島便り

スペインはマヨルカ。2004年9月生まれの息子、2009年6月生まれの娘と、島出身のだんなとの4人家族の日々。

日本語に触れよう教室

2010年02月28日 | 日常
マヨルカには日本人&スペイン人、または他国の人のカップルが数組あるので、ハーフの子が、かなりの数、います。

バルセロナやマドリッドだと駐在さんなどがいるためか、毎週土曜日に、日本語学校というものがあり、子供たちが日本語に触れる機会がかなりあるらしい。
数年後、日本へ帰ることを考えると、補習校の存在は必然だと思われるが、こんなのんびり島に住んでいて、しかも親が積極的に日本人ママと交流をもたない私みたいな人の場合、日本語を使う機会というのは、私と話すか、私の数少ない日本人友人家族とちょろっと話す程度(子供同士はたいていスペイン語で話してしまうのよ・・・)。
これじゃ、なかなか上手にならない。

そんな折、去年だったかな。
ここに住んでいるある日本人女性が、日本語に触れる機会を作りましょう、と、会を発足させてくれたのです。
彼女自身にも今年3歳になる子供さんがいるため、必要性を感じて、とのことだったけれど、これは有難い!

その第一回が本日の朝パルマ市内で行われました。
日本語で歌を歌ったり、本を読んでもらったり、いわゆる「子供館」みたいな感じ、かな。

赤ちゃんを含め、10名のハーフっ子が集まった今日。
ナルは昨日から「日本語、日本語」と集中していたらしく、今日も見事、日本語だけでお昼まで乗り切りました。
月一回の土曜日に行われるらしいので、なるべく参加させたい、が、今日のように、カタラン語も仕事もお休みの土曜日はなかなかないので
たまきにお願いして連れて行ってもらいます。それもまたナルには楽しみらしい(笑)。

数年後には結も参加、かな。

離れ島からのフィギア観戦

2010年02月27日 | 日常
              どれどれ、どんなものか見てやるか、と再放送観戦中の息子



冬季オリンピックがあることすら知らないスペイン人。
ほとんど参加していないし、ウィンタースポーツはあってないようなものなので
ニュースでも、ちらっとしか報道されない。

が、日本人の私は、「フィギュアスケート」という大イベントがあるオリンピック!
(もちろんほかにもたくさん注目するカテゴリーはあるのだろうけれど)
海外にいても、いや、海外にいるからこそ、応援に熱が入ります。

女子フィギュアのショートプログラムに釘付けだった私は
翌日もいかに彼らが素晴らしいか、どんな感動があったかを熱烈に家族に伝えた。
反応は・・・

なし。

Nadalは、まあ長い付き合いなので、期待薄ではあったが、息子ナルは共感してくるか・・と
思いきや

「誰が速いの?」

が最大ポイント。スピードスケートやスキーのほうが魅力大らしく、共感者ゼロの我が家。

バンクーバーとの時差がありすぎるため、たいていの決勝がスペイン時間深夜、または明け方という
最悪の今期オリンピック。
再放送をネットで見るのが練習後の楽しみになったくらい。

そして、今日の未明。
女子フィギアの決勝。
スペイン時間明け方2時からスタート、と報道はされたけれど(誰が見んのーーー?っていうニュアンスでした。一応スペインの選手もいたのに)
私だって、いくら好きでもそんな2時から見るほど体力も気力もない。
注目の最終グループがいつすべるのか、じいちゃんに問い合わせたところ、日本ではやはり注目選手がいるからか
夜のNHKのニュースで「浅田選手、13時台の可能性」とちゃんと報道されたらしく、時差を計算した結果、スペインでは
明け方5時。

えーえー起きましたよ。起きましたとも。
真央ちゃん応援、そしてキムヨナの演技も注目だったし、頑張って起きたのであります。

予想外だったのは、生まれてから一度も「夜泣き」をしたことなかった結がまさに5時に夜泣き。
どうやら暑かった、だけだったらしいのだが、一度起きた彼女を抱っこして階下へ降り、二人で鑑賞、になりました。
だーだーいってて、もちろんなにもわかってなかったと思うけれど、一人じゃなくて、二人で同胞選手を応援するのはなぜか心強かった。(彼女は一喜一憂する私も興味深そうに見てたよ

