万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ウクライナからの対日接近は要注意

2023年01月09日 10時54分33秒 | 国際政治
 最近に至り、ウクライナから日本国へのアプローチが積極的になってきているようです。ゼレンスキー大統領が今月6日のビデオ演説で明らかにしたところによりますと、同大統領は、電話会談で岸田文雄首相に対して同国への訪問を要請した上で、安全保障分野での協力の拡大を求めたそうです。同国訪問については、岸田首相は検討するとして一先ずは前向きな姿勢を見せていますが、ウクライナからのアプローチには要注意ではないかと思うのです。

 そもそも日本国民の大多数は、自国の首相がゼレンスキー大統領と電話会談を行なっていた事実さえ知らなかったのではないかと思います。海外にあって同大統領がビデオ演説を介して公表しなければ、国民の知らぬ間に、日本国、さらには全世界の未来を左右するような重大な軍事面の関係強化が水面下で進められたかもしれません。この展開は、どこか、第二次世界大戦への導火線となった日独伊三国同盟の苦い経験を彷彿とさせます。ゼレンスキー大統領としては、電話会談の内容を公にすることで日本政府に圧力をかけようとしたのでしょうが、多くの日本国民は、両国のトップ間の動きに‘不穏な空気’を感じたことでしょう。

 安全保障分野における日ウ関係のウクライナ側の強化の主たる狙いは‘ロシアの挟み撃ち’にある、とする説明には確かに説得力があります。第二次世界大戦にあって、ソ連邦が日本国と日ソ中立条約を締結したのも、何としても二正面戦争を回避したいソ連邦の意向がありました(この点、日本国が真に戦争に勝利したければ、東南アジア方面に軍を展開させるのではなく、同条約を合法的に破棄し、ドイツと共にソ連邦を挟撃するという作戦もあったはず・・・)。しかしながら、ウクライナ側の安保協力の対日提案には、様々な疑問や問題があるように思えます。

 第一に、仮にマスメディアが報じるように、現在の戦況が、ウクライナ軍が圧倒的に優勢な状況にあるならば、敢えて日本国に接近し、二正面戦争の道を探る必要はないのではないか、というものです。ウクライナ優勢の報道が事実であれば、対日接近には別の意図があることとなりましょう。

第二に、同国が、日本国にロシアに対する何らかの軍事的な行動を期待しているとしますと、それは、日本国を同戦争に巻き込む思惑が潜んでいる可能性が示唆されます。多くの人々が既に指摘しているように、日本国はロシアから一方的に‘敵国認定’を受けることとなり、攻撃対象とされる可能性が高まるからです。日米同盟の存在を考慮すれば、それがアメリカを含む世界大戦への発展を意味することは明白です。ゼレンスキー大統領は、日本国を踏み台にして第三次世界大戦を引き起こしたいのでしょうか。

 第三に指摘すべきは、ウクライナは、2013年6月に中国との間に「中国ウクライナ友好協力条約」を締結している点です。同条約には、中国がウクライナを核攻撃しない旨を約束すると共に、「・・・またウクライナが核兵器の使用による侵略、あるいはこの種の侵略という脅威にさらされた場合、ウクライナに相応の安全保証を提供する」という一文があります。この一文の存在が、「ロシアに対して核兵器の使用を思いとどまらせているのは中国である」、とする説の根拠ともなってきました。仮に、ロシアがウクライナに対して核兵器を使用すれば、もしくは、使用しようとすれば、中国には、ロシアの核攻撃からウクライナを守る義務が生じ、ウクライナ側に立って参戦せざるをえなくなるからです(もっとも、‘核による報復’とは明記していないが、中国が、ロシアに対して核兵器を使用する可能性も生じる・・・)。もしくは、ロシア側が核兵器使用の可能性を明言している現時点でも、ウクライナは、中国に対して同条約の履行を要請できますので、中国はウクライナに核兵器や援軍を送らねばならなくなり、中国は、その友好国であるはずのロシアを敵としてウクライナ紛争に参戦するという複雑な事態となりましょう(こうした選択肢があるにもかかわらず、ゼレンスキー大統領は、なぜか、中国に対して援軍要請を行なっていない不思議・・・)。

 仮に、同条約が有効であるとしますと、日本国とウクライナとの安全保障分野での強力強化は、奇妙な事態を招きます。目下、日本国が直面している最大の軍事的脅威は、中国に他ならないからです。仮に、日中間において武力衝突が発生した場合、一体、ウクライナは、どのような態度を示すのでしょうか。ウクライナと中国との安全保障面における協力はテクノロジーの分野でも行なわれており、また、ウクライナは中国に対して武器輸出を行なっていた過去もあります(例えば、中国初の空母「遼寧」は、ソ連製の未完成品をウクライナから輸入して同国で完成させたもの・・・)。同条約の対象が核兵器に限定され、片務条約であるとはいえ、相互に戦略的パートナーシップと位置づけてきた安全保障面における両国間の密接な関係を考慮しますと、いざ、中国が日本国の安全を脅かす事態に至ったとしても、ウクライナ側が積極的に対日軍事支援を行なうとは思えません(むしろ、日本国の軍事情報が中国に筒抜けになるかもしれない・・・)。しかも、日中軍事衝突の発生は、日米同盟の発動を意味します。ウクライナは、自国に対する最大の支援国であるアメリカとの関係においても板挟みとなり、結局、局外中立を表明するのが関の山となるのではないでしょうか。

 もっとも、「中国ウクライナ友好協力条約」が結ばれたのは、親ロ派でありマイダン革命で失脚したヤヌコーