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アメリカ東西旧車文化

2011年04月11日 | VINTAGE CARS

 ニューヨーク(東海岸)とカリフォルニア(西海岸)には大きな車文化の違いがある事が分かってきた。ニューヨーク周辺にはクラッシックカーを愛する人は多くいるがそこには壁がある様だ。ある特定の車種や高級クラッシックカーを維持する人たちは会員制クラブに属しており旧車全体のカテゴリーから見ると保守的な様相を形成している。良い意味もある、それはクラッシックカーの品位とオリジナリティーそして価格を保つ、常識外れの改造はご法度だ。いわゆる保存会というお金持ちの道楽同好会という感じなのかも知れない。その壁が壊れていないのがニューヨーク(東海岸)なのだとフォードの関係者から教わった。

 

 さて、一台また一台と車がやってくる。逞しいエンジンサウンドと共にコブラがやってきた。

1968 Chelby Cobra レプリカかと思ったがそうではない、本物。スキーやヨットなどのスポーツ感覚でスポーツカーに乗る。ステレオなどはない、エンジン、マフラー、風きり音がうるさいがそれが楽しいと語る。エンジンはオハイオ州でオーバーホール、そして自慢はダッシュボードのサイン。

 

 Maserati Mreak ,1980後期モデル  唯一のヨーロッパ車。このオーナーとは一番話が合った、スーパーカーブームの時代の知識がこんな時に役に立ったのだ。

 

オール アメリカンです。

 

 この白S2000のオーナーが一番のカーキチだった。まだ生まれていない自分の子供にこの車を引き継がせたいと...、でも君まだ結婚していないんだろ? しかし彼はS600、S800の存在を知らない、見た事もない。えっ、なにそれ?っていう感じ。

 

夫婦で乗りつけた1962 フォード ファーマーズ(百姓) トラック、うちの夫はこのトラックを ローングローング タイム(長い時間をかけて)探していたんだ... から始まって、イーベイのオークションで古い車を外見の美しさで選んだらトンでもない事になるという教訓を頂く。確かに近くで見ると塗装の下処理が悪いが、口で言う程気にしていないようにも見えた。

 

 実にの~んびりしたイベントだった、以外だったのは皆自分の車には詳しい、例えばアメ車のダッジならその系列、譲ってもアメ車まで。考えて見れば皆自分の車を自慢しに来ているのだった。

 帰り道を運転しながら、アメリカの東西の車文化を再考してみた、脳裏に感じたのは日本車の存在だ、日本の車がアメリカで良く売れるようになった1970年代からこの国では車に対する認識が大きく変わってきた、西側では運転する距離が長く燃費と信頼性が求められた、その期待に堪えたのが日本車だった。その日本車が浸透すると共に価値観が変わりクラッシックカー同好者の壁も低く薄くなってしまった。ところがこちら東部では日本車は白物、日常車であり、クラッシックカーとしての日本車は受け入れられていない、正確には受け入れたくない保守的な感情が存在する様にも感じる。クラッシックカーはヨーロッパ、アメリカの車文化であり日本車は主流にならないというプライドがあるのだろうか? 日本車の普及の結果西側では壁が崩れ、東側では壁が更に強固になったように感じた。

 しかし考え方を変えると大きなビジネス商機があると見る。西海岸は日本の旧車はその地位を確立しているが東海岸はまだない、これからだ。年配の自動車愛好家ではなく若い車好きな人達は70年代のビッグマッスルカーよりも70年代のジャパニーズスポーツカーの方がカッコイイと思うに違いない、彼らはその存在についてはまだ知らされていない。

 さあー若者達よアイパットをはずして車に乗ろう!


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