結果は皆さんご存知のとおりですが、いやーショートプログラムといい、フリーといい、涙が出たよ。
日々の練習、一発勝負、プレッシャー、など、舞台の大小はあっても、共通点を多々見出せるフィギュアスケート。
真央ちゃんの悔しさも、まるで我がことのように感じて涙が出ました。悔しかったよね。

日本人贔屓、というわけではなく、韓国のキムヨナ(こちらではYu-Naと書かれるけれど、どうして????)
の隙のない完璧な演技、、そして、第三位だったカナダのロシェット選手(ショートプログラムの前日にお母さんが急死された)の強靭な精神力、そんなことすべてに感動を覚えた明け方、でした。

で、もちろん、その日のお昼に熱狂解説が始まるわけです。もちろん私の。
あまりの熱狂に、Nadalもナルもしぶしぶ(・・・じゃないかもしれないけれど)再放送のネットをチェック(写真)。
とりあえず見てくれました。
「どこ間違えたの???」とあんまりわかってなかったみたいだけれど(笑)。

スペイン人の友達とも電話で「今日は寝不足だよ」と明け方フィギュア鑑賞を伝えたら
すっかり呆れられたので、
「あんたらが海外にいて、時差がある国で行われるワールドサッカーの決勝戦にスペインが出てたら
明け方でも起きるだろうが」といったら、あっさり納得。
「起きる起きる、朝から飲むな、それは」といわれました。
あたしゃ、さすがに飲まなかったけれど。

選手の皆さんに拍手!!!です。

マヨルカの父について(長文だよ)

2010年02月23日 | 日常
                    結の検診後顔を出した、ボスの職場にて。



1997年9月に島へ流れ着き、その年の11月に知り合ったジョアン。
ジョアンは合唱団の指揮者である。

9月にドイツからマヨルカへ渡った当初は、ヴァカンス気分でルンルンだった。
ま、とりあえずは語学か、と10月から語学学校へ行くことにして、ほかにはすることなし。
友達もいない。
だんだんと鬱になっていく自分、原因は「居場所がない」ということ。
彼と一緒にいるだけで幸せなのよ~なんて、嘘です。そういう人もいるかもしれないけれど、私には、自分で開拓した友人、そして居場所、この場合仕事かな、が必要でした。

とある知り合いのまた知り合いから、ここの島の合唱団の指揮者がピアニストを募集していると聞いた。
正直、「合唱団かぁ・・」と思った。
でもそのときは藁にもすがる思いで、門を叩いた。
試験は初見演奏と一曲弾く、という軽い試験。
スペイン語をまったく話さない私を、ジョアンは快く採用してくれたのだ。

最初は数字も分からなかった。なんせ、練習はすべてカタラン語!
それが、自分が習っているスペイン語と違う言語なのだ、ということすら当時は分からなかった。
「123小節、アウフタクトから」なんていわれて、そばにいるコントラアルトの人に
「どこ?(そのくらいのスペイン語は分かった)」と聞いたり、とんちんかんなところからスタートしたり、と、こりゃくびか?と思ったこともしばしば。
でも、一度も「そろそろ数字覚えてよ」といわれたことはない。

だんだん自分のスペイン語がマシになってきて、仕事にも慣れ始めたとき、気づいたら合唱団の仲間が自分の友達になっていた。
補足すると、この合唱団、有名ではあるが、アマチュアの合唱団なので、普段は彼らはふつーーにお仕事しているわけ。
つまり、プロの「歌手」ではない。
これがいいのよね。プロの歌手65名と付き合うのは、私には不可能。
頭、禿げる。

難点は練習時間。
仕事が終わってからの練習になるので、毎週、火曜日、木曜日の夜8時半から10時半という、できれば家で一杯の時間なんだよね。
子供ができてからは、週2の練習は解除され、毎週火曜日、というふうにしてくれたんだけれど。

あとは人種。
98%がマヨルカ人で結成されているこの合唱団(残り2%はドイツ人とイギリス人)。
マヨルカの人というのは、スペイン人の中では保守的で、あまり外ものを歓迎する人種ではない。
なので、「マヨルカの人って付き合いにくいよね」というふうに言われがちなのだが、なにせ初めて自分で開拓した友人が65名近くのマヨルカ人。
よく彼らに誘われて海へ行ったり山へ行ったり、旅行へ行ったり、そんなことをしたもんです。
(今もしてるけれど)。

