マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

榛原萩原小鹿野・豆植えの印

2018年08月14日 08時47分27秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
小鹿野中組は前日の土曜日にされた。

一方、隣組の中組東は日曜日。

日程決めの決まりは特にない。

講中と相談して日を決めるだけだ。

区長より中組東の日程を聞いてはいたが、講中はまだお会いしていない。

もしかとすれば、あのお家であろうと思ってまずは庚申堂に向かってみる。

その庚申堂の真ん前に道路を隔てた向こう側に稲作田がある。

草刈りをした土手下の崖ぷちで畑作業をしていた男女二人がおられた。

お声をかけたら、私が取材すると区長が伝えてくれていた講中の代表者だった。

夫婦揃っての畑作業は宇陀の黒豆植えだった。急な崖は滑りやすいし、登りも難しい。

足を踏ん張りながら植付けする箇所に竹の棒を挿していく。

その位置が植付けの目印で、奥さんが種を埋めていた。

やがて山影に隠れるお天道さん。



崖はもちろん、挿した竹の棒もシルエットになった。

その姿はまるで墓標のようにも見えた。

(H29. 7. 1 EOS40D撮影)
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和爾町・圃場の育苗状態

2018年08月04日 09時27分17秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
前回に訪れてから2週間経過した圃場の状態を確かめにやってきた。

この日は朝から奈良市ならまち界隈の民家の習俗を撮らせてもらっていた。

もう一つの習俗取材時間は夜間になる。

そこへ出かける行程に見ておきたい苗状態である。

稲苗はまだまだ細い状態であるが、どことなく分けつが始まっているように思えた。

手前は隙間というか、空間が広がる疎らの直播き。

他の田んぼを見てもわかるように。

畦近くの撒き状態はまんべんなく撒かれたように思える。

そこより数メートル向こう。

特に中央部は苗、苗、苗どころか葉が生い茂っているように見える。

時間帯は午後7時前。

農道を往来する車のヘッドライトが照らしていた。

(H29. 6.26 EOS40D撮影)
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上・ナワシロジマイの泥田田植え

2018年07月17日 09時02分12秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
本来なら翌日にされる庚申さんのさなぶり参りを拝見させてもらったF家。

家族は朝から田植えに忙しく動き回っていた。

あちらこちらにあるF家の田んぼ。

山側の棚田に小さな田んぼが点在。

平たんなら田植え機も入れやすいし、機械が動く範囲も平らだから仕事はしやすい。

ところが山間地ともなれば一定の形ではなく。

田植え機をどこに入れてどう植えるか。

その田んぼが終れば次の田んぼ。

そこへ行くにもどう移動していくか。

どう動くか、頭の中にある行程設計図通りに運転する。

いくつかの農家さんの田植えをみていてたいへんだと思った。

息子さんの手を借りて行ってきた田植え作業もいよいよ佳境に入った。

最後にする田んぼは家の真ん前である。

前日までは苗代田だった田んぼを起こす。

谷水を引いて水張りをするが、多くは要らない。



泥田程度になったところにトラクターを入れて掻き混ぜる。

狭い田んぼに数往復するトラクターは泥を掻いている。

代掻きであるが、何度も、何度もハンドルを切り返して往復する。

ある程度できあがったところでトラクターの役目は終わった。

これから始まる田植えにトラクターは無用。



狭い土地に角度のキツイ坂道。

曲がり方を誤れば危険なことになる。

何十年もそうしてきたから慣れはあると思うが、見ているほうがヒヤヒヤする。



そうして出番するフロート付きの、と思ったがそうではなかった手押し二条植えの田植え機である。

運転操作は息子さん。

幾度も支援してきたから慣れているのだろう。

トラクターを仕舞った親父さんはエブリで代掻き。

エブリで撫でるように泥田均し。

泥田を満遍なく均して泥田と水面を保つ。

息子さんが植える作業の間隙をぬって泥田均し。



その波模様が美しい。

均し方が上手いから波も綺麗になる。

端から上出した二条植え。



泥田に足をとられて操作がし辛い。

ぬかるみの田んぼはどこでも苦労されている作業である。

これくらいの広さであれば手植えする方が早いと判断されて母親とともに作業を切り替えた。



最後の一枚は手植え。

こうしてすべての田植えを終えた。

苗代田だった田んぼは田植えの場。

役目を終えたということで、この一連を「ナワシロジマイ」と呼んでいる。

丸一日の作業を終えたトラクターも田植え機もドロドロ姿。

勢いのあるホース水で洗い流して綺麗にする。

田植えの日の最後はどの農家でもしている作業〆である。

(H29. 6.11 EOS40D撮影)
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和爾町営農圃場の種撒き発芽15日目

