マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

手術直前日の入院20日目

2015年07月31日 10時15分34秒 | むびょうそくさい
6時半から始めた抗生剤点滴は7時半まで。

朝の体重は65.4kg。

血圧は95で体温は36.1度。

目覚めの大便はほどほど手前ぐらいの感じで、ぐぐーと出る。

出血は少なめだ。

これまで毎朝食べていたおかいさん。

とにかく量が多いのでいつも若干ほど残してしまう。

普段の朝食は飯椀の半分ぐらいにしている。

これで十分な量でおかずも少々。

味噌汁はいつも一杯だったが、入院食に味噌汁は出ない。

いつも感じることだが、入院食の豆腐はとても量が多い。

食べきれないどころかおかいさんが食べられないのだ。

豆腐料理はせめて1/3程度の量にしてもらいたいと思う。

10時半、手術専門の看護師さんが手術に際する私物の取り扱いを指示される。

指定されるサイズの胸帯やストロー付きカップを売店で買っておく。

歯ブラシ、歯磨きなどとセットしてタグを付ける。

その他の私物は別途に纏めておく。

これらは手術当日の朝10時45分までに手術説明を受ける家族に持ってきてほしいという。

場所はといえばICU室の家族待合室だ。

他に「心臓血管外科注意事項」説明書もあるがここでは詳細を省く。

手術専門の看護師さんが続けて話す手術の様相。

動脈点滴は首からする。

点滴剤等はみぞおち辺りに差し込んだドレーンで抜くらしい。

術後に人工呼吸器を装着したまま痰を吐きだす。

これが実に苦しいらしい。

辛い作業は無理にでも咳をして痰を吐きだすのだ。

体内に溜まった痰は、内部からいち早く取り除く大切な処置。

無理にでも深呼吸をして痰を促し、吐きだす。

急ぐ処置だけに頑張るしかないと思った。

治療の状況によっては無暗に身体が反応しないように、身体拘束するので同意書を求められる。

「身体拘束に関する同意書」はやむを得ない同意書。

患者が無意識な行動を抑制する拘束を了解するということだ。

術中は尿管接続をする。

大便もそうだがICU室ベッド上で排便する。

手術日の朝は浣腸をしておく。

排便の量は少しでも減らしておくということだ。

10時50分、T内科医師の回診。



昼食後の午後1時。

執刀されるO外科医師が手術における重要な事項を説明されて同意書を求められる。

「麻酔同意書」、「手術説明同意書」、「血液製剤に関する同意書」である。

午後1時40分、手術専門看護師による手術および術後の説明があった。

手術に不要な金属物を外してかーさんが保管した。

長年装着していた結婚指輪がそうだ。

看護師の問診に喫煙があった。

今、タバコを吸っていますか、だ。

普段は吸っているが、入院中は吸わないのが当然でしょ、と答えた。

実はと話す看護師。

入院中の患者に隠れて喫煙していた人があったというのだ。

その場はどこか。

トイレである。

そういえばトイレに「禁煙」の貼り紙がある。

そういうことだったのだ。

午後3時、おへそに溜まっているゴミも掃除してくれる。

これは初めてだ。

感染症はおへそのゴミからくる場合もある。

介護福祉士さんがしてくれたおへそのゴミ掃除ですっきりした。

午後3時半、二日前もいただいたシャワー入浴。



手術前は綺麗な身体になっておくということだ。

洗髪、洗顔、身体洗いは石鹸。

のぼせない程度に浴びる20分間。

足裏の皮膚が捲れだした。

指でなぞっていけばコロコロと剥がれる。

量は多い。

身体は軽く、綺麗さっぱり感になった。

明日の手術は気持ちよく対応できるだろう。

点滴、バルーン、ドレーン等は麻酔をかけてするだろう。

それより早く処置しかかるのは右腕手首に差し込んで造影カテーテル検査をした管よりも太い管だ。

これは首から突っ込んでいく動脈管。

管も太けりゃ血管も太い。

差し込む際には麻酔をかけるようだ。

全身麻酔状態の本人は記憶もないだろうが、何本ものチューブ管が上半身にいっぱい繋がる。

全身麻酔に仰向けになった本人の喉仏からみぞおちまで一刀両断。

開腹してから肋骨・脊柱を電気的なノコギリで切断する。

切断するときはどんな音がするのだろうか・・・。

そのころは夢も見ない世界に入っているだろう。

執刀の外科医師に任せるしかないのだ。

夢の中で行われる執刀・処置手術。

人工心肺に上手く切り替えられるのか。

健索の縫合は繋げることができるのか。

人工弁に置き換えることになるのだろうか。

上手くいっても人工心肺から本人の生心臓は戻るのだろうか。

明日の手術は午後1時。

手術室に入ってから4時間。

置換があれば5時間のようだ。

その間は輸血が発生するのだろうか。

心配してもどうしようもない。

手術医のゴッドハンド(神の手)にお任せするしかない。

心配ごとは徐々に今夜の夢の中に吸い込まれていった。



午後7時過ぎから始まった抗生剤の点滴はきっちり1時間で終わった。

夜、8時の血圧は96。

体温は36.3度。

そのままの状態であるよう祈りたい。

そんなもやもやの手術日前夜。

K内科医師が回診してくれた。

(H27. 7.30 SB932SH撮影)

入院19日目

2015年07月30日 17時55分47秒 | むびょうそくさい
朝の体重は65.2kg。

血圧は87で体温は36.2度だった。

腫れの熱を抑える点滴抗生剤は手術直前の30日の夕刻まで続けるようだ。

発熱状態であれば心臓手術はできない。

早めの対応で心配された発熱は治まったが、直前までは安心できない。

油断してはならんということだ。

朝食前に1回目のもよおしにほどほど排便。

久しぶりの感触にほっとするが、出血は少々ある。

9時、T内科医師の回診。

先日行われた歯科医師の検査結果を通知される。

歯科医師から抜歯をすると聞いているが・・・と云いかけたら思わず、えーっである。

そんなことは一言も話してなかったことを返答したら・・訂正。

歯のブラッシングのみで、手術のための抗生剤を服用する必要があるという答えにほっとする。

抗生剤はサワシリン。

250mgカプセルを一挙に6錠も服用するというのだ。

明日の手術直前日も服用する抗生剤は感染症予防のためである。

その件を聞いてから1時間後。

この日も歯科医による処置だ。

処置はブラッシング。

いわゆる歯の掃除。

溜まっている歯石も取り除かれる。

一か月に一度は地元の歯科医師による歯のお掃除をしてもらっている。

それは大切なこと。

しっかりと掃除をされて綺麗な歯だと伝えてくれた。

退院してから地元の歯科医師にそのことを伝えたら喜ぶだろうな、と思った。

歯科医師が云う。

抗生剤は心臓手術に、ブラッシングとも歯の雑菌を抑制する治療だと云うのだ。

歯の具合は良好なので、翌日に服用する6錠のサワシリンは不要だという。

病室に戻ってその件を看護師に伝えたら、連絡があったらしく不要になったサワシリン錠剤を回収された。

この日は歯科ブラッシングを終えて胸部レントゲンもあった。

体調もよろしく、体温は35.7度。

血圧も正常値内の103だった。



昼食を済ませて2時間後。

心エコー検査がある。

心エコー検査はこれまで数回あったが、15分から20分ぐらいだ。

この日の検査はこれまであったなかでも最長時間の50分間。

心臓を下にしたままでの検査は辛い。

その状態ではずっと呼吸困難状態なのである。

長時間に亘る苦しみは二度としたくないものだ。

同階で継続検査。今度は心電図。

特に問題はないという。

夕方近い午後5時。

術後のリハビリに手伝わせてもらうと自己紹介するリハビリ療法士。

話す言葉にカチンとくる。

押しつけではなく、患者の気持ちを汲みだしてコミニュケーションしてもらいたいものだ。

患者に信頼を寄せてもらうにはどのような言葉を使うのが望ましいか。

医師から伝えられていない病理情報を患者に伝えるのは不信感をもたらす。

とまどうリハビリ療法士には申しわけないが、感じたことをずばり話させてもらう。

午後6時、食事前の採血。

併せて体温、血圧計測。

体温は36.5度で、血圧は97だった。



晩食を摂った一時間後。

一時間もかかる抗生剤点滴が打たれた。

点滴を終えたときからもよおしがあった。

終わってすぐに直行するトイレ。

この日2回目の大便だったが、ガスだけだった。

就寝時の酸素吸入は「2」。

あるか、ないかで眠りが違ってくる。

ちなみにこの日に置いてあった「入院診療計画書」。

その他に弁膜症のクリニカルパスに従って看護援助すると書いてあった。

(H27. 7.29 SB932SH撮影)

入院18日目

2015年07月29日 17時40分28秒 | むびょうそくさい
朝の体重は65.3kg。

血圧は88。

体温は平熱の36.3度。

点滴の腫れによって発症した発熱はおさまった。

点滴治療した抗生剤の効果が現われたのだ。

朝食前のもよおし大便。

なんとか出た。

それから採血だ。

朝食済ませた50分後に2回目のもよおし大便はまったく排便しない。

動悸は激しくなって胸がドクドクと唸る30分間。

力が入れば入るほど動悸が発生する。

不整脈に打つ手はあるのか、である。

昨日の微熱発症原因はハンプ点滴のドプトレックス。

この薬剤はキツイ。

それを証明する微熱だと話すK循環器内科医師。

続けて伝える手術の件。

麻酔をしている間に経口管を口に挿入して人工呼吸をする。

手術を終えた翌朝に外せる早い人もあれば、翌々日になる遅い人もあるという。

昼食前の1時間。

胸部レントゲンに歯のレントゲン撮影もあった。

歯のレントゲンでは治療した金属物を検出する。

ちなみに私は、馴染みの歯医者さんに毎月通っている。

虫歯治療、さし歯治療もあるが、毎月一回は歯の掃除。

そういうことも歯科医師に伝えるも、翌日はブラッシングすると伝えられた。



午後2時、この日3回目のもよおし大便。

ガスは噴出するものの中身はともなわない。

きばりを抑えても出血はある。

前病院から数えて入院日数は18日目。

シャワー入浴が許可された。

洗髪も顔洗顔も久しぶり。

上半身・下半身に太ももも石鹸を塗りつけて洗った。

気持ちがさっぱりして夕方5時にはこの3回目のもよおし大便。

ガスも出るが脱糞もあった。

晩食直近の30分前に来られたリハビリ療法士。

手術後は心臓リハビリがある。

術後は一日も早く快適に暮らせる社会生活復帰を目指すとともに再発予防するプログラムだ。

その内容を前もって伝えることで奮起したもらう考えで事前に説明されるリハビリ療法士。

問診ヒヤリングを中心にモニタリングをされる。

普段のパワーと術後リハビリにおける差異を掴んでおきたいと椅子回り速度を検出される。

廊下に置いた椅子。

3m離した位置に立つ。

普段歩いている速度でお願いしますと云われたからその通りにした。

気合を入れて歩いた。

その速度は入院初の速度だ。

当然ながら脈拍は上昇した。

しばらくすれば下がったが、このことを知った看護師のMさんが、なんてことをしたのと叱られた。

無理をしてはいけない身体。

当然なことである。

術後リハビリの説明・測定は1時間もかかった。



遅くなった晩食を食べた30分後。

抗生剤の点滴をする。

血圧は101。

体温は35.7度の平熱に戻っていた。

その後の1時間。

急にもよおすこの日4回目の大便。

ガスばかりだった。

この夜の酸素吸入は「2」。

やや軽めになった。

(H27. 7.28 SB932SH撮影)

