マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

在庫があった『奈良大和路の年中行事』

2016年12月06日 08時22分08秒 | 民俗の掲載・著作
喜久屋書店大和郡山店のⅠ店長に2009年(平成21年)発刊の著書『奈良大和路の年中行事』を開店当時に置いてもらったと礼を伝えたら当店舗よりも奈良目当ての観光客が多い奈良駅店のほう方が良いとアドバイスされる。

Ⅰ店長はかつてJR奈良駅店に勤務していた。

そのころに置いてあった著書が記憶にあると云う。

現店長は知らないがいただいた名刺を伝えておくので、店長に棚置きのお願いをした方が良いのという。

大和郡山店はフアミリーが多い。

滅多なことでは地域誌は売れない。

むしろ観光客が多い店舗に置くべしというアドバイス。

大和郡山店は棚数も坪数も広い。

逆にJR奈良駅店の棚数は少なく坪数は狭い。

棚数は少ないが奈良の本であれば確実に手にとってもらえる。

そちら方が良いと云ってくださった。

念のためにと判断されて大和郡山店の在庫状況を調べてくれた。

これまで15冊も売れて現在はたった一冊の在庫に驚かれた。

仕入れは2014年(平成26年)。

当時の仕入れは16冊。

その後に売れた冊数が15冊だった。

最後に売れた年は2016年(平成28年)。

つい最近のことである。

奈良の中心部にでかけることはあってもJR奈良駅までは行く用事が見いだせない。

キッカケを作ろうと思っていたが日にちが経過するだけだ。

待っていても仕方がないのでお願い目的に家を出た。

行先はJR旧駅舎の真ん前。

右側にあるビエラ奈良の2階にあるという。

JR奈良駅高架下に建ったビエラ奈良のグランドオープンは平成22年の10月。

翌年の平成23年3月には店舗数が一挙に増えて16テナント。

奈良駅。近くにコインパーキングぐらいはあるだろうと思って走らせる。

駅手前の数十メートルの処にあったパーキングは30分で100円。

駅前にしては利用料金が格安だ。

お願いする案件はそれぐらいで終わるだろう。

ところが目指す喜久屋書店のJR奈良駅店が見つからない。

奈良駅の構内にあるのだろうか。

そういえば数年前にJR奈良駅は大きく変容した。

そのことは知っているが、現実感が伴っていなかった。

移設されたかつてのJR奈良駅舎は場所が移っていた。

ここであれば書店の場所を教えてくれるだろう。

そう思ってドアを押した。

すぐ右手にあった受付は手荷物の受付。

観光案内に尋ねる人も多いと思う旧舎はまさに奈良市総合観光案内所

平成21年7月にオープンしていた。

そりゃ知らなんだ、である。

そのことを知らずに出かけた私にかーさんが云った。

百均ショップのセリアもあったでしょ、である。

そんなことはともかく喜久屋書店に出かけた目的は平成21年10月に京都淡交社より発刊した著書の『奈良大和路の年中行事』の取り扱い願いである。

十日ほど前、購買したかった本の発注に手配をしてくださった店員さんが連絡をしておきますと云ってくれたことだ。

連携をしてもらったのはいいが、JR奈良駅前店の担当者とは面識がない。

面識がないのに取り扱ってもらうという厚かましさは持ち合わせていない。

お願いは丁重にする。



そう思って女性店員さんに声をかけたらどうやら伝わっていたようだ。

この日は代表の人は不在。

もう一人の店員を呼びますと云って案内する。

応対してくださったのはNさん。

大和郡山店のⅠさんからはその日の5月17日に連絡が届いていたという。

速やかに連携してくださっていたことに驚く、というか、さすがの喜久屋書店さんだと思ったのだ。

組織がきちんとしていることは渋滞ない顧客サービスができている。

そう思ったのだ。

Nさんの口ぶりでは既に出版社の発注をしているようだ。

手元はまだ届いていないと思って持参していた著書を手渡す。

ぱらぱらと頁を捲る。

圧倒される行事写真に驚かれるが、奈良の行事は東大寺二月堂の修二会ぐらいしか存じていないと・・・。

この本で奈良のことを知りたくなったと話すNさんに提供することにした。

尤もそのつもりで来た本日のお願いである。

ちなみに郷土史関係は入口付近にもあるし奥の書架棚にもある。

今は古事記の流行り。

特設コーナーにぎっしりと並んでいた。

(H28. 5.17 記)
(H28. 5.26 SB932SH撮影)
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奈良県の民俗芸能-奈良県民俗芸能緊急調査報告書-発刊

2014年12月29日 07時23分37秒 | 民俗の掲載・著作
奈良県および大和郡山市教育委員会より委嘱された緊急調査員。

足かけ3年間に亘って県内の伝統芸能を調査してきた。

この度、刊行される運びとなった『奈良県の民俗芸能-奈良県民俗芸能緊急調査報告書-』は文化庁が進める民俗文化財調査に関する国庫補助事業として実施されたものだ。

分厚い調査報告書は2分冊。総頁は846頁にもおよぶ大作。

私の担当は4調査。

「大和郡山市白土町・白土の子供の念仏と大人の念仏」、「桜井市萱森・萱森の六斎念仏」、「大和郡山市田中町・田中甲斐神社の御湯焚き」、「田原本町/天理市・法貴寺郷・池神社の神楽と御湯」を執筆した。

この場を借りて、ご協力いただいた神職ならびに地元のかたがたに感謝申し上げる次第だ。

長文になるが、私の備忘録として書き残しておこう。

県文化財課担当官から調査員の打診をうけたのは平成22年1月4日だった。

31日にも再度の要請があった。

平成23年度から25年度にかけて調査される大項目は能・田楽・相撲の神事芸能に風流・太鼓踊り・念仏踊りや盆踊り、六斎念仏、神楽・獅子舞、田遊びの御田植祭におかげ踊り・万歳である。

これまで県内各地で行われている伝統行事を取材してきた。

その活動ぶりを知っている担当官は奈良女子大学の先生が私を推薦したと云うのである。

伝統行事の撮影・取材はしているものの、民俗学はこれっぽちも学習したことはない無学の私を推薦してくださったのだ。

ありがたいことである。

当時は大和郡山市の市施設に勤務していたが、同年の3月末には60歳定年となり継続雇用はされない。

フリーな身となることからありがたく承諾したのである。

正式な委嘱は未だであったが、担当官とともに調査対象となる伝統行事の絞り込みをする。

これまで取材してきた情報はエクセル表に整備している。

当時の行事取材数は900件であった。

県文化財課にはこれまで収集した民俗芸能・祭礼行事データベースがある。

今では中断或いは廃絶や記録だけというような行事もあるが、総数は980件余り。

私が所有する情報とすり合せ・照合して絞り込む。

県データベースには収録されていない行事がある。

これまでの取材で新発見した行事も付加して新たに一覧表を製作したのは平成23年の7月だった。

そのころは再就職先で週三日間の送迎ドライバーに転じていた。

情報の整備をするとともにお願いされた件も纏めなければならない。

取り急ぎ抽出した情報は菅生のおかげ踊り

画像や歌詞を整備した。

歌いを伴う行事にオンダ祭がある。

所作をする際にお田植え歌などの詞章である。

謡われる地域に野依のオンダ平尾のオンダ手向山八幡宮御前原石立命神社(千秋万歳楽)、畝火山口神社(田植え歌)、吉野水分神社小山戸山口神社(鍬入れ儀で太鼓、鉦叩きの田植え歌)、吐山下部神社の御田子(鉦叩き田植え歌)がある。

また、特徴をもつオンダ祭も抽出した。

砂かけをされる広瀬神社小泉神社

子供が田植えの所作をする新泉素盞鳴神社の一本木のオンダ

子出来オンダの六縣神社もあるが、子牛が誕生するさまを所作する葛城倭文坐天羽雷命神社(倭文神社)もある。

記録すべき民俗行事に神事相撲がある。

山添菅生十二社神社の子供泣き相撲、山添大塩のフンドシ姿刀相撲、山添切幡神明神社の当屋の相撲

奈良市倭文神社の角力、奈良市下狭川九頭神社のスモウ、奈良市柳生八坂神社のスモウ、奈良市丹生神社のスモウ、奈良市大柳生夜支布山口神社のスモウ、奈良市邑地水越神社のスモウ、奈良市阪原長尾神社のスモウ奈良豆比古神社の神事相撲、奈良市誓多林町八柱神社の刀担ぎ神事相撲

天理市上仁興四社神社のヨミヤの子供のスモウ下仁興九頭神社の子供スモウ

小泉神社境内社九頭神社の宵宮スモウ

御所市川合八幡神社のスモウ

大淀町岩壺葛上神社の子供神事相撲などだ。

同時併行の作業は神社行事だけでなく地域で行われている六斎念仏や鉦講もあれば太鼓踊りや盆踊り、獅子舞も、である。

8月ともなれば正式な緊急調査員の委嘱通知が届いた。

奈良県教育委員会経由の大和郡山市教育委員会からである。

挨拶に伺いお会いしたのは教育委員会の文化財担当者。

私が担当するのは大和郡山市内の伝統行事の悉皆調査だ。

念仏系、神楽系、神事相撲に御田植祭がある大和郡山市。

事前調査していた範囲内では45行事。

当時はまだ半分程度しか取材できていない。

一年をかけて悉皆調査の基礎調査もあれば、詳細報告をしなければならない白土町の念仏講もある。

講中組織や営みに鉦などの所有物も調べなければならない。

平成23年9月、詳細調査員への説明会が橿原考古学研究所で実施された。

ほとんどの人は存知しない著名な方ばかり。

うち、何人かは行事取材にお会いする方もおられる。

施設で学芸員を勤められている方も居る会場で自己紹介が始まった。

文化財担当官から私が発刊した著書『奈良大和路の年中行事』を紹介してくださる。

ありがたいことである。

これまで活動してきたことを述べて自己紹介をさせていただいたが、カメラマンで調査員になるのは私一人だった。

10月、県文化財課から神事芸能系の先行詳細調査計画表が各調査員に送られてきた。

直接の調査担当ではないが、一部の地域では調査補助の支援もあるし、直接調査される調査員への情報および写真の提供もしなければならない。

12月、整備された民俗芸能データベースが県文化財課から送られてきた。

神前神楽、湯立神楽、御田植祭、太鼓踊、六歳念仏、双盤念仏、念仏踊、十九夜講、風流踊、田楽系神事芸能、能・狂言、祭囃子、獅子神楽、盆踊などを網羅したデータベースである。

廃絶或いは記録のみとなる行事も入れておよそ340もある貴重な情報だ。

現在もなお実施されている行事数は170。

うち重要とされる行事数はおよそ60だ。

平成24年6月、市教育委員会小学学習課並びに県文化財課へ担当する大和郡山市の悉皆調査・基礎調査報告書を作成し提出した。

翌7月には白土町・念仏講の詳細調査報告書も作成し提出したが、重大な誤りが判明した。

大慌てで訂正した報告書は9月に再送付した。

同月20日は県文化会館で中間報告会が開催され、各調査員が出席していた。

一部先行して作成された事例をもとに報告をされる。

指摘されるのは調査委員である。

その会合が行われる数週間前。

文化財担当官から追加の調査願いがあった。

天理市海知町のシンカン祭である。

記録はビデオ収録

大慌てでオトヤ(大当屋)を探しあてて収録させていただいた。

狙いは神前神楽の御湯であるが、これは後日、さらに願われて法貴寺郷・池坐朝霧黄幡比賣神社における神楽・御湯を纏めることになった。

10月に調査した唐古八田も加えた御湯の詳細調査に発展したのである。

当初の詳細調査担当は大和郡山市白土町の念仏講だけであったが、1件増えたのである。

池坐朝霧黄幡比賣神社宮司の聞取りに基づいて法貴寺郷中における調査報告書を作成することになった。

再整備した白土町・念仏講とともに提出した法貴寺郷・神楽と御湯は新たに判明した史料を元に執筆した詳細報告書は平成25年2月に提出した。

前月には御所市でみられるトンドの在り方も調査してほしいと願われたが日程的に重なっており無理。

とうてい取材できる状況でもなく、やむなく断った。

同月に県文化財担当官からまたもや調査依頼があった。

神楽の延長線に浪速神楽がある。

その関係性を調査してほしいということだ。

気になっていたのは三輪恵比須神社で行われている八つ湯釜

この年は日程を確保できず翌年持ち越しとなった。

5月、またもや追加の詳細報告書。

今度は萱森の六斎念仏である。

執筆担当だった人は都合が悪くなったことから当方にオハチが廻ってきたのである。

萱森の六斎念仏は平成23年3月に彼岸の念仏を取材したことがある。

報告書に纏められるだけの情報は得ていた。

念仏詞章も翻刻していた。

再調査も要するが受けた。

同月に話しがあった村屋神社のオンダ祭。

調査員は知人である。

提出された報告の調査日には私も同行していた。

当地のオンダ祭は森講の行事であることを再認識した次第だ。

田原本町図書館蔵の史料も確認していたので明確になった。

新たに発見した史料もあった。

それは宮司がお田植え所作のときに謡われる籾蒔き唄だ。

検証画像を送り意見交換をした。

県内で行われている巫女神楽がある。

神社祭祀を勤める巫女ではなく里の巫女だ。

県内には三郷町の坂本家と大和郡山市の加奥家が代表的だが、同市小泉町の璒美川家もある。

所作が異なることもあって主に御湯を作法されている田中町・甲斐神社の年中行事の詳細報告もお願いされた。

詳細調査報告書は4件も執筆することになったのである。

これまでいくつかの御湯作法を取材していたので受けた。

宮司の聞取り内容など加味して執筆。

6月に送付した。

文化財担当官とさまざまなやり取りがある。

話しの展開上であがった念仏鉦の刻印。寄進された年代や鉦の製作者が新たに判ったものが増えつつあった。

データを整備して提供することになった。

鉦は主に六斎鉦と双盤鉦である。

数年前に記録していた苣原大念寺白石興善寺の鉦打方帳も整備して送付した。

さて、萱森の六斎念仏である。

田中町もそうだが地域の人が書き残した私家版史料がある。

これらの検証をしなくてはならない。

桜井市図書館蔵の史料も検証したが、寺跡の発掘調査まで調べる必要が生じた。

享受してもらいたく訪ねた元興寺文化財研究所。

突然のアポなしであったが快く応対してくださった研究部長狭川真一氏に感謝する。

こうしたウラドリに奔走した7月。

平成25年8月に訪れて萱森の六斎念仏を再確認した。

同月には桜井市で行われているオンダ祭の基礎調査報告もしてほしいと願われた。

報告は大神神社、小夫、萱森の3行事だ。

萱森のオンダはこれまでどこにも報告されていないので、できるだけ詳しく書いた。

一方、田楽系の神事芸能調査がある。

峰寺松尾的野の三カ大字で奉納される六所神社のジンパイがある。

県文化財担当官と話していた当該行事の在り方は複雑だ。

村に残されていた史料。それまで撮影記録していた「松尾の祭礼栞」が役にたった。

史料はもう一つある。

室津の奥中宮司が整備した大正4年調の『東山村神社調書(写し)』である。

これらは多いに役だった。県文化財担当官並びに執筆する知人の調査員にも送って参考にしてもらった。

8月は新たに発見した大江町の六斎念仏や里の巫女の装束も調べていた。

そのころには随時併行しながら詳細報告書の校正に入っていた。

緊急伝統芸能の詳細報告は「御田」の項で10行事。

「翁舞・田楽・相撲」の項で20行事。

「風流・盆踊り」では23行事。

「念仏芸能」は7行事。

「神楽」は6行事。

「獅子舞」が9行事に、「その他」のだんじり・練り供養は4行事。

合せて79行事もある。

報告書は総論、各論、特論も寄せられる。

各執筆担当者が挙げる詳細報告を鑑みた論である。

校正は全体構成を俯瞰しながらされたことと思う。

報告書の頁数の関係もあることから文字数も制限される。

何度も何度も繰り返す校正のやり取り。

9月ともなればようやく落ち着く。

が、しばらくすれば基礎調査報告の追加も願われた。

場合によっては詳細報告書の写真の提供もある。

奈良市北村のスモウ所作はすべてが私がかつて収録した写真である。

翌年の平成26年2月。

校正刷りができあがった。

この段階になっても大きな誤りが発覚する。

キャプションと写真が合致していなかったのだ。汗、汗である。

2月末からは所有する行事写真の依頼だ。

執筆者が撮れていなかった映像の補完する写真を埋めてほしいと云うのである。

御田系、田楽系に舞いや風流踊、獅子舞もある。その数多しである。

2月、3月は始めて出かけた地域の御田祭を取材した。

埋もれていた行事が見つかったのである。

急遽のことだが県内で行われているオンダ行事に追加することになった。

再校正刷りができあがり執筆者に最終の確認を伝えたのは3月23日だ。

同時併行する作業があった。

掲載写真の追加依頼であるが、私以上の腕を持つカメラマンがいる。

描写が奇麗な美しい写真を撮っておられる。

推薦させていただいて文化財担当官に繋いだ。

当初の予定では平成26年3月に発刊する計画であったが、再々の校正で遅れていた。

作業はまだある。表紙・裏表紙レイアウトに口絵写真の色校正もあった。

口絵写真はカラーの原版フイルムで起こす。

一部はデジタル映像になったが、発色の違いが判るだろうか。

担当した詳細報告を含めて本報告書に写真を提供した枚数は45枚にもなった。

5月末から6月にかけては取材先でお世話になった方へ発送する手配も完了した。

執筆者に届いたのは6月中旬だった。

それより10日過ぎには取材地に送り届けられた。

喜びの声も届いた『奈良県の民俗芸能-奈良県民俗芸能緊急調査報告書-』の総頁数は裏表紙も入れて862頁。

ボリュームたっぷりの報告書であるが非売品。

県内各地の図書館へ送られて蔵書になった。

また、関係教育委員会にも送られている。

是非とも拝読していただきたいと思っている。

(H26. 6.18 SB932SH撮影)
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風土に刻まれた災害の宿命