2018年07月14日 09時02分40秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
この日は田植えを終えた農家の方の田植え終いの在り方が聞けるかもと思って大和郡山市の横田町や天理市の勾田町の田んぼを訪ねる。

結果はといえばハズレだ。

横田町で2組の現役農家に聞いたが、家を建て替えた際にあった竃はキッチンが洋式化して消えた。

勾田町は数日前に田植えを終えていたから拝見もできなかった。

大和郡山では櫟枝町にある「大峰山上 六十六度 供養」石塔の寄進年を探ることであったが、記銘刻印は風化しているのか判別はできなかった。

それなら、ではないが、さほど遠くないところにある天理市和爾町の営農組合の直播きの発芽状況を見てみたくなった。

ポツポツ芽生えた状態であった6月4日

それからほぼ一週間後。

その後の発芽状態をみておこうと思って車を走らせる。



着いてみればすっかり様相が様変わり。

疎らだったポツンポツンはなくなり、細い稲苗の葉が逞しくなっている。



水田いっぱいに広がる稲苗の景観にうっとりする。

一方、隣の田の畔はふっくらほんわりした白い帆のような植物が風に吹かれている。

梅雨入り宣言があったのは6月7日。



それからは雨も降らずに気持ちよさそうな風が頬を撫でる。

白い帆のような植物はチガヤ。

もっと早い時期であれば花に蜜がある。

開く一歩手前の蕾状態の花を口に銜えて噛めば甘いが、ここまで育ってしまったチガヤを口の中に入れたらとんでもないことになってしまう。

この時期のチガヤは見るだけー。



そう思ってしゃがみ込んでチガヤにレンズを向けるが息苦しい。

ファインダーなんてものを覗き込むには身体が無理だ、と悲鳴をあげる身体。

ローアングルで構えるのはとても辛い。

リハビリ運動をしても治る見込みのない身体にやるせない。

(H29. 6.10 EOS40D撮影)
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和爾町営農圃場の種撒き発芽10日目

2018年07月06日 09時14分54秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
発芽状況を見るのはこの日が初めてだ。