で、これまた予想外だったのが、この合唱団、海外演奏が多いのね。
基本的にオーケストラと演奏することが多いので、私はその下準備みたいなのをするわけなのだが
本番の指揮者がかなりの著名人だったりで、なかなか手ごたえのある仕事だることも発覚。
そして、ジョアン、この人が結構な権力者で、いろんなところから呼ばれて合唱指導したり、指揮したり、なにせ顔が広い。
これもあとから知ったこと。

・・・と、とにかくオプションが多い初仕事、だったわけ。

同業者に「今なにしてるの?」と聞かれて、嬉々として「合唱伴奏」と答えると
「ああ、それは気の毒に、苦労してるのね」といわれた。
一度もそう感じたことはないのだが、まあ、合唱の伴奏というと、確かに印象としてぽろんぽろんと音を鳴らしているイメージなのかな。

所属して半年もたたないうちに、ジョアンから「○○のオーケストラが公式伴奏者を必要としてるから行って来るか?」とか
「○○っていう指揮者がコレペティを必要としてるから行って来い」など、合唱団以外の仕事をまわしてくれるようになった。
しかも、全部、マヨルカの外での仕事。
この業界、とにかく多くの人と知り合ったが勝ち、みたいなところがあるので、あのときのジョアンの協力には今でも感謝している。
あれがなかったら、今の私はないです。まだどっかでうろうろしてるはず。

仕事のボスとしてのジョアンは、仕事外でもいろいろ気にかけてくれて、私たちが結婚したてのころ住んでいたアパートが彼らの家とものすごくご近所だったこともあり、よく食事にもよばれた。
仕事ではぶつかることもあった(現在進行形でもある)のだが、人間的に絶対的な信頼をよせているジョアン。
この人はマヨルカの父だなぁと思っていたら、向こうも「こんだけ手がかかるんだから、もうお前は娘だなぁ」と。

とにかくくだらないことも全部聞いてもらえるお父ちゃんです。
どのくらいくだらないかというと、たとえば、ナルが生まれる前、結が生まれる前、麻酔されている段階で
「そろそろ生まれるよーン」とか電話できちゃうくらい。
そして、娘の出産だ!!!と、ナルのときは、まだ生まれてないのに走って汗だくで病室まで来てくれ、
「まだまだ」とみんなに笑われた経験があるくらい。
実際、今年26歳になる娘がいるので、彼女のときはもっと大変だろうねぇ。

なので、ナルも結も、「孫」だと思って可愛がってくれています。
もう、メロメロ、なのです。

同業者からは「まだ合唱の仕事しているの?」なんて聞かれます。
しかも、かなり頻繁に。
以前ほど時間もなく、私だって出来れば夜は休みたい。
疲れているときは、本当に行く気すらない。
でも、この仕事は絶対辞めない。
今の生活の土台を作ってくれたジョアン、そしてメンバーに、今でも感謝しているので
一緒に毎週火曜日練習して、年に何回かツアー旅行して、夏休みを一緒に過ごして・・・
そういうふうに、この土地で歳をとるのです!

悪くないよ。

ビールの前のだるまさん

2010年02月22日 | 日常
昨日、練習を終えて階下へ降りるとこんな二人が待っていた!

いやーー和む~
疲れも吹っ飛ぶよね。(「吹っ飛ぶ気がする」が正解)

子守に疲れた兄ちゃんは、私が下へ降りた途端
「もう終わった?」。
さあて、ビールでもと思った母ちゃんへのリクエストが

「だるまさん転んだ」

夜の7時に、家の中で、だるまさん転んだをやる親子・・・やれやれ。
スペインでは「Patito Ingres」イギリスのあひるちゃん、という名前で同じ遊びをします。
なんだかおしゃれな命名ですが、内容は同じ。
なぜ「あひる」なのか、そして、そこへなぜ「イギリスの・・」がくっ付くのか。
なぞです。

私は結を抱っこして参加しないといけません。これがうちのナルのルール。
結を抱っこしてると、もちろん、なんのことか分からん結は抱っこしてても動くし
それを指摘するのが楽しいナルと、だんだん近づいてくるナルがとてつもなくおかしいらしく
大声で笑う結。
なぜか結構盛り上がる。