入院17日目

2015年07月28日 17時19分26秒 | むびょうそくさい
朝の体重は65.6kg。

血圧は99。

状況に変化が認められない。

順調といえば順調な状況に心臓を強くしてきたハンプ点滴を外された。

体重は安定しているし、点滴箇所に腫れもあるので回避手段をとる。

ただし、体重が増加するようであれば点滴は再開すると話すT内科医師の指示であった。

9時半、もよおす大便。

量は少ないがブリブリ。

出血はさほどでもなかった。

9時40分、もう一人のK内科医師の回診に手術の件を伝えられる。

手術は手術室に入ってから4~5時間かかる。

麻酔から覚めるのは当日の夜半から翌朝になるであろう。

経食道心エコー検査で発覚した右・左肺に小さな穴があったのを検出した。

それは胎児のときからあったようだという。

穴は成長するにつれ徐々に小さくなって閉じられるのが、64年間もそのまんまだったようだ。

これによる影響は今のところ見られないが、「健索」繋ぎ処置の際に穴を塞ぐようだ。

手術は入院病棟の2階で行われる。

家族が待つ席はあるが、仮眠できるものではない。

そう思っていたから宿を探したかーさん。

駅と病院の中間地点にある「ホテルいこい」を予約したそうだ。

10時半、2回目の大便。

無性に腹が痛くなってトイレに駆け込む。

ぶりぶりーである。

ところで、患者や見舞い客が利用するトイレは病棟廊下側に数か所ある。

いずれも男女の区別はない。

ドレーン、点滴、心電図モニター、酸素呼吸器などさまざま身体に装着し安静状態のときはベッド横で用を足していた。

いくつかの管は外れて廊下側トイレに行ける日が来た。

ドアはスライドで開けやすく、自動で閉まる。

室内は車イスが入る。

二人の介護士も入れるぐらい広い。

トイレはどこの病院もそうだと思うが、看護師を緊急コールする呼び鈴スイッチがある。

シャワー室も同じく緊急コールスイッチがある。

いずれもコールすれば看護師・介護士が飛んでくる。

そこで、だ。

トイレ扉はどうするか。

鍵はかけておくのか、それとも締めないのか、である。

私が知る範囲では入院患者は締めない、である。

コールスイッチを押すときは患者の緊急コール。

異常状態であれば直ちにドアを開けて患者の措置をしなくてはならない。

が、鍵をかけていればコールしてもドアは開けられない。

開けるには道具が要るらしいが、見たことはないと云う。

私はこれまで何度かの入院体験で判っているからドアは締めない。

用を足して便器に座っていたら、いきなりドアが開いた。

ドアノブは「使用中」のタグを下げているし、電灯も点いている。

それらをまったく意識せずにトイレのドアを開ける。

ノックもせずにいきなりだ。

十中八九、何の前触れもなくいきなり開けられる。

大半が女性である。

家の暮らしもそうしているのだろうか・・・。

10時50分、

体温は37.4度。

やや微熱ぎみだ。

この原因は判っている。

点滴をした箇所が腫れて熱をもっているのだ。

腫れた右腕を湿布する。



午後4時、体温は37.8度に上昇していた。

T内科医師によって、急遽採血される。

右腕は直接採血。

左腕は点滴型採血だ。

午後5時前、3回目のもよおしを感じるが出るものが出ない。



食事後の午後6時50分。

このときの体温は36.7度。

やや落ち着いたようだが、この4回目のもよおしにぶりぶり。

きばってきばっての状態。

この日2度目の採血をした午後9時は37.0度になっていた。

執刀外科医師から手術の方法などの説明を受ける。

予定していた午後7時前から来館していたかーさん。

医師の到着は遅れる可能性があると伝えられていた。

手術が長引いたのであろう。

顔をだされた時間は夜の8時10分。

説明場所に移動して解説される。

病名は「僧帽弁閉鎖不全症」。

昔は「心臓弁膜症」一本で呼ばれていた病状は細分化されたようだ。

手術の処置は自身の「健索」を繋ぐ切除縫合形成術。

場合によっては人工弁に置き換える弁置換術になる。

一般的な事例でいえば9割が形成術で済むが、対応できない場合は置換術。

1割に事例があるという。

そのときの決断は開けてみなけりゃ判らない、というわけだ。

数々の検査の結果、左心房が大きいことが判った。

それはたぶんに5年前、いや10年前、或は20年も前から発症していたと考えられる。

断定年代は不明だが、そのころから心不全になっていたという。

そういえば30年ほど前に地元の上田診療所で検査したときに、先代の大先生が云った言葉が忘れられない。

「あなたの心臓はスポーツマンだ」という。

私は決してスポーツマンでもなくひ弱だった。

スポーツ心臓は心臓肥大によく似ているが、実は違う。

スポーツ心臓はスポーツ選手に多く見られる症状で、心臓が激しい運動に適応して肥大する。