2014年10月30日 09時45分50秒 | 民俗の掲載・著作
国土交通省近畿地方整備局から送っていただいた『風土に刻まれた災害の宿命-近畿は災害と防災のルーツの地―講演会の記録』。

3年間に亘る山口大学時間学研究所客員教授・竹本征三氏の講演記録を纏めた著である。

大和郡山市の企画政策課のK職員から電話があったのは3月7日のことだった。

彼とは市民交流館勤務のころからずいぶんとお世話になっている。

彼が伝えた大和郡山市の山田町で行われている「でんでらこ」写真の提供依頼。

所管に尋ねられた近畿地方整備局の問合せだ。

大和川流域調整藤井寺事務所からである。

冊子に掲載する国の依頼であれば断る理由は見当たらない。

すぐさま承諾したが撮影者ネーム入りを伝えた。

その後の18には近畿地方整備局河川部河川計画課の担当者から提供承諾のお礼のメールが届いた。

24日には製本前の原稿を送ってくださった。

記載内容を熟読すれば紙面に記載されてあった大和郡山市の杵築神社が数か所ある。

ところがいずれも存在しない町名になっていた。

また、奈良県内で行われている川切りのカンジョ掛けの一覧表もあった。

よくよく見れば私が纏めた資料ではないか。

それで思い出した。自然観察会でお世話になっているH先生からの依頼で送付したカンジョ掛けの資料は平成24年12月現在の状況と書いていた。

私が作成した資料が知らずのうちに載っていたのである。

製本が間に合わなければ町名が誤ったままに伝わってしまう。

そう思って電話で緊急連絡をした。

その後の28日にはH先生および著者の竹本征三先生からお詫びの電話が入った。

お顔は思い出せないが、振り返ってみれば竹本征三先生とは平成22年の12月にお会いしたことがある。

お供のH先生から知らされて急遽でかけた郡山城跡。

そこで出合ったのだ。

そのようなことはすっかり忘れていたが、廻り回って正式に提供依頼を受けた著書は最終の校正段階に入っていた。

送られた製本は訂正されていたことに胸をなでおろした。



著書は(社)近畿建設協会から発行されたが非売品。

売値はないが、同協会のHPにPDF形式で掲載されており、一般の方々も拝読することができる。

近年発生している大きな災害発生を踏まえ、災害の記憶を防災の一助として考えさせる良書は多くの人たちに読んでいただきたいと思うのである。

(H26. 4.16 スキャン)
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一年間ご愛読に感謝

2011年01月19日 09時20分02秒 | 民俗の掲載・著作
平成22年1月6日からはじまった「やまと彩祭」は12月29日をもって終了した。

シリーズに掲載した行事地の数は56にもなるが、毎週の水曜日の連載で48回になった。

数が合わないのは一つの記事で複数の行事地を紹介したからだ。

企画段階ではモノクロ写真だったが、掲載段階でカラー写真が採用された。

大きな誌面に大きな映像はあっと驚く。

小さなサブ写真にも引き寄せられる。

毎回の見出しやキャプション付けが嬉しい。

作品のタイトルにもなるであろう見出しの言葉。

上手いことつけるもんだと毎回のように感心した。産経新聞社奈良支局に感謝する。

最初の記事がでたときのことだ。

山添の切幡でオコナイの取材していた。

お堂に集まった住民の一人が新聞記事を持ってきていたのだ。

「あんたの書いた記事でっしゃろ」と見せてくれる。

切幡は過去にも取材しているが持ってきた記事は同村の菅生の山の神。

「あの人も、この人も知っている」とそっちに話題が移ったことを思い出す。

行事をされている親しい人のお顔が登場すれば親近感を覚える。

秋祭りに行ったときには「全編切り抜きをしているのですよ」と伝えてくれた人も居た。

全編切り抜きしている人の声を耳にすることは多くある。

ありがたいことだ。

面白いのは他社の新聞記者が見ていることだ。

「拝見して勉強していますよ」の声も多い。

毎週、毎週の記事はたいへんだった。

掲載される時期に合わせて各地域の行事を紹介する。

はじめるにあたって年間計画を立てた。

それはある地域に集中せずに分散したかったからだ。

できうる限り奈良の全域に亘って紹介したかったのだ。

そのようにしたつもりでもやはり集中した市町村がある。

地区が異なるので良しとしたが、いたしかたがない。

ちなみにトップの5件は天理市と山添村に奈良市の中央平坦部だ。

4件が橿原市と奈良市の都祁地域。

3件は葛城市、大和郡山市、桜井市の山間部に奈良市の山東部。

こうしてみると取材地がそこに集中していることがわかる。

2件の地域は多い。

安堵町、川西町、桜井市平坦部、高取町に天理市の山間、宇陀市の室生地域となる。

1件ずつとなった地域は香芝市、五條市、御所市、曽爾村、十津川村、東吉野村、平群町、三宅町、吉野町となる。

紹介できなかった市町村はまだまだある。

そちら方面の方には申し訳ないと思う気持ちでいっぱいだ。

記事の文の予定稿は地域の方に事前確認をとったことが多い。

取材当日の聞き取りに誤りがある場合があるからだ。

誤記が見つかったケースもあるし、追加の情報を得られた場合もある。

できうる限り反映したかったが記事文はおよそ800文字。

多めに書いて新聞社で無駄分を削り取ってもらった。

これもありがたいことだった。

しかしだ。

記事が発行されてから間違いだと指摘されたケースがある。

東安堵のナナトコ参りの曲名が間違っていた。

シンバンドーをシンパンドーと書いていたのだ。

濁る字が正しい。

事前確認をしてもらっていたがそのときも気がつかなかった。

お詫びを申しあげたところ「それはわかっていたが、そんなんかまへん」と。

「そんなことより紹介してくれたんがうれしいんや」と話す。

染野の八朔法要では藩主の名前を間違った。

本多正勝でなく本多政勝が正しい。

恥ずかしいことがときおり発生してしまった。

この場をお借りしてお詫び申しあげる次第だ。

愛読者や地域の人から「奈良大和路の年中行事のような本はいつ出るんや」と言われることが多々ある。

「来年も続くんだろう」とも言われる。

それは「今のところはない」と返答している。

その件についてはどなたか心ある編集者の登場を待たなければならない。

掲載日      見出し             行事地域・名称 
 1月 6日 ドウドウ・・・綱担ぎ走る     山添村菅生の山の神
 1月13日 戦の神様守る宮座五人衆   川西町下永八幡神社のヨロイ吊り
 1月20日 アカゴハンで狐に施し      奈良市北椿尾町の寒施行
 1月27日 年頭に宮座の結束固める   香芝市下田鹿島神社の結鎮祭礼
 2月 3日 激しく響く枝を打つ音      天理市苣原町のダンジョ
 2月10日 かみさんと共に飲食       川西町北吐田の荘厳
 2月17日 久しぶりのお米集め       山添村勝原の子供涅槃
 2月24日 オヤ叩き一歩大人へ      山添村勝原の子供涅槃
 3月 3日 住吉大社から毎年の使い   橿原市大谷町畝火山口神社の埴土取り神事
 3月17日 「せんごくー」で宮座入り    奈良市中山町八幡神社の荘厳
 3月24日 日本で唯一残る「語り芸」   奈良市茗荷町天満神社の田原の祭文
 3月31日 シンコモチで豊作祈願     奈良市山町八坂神社の神武祭
 4月 7日 天空の神地で豊作祈る     高取町丹生谷船倉弁天神社の御田祭
 4月14日 成長願う変わらぬ祈り     天理市東井戸堂町のハツオサン
 4月21日 桜の下集い はずむ会話   曽爾村小長尾の岳のぼり
 4月28日 細く長く・・・守り続ける     橿原市古川町の農神祭
 5月 5日 子供の成長、五穀豊穣願う  天理市新泉町素盞鳴神社の新泉の野神祭り
 5月12日 自家製甘茶でおもてなし    桜井市高田の花まつり
 5月19日 水の神さんに豊作を祈る    奈良市都祁南之庄町都介野岳龍王神社の毛掛籠
 5月26日 存続危機にもがんばる     奈良市三条添川町・紀寺町のノガミサン
 6月 2日 ありがとう命の水         東吉野村小宗社丹生川上神社の水神祭
 6月 9日 感謝の祈り 3日間       桜井市瀧倉の豊作のヨロコビ
 6月16日 農作業も中休み         天理市岩室町観音堂の十八夜
 6月23日 田畑で味わう郷土料理     奈良市茗荷町ホウの葉弁当
                           ・都祁南之庄町のカシワメシ
 7月 7日 短冊鮮やか 静寂の森     葛城市太田棚機神社のタナバタサン
 7月14日 茅の輪迎える夏祭り       桜井市初瀬素盞雄神社のゴッテラサン
 7月21日 元禄から続く神事        葛城市當麻・菅原神社の天神講
 7月28日 蚊取り線香ズラリの日     奈良市西大寺芝町芝八幡神社住吉さんのお祭り
 8月 4日 心清める水            平群町鳴川千光寺の滝祭り
 8月11日 シンバンドーの鉦の音     安堵町東安堵安土墓地のナナトコ参り・先祖法要
 8月18日 稲の豊作祈って        桜井市修理枝八王子神社
                         ・奈良市上深川町八柱神社の風祈祷
 8月25日 闇夜に浮かぶ灯り帯      五條市東阿田町八幡神社の八朔スズキ提灯
 9月 1日 水守った先人に感謝を     葛城市染野傘堂の大池の八朔法要
 9月 8日 女性だけの食事会       奈良市都祁相河町の薬師ごもり
 9月15日 厳かに儀式引き継ぐ      天理市杣之内町木堂の八王子の秋の彼岸講
 9月29日 「オヤ」と「コ」力あわせて   天理市南六条町北方三十八神社
                          ・滝本町桃尾の滝の頭家渡し
10月 6日 振り上げ神事静々と      三宅町石見の祭祀講
10月13日 ジャラジャラあおぎ奉納    山添村北野天神社の神事芸能
10月20日 簡略化も伝統形式残す    桜井市脇本春日神社の頭屋遷し
10月27日 直径3メートル厄除け願う   吉野町小名 小名牟遅・春日神社の花笠まつり
11月10日 紅葉背景にお渡り行列     十津川村上野地国王神社の河津の大祭
11月17日 火おとし 感謝の1日      宇陀市室生染田のフイゴ祭り
11月24日 一つ一つ感謝を込め      宇陀市室生下笠間の亥の子モチ
12月 1日 たたいて回して          高取町佐田・森のイノコ
12月 8日 「おろおろ-」と小豆飯     御所市鴨神の申講山の神
12月15日 かつては男の子だけで     天理市福住町別所の申祭り
12月22日 師走の夜に響く音        橿原市古川町の太鼓打ち夜警
12月29日 大みそか氏神導く        大和郡山市野垣内町・白土町
                          ・観音寺町の神さんが通る砂の道