だるまさん転んだを5回やった後、ビール、でした。

葛藤の日々

2010年02月21日 | 日常
                                だーーれもいない・・・



今週は、学生オケ(オーケストラ)の練習&本番があるため、レッスンは休講。

が。

サックスはオーケストラに含まれない楽器なので、金管楽器&サックスで、即興演奏とジャズのアンサンブルがある。

じゃあ、私も休講?と思いきや。

16人の息子たちのうち、ジャズに参加するのはたった4名。1年生のときに、とっとと単位を取得してしまうサックス科の息子たちは、今週も熱心に私のクラスへやってくる。

なので、コンセルヴァトワールの廊下は、サックスの音と私の音しか聞こえない。
完全、独占状態。
やれやれ。

来週末、マドリッドで行われるサックスアンサンブルコンクールの練習、それに加え
巨匠が再びマスタークラスでやってくるので、ノンストップ状態の我が科。
アンサンブルのほうは、サックスカルテット(もちろんピアノは含まれない)ので、私には関係ないが、課題曲に、ピアノ曲の編曲が入っているため、レッスンを頼まれ、授業外でレッスンをす日々。
まあ、これが結構楽しかったりするんだけれど、今週はこのほか、この夏の仕事の調整で少しパニックになりました。

結が生まれたとき、「1年間は緩めに演奏活動させてください」といったのだが、この夏で1年経過になるわけだな。
コンセルヴァトワールのほうは昨年の10月から完全復帰だけれど、演奏活動はまだまだ抑えている状態なのでそろそろスケジュール調整をしなくてはいけないのだが、夏、子供二人が夏休みに突入し、そんな二人を保育園やサマースクールに預けながら、家でさらって演奏会、こんなのに意味があるのか???と思っちゃったわけなのだ。

私は仕事以外のことは、結構、いろんな人に意見を聞いて結論を出す人なのだけれど、仕事に至っては、頑固なのでNoといったらNo,SiといったらSiな部分があり、あまり他人にも意見を求めない。
結局、やるのは自分、なので決めるのも自分、ってことなのだと思うのだけれど。

が、今回は例外中の例外。
初めてNadalに意見を求めた。
夏に演奏活動がある場合、第一の犠牲者は子供、そして第二の犠牲者はだんななのだ。

彼のいったことは「結局はやりたいか、やりたくないか、それで決めたら?」

オファーのあった中でこれはNo,というのはいくつかあるのだが、むむむ・・・と思わされたのがヴァイオリンとのDuoコンサート。
フェスティヴァルも魅力だし、プログラムも、最近めっきり現代曲に漬かりっきりの私の目の前にクロイツェルソナタ(ベートーヴェン)だのブラームスのソナタだの、よだれものがぶらさがる。
そりゃ弾きたい。
が、この仕事を引き受けた場合は8月がつぶれる。

世の中の2児以上を持つお母さんたちは、どうやってこの状況を切り抜けるのでしょうか。本当に知りたいです。
そんなの、仕事優先よ、といえちゃうのか、子供優先に決まってるじゃない、とすぱっと割り切れるのか。
今のところ、私は後者です。
仕事関係者に「意外すぎる」といわれているけれど、ナル一人のときはなんとかなった調整も、子供二人を預けてまで・・というのが頭の中でウワンウワンと鳴る日々。

多分、子供がどうのこうの、というより、私が彼らと一緒にいたいのね。
ピアニストはたくさんいるけれど、母親は一人、というのが持論。

結論は3月の第一週まで出さなくてはいけないので、まだ考える時間はあるのだが、さて、どんな結論になることか。


デジブック 『厳寒カーナバル』

2010年02月13日 | Weblog
久々に家に一人、という状況を楽しんでおります。
前から行きたかった、というロックコンサートに出かけたNadal。
明日の土曜日仕事が入っている私を気遣い、義母に二人の子供を預けお泊りさせてもらうことにし、私は夜7時から一人の夜、です!
う・・・うれしい・・・かも。

9時まで練習したあと、一人ご飯、一人ワイン。

今日は朝からいろいろありました。
そう、こちらはカーナバルです。
仮装です。
昨日は夜遅くまで娘の衣装作り、でした。
こういうの、苦手なんだけれど、でも今しかないよね、こんなこと。

