島便り

スペインはマヨルカ。2004年9月生まれの息子、2009年6月生まれの娘と、島出身のだんなとの4人家族の日々。

最初のハードル

2010年03月26日 | ひとりごと
3月6日に発表されるといわれたカタラン語の試験結果。
実は6日じゃなくて26日だったらしく。
その聞き間違いがなんとなく「これは不合格だ・・」という予感になり、そのあとあまりの忙しさにすっかり頭から抜けていたカタラン語。

さっき、Nadalから電話がかかってきまして

「合格しとるぞーー」と。
万歳!

10点満点のうち、もちろん合格は5点以上、が、
「取得しました」と認められるのは、7.2以上。これがやっかい。

で、どうやら、わたくし、8.3をマークしたらしいっすよ。
悪くないねぇ。

次のハードル、カタランBの試験は6月であります。ま、これは無理だと最初からいわれているので(教材の半分も終わらない状態で受けることになる!)とりあえず、どんな感じか知りたいので行くだけ行って来る予定。
来年の2月が本番だと思って頑張れと、カタランの先生からいわれております。

さて、今日は嵐の前の静けさ。
サックスフェスティヴァル、頑張ってきます!
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デジブック 『3月まとめ』

2010年03月23日 | Weblog
ご無沙汰しております。
なんとか生きておりますが、ここらで3月のまとめをしておかないと忘れること間違いなし、ということで、まとめました。

今日、今週の金曜日から始まるサックスフェスティヴァルのゲネプロがありました。
4日間に分けて弾く曲を一日にまとめてリハーサルすること自体、無理があると思うのだが、なんとか終了。
とりあえず「弾けない」という不安は拭われたので、ほんの少しだけリラックス、です。
体がぎしぎしいっているので今夜は湯船。
あー温泉に入りたい!!!!
日本まであとわずか。カウントダウンだ!


デジブック 『3月まとめ』


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4年後の和解

2010年03月03日 | 日常
                    不安定な天候の続くマヨルカ



20歳を過ぎて、誰か大切な人と正真正銘「喧嘩」をしたことがありますか?

私はある。
しかも結構シビアな喧嘩。

スペイン人の友人の中、10年以上の付き合いを持つ二人の音楽家。
双方、オーケストラの団員で、バレンシア出身。
そのうちの一人、フルート奏者エンリケ。

ヨーロッパ、日本から遊びに来る私の友達も紹介したことのあるエンリケ。
ふうちゃんも、エンリケにてんぷらをふるまったことがある。
とにかく家族のように接していたエンリケなのだが、その当時組んでいた木管五重奏の一員でもあった彼と仕事がらみで激しい喧嘩になった。
双方のキャラが違うので、怒りは「外へ向かう怒り(私)」と「内へ向かう怒り(エンリケ)」と、質は異なったが、最終的に、私がグループを抜けることでピリオドを打った。
1ヵ月後にツアーを控えていたため、仕事を優先するのか、人間関係を優先するのか、という話し合いにもなり、結局、ピアニストは代役を立てる形になった。
普通だったら仕事は仕事、と割り切れるはずなのに、それすら不可能になったほどの「異例の修復不可能な人間関係」だったのだ。


喧嘩した本人たちよりも、周りが焦った。
周囲が(だんなを含み)国籍を超えた家族関係と謳ったほど、親密だったエンリケ。
具体的な喧嘩の原因を知らなくとも、おせっかいなスペイン人、なんとか私たちの関係を修復しようと、いろんなアイデアを出した。

最初に折れたのはエンリケだった。
というか、彼にすると、まさか修復不可能だとは思わなかったのだろう。
決裂したのが4月上旬、5月14日の私の誕生日には携帯でお祝いメッセージを送ってきたくらいだから。

私には、その神経すら腹が立った。よって「無視」。
夏には「よいヴァカンスを」
9月には、息子の誕生日に「おめでとうメッセージ」
クリスマスには「よいクリスマスを!」

エンリケはとにかく、いろんなメッセージを送ってきた。
そして私はそれらのすべてをことごとく無視した。

私たちには、共通の女友達がいるのだが、彼女がそんな彼を見かねて
「YUKOから連絡があるまでは、あなたはなにもしないほうがいいと思う」と彼に伝えた(らしい)。
決裂した1年後、ぱったり連絡が途絶えた。


決裂・・っていったってね。
こんな狭い島、しかも、この業界。
そりゃ、顔だって合わせます。
30過ぎ、今となっては40近いおばちゃんですので、会ったら挨拶だってするし、一言二言言葉くらいかわす。
でもそれだけ。以前とはまったく違う関係。

しばらくなかった連絡も、結を身ごもったとき、ばったり仕事場で顔を合わせ
「おめでとう、体には気をつけて」と声をかけてくれた。
結の出産時には、共通の友人たち経由でお祝いのメッセージをくれた。
さすがに無視することはなく、ありがとうの返信も送った。

その2ヵ月後、エンリケのお母さんの訃報が届いた。

それはあまりにも突然の死、であった。
享年73歳。

さすがの私も携帯電話を手にとり、エンリケに連絡した。
留守番電話だった携帯にメッセージを送ったが返信はなかった。

そして、その年の12月12日。
1年半付き合っていた歌手の彼女と結婚したエンリケ。
結婚式の当日、おめでとうの電話をすると、運良くつながり、まさに4年ぶりに電話で会話を果たした。
「まさか電話をくれるとは思わなかった。素晴らしいプレゼントだ」

そんなエンリケと、今日のお昼、食事をしたのでした。
たった30分のサンドイッチランチ、だったけれど、意地を張っていた自分の肩の力がどっとほぐれたランチタイムだった。
思わず笑ったエピソード。

エ「先週の金曜日にね、奥さんのお父さんから結婚祝いが届いたんだよ」
私「いまごろお祝い???」
エ「うん、すぐには送れない理由があってさ。なんだと思う?」
私「大きいの?小さいの?」
エ「今は小さい」
私「・・・・・大きくなるの?」
エ「すごーく大きくなるんだ。ラブラドールだよ。生後2ヶ月のラブラドール」
私「結婚祝いで犬????あーでも、君は犬がとっても好きだから嬉しいよね」
エ「あ、でもこれは娘に(奥さん)に、ってことなんだけれど、奥さん、犬嫌いなんだよね」

こんなのーんびりしたエンリケくんですが、一度ふうちゃと会ったときにツーショットで撮った写真を新居の冷蔵庫に張っているそうです。
まずは、当時彼女だった今の奥さんが「この人(しかも日本人!!!!)誰?」と聞いたらしく(あたりめーだ)
それからも遊びに来る人が「この人はいったい誰なのだ?」と必ず聞くそうです。
彼には、とても有意義な時間を過ごせた、言葉は通じないが(ふうちゃんは日本語、エンリケはスペイン語しか話さない)
なにかが通じ合えた異国のおばはん。
今でも大事な一枚、だそうです。

大切な友人をなくさなくてよかった。
時間も大切だけれど、歩み寄り、も大事ですね。
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