(H22.12.23 SB932SH撮影)
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タイトルは行事の継承

2010年06月19日 07時29分50秒 | 民俗の掲載・著作
行事の主役がいない場合はどうされているのだろう。

子供の涅槃のような対象の子供がなければその年の行事は中止というケースは多々ある。

生まれる子供がいなければ長く中断ということもありえる。

中断せぬためにはどうすれが良いのか。

その問題を解決したのが自治会役員で継承している池ノ内のしんこ喰いだ。

地域の行事を継続する効果的な手段であった。

当初は8回でということで始まった「つながり」の「行こか」シリーズ。

好評を得て延長掲載してきたが、この行事が最後の紹介となった。

今後は「まちかどレポート」が継承していくことであろう。

(H22. 5. 4 SB932SH撮影)
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タイトルは天狗さん

2010年05月11日 07時56分48秒 | 民俗の掲載・著作
赤ら顔の天狗さん。

かーさんが「だれが入ってるの?」って聞きます。

「お鼻が長い天狗さんで、ほんまもんやで」と答えました。

おみ足が実にリアルな造形美に見惚れます。

信者衆が霊験あらたかと崇めて、天狗の命日に病気平癒などを祈願されていましたが、代表者が亡くなられた後は誰ひとりも来られなくなったといいます。

(H22. 4. 2 SB912SH撮影)
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歩く道・下ツ道紀行文

2010年04月15日 07時57分12秒 | 民俗の掲載・著作
昨年の11月9日だった。突然の紀行文依頼が舞い込んだ。

奈良県のHPや関連書籍に対して「歩く奈良の魅力」を執筆してほしいということだ。

実際に歩いた感想、道をテーマにして、奈良を巡る観光客に向け体験紀行文を発信する企画だという。

その前週あたり、依頼者は大和郡山市内を訪れ施設に立ち寄られた。

そのときに話した下ツ道などの内容に興味をもたれ依頼したという。

発刊した「奈良大和路の年中行事」も拝読され、この人なら奈良の魅力を語れるであろうと思っての執筆依頼。

テーマは「古代の幹道・下ツ道を歩く」。

原稿主旨は幹道の概要、敷設の意味に関連路の太子道、上ツ道、横大路などにもふれて、奈良を訪れたことのない観光客に向けて、歩く魅力を発信するというわけだ。

民俗行事を知っているので、独自の視点で奈良の楽しみ方を是非ともということだが、私のような浅学しか持ち合わせのない者でいいのだろうか。

行事のことはある程度語ることができるが、歴史文化となると専門的知識の持ち合わせがないので自信がない。

とは言っても歩く道や景観などは体験しているので私なりの魅力は語れる、と思う。

数ヶ月前、ノガミ行事と地域分布について整理したことがある。

藤原京から平城京の間にある河川とノガミ行事地域の地理的関係。

都ができる前からあったとされる条理に人工的に作られたと思われる直線的な川の存在は前から気になっていた。

川とノガミの関係を書き出すと調べなくちゃならんことが多々でてくる。

歴史的背景を含め、それらは専門領域の先生方にお任せするとして執筆を受諾した。

伏線、エピローグなど構成はどうするか。

1300年の歴史を現代の風景にあわしてどう語るか。

古代の幹道が発掘されたのは1970年代。

その後の学術調査は進んでいないので書き辛い。

当て推量で執筆するわけにはいかない。

依頼者と「思い」をメールでやりとりしているうちに構成が定まった。

そうなればペンならず、キーボードタッチの速力が増した。

考証ごとはけっこう時間がかかったことを思い出す。

それがようやく発刊になった。

山と渓谷社から出版された「奈良さわやかさんぽ」だ。

ページをめくったらどこにも名前がない。

不採用だったんだ。こ

ういうことはあると想定していたので特段落ち込まない。

その夜、依頼者からメールが届いた。

県のHPに掲載される予定で最終稿の確認だった。

誌面は特に問題はないが、肩書きが作家になっていた。

それを見たかーさんが椅子から落ちそうになった。

たしかに写真の提供を求められたわけでなく紀行文だけの依頼だった。

間違えられても不思議ではないが「作家」は堪忍してほしい。

http://www.pref.nara.jp/miryoku/aruku/

(H22. 3.18 記す)
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予定稿が飛んだ

2010年04月09日 08時28分52秒 | 民俗の掲載・著作
新聞社から電話があった。

誠に申し訳ないが本社の特集が入ったので一週ずれるという。

大ニュースが発生すれば飛ぶということは聞いていたが特集とは。

この時期は二月堂のお水取り。

その特集が三日続くという。

ずれこむとなると予定稿がすべてにわたって一週間遅れ。

予定稿は当事者の方々に検証してもらっている。

そうなればえらいことになる。

十か所もお詫びに回らなければならない。

仕方なく予定稿を見てもらっていた代表者にお詫び申しあげた。

事情を説明し丁重にお詫びした。

その行事は雨で散々だったと話される。

予定稿が飛んでしまってさらなる追いうち。

今年はそういう年だったのだと仰る。

ほんまに辛いです。

(H22. 3. 9 記)
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タイトルは町家のおひなさま

2010年04月02日 08時45分44秒 | 民俗の掲載・著作
つながりの記事を読んでいたかーさんが言った。

私らが歌っていたのは「お内裏さーまに、おひなさま」やで、記事には「おひめさま」になってるよと言った。

とんでもない間違いをしてしまった。

おひなさまの唄は確かに「おひなさま」や。

取材していた私は「おひめさま」に聞こえたような気がする。

もっとも宮中や貴族の雛遊び(ひいなあそび)が発展したもので「雛」は小さく可愛いことを意味する。

内裏は宮廷の皇室ご夫妻。

お内裏さまは天皇であられ横に皇后がおられる形態を模したのが雛人形。

唄に出てくる「おひなさま」は雛人形そのものであって、お内裏さまに対して皇后は「お姫さま」である。

だから「おひめさま」でいいのだとかーさんに返事した。

(H22. 3. 1 SB912SH撮影)
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タイトルは豊作の予祝

2010年03月06日 07時33分42秒 | 民俗の掲載・著作
横田町の八幡神社で行われる春祭りは長寿の祝いと豊作を願う予祝の行事が合わさっている。

ドン、ドン、ドンと町中に響き渡る太鼓の音は春を呼んでいる。

前年に苗代へ供えられている祈祷札を拝見した。

それが春祭りでたばったお札だった。

GWの頃、各地域で行われている苗代の水口祀り。

それはどのような形式で供えられているのか。

お札はどこの祭祀で授かってくるのか。

これらの分布状況は今後も継続して調べねばならない。

(H22. 1.31 SB912SH撮影)
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