播種作業の初日は5月24日。

播種作業を拝見したのは2回目になる26日。

雨天の関係でそうなった。

この日は京都府久御山町の取材帰りの午後に立ち寄った。

特に急ぎの用事もない午後3時。

広がる圃場に広がる水溜めの水田。

遠くから見ればただの水溜め田。

近寄ってみればポツン、ポツンと何かが浮かんでいるように見えた。



もっと近づけば水面から伸びる細長い葉っぱが見える。

知らない人から見ればただの雑草。

こんなとこでも雑草が生えている。

雑草ってどこでも蔓延る。

庭の雑草取りがたいへんやという人園芸好き。

「ヘイ」取りが一番の手間がかかるんやという人は農家さんだ。

その手間のかかる「へい」取り作業も写真で記録したいが、時季は今ではない。

今は播種した籾種が発芽している状況を記録する。

そう、これは5月26日に播種した水田である。

正確にいえば播種後9日目の発芽状況。

育つ具合がそれぞれの関係で疎らである。



疎ら状況の水田隣の田は育つ勢いが見える。

播種したときの泥田に埋まり具合もあるし、水張りの高さも関係するのだろう。

水田一枚、一枚を見れば成長する具合が違いを見せる。

尤も播種のバラツキ状態もあるけれど・・・。

時間は刻々と変化する。



お日さんの傾き加減で光る水面が浮かぶ田もあれば、水張りが少なくて浅い田もある。

こういう場合はヤケに緑色が目立つ。

5月22日に訪れたカルパー粒剤衣付け作業の際に聞いたマコモタケの植付けがある。

マコモタケは稲科の植物であるが、タケノコの一種でもない。



何年か前から栽培するようになったマコモタケは県の特産や天理市の特産品。

「天理うまいもん」の一品として紹介されているという。

収穫は10月。

それまでの作業になにがあるのか聞かずじまいであるが、耕起は5月29日、マコモの苗取り・植付けが30日と聞いていた。

植付け地は和爾営農組合ライスセンターより数百メートル。

農道を走っていてそこにあることに気づいた。

ところで、マコモタケは隣町の奈良市高樋町も植え付けている。

高樋町の宮総代がそう云っていたことを思い出した。

ピンが甘いこの写真はどこが狙いなのか。

実は正面に見える小高い山をとらえていた。



戦後間もない昭和23年ごろだったと思いだされる営農組合員。

今から70年も前のことである。

和爾坐赤坂比古神社で行われた御田植祭に集まる高齢者集団の二十人衆。

うち十五人衆が一言云った話である。

十五人衆は昭和13年生まれの79歳。

まだ子どものころである。

親父もそうだが、村の人たちが外地から戻ってきた。

その時代までは雨乞いをしていたという。

その地があの山やと指をさす。

その山の下に池がある。

その池堤で雨乞いをしていたという。

雨乞いは祈祷を頼んだ当時の神職がしていたと話す。

(H29. 6. 4 EOS40D撮影)
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和爾町営農組合のカルパー籾種播種散布作業

2018年06月26日 09時00分53秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
前日は大雨で中止された和爾町営農組合のカルパー籾種播種散布作業にようやく出会えた。

昔ながらの直播きでなく、動力散布機による現代的農法による播種作業である。

動力散布機の本体重量は12.8kg。



背中で担ぐ散布機に先日に作業されたカルパー粒剤の重さが加わる。

腰を上げて、さぁ出動。

散布機に付属する排出ホースを手にして水田周りの畦に入る。

畦を歩きながらホースを田に向けて籾種を飛ばす。



まさに飛ばすという表現よりも消防ホースを抱えて水を撒くような感じである。

市の施設管理のために消防訓練を受けたことがある。

そのときの実感は今でも忘れない。

消防水がホースより排出されるパワーが凄いのである。

排出される水の勢いに抱え構えた手と腕が弾かれ振り回されそうになった。

勢いに驚いてホースを抱える手を離したらとんでもないことになってしまう。

腰を落としてガッチリ構えて排出する。

そのときの記憶を思い出した。

装着した恰好を見て、失礼ながらもう一つの光景を思い出した。

それは映画ゴーストバスターズに登場する主役の恰好である。

映画の放射筒は短いが恰好は同じようなものだ。

播種に放出されるのは籾種だがゴーストバスターズは炎。

大きな違いはあるが、思い出した映像はミュージック付きだった。

畦からカルパー粒剤を撒いていく組合員。

畦近いところも中心部も撒く作業に慣れがいる。

直播きはまんべんなく撒かないといけない。

偏ってもいけないし、空白ができても・・。

散布機の排出量は器械にあるレバーでその加減を制御する。

排出圧力を制御するスロットルレバーを左手で閉じたり開けたりするかは操作する人の経験値。

上手い、下手は芽出ししたときの状況でわかるそうだ。

特に、であるが、初心者は散布する籾種がどこに飛んでいるのか見えない。

そういう場合はどうしても散布量が増えて、ある処ではついついレバーを開け過ぎて籾種だらけになるし、ある処は空白ということだ。

畦を歩きながら放出する播種は2周する。

作業を観察しているとホースは左右に振るだけでなく大きく傾ける場合もある。

それは遠くへ飛ばす方法だ。

田んぼの中心部辺りは相当の傾きをかけないと真ん中まで届かず、空白地帯になるらしい。



2周して戻ってきた組合員が云った。

レバーを操作しても排出量が少ない。

投入したカルパー粒剤はまだ残っているという。

調べてみれば原因がわかった。

投入した蓋があんばいと締まっていなかったのだ。

無理にねじ込んだ蓋の溝部分に隙間があった。

そこから「圧」が抜けて散布量が少なかったということだった。



カルパー粒剤とともに投入するのは除草剤に肥料もある。

そうすること合計は30kgにもなるというから相当な荷重が背中にかかっているわけだ。

「けっこー重たいんやで」と云った言葉が作業の大変さを伺える。

畦を歩くのも不安定な重さ。

2時間かけて7~8枚程度の直販作業は足腰がしっかりしないといけないが、作業している組合員のほとんどが和爾町の長老二十人衆。

高齢者にはこの重さが身体に堪えると云っていたのがよくわかる。

若いころに日本アルプスの白馬岳に登ったことがある。

二十歳代のころだから今よりは体力がある。

山岳部ではないからザックに詰めた荷物はたいしたものもなく重さは控えめ。

できるだけ軽量と考えて無駄をそぎ落とした30kg。

当時はカメラなんてものはまったく興味はなく、カセットデンスケの音声撮りだけは持参した。

ソニー製の初代カセットデンスケのTC-2850SDがある。

出番がなくなったTC-2850SDカセットデンスケは、今でも我が家の天井裏倉庫で眠っている。

機器の重さは5.4kgもあった。

数本のマイクロフォンに単一乾電池4本などの重さを加えたらそれだけでも肩に食い込む。

尤も白馬岳に持ち込んだのはやや小型軽量化した後継機種のTC-2220だった。

重さは乾電池含みの3.2kg。

2kgの差は大きかったことを覚えている。

あるブロガーさんはプロ仕様から民生用も一覧で紹介している。

懐かしいデンスケにうっとりしてしまう。

余談はさておき、話題は本題の直播きに戻す。

3周目を周回して戻ってきた組合員。

水抜きした田にそれぞれの方向からきた二本の筋が見える。

左は向こうの方から引いた。

手前はわかりにくいが、右側からだ。

直角に二本の二筋に斜めの筋。

いずれも左角にある田の排水口に集めている線引きである。

これは、いったい何であるのか・・。



隣の田で作業していた状況を観察してなるほど、と思った。

これは水抜きの導き筋である。

トラクターの後方にアタッチメントされた農具は特別注文。

特別だけに値段も特別の二桁の万単位。

営農組合の願いは負荷をかけず、効率的に水田に溝を切ることである。



これまでは人力だった。

鍬を持って一筋ずつ溝作り。

当然ながら長靴は泥田に沈んでいく。

泥田から足を抜くには身動き取れない。

動きにくいし、位置した場で鍬を入れて溝を切るのも体力が要る。

少しずつしか進めない。

何人もの人がそれぞれ分散して溝を切っていくが・・・これをなんとかしたい。

願いを叶えてくれた器具屋さんは手作りで仕上げた。

三角の溝切りは鉄製。



フインというか、トラクターの動きに合わせて左右自在に動く。

溝切りの幅は実測していないが、営農組合の要望通りの動きをしてくれる。



僅か数分で溝切は終えたが、排水口はもう少し幅を広げる。

人海戦術はここだけになったが、全体に対する負担はなくなった。



今年はほんま、ラクになったと皆が云う。

ちなみに蓋締めもきちんとした背負型動力散粒機はKioRiTZ(共立)のネーム入り。

㈱やまびこ製のDMC600若しくはDMC601。



散布する勢いが手に取るように見てとれる。

籾種を排出するホースの先端がスゴイ。



噴き出すと同時に煙のような噴霧状態。

塗布というか、籾種に衣付けしたカルパー粒剤が飛び散っているのである。



泥田に直接あたる籾種がバシバシ。

土砂降りに雨が降ったような跳ね返り



それでわかる勢い。

直播きの具合もさきほどとはえらい違い、である。

ベテランの3人目が登場する動力型散粒機の作業者。



そのころ丁度に隣の泥田で溝切するトラクターが現われる。

散粒機作業者と溝切が交差する間合いを見計らってシャッターを押す。

そろそろ本日の作業も半分が済んだ。

朝から始まってたったの30分。



後半も休憩なしに次の田にトラクターを移動して作業を続行。

その田の畔に咲いていたピンク色の花。

名前もしらない野草は和種でもないような・・・。

これってユウゲショウ?

それともヒルザキツキミソウ?