作品はデジブックでどうぞ。


デジブック 『厳寒カーナバル』



譜読みと水族館パーティー

2010年02月08日 | 日常
土曜日、調子がいまいちの息子に風邪をうつされた私。
久々に頭がぼーっとして、鼻がずるずる、マヨルカに来てから花粉症になった私はこの季節はかなりきついのだが、そんな状態なのに譜読みをしなくてはいけなかったこの週末。

このたびいらした楽譜さんは、なんと私より年下の作曲家。
えー?この作曲家、まだ生きてんの???と言っていたのに、生きてるどころか年下。
もうどうにでもなれーーって感じです。
予想に反して、なかなかいい曲なのが憎い。一度この人にお会いしたい!と思えるくらいいい曲なのだが、風邪のときはあまり歓迎できない。
それでも夜の9時まで譜面に向かいました。
途中でナルが二階に上がってきて「手伝ってあげようか?」と声をかけてきたのには笑えた。
それほど切羽詰った顔をしていたのか?
気持ちだけ頂き、下へ行ってもらったけれどね。


そんなナル。今日日曜日は、クラスの友達の誕生日会にお呼ばれ。
クラスメイトのエリーナと、双子のアンナ、二人の誕生日。
今回は水族館でのパーティー。
ナルのクラス、つまりエリーナのクラスからは8名、アンナのクラスからは5名が招待されていたのだが
なんと、その中、男子たった2名。(招待客の名簿が招待状についていたので発覚)
出席か欠席か連絡しなくてはいけなかったので、ナルに「男の子二人だけみたいだけれど行く?」と聞いたら、スペイン語でだけれど
「行くよ、なにか問題が??」といわれてしまいました。
はい、問題はないんですが、そんなの嫌だよ、というのかと思ってさ。

1時半に水族館前で集合。
着くなり、海賊のバンダナを巻かれ、係りのお兄さん、そしてエリーナ、アンナの両親と共に、子供たちは水族館に消えていきました。
そうです。両親は来ちゃだめよー通達があったのです。おまかせして、ってことね。

なので、我々はお迎えの時間4時半まで、レストランで食事をし、海辺を散歩し、コーヒーを飲み、と、予定外の正しい日曜日を過ごしました。天気もよかったし。

4時半、元気に水族館を出てきたナルによると、鮫と追いかけっこをしたり(ありえーーん!)
誕生日ケーキの中に顔をつっこんだり、海賊船で海賊ごっこをしたりしたそうです。
よく分からんが、楽しそうでなにより。

帰ってからまた譜読みですが、昨日より頭がクリアーな分、進みも順調で、不安が少し解消。
あーいつまで続く、この地獄・・・・

雛人形騒動

2010年02月08日 | 日常


結の初節句のために、日本のじいちゃん、ふうちゃんが雛人形をプレゼントしてくれることになりました。

「送ったよ」と連絡をもらったのが1月20日。
まったくスペインの郵便事情を信用していないじいちゃん(これは正しい)、毎回エクスプレス便で送ってくれるのだが
今回も例外なく、13キロという超大荷物にも関わらず、大枚はたいてエクスプレス便で送ってくれました。

さて、1週間が経ち
2週間が経ち・・・

連絡なし。音沙汰なし。

どうなっているんだ?と、手元にあった控えを元に、今、この荷物がどこにあるのかネットで調査したじいちゃん。
そう、エクスプレス便だと、こういうことが可能なのね。

で、調査結果、なんとなんと、荷物は22日にマドリッドへ到着しているという。
国内に入ってからは、スペインサイドの仕事になるので、ここからが問題。

Nadalに事情を説明して、さらに追及してもらったら、なんと税関で引っかかっている、という話。

その翌日、「税関でひっかかったよーん。税金払えよーん。じゃないと渡せないぜい」という通知が来た。

税関に電話で聞いてみたら
「ギフトって書いてないんじゃないかな」
と説明されたので、その旨、じいちゃんへ連絡すると

即座に怒りの回答。
「ギフトって書いてある!毎回ギフトって書いている!!!!なに見てんだーーー!」

ま、この際、どちらが間違っているかを追求すると、十中八九、スペインサイドが間違っていることは分かっているのだが、一応確認・・と思った私が馬鹿であった。

今、この荷物はどこにあるんでしょうか?と聞くと、とっくにマヨルカ入りしているという。
なので、税関とコンタクトのあるNadalの会社に頼み、
「日本からじいさんとばあさんが孫娘のために買ってくれた人形なんだよね」と
説明してもらったら