心臓うっ血によって心臓肥大するのとは大違いである。

それはともかく、左心房より僧帽弁を通って左心室へ。

そして大動脈へ流れる血流。

僧帽弁は「健索」で引っ張られて動いている。

健索の本数は人それぞれ。

本数は多いらしいが、主たる健索も含めた何本かが切れている。

これによってひっぱり上げることができなくなった僧帽弁は閉じることなく開いたままで血液が逆流する。

僧帽弁は逆止弁のような機能をもつが、機能が働かなければ大動脈に血が流れることなく、左心房が肥大し肺に水が溜まる。

これまでなんとか頑張ってきた心臓は肥大化し、何らかの状況に至って健索が切れたということだ。

考えるに呼吸困難になったのは浸かったお風呂だと思っている。

しんどい状態はあったもののお風呂に入るまでは呼吸ができていた。

首まで浸かったときだ。

胸が圧迫されて呼吸ができなくなった。

それから横になることもできない身体になった。

ディープ・インパクトを与えたのは入浴だったと思っている。

呼吸困難の状態は喘息の場合と同じである。

これまでずっと何も起こらない、気が付かない心不全状態だった。

心臓はずっと踏ん張っていたが、7月10日の入浴で健索が切れた、ということだ。

僧帽弁の前、それとも後ろ。前後に分かれている。

手術まで至らない患者さんを調査すれば、およそ1/3に閉鎖不全症が見られるらしい。

薬剤投与で済む場合も多い。

継続的な薬剤投与で私の治療をしてきたが、限界である。

根本的な改善策は手術処置である。

転院を指示した前入院先のS心臓外科医師も見極めて手術をすることにしたという。

手術は全身麻酔を施す。

喉からみぞおち辺りまで開腹する。

肋骨の中核をなす骨を機械で縦に切断する。

人工呼吸器を口から挿入して肺まで入れる。

心臓を保護するために人工心臓に置き換える。

手術時間はおよそ4~5時間。

仮に午後1時から始めたとすれば最長で午後6時になるであろう。

場合によって人工弁の置換の決断をしたときはもっと時間が延びる。

本人が、気がつくのは翌朝になるであろう。

考えられる合併症は1.大量出血の場合の輸血、2.心不全のコントロールができない場合、3.70歳以上における2%の脳卒中、4.細菌の感染、5.アレルギー、6.肝機能不全・・などだ。



説明が終わったのは夜の8時50分。

かーさんもそうだが、穏やかでない手術内容を聞いた今夜は眠れそうにもない。

(H27. 7.27 SB932SH撮影)

入院16日目

2015年07月27日 16時27分32秒 | むびょうそくさい
朝の体重は64.9kg。

血圧は100。

朝食を済ませた1時間後、急にもよおしてきた大便。

薬剤のおかげでどっさりの快便が気持ちいい。

入院前以来、久しぶりの快適さを感じる。

薬剤の効き目があまりにも良い。

出過ぎては困るので晩食後、就寝前の各1錠にしてもらう。

朝食後の9時半。

左手薬指若しくは人差し指にサックし、検知していた心電機器が外された。

これまで酸素吸入量を測っていたが必要としなくなったのだ。

その値は100%~97%。

完璧な数値である。

昼食前、もよおす2回目の大便は少しだったがすっきりした。



食後は介護福祉士のWさんが身体を綺麗にふいてくれた。

今回もまた、ありがとう、である。

それから5時間後の午後6時。

3回目のもよおしである。

急にやってきたもよおしだったが、中途半端なすっきり具合。

痔の出血も伴っていた。

晩食中もなんとなくもよおし状態が継続する。



食べ終わった午後7時、5回目の大便。

お腹は痛くても排便がない。

当然ながら痔の出血はどうどう。

こんな具合だから脈拍は上昇ぎみ。

一時間経ってようやく沈静した。

(H27. 7.26 SB932SH撮影)

入院15日目

2015年07月26日 16時06分16秒 | むびょうそくさい
朝の体重は65.3kg。

血圧は102。

特に変化もなく、だ。

この日は土曜日。

順調な状況に検査はない。

大便も気持ちよく排出できた。

しかもだ、後刻になるが、車いす歩行も不要になった。

食欲も戻りつつある。



午後、もよおす大便に排便はなくただただ出血するだけだ。

軟便にしたく薬剤を要求した。

晩食後に1錠。

就寝前に1錠。

翌朝も1錠を飲む。

午後4時、尿量は600mlだった。

今後は尿量を計量することなく中断扱いとなった。

5時半、T内科医師の回診。

27日の月曜日は家族さんが来られるかどうか確認された。

かーさんにはメールで連絡しておいたので、もちろんである。



晩食を摂った1時間後、またもやもよおす大便。

すっきりするぐらいの量が排便された。

早速、薬剤が効いたのであろう。

この時点の脈拍は90~100。

21時ころにはドキドキ動悸が止まらない。

(H27. 7.25 SB932SH撮影)