投稿したFBの画像から判断して自宅の庭にも咲いているとコメントしてくださった花の名前はアカバナユウゲショウ。



たぶん、そう、思うが、アカバナユウゲショウは四枚花弁。

私がこの場で拝見したアカバナユウゲショウは五枚。

その下のほうはなんとなく四枚花弁のように見える。

違いがあるのか、ないのか。

それともこれが変異花・・・。

写真で同定してくれたFB知人のらもさんの庭にも五枚花弁があるというから、何割かがそういう具合に芽出るのであろう。

和爾町営農組合の播種日程は5月24日から始まって29日まで。

本来なら28日で終える計画だったが、25日は土砂降りで中止した関係で一日分の遅れ。

何日か経てば水面下の泥田の中で根が出て芽も出る。

ぐんぐん伸びてやがては発芽した芽も水中から顔を出す。

日々の発芽状況を見ているわけにはいかないが、適度なときに見てくれたらよくわかると云われて、立ち寄る。

立ち寄る日は特別な日でもなく、行けたらの話しである。

和爾町営農組合の圃場を通り抜ける農道は車の往来が激しい。

特に朝、夕は道路を渡るにもひと苦労すると話していた農道はしょっちゅう利用している。

天理市の福住、旧都祁村、山添村へ行くには天理東ICから入って名阪国道を利用する。

針ICから北にも南にも。

五ケ谷ICからは旧五ケ谷村の各村の取材に行く場合もある。

その際に必ずといっていいほど利用する和爾町の農道。



県営圃場整備事業が竣工した記念碑がある。

起工は平成8年4月。

竣工は平成19年3月。

11年間もの工事を経て完成したときに建てたのが後方に見える和爾営農組合ライスセンターである。

完成してから十年間。

無料で通らせてもらっているだけに感謝しなければ・・・。

※農林水産省・北陸農政局が近隣で行われている直播き事例の紹介

(H29. 5.26 EOS40D撮影)
(H29. 5.26 SB932SH撮影)
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和爾町・雨の日の田の水抜き

2018年06月22日 09時33分56秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
カルパー粒剤衣付け作業を終えた翌日から毎日は圃場の水抜き状態を確認する。

24日、25日は播種をするからと云っていたが、25日は大雨状態になった。

和爾町営農組合長の決断に朝一番の中止命令が下った。

指定された時間に間に合うように車を走らせていたが、もうすぐというところで電話が鳴った。

本日は播種作業ができる状態ではないということで中止の連絡だった。

中止であっても敢えて向かう圃場である。

待っていてくれたのはカルガモくんだった。

この日の雨はざんざか降り。

車から降りて状態を撮るが、ちょっとした時間であってもびしょ濡れになる。

直播き枚数は圃場全体のおよそ半分。

67枚中の30枚に水を張っていた。

播種は24日から28日までの毎日作業の予定であったが、一日遅れで終わることになる。

昨日は数枚で終えたが、予定していた水抜きどころではない。



田から水を抜く溝に降った雨が吸い込まれていく。

隣の田には抜けた雨水が勢いよく流れ落ちる。



昨日に播種をした田から籾種が流れていくのか、それとも沈殿したままなのか、観察のしようがない雨天日である。

和爾町の営農組合は自前のライスセンターを設けている。

そこよりほど近い処には立派な建物がある。



農小屋の表現が似合わないぐらいの立派な建物横に苗代があった。

前々から気になっていた場所である。

車を横付けして窓越しに覗いてみた苗代田に茶色いものが見える。

枯れた松葉である。

ここにもあった和爾坐赤坂比古神社の御田植祭でたばった松苗。

組合員でもない人かもしれないが、ここで苗代を作って松苗を立てていたことを知るのである。



その場からの反対側は幌をかけない苗代田だった。

水口は手前であるから探してみるが、松苗は見られなかった。

(H29. 5.25 EOS40D撮影)
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和爾町営農組合の籾種カルパーコーティング作業

2018年06月21日 08時14分16秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
天理市和爾町に3月行事がある。

和爾坐赤坂比古神社で行われた御田植祭に集まる高齢者集団の二十人衆。

うち十五人衆のKさんがひとこと伝えられた言葉である。

5月半ばころに直播きをするというのだ。

県内事例に直播きを見ることはまずない。

かつては苗代にモミダネ(籾種)を蒔いて苗を育てたという人もいたが、高齢者だった。

何人かが話してくれた直播きはずいぶん前に途絶えた。

山間部に住む男性たちはかつてしていた農法を話してくれたこともあるが、実際はどのような方法でしていたかは想像するしかない。

何年か前に拝見した直播きは天理市南六条に住むご夫婦だった。

FBやブログでその在り方を紹介したが、営農組合の方法では、まったく違うらしい。

取材させていただけないかとお願いしていたら5月8日に電話があった。

直播き工法は和爾町の営農組合が主導的にしているという。

蒔く籾種はカルパーという方法で籾にコーティングをする。

金平糖を作るようなぐるぐる回転する機械でコーテイングする手法は平成15年から始めたという。

同時並行的に営農組合ライスセンター付近の圃場で代掻きをする。

数日経ってから背負った機械にコーテイングした籾種を水田に蒔く。

そんなんでえーんやったら見に来られますか、ということだった。

現代の直播き工法をみることはまずない。

機会お与えてくださった十五老のKさんに感謝する。

教えてもらっていたこの日に営農組合ライスセンターを訪れた。

営農組合の組合員は60人ほど。

12~13人が集まって毎日の作業をしている。

金平糖を作るような、イメージしていた通りの機械が回転するが、どちらかといえば、昔しによく見たセメントコネコネのセメントミキサー車の構造を思い出した。

JAから直買いした籾種1袋をカルパー粒剤でコーテイングする。

水道水の水をバケツで汲み上げる。

自動的に水分量を計測してくれるコーテイング機械。

籾種の一粒、一粒を綺麗にコーテイングする。

かつてはハンドルを手で回す手動式だった。

つい最近まではそうしてきたが、今は平成22年に導入した電動式自動回転式粉衣装置(ヤンマー自動コーテイングマシンYCT20)でコーテイングする。

消毒薬も注入して、カルパー粒剤と同時に籾種を消毒する。

保土谷化学工業製造のカルパー粒剤(※登録商標)は籾を蒔いた水田の土壌中で徐々に分解されて酸素を発生させるようだ。

蒔いた籾種は軽くて浮いてはなんにもならん。

逆に重すぎてもいかんらしい。

重さが重要なポイントである。

あるメーカーでは鉄分を付与することで加減しているらしい。

らしい、らしい、としか言いようのない始めて聞く農法に興味津々であるが、化学的な理解はまったくわからないが、粒剤メーカーの謳い文句に「本剤を種籾に粉衣して播種すると、土壌中で徐々に酸素を放出し、発芽中の種子に酸素を供給することにより直播水稲の発芽率を向上させ、苗立歩合の安定化に有効である」と書いてあった。

始めたころの直播(ちょくはん)農法は鉄で絡めていた。

ところが重さで埋まりすぎて芽が出なかった。

7年間も試行錯誤していた直販農法。

ようやく定着したのは今から7年前。

代掻きと並行する作業に、明日の夕方には田圃の水を抜くと話す。

十五老のKさんが補足される直播農法にドタ(泥田)の種撒きがあるという。

なんでも福岡式と云われるドロダンゴ投入方式。

山間では田圃の形が一定でなく、田も小さい。

畦から捕植する落下傘式だと話されるがリアルな像が浮かばない。

そのような話しをしてくださったKさんが東の方にある山を指さした。

その山は小山であるが、山の名は天神山。

今年も御田植祭をした和爾坐赤坂比古神社が鎮座していた旧社地になるという。

戦後間もない昭和23年。

戦争を終えた村の人らが外地から戻ってほどないころの時代である。

そのころまでしていた雨乞い。

天神山下にある池堤に村の人が集まっていた。

神職に頼んで雨乞い祈願をしていたという情景は、昭和13年生まれの78歳になったKさんが子どものころの記憶である。

また、営農組合は土地改良区・営農課組織から発展して今に至るという。

計画的に前もって作業日程を構築しておくと、組合長が話す。

5月初めの草刈りから始まった直播き農法は7日から3日間は畦塗り。

中旬には肥料配布に耕起して水入れ。

荒マンガを経てまたもや水入れ。

それから数日経ったころにカルパー粒剤作業である。

1袋が3kgのヒノヒカリ籾種に対して1袋が3kgのカルパー粒剤が2袋。

カルパー粒剤をコーテイングしたら実質は2.2kgになるという。

撒きすぎては籾種が密集してしまうので難しいところでもある。

その量で10反分を賄う。

籾種と粒剤の分量決めは、圃場の田一枚、一枚の面積を計算されて、それに見合う籾種量を決める。

つまりは一枚の水田に蒔く籾種量である。

歩合計算はロスなどこれまでの実績を加味して決められる。

一枚分の量が決まれば、それに見合うカルパー粒剤の量が決まる。

なんでも計算した上で作業量も決まるのだ。

その後の作業日程も計画されている。

代掻きに水抜き。

代掻きに播種。

代掻きに水抜き。

播種に代掻きに水抜き。

24日から始める直播きは28日までの毎日である。

そうしておけば6月のはじめぐらいには芽が出る。

また、奈良県の特産品を紹介してもらって栽培しているマコモダケもある。

マコモダケの生産はここ天理市と奈良市の阪原だけのようだ。

マコモダケは6月に苗を植えて、10月には収穫できるという。



ぐるぐる回転する処理状況はドアを閉めて行われる。

粒剤を混ぜる作業には注意事項がある。



粒剤は混ぜるときに粉となって飛び散る。

粉末は目に対して刺激性がある。

動作中は蓋をするのは当然であるが、直接的に作業する人は保護メガネやマスク着用を要する。

実は1回目のカルパー粒剤作業に誤りがあった。

粒剤の量に合わせて水の量も決めなければならない。

原因は水の量ではなく、投入したカルパー粒剤の量に軽量誤りがあった。

どうも、水分量を操作するレバー値がずれていたようだが、この状態であっても十分に使える。



そのために水分を多く含んでしまった籾種を乾かすために筵に広げた。



日が当たるうちに乾いていく。



干してから40分後には黒から白色に色具合が変化しはじめた。

この日はカルパー粒剤の作業と並行的に代掻きもする。



あっちの圃場、こっちの圃場と動き回って代掻きをする。



代掻きはこの日だけでなく、明日も、明後日も・・・。



こういった作業は6人の組合員でしている。

尤も和爾町営農組合は60人も所属しているが、実際に作業できる人は限られている。

うち二人は代掻き名人。

この日含めて6日間の毎日に出動する。



一回あたりのカルパー粒剤の衣付け作業はだいたいが30分程度。

一回ずつの回転はおよそ20分。



前後に投入や排出。

そして袋詰め。



午後も引き続きしているというが、午前中までしかお付き合いできない。

まだまだある準備済の袋を見てこの日は何袋するのだろうか。



午後いっぱいまでかかりそうだと話していた。

営農組合ライスセンター内に機械がある。



播種の前に行うべき作業が溝掘り。

車高が高い大きな車輪のある機械の後方に取り付けるアタッチメントが溝掘り道具。



水掻きというか、鋤簾の小型判に動力散布機もある。

明日の作業の出番待ち。

ところで、この日の作業におられた組合員が私に声をかけた。

その男性は、大和郡山市の矢田山ある場所でしていた水質調査の池にニッポンパラタナゴがいたと、話す。

そこから話題が広がって大和郡山市の少年自然の家の主催事業に観察指導員をしていたとも。

お名前を聞けば、Mさん。

なんと云十年ぶりの再会に驚きだった。

専門の水質関係の動植物観察なら任せてくださいと伝えられたが、観察・調査はボランテイア活動をされていないように感じた。

(H29. 5.22 EOS40D撮影)
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和爾町営農組合ライスセンターの直播き

2018年06月05日 08時40分09秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
モミマキは籾のカルパー処理から始まる。

カルパー処理する機械は100万円。

籾に酸素供給する手法で蒔いた籾の発芽を促進する手法である。

機械は金平糖を作るものと同じようでぐるぐると回転する機械に杓かどうかわからないが、そのような道具でカルパー液を籾に塗す。

籾をカルパーコーテイングする作業である。

この籾を利用しているのは町内の7、8軒の農家さん。

圃場整備した農地に直播きする。

四国で自然農法を開発した福岡先生は亡くなられたが、その農法ではカルパー処理でなく泥団子だった。

カルパーそのものが泥。団子状に籾をこねたのだろうか。

カルパー処理と並行して圃場の代掻き。

マンガの呼び名で通っている。

その作業時間はけっこーかかるからカルパーコーテイング行程と同時進行のようだ。

今年のカルパー処理は5月22日。

代掻きはしてもすぐには撒かない。

5、6時間の代掻きでこねてから苗代田の水をほかす。

ほかすとは水を逃がしてやや乾いた泥田にするようだ。

その時間から想定して3日間のモミマキ。

一日1回の直播き作業は2時間ずつ。

肩背負いの動力型散粒機直播きをする。

今年は5月24日から26日を設定した。

実際の作業を拝見したく両日とも訪れることにした。

(H29. 5. 9 記)
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白河・里山山間部の田植作業

2016年12月01日 07時39分37秒 | 民俗あれこれ(四季耕作編)
ウエゾメにオカシラ付の魚を供えると云っていたSさん。

前月の21日に立ち寄ったときにそう話してくれた家の農耕行事。

さまざま地域でウエゾメの作法を取材したことはあるが、白河で話す婦人の供え方は初めて知る作法。

たぶんに珍しい。

もしかとすれば、S家独自の作法であるかも知れない。

果たしてウエゾメする日はいつなのか。

昨年は5月15日の日曜にしたと話していた。

日曜日だけに固定の日ではなさそうだ。

いつごろにされるのか電話で尋ねるよりは在宅に出向く方がいいと思って車を走らせる。

田んぼはどこにあるか、だいたいの位置は聞いていた。

急坂を登っていけば秉田神社に着く。

その辺りだと聞いている。

通りがかれば人がいる。

今まさに田植えをしている姿はS婦人だ。

大慌てで田植え作業をしていたSさん夫婦に頭を下げる。

仕事が早く終わったから予定していた日より急遽することにしたと話すS家の田植え。

ばたばたと作業が始まったのでお供えの準備はできていなかった。

本来であれば田植え前にするウエゾメ(植え初め)作法は、オカシラ付のサバ(若しくはアジ)御供と2把に括ったナエサン(苗)をお盆に盛って田植えを最初にする場所に供える。

これをウエゾメ(植え初め)と呼ぶ。

ウエゾメにはカヤ挿しもある。

何本か聞いていないが、ウエゾメの場の田んぼにカヤを挿す。

ウエジマイにもカヤを挿すと聞いていたが、一日では終わらない。

ウエゾメの御供がなければウエジマイもしないようだ。

これらの作法は翌年以降の取材廻し。

作法は諦めてS家の田植え作業を観察させていただく。

作業が始まった時間は判らないが、この場の日陰に弁当を広げて食事をしていたようだ。

着いた時間は午後2時。



一枚、二枚の田は田植えを終えて奥さんはサシナエをしていた。



上の田では旦那さんが田植え機に乗って運転していた。

行ったり、戻ったりの機械植え。



どこの田はどの場からはじめていくか。

無駄な空間をださないように計画的に進める田植え機の操作。



育苗した苗は田植え機の進むところに予め置いておく。

作業手順に沿って補充する量を算定する。

上手く運べるように頭に中に描いた図面に沿って計算する。

昨年に背景した萱森のNさんはペーパ上に図面を起こしていたことを思いだす。

平坦であれば田んぼの区画割は真四角。

長方形などの四方形。

山間では曲がりくねった田んぼ。

どうしても隙間というか、空間ができる。

それを埋める作業はいわゆる設計と同じである。

こうした苦労を知らずに山間田園に織りなす農作業の景観を撮る人は多い。

田植え作業の邪魔にならないように立ち位置を移動してS家の姿を撮らせてもらう。

光がさし込む田んぼ。

そこを作業するご夫婦。

旦那は機械。

奥さんは人力作業のサシナエ。

美しい田園を取り込みながら何枚も撮っていく。

場合によっては鹿除けの柵も入れてみる。

その辺りで撮っていたら野の鳥がいた。

黄色い嘴が特徴の見慣れた野鳥はカモガモ。

雑草を食べてくれるカモガモを田んぼに放鳥。

稲が育っていく空間を動き回るカモガモを見ることもある。

そこは飼っているカモガモ。

そういう農法もあるが、白河にいたカモガモはどうやら番い。

雌はじっと座っていた。

向こうを見ているのは雄。

何を狙っているのか聞いても答えてくれないカルガモ。



そっと近寄ってシャッターを押す。

何度も何度も押しながら近づいていく。

奥さんがサシナエされている情景を見ていたカルガモ。

田んぼにいる虫を狙っているのだろうか。

一歩、一歩・・・バサバサと羽根を羽ばたかせて飛んでいった。

方向転換する田植え機の動き。

なだらかな坂ではなく、ある程度の角度をもった場で方向転換する巧みな運転。

田んぼは狭いがある程度までの幅があれば四条植え機械の2往復で済む。

とはいってもキッチリとした幅ではない。

あるところでは膨らみがあるが、狭いところではそれがない。

膨らみのある部分では何度も行ったり来たりの機械操作。

四条植え機械の動きを見ていると機械そのものに目があるように思ってしまう。

機械装置の関係でどうしても端っこに空白ができてしまうところがある。

機械が入る、出る位置のところはどうしても大きな空白ができてしまう。

田んぼが狭いところは田植え機を交替する。



出番は二条植え手押し式田植え機に譲った。

機種はヤンマー製のAP200。

四条植えは萱森で使われていた同型のヤンマー製のPeS-1。

緑と白色のデザインが水田に映える。



AP200は乗用でなく手押し式。

赤色のフロートが目立つ。

操作するご主人の足跡と田植え機の車輪跡は規則正しい。

水田の模様はこうしてみると面白い様相をみせる。

水田は泥田。一歩、一歩を手押しする二条植えに足は沈む。

沈むから足は負担になって速度は落ちる。

そう思うが、見ている限りはそんなこともない。

田植え機の速度は思った以上に早いのである。

一定速度で動く二条植えに足がついていく、というような感じ。

操作する人の体力によっては負担を感じる人もいるだろう。



機械のことはわからないが、無段でなくとも変速がついていたら、操作する人の体力に応じた速度で負担をかけないのでは、と思った。

後半というか、小川に近い田んぼに移った二条植え。

畦にレンゲの花が咲いていた。



その姿も撮っていた白河もそろそろ離れる時間を迎えた。

ありがとうと伝えて帰路につく。

(H28. 5.13 EOS40D撮影)
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