京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

雑草に土蜘蛛が隠れた

2011年08月02日 04時58分21秒 | 社寺


ここは、北野天満宮の隣(?)にある北野東向観音寺。
寺伝によると元のお寺は朝日寺といい延暦25年(806)に建立。
いまの観音寺になったのは、天暦元年(947)。
北野天満宮の奥之院的存在らしい。
本堂が東向になっているから「北野東向観音寺」となったそうです。
最初は、西向もあったそうですが、前の戦争(応仁の乱)の時に焼失し、西向の方は再建されなかったそうです。
斜向かいとかもあったのかな?





この「伴氏廟」ってなに?
調べてみました。
菅原道真さんのお母さんなんだそうです。
結構教育ママだったかな?
「ひさかたの 月の桂も 折るばかり 家の風をも 吹かせてしがな」
と詠んだ歌が『拾遺集』に残されている。



そしてこの雑草が土蜘蛛の塚。
夏の状態って初めて見るけど、すごい雑草だ。


↑2月ぐらいの雑草のない時の写真


↑8月の写真。比べると違うでしょ。(笑)

土蜘蛛は、古代日本で、天皇への恭順を表明しない土着の豪傑などに対する蔑称。
各地にたくさんそういう存在がいたのでしょう。
ひょっとして縄文人の生き残りかもしれない。
山奥なんかにひっそり生活していたのでしょう。
九州沿岸には海蜘蛛というのもいたらしい。



この塚が土蜘蛛由来というのはなんできまったのかな・・・。
なぞだな。
高札的にはそう書いてあるけどね。

ちなみに我が京女は、蜘蛛や百足、ゴキブリが苦手です。
でも海老や蟹は喜んで召し上がる。
なぞだな・・・。
ここだけの話やけど、京男は家で蜘蛛を見つけても捕まえたりしないのです。
ダニとか有害な昆虫を捕らえて食べてくれるからです。
家にでてくる程度の蜘蛛はなにも悪いことはしないですよね。
セアカゴケグモなら話は違いますが。


↑妖怪土蜘蛛絵図

そういえば小さい時、ジグモを観察していたことがある。
土から顔を出すのが面白くてね。
このクモ、鋏角に物体が触れると、条件反射でこれに噛み付くという習性がある。
たとえ自身の体であっても例外ではなく、強制的に鋏角を腹部の方に曲げてやると、自分の腹を顎で切り裂いてしまう。
ここから「サムライグモ」「ハラキリグモ」などと呼ばれることもある。
遊んだことありますか?

Twitter→@kyo_otoko
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6 コメント

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おはようございます (すー)
2011-08-02 05:01:14
伏見区に元の会社の近くに北向観音があります。

清水寺の情報ありがとうございます。
5日、調整します(^_^)ニコニコ
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>すーさん、おはようございます (京男)
2011-08-02 05:34:36
観音さん色んな方向に向かはるんですね。
5日は、5時半にはいかないといけませんよ。
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こんにちは (路渡カッパ)
2011-08-02 15:48:10
まさに平家物語の土蜘蛛伝説の舞台かな?

ジグモ獲りはよくやりました。そっと袋を引き上げて・・・
カラっぽも多かったので、当て物のような楽しさがあったような♪
ハラを切らしたことは無いけどね。
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>路渡カッパさん、こんばんは (京男)
2011-08-02 21:40:37
土蜘蛛って面白いですね。
小さい時ワクワクして本を見ていたんです。
あの蜘蛛はよく遊びましたよね。
いまの子供はしないでしょうね。
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こんばんは (まさみ)
2011-08-03 19:39:22
なつかしい!ジグモ!
袋を破ってクモを出して遊びました。
昔の子っていつもしゃがんで何かを探していましたよね。

クモ好きなので
嬉しい話題です。

土蜘蛛の塚。
草に埋もれて痛々しいような
これはこれで良いような・・・・・
いつかお参りしたいです。
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>まゆみさん、こんばんは (京男)
2011-08-03 20:10:44
ジグモで遊んでいたのですか。
クモ好きとは珍しい。
ジョロウグモをジットみていたのかな。
小さい時食べるものを探していましたよ。
椎とか栗とかアケビとか、蜜を吸う花とかね。
天満宮に側だから一度行ってみてください。
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