入院14日目

2015年07月25日 15時54分29秒 | むびょうそくさい
朝の体重は65.8kgだ。

それから1時間後の7時半。

左腕の点滴に腫れが生じた。

やむなく右腕に移すと同時に用を終えた血止めバンドが外された。

朝食前に採血。

9時に大便、9時半は洗髪で忙しい。

何もないよりも何かをしているほうが、気がまぎれる。

併せて日中の酸素吸入は再び「0」になった。

11時直前、T内科医師が採血をするという。

なんでも外科医師の要望で採血するのだが、何を検査するのだろうか。

昼食は午後の経食道心エコー検査に控えて食事は摂れない。

ただ、看護師が緊急でもってきた内服薬2錠を服用する。

採血の検査結果による処置であろうが、これもまた何であるのか聞きそびれた。

後日の後日になって判った内服薬は、おそらく血液の凝固を防止する薬であったろう。

午後4時20分、車いすに乗って検査室に向かう。

始めに口を開いてしびれ薬を口の中に放り込まれる。

ホイっという感じだ。

喉を締めたままで5分間待つ。

なんとなくブルーベリーの味がする。

5分待って再び口を開けたらゼリー状のような白いものを口の中に放り込まれた。

硬いマウスピースを口に嵌める。

心臓側を下にして横たわる。

ヨダレはゴックンせずに口下に敷いた容器に流す。

動けないから口を開いたまま。

飲み込まないようにしてください、の指示がでる。

胃カメラのような器具が目の前に現れる。

口に入れたカメラ。

「ゴックンして」と云われるが反応もできない。

何度か「ゴックン」するも、喉が開かない。

開かないからカメラは戻される。

意を込めて再トライ。投入され「ゴックン」の声に釣られて「ゴックン」と心に念じたら喉の奥に入っていった。

胸の中心部辺りだろうか、カメラがあることが判る。

しびれ薬は喉だけだ。

だから判るカメラの動き。

停止したかもと思えば、そうでないかも知れない・・・。

カメラを上下、左右に動かしたときは、もどしそうになる。

実に苦しい検査は50分ぐらい続いた。

「大事な検査ですから、我慢してください」と云われても、苦しい状況が長く、続ければ続くほど辛い。

検査を終えて1時間は唾液を飲み込んではならない。

水も飲まない。

嗽もしない。

しびれ薬が切れるのは1時間後だ。

検査は引き続いて心電図も測られた。

病室に戻ったのは午後5時10分だった。

しびれ薬が切れた6時半過ぎにやっと晩食を摂ることができたが、喉は違和感が残置。



妙な感触で食べた。

夜の8時過ぎ、T内科医師が伝える。

経食道心エコー検査によって症状が明らかになった。

手術日は一週間後の7月31日に決定したという。

当日は2例目の手術。

午後の時間帯か、遅れて夕刻になるかも知れないそうだ。

手術のキャンセルがあった場合は早まることもあるらしい。

その手術プロセスの説明が外科医師によって説明される。

日程は7月27日の月曜日。

外科医師の都合により夜7時、場合によっては数時間も遅れる可能性があるという。

この日の尿出し量は1420ml。

まあまあの排出である。

この夜、「2」だった酸素吸入器を外された。

調子が良いということである。

(H27. 7.24 SB932SH撮影)

