Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『つながる脳科学』

2023-05-23 13:49:37 | 読書。
読書。
『つながる脳科学』 理化学研究所 脳科学総合研究センター 編
を読んだ。

「つながる」をキーワードに、九つの視点から脳の仕組みを知ったり考えたりする本です。難しいところはありますが、おもしろいです。エキサイティング。ディープラーニングがニューロンネットワークを元にした、脳をモチーフにしてそこから発展した仕組みであることも述べられています。でも、作っておきながらディープラーングがどうしてこれほど上手くいくのかという仕組みはよくわかってないそう。

さて、シナプスやニューロンが情報を扱う仕組みからはじまり、空間や時間の認識がどう行われているか、嗅覚のメカニズムはどうなっているのかなどを、どのような仕組みの実験を用いてそれらを解き明かしていったか、その創意工夫の面から始めて述べられていくものが多いです。なかには理論先行の研究分野もあり、その分野での手法や姿勢も語られています。

では、ざっとですが、二点ほどとくに惹きつけられた部分について、読みながら考えたことを書いていきます。まず一つ目は恐怖記憶です。怖い体験をしたのち、それと同じシチュエーションに出くわすと、脈拍が上がったり身体が強張ったりしてしまうものですが、その源の記憶です。

恐怖記憶は扁桃体でつくられ、それを消去する作用を持つ消去記憶は前頭前皮質(前頭葉の前部分の領域)で作られる。しかし、消去記憶が作成されたからと言って恐怖記憶は無くならないのだけれど、消去記憶がそれをカバーしてくれる役割であるらしいのでした。恐怖記憶は不安障害やうつにつながる恐れがあるものだということです。そういう面でも、前頭前皮質が大事だなというところへと、読みながらの考えは繋がっていきます。

前頭葉は、理性、認知、意欲などの分野を受け持ちます。認知力が弱まっているだとか理性的にふるまわず感情的になりやすくなっているだとか、そういうのは前頭葉の衰えなんだと考えられるところです。で、前頭葉が弱まると消去記憶も弱まるのではないかという推測が出てくる。前頭葉が弱くなると、恐怖記憶の効力ばかりになってしまうのではないでしょうか。

恐怖記憶の効力ばかりになってしまえば、不安障害やうつになりやすくなるかもしれない。となれば、たとえば強迫症が酷くなるのも、前頭葉の衰えが理由のケースがあるんじゃないかなあと思うのです。強迫症で暴力が生じるなんていうのは、まるっきり前頭葉の衰えっていう感じがしてきます、あくまで素人の推論ですが。

そうなると、前頭葉を活性化させるために、読書をして読解力をつける、っていう手段が思いつきます。読書が、恐怖記憶と対抗するひとつの防具になるんじゃないだろうか。あと、不安定じゃない環境も大事だと経験的に思いはします。

次に強く惹かれたのは、脳の病の治療についての章です。これは精神疾患や神経疾患の章なのですが、それらの疾患は脳の器質的な病気だと捉えることができるという大意のもとで話が進んでいきます。今の技術では器質的な病的変化がわからない精神病も含めてです。そして、技術的に変化部分がわからない自閉症などは遺伝子異常をみていく、とあります。

この考えはまさに「医学」の考えだろうと思うのですが、前提として現在の社会の仕組みをゆるぎない「是」としていて、無批判にそこから立ち上った考え方でもあるしょう。でも別の視座として、社会の在り方や仕組みが病気を生んでいる、すなわち社会病とでも表現するようなものが精神疾患であるとする考え方もあるわけです。

もしかすると社会の在り方が精神疾患を生んでいるのではないか、という疑いから生まれる見方は「疫学」的見方でしょう。社会を主体として精神疾患を見てそれを直すのが「医学」で、人間を主体として精神疾患を生まないように考えて社会に働きかけていくのが「疫学」ではないでしょうか。

社会は揺るぎない「是」であるとして、その社会の影響で変化した脳の部位を直されて社会に適合する形にされるだとか、遺伝子すらその社会に適合する形に直される、だとか、社会に合うように人間を矯正する「医学」って、ちょっと怖く感じられるものがあります。

研究段階においては懸念材料として認識されはするのだろうけれど、倫理的議論は後回しにされがちなんだと思います。まずはそれでいいと僕は考える方なのだけれど、だからこそ、ある程度まとまった形の研究が本書のようにアウトリーチ活動として出てきたときに、受け止めた一般人があげた声がフィードバックになるのはありなのではないでしょうか。

と、考えていたら、本書の末尾にこうありました。引用します。

__________

脳と行動の関係については、その轍(対策が後手に回ること)を踏まないよう、今のうちから議論を開始したほうがよいと思っています。科学の進歩によって、私たちの心と行動を作る脳のメカニズムが明らかになることはとても素晴らしいですし、エキサイティングなことです。だからこそ、脳科学の発展を社会にとって有意義なものとして生かしていくためには、さまざまな分野、立場の人々の対話が必要です。今こそ、脳科学と社会との密接なつながりと、広い視野が必要になってきているのです。(p313)

__________

まったくそうですね。


Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする