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ROSSさんの大阪ハクナマタタ



キリスト教主義の学校として日本で2番目に設立された関西学院は、1889年(明治22年)、米国の宣教師W. R. ランバスによって、神戸市灘区の王子公園近くに小さな神学校と中学からなる学院を開設したことに始まるという。

関西学院大学図書館



関東に対する関西は、明治時代に生まれた新しい言葉であり、当時「くゎんせい」と発音されていた学院の名称は、今も引き継がれていて、知らない人は「かんさい」でなく「かんせい」と聞いてビックリするようである。



ランバスは、中国上海で生まれ、米国で神学と医学を修めた宣教師兼医師で、関西学院を作る前に兵庫県庁の近くにある神戸栄光教会の牧師となっている。



この教会は、ランバスの時代から30年以上経った1922年に、日本の近代教会建築を代表する煉瓦造、ゴシック様式の教会堂として改築されたが、1995年の阪神大震災で惜しくも全壊してしまっている。



2004年には、煉瓦の外装を引き継いだ新教会が再建されているが、ランバスとの縁からか、この教会の歴代牧師は、今も関西学院大学神学部出身者が殆どであるという。



ランバスは関西学院の創立者であったが、学院創立2年後には帰国し、2代、3代と米国人の宣教師が校長として赴任していたようである。



1910年(明治43年)関西学院の第4代院長としてカナダ・メソジスト教会から赴任したベーツは、在職期間30年以上に及び、この間に現在のキャンパスである西宮上ヶ原への学院移転をするなど実質的創設者のような業績を残している。



こうした歴史的経緯から、関西学院では開校以来、キリスト教教育を重視するとともに、その神学部は同志社大学、東京神学大学と並び、日本のプロテスタント系指導者を育成する3大高等教育機関となっている。



戦後の関西学院は、商学部、社会学部、理学部と新学部を開設し、現在は8学部22学科を有する総合大学へと大きく成長している。



また、高等部と中学部という男子付属校制度があり、来年4月開校を目指して現在初等部を建築中というが、これらの付属校からは大学にほぼ全入制で進学できるため、人気を呼んでいるという。


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