これまたあっさりと「いいよいいよ、すぐに最寄の郵便局に送るよ」といわれた。

なんていい加減な税関。
ま、いい加減で助かったんだけれどね。

さて、もう届くね~とワクワクしていたのに、これまた届かない。
おーい、もうすぐそこに届いているんでしょ???なんで???と、これは、私も顔見知りの郵便局なので電話してみた。

「ユーコー、この荷物、すごーーーくでかいんだよ。バイクには乗らないんだよ。だから取りにきてよ」


・・・・・どんな田舎???(・・・ってこんな田舎なんだが)
バイクしかない配達システム。

週末しか取りに行かれないので、昨日の土曜日、Nadalが取りに行ってくれたのだが、本来、受取人(この場合、私)
が取りにいかれない場合は、受取人の身分証明書のコピーと、そこに一筆「行かれないので代理人に頼みます」と添えないと引き渡してはもらえないのだが、朝カタラン語だった私はそんなことをすっかり忘れて家を出てしまい、はっと思ったときはすでに遅し。
慌ててNadalに電話して「どうなった?」と聞いたら

「あっさり、あー、ユーコーね、これこれ」

で済んだらしい。
ここでもいい加減さに感謝。

それは、もう、とてつもなくでかい箱だったよ。
私のトランクじゃ入りきれない。Nadalの車で行って正解。

荷物を開けてみたら、ふうちゃんからの手紙が添えてあり、
「お店の人に聞いたら、初節句は節分の明けた始めの大安に飾るのがいいみたい。今年は2月7日日曜日。夕方ではなく朝飾るように」と書いてあり、本当にぎりぎりの到着でありました。

指示通り、今日の朝、飾ってみたけれど、これがまた難しい!
ナルの兜は、ものの5分もかからないで飾れるのに、雛人形って小物が多いのね。

1ヶ月近く、楽しめます。嬉しいね。


・・っていうか、非常に長くかかった、雛人形騒動、でした。

ハイチ救済コンサート

2010年02月01日 | 日常
ハイチで起こった地震救済のために、マヨルカ在住のチェリストたちがコンサートを行いました。
朝の9時から夜の9時まで、バッハの無伴奏チェロソナタをリレー形式で弾くコンサート。

知り合いから連絡を受け、ちょうどチェロをやっているナルがいるため、これはいい機会だ、と、土曜日、Nadalがナルを連れコンサートへ。

私は午前中、仕事だったため行かれなかったのだけれど、家へ帰ると、ナルが「午後も絶対行きたい」という。

で、午後は家族4人で。
5ユーロからの募金で行うこのコンサート、主催者の友人の話によると、私たちが行った午後6時の時点で5800ユーロ、コンサートが終わった9時で約7000ユーロが集まったそうです。
大成功だね。

飛び入り参加するか、といわれたナル。あんなにびっくりした顔をした息子の顔を初めて見ましたが、恐れ多いと思ってくれたらしく(すごくほっとした母)、「いや、練習が足りてないので弾かない」と辞退していました。
足りてない・・っていうか、このチャリティーコンサートで、今練習中の「蝶ちょ」を弾くわけにはいかないよねぇ。(ちなみにこれはわりとまともに弾けます)。

場所も目抜き通りに位置していたため、人が絶えず、雰囲気もよく、発起人の友人を誇りに思いました。かなり疲れてたけれど。
あの被害にたいして7000ユーロというのは微々たる額ではあるけれど、なにかの役に立ってくれれば・・・・と思わずにはいられません。

で、地震ですが、昨日の朝8時ごろ、このマヨルカで、そう、このマーヨールーカーで、

地震があったらしいよ。
私はそのころ仕事前でシャワーを浴びていたので気がつかなかったけれど、震度3だったらしく、揺れは体感できる震度だったらしいです。
問題は、まったく地震というのが非日常化の出来事のため、ここの住人は「あれ?昨日飲みすぎたか?」とか、「家具が揺れているけれど大きなトラックが家のそばを通ったのか?」とか、そういう感覚でスルーしてしまうこと。
いっときますが、この島、ハイチなみの地震が来たときは、すべての家はつぶれますよ。

震度3止まりで済むことを願うしかないね。