入院13日目

2015年07月24日 15時37分47秒 | むびょうそくさい
朝の体重は65.4kg。

血圧は95だ。

この日の朝食は半分にしてください、の指示がでた。

理由はこの日の午前9時から行われる造影カテーテルがあるからだ。

8時半、T内科医師の回診。

昨夜のドキドキ動悸を伝えておいた。

それよりも気になるのが排便だ。

出ないのである。

9時、車いすに乗って処置室に向かう。

処置は内科医師のT先生。

右手の甲にしびれ薬を注入する。

効いた状況を確認されてカテーテルの管を挿入する。

ぐぐっと入れ込んだ管。

なんとなく入っていく感触があるような、ないような。

肘辺りでもしびれ薬を注入する。

効いた状況でさらに伸ばしていく管。

奥へ、奥へと心臓辺りの位置まで押し込まれる。

ドクドクと流れる造影剤。

心臓まで届いていくような感じを受けるが、身体はしびれ薬の関係で認識しない。

右腕は絶対、動かしてはならない。

造影カメラは何台あるのだろうか。

医師の操作で近づけたり離したり。

場合によっては回転もする。

息苦しさは感じないが、ときおり冷たいものが通過する感触がある。

右腕を通るカテーテルの管。

最後に検査動画を撮ると伝えられて2回。

息を吸ってー、息を止めてー。

ハイ、吐くー。

最後に口の中で熱いものが広がりますと云われた瞬間だ。

熱い塊のような・・それは火のようなもの。

口の中の奥のほうで、パアっと広がった。

そして脳天を突いて上半身の内蔵すべてが熱くなる。

やがてお尻の穴から抜けていった火の球感触。

まるで、ファイヤーボールが身体の中を突き抜けて、去っていったようにも思えた。

これは造影剤の仕業。

特にどおってことはないらしいが、面白い体験にある意味感動した。

病室に戻ってすぐ別室に移動する。

二人の医師より動画記録した心臓に流れる3本の冠動脈状態を説明される。

結果は、心筋梗塞を起こしていない。

動脈は太く、問題は見られない。

一部に細いところがあるが、画像のとらえ方でそう見えるだけ。

心不全の原因は左房室の逆流状態。

薄らと見える部分を説明してくださる。

昨夜の動悸の137脈拍は、今回の心不全とは直接的な関係はないと伝えられた。

10時20分、検査した右ひじは手首に血止めバンド。

肘が折れない、動かないように添え木を充てる。

以降、2時間おきに血止めバンドを緩めていく。

血止めバンドは16時20分に解放された。

継続する治療はドプトレックスに尿出し点滴だ。

酸素は「2」の鼻チューブで吸入する。



昼食後の14時。

胸部レントゲン撮影もあった。

明日の経食道心エコー検査は夕方近くになると伝えられた。

その結果は執刀手術をされる大先生がプロセスを判断して日程を決定されるもようだという。



晩食を食べている午後6時過ぎ。

看護師の話しによれば経食道心エコー検査は午後3時になるようだ。

昼食は摂らず、検査後も食事はないという。

夜7時半、急にもよおして大便をする。

緊張が解けたのかもしれない。

復活したこの日の尿出し量は1460mlだった。

(H27. 7.23 SB932SH撮影)

入院12日目

2015年07月23日 15時09分00秒 | むびょうそくさい
朝6時までの一日分の尿量は2020ml。

これまでの最高記録だ。

排出量が多ければ肺や心臓に負荷をかけない。

逆に飲料水は制限がある。

一日辺り1000ml以内である。

朝食、昼食、晩食それぞれにお茶が配られる。

一杯あたり150mlだ。

朝食はそれに200mlの牛乳がついている。

それらを合わせて650ml。

別途に買ったペットボトルのお茶はコントロールしながら350ml以内にしておかねばならない。

アウトプットは多ければ多いほどで良いのだが、インプットは制限量が決まっているのだ。

ところで起床時の測定はどうだ。

体重は65.8kg。

血圧は99。

特に変化は見られない。

8時20分、心臓外科の医師団が回診される。

大先生が云われた。

弁が閉まらずに逆流している。

今週は詳しく調べると告げられた。

しばらくして担当のT循環器内科医師も回診。

水の溜まり量が減っている。

状況が良いので昼間の酸素吸入は「0」にして、夜は「2」で様子をみるということなった。

前日も告げられた特別な検査がある。

23日は経食道心エコー検査で、翌日の24日は心臓カテーテル検査に決まったという。

状況を判断しつつ、来週末には手術をする見込みになった。

状態を良いレベルに保ちつつ手術日を設定したいが、手術待ちの患者さんは多い。

順番待ちになるというのだ。

その件はもう一人のK担当医師からも伝えられた。

10時の計測。

血圧は97で、体温は36.4。

特に問題は見られない。



昼食を済ませた2時間後。

介護福祉士さんが身体全体をふいてくれた。

気持ちいい。

夕方近くの午後5時。

右腕の点滴に腫れを生じた。

看護師さん曰く、点滴が腫れるのはドプトレックス薬剤がキツイからだ。

これがある限り、腫れはどの場所に移っても発生するのだ。

そして突然の検査。

心エコーである。

いつもより時間がかかった心エコー。

心臓を下に横向き姿勢は呼吸ができなく、とても苦しい。

仰向けはもっと苦しいが、横向きも苦しい。

逆に右側を下にした場合はなんともない。

晩食前の時間帯。

明日の9時から行われる造影カテーテルについて通知があった。

右手首にカテーテルの管を差し込む前に血止めバンドをする。

造影をしつつ徐々に血止めバンドを緩める。

その際には気分が悪くなることもある。

カテーテルが終われば右手首・腕が動かないように添え木を当てると告げられた。



晩食を食べ終わった2時間後。

血圧検査があった。

値は113にもなっていた。

明日の検査方法を聞いたせいだろうか。

なお、排水が順調にいっていることから尿量を測る必要性がなくなった。

ただ、インプット水分量の1000mlは厳守だ。

この夜の尿意はすごかった。

4回も起こされた尿意。

量も多い。

それは良いのだが、深夜に発症した動悸。

激しくて心臓がドクドクと唸る。

脈拍は137に。

これは普段の倍である。

機器の数値をナースセンターで見ていた看護師は酸素吸入を「2」にした。

(H27. 7.22 SB932SH撮影)

入院11日目

2015年07月22日 14時51分52秒 | むびょうそくさい
朝6時までの尿量は1750ml。

順調に量が増えている。

肺に溜まった水量はどうなんだろうか。

その量によって左右される呼吸状態。

毎朝の起床時は、少しだが息苦しく感じていた。

心臓が重いような、痰が絡まっているように感じるのだ。

この日の朝の体重は65.9kg。

体温は36.1の平熱を維持している。

血圧は92だから問題はない。

8時過ぎ、心臓外科の医師団が回診される。

手術執刀されると思われる大先生が云うには、体調が良いので、しばらくは様子をみている、だった。

食前の採血。ときおり採取されて血液状態を検査しているようだ。

朝食を済ませたら担当医師の回診。

医師は循環器内科。

状況は混とんとしている。

酸素の吸入量が「1」になれば・・・という。

酸素吸入量を要するということはまだまだなのだが、その後に「2」に移った。

増えたら・・あかんの唄が聞こえてきた。

血圧は寝ている状態で「96」。

起きれば「100」だ。

右腕に打っていた点滴位置。

またもや腫れる状態になり位置を移す。

腫れはすぐには治まらない。

1日経って痛みが若干弱くなる程度。

それが消えるのは数日後である。

10時半から始まった検査は頸部動脈エコーに胸部レントゲンだ。

およそ1時間もかかった。

昼食前に点滴位置を変える。

右腕から左腕に換わった。



午後1時半。

介護福祉士のWさんからありがたーい、お言葉。

洗髪に髭剃りもしてあげるというのだ。

洗髪は三日ぶりだが、髭剃りは入院以来初めてである。

知り合いの美容師さんを見習って覚えたという髭剃り。

伸びた髭は2週間ぶりだ。

ベッドに戻って利尿剤の点滴を注入する。

何時間もかけるのではなく管をセットしている点滴口から注入する。

もよおしが早くなる。

酸素吸入の値が下がった。

「2」から最小の「1」になった。

ただ、夜就寝時は不整脈が出やすいので値は「3」に上げるとしていたが、実際は「0」になった。

晩食前のK内科医師によれば右肺に溜まった水は少なくなったというのだ。

その状態であれば呼吸はしやすいことから試しに「0」ということだ。

状況は改善されていると判断し、経食道心エコー検査を23日に、心臓カテーテル検査は24日に実施する計画があると伝えられた。

ちなみに心臓手術は翌週のある日になるらしいと告げられた。



晩食を食べた一時間後。

動悸が激しくなる。

いやな予兆である。

(H27. 7.21 SB932SH撮影)