくださった。

この日の新薬師寺はおたいまつの行事が行われる。

新薬師寺のご本尊は薬師如来坐像。

縁日にあたる4月8日に行われる日中の薬師悔過である。

東大寺僧侶の協力を得て11名が法要をされる。

僧侶を先導するおたいまつも同じく東大寺の堂童子。

東大寺二月堂の修二会の松明は回廊を巡るが、新薬師寺では目の高さの本堂前である。

本堂内で悔過(けか)法要が行われている間は扉が閉まっている。

解放されたのは18時半で、おたいまつが始まるのは19時からだ。

ずらりと参拝者が前に陣取っている。

桜が咲き誇る新薬師寺。

6年ぶりにやってきたおたいまつ(修二会)であるが、気合は入っていない。



普段であればカラー処理で撮るのだが、モノクロで情景を撮ってみたくなった。



何本かのお松明を長時間露光で撮ってみるものの思うような映像にならなかった。



おふくろの知人たちはカラー写真。



撮られた映像は美しく仕上がっていた。

その様子は今週土曜日に迎えるおふくろに話しておこう。

(H26. 4. 8 EOS40D撮影)

天井町の金魚出荷

2014年10月23日 10時10分06秒 | 大和郡山市へ
佐保川と蟹川を挟む土手に祀られている薬師さんの花まつりの日

お堂の前で佇んでいたが当番の人は現れなかった。

それより前の時間帯は金魚の幼魚池を訪れていた。

金タライに入れて金魚の数を数えている婦人がおられた。

ご主人は8月に行われている井戸替えの際にお会いするAさんだ。

簾を池に立ててすぼめていく。



網で掬った金魚はトーシの呼び名がある四角い箱に入れる。



それを池横に並べた大きな網に入れる。



手網で掬って金タライに入れる。



奥さんは良品の金魚を選別しながら振り分ける。

そのときに数える金魚の数。

声をかけるわけにはいかない選別作業だ。



JR大和路線が行きかう線路の傍にある天井町の幼魚池。

車窓から見る景色は長閑に広がる立体感が美しい。



農小屋脇に咲いていた八重桜は満開だ。

春の訪れは養殖業にとって忙しくなる。

金魚の他にヒメダカも養殖されている家も多くなった。

そろそろ産卵の時期になる。



池には産卵に必要なヒカゲノカズラ(別名にキツネノタスキ)も浮かべていた。

平坦にはないヒカゲノカズラを採るには山間まで出かけなくてはならない。

最盛期だった昔は採りに行っていたと話す奥さん。

簾から掬って金魚の選別作業は数時間も要する。

暑くならないまでの朝の時間帯の作業である。

池に立てた簾をすぼめては網で掬った金魚をトーシに入れる。

波を立たてずにそろそろと池を移動する。

箱に一旦入れた金魚は池に据えた大きな網に入れる。

奥さんは大きな網から金魚を掬ってタライの中で泳ぐ金魚を選別する。

良品を数えながらの作業であるゆえ、ご主人も声を掛けてはならないという作業である。

この作業を繰り返して注文を受けた匹数になれば作業を終える。



簾をそろりそろりと引き寄せてかたづける。

トーシも奇麗に洗って倉庫に納めた。



選別した金魚はすぐさま直卸に運ばれる。

お薬師さんの御供当番の人は遭遇できずに戻ってきた。

ここら辺りにはアオサギに白いコサギが居た。

その内の一羽がナイロンテグスに引っかかっていた。

飛ぼうとしても絡まって逃げることができないコサギ。

野鳥週間ではないがこのままほっておくわけにはいかない。

そう思って絡んでいたナイロンテグスを外してやろうと悪戦苦闘。

グルグル巻きで羽根を傷めるわけにもいかない取り外しは難儀だ。

通りかかったAさん。

ぐいぐいと引っ張って外した。

慣れているのだろうと思った人助け、ではなく鳥助けの荒技は勉強になった。

(H26. 4. 8 EOS40D撮影)

天井町薬師さんの花まつりの日

2014年10月22日 07時20分31秒 | 大和郡山市へ
4月8日はどことも花まつりが行われている。

大和郡山市の天井町にも花まつりがあると知って出かけた。

花まつりに御供を供えるのは村の当番の家。

供える時間は当番の人で決められる。

そう聞いていたまつりの場は佐保川と蟹川を挟む土手に祀られている薬師さんだ。

蟹川水門より北側の土手にある薬師さん。

天井町の自治会が平成14年11月吉日に新築移転法要された祠内に安置されている薬師さんは石仏だ。

優しいお顔で見守っている。

祠の前には柑橘が2個並んでいた。

普段は参ることもないと云う薬師さんのお供えであろうか。

昨今は近くの住民もお参りされていると話す住民。

もしかとすれば、その人であるかも知れない。

川堤はサイクリングロード。

行き交う人はそんなことを知らずに走っていく。

(H26. 4. 8 EOS40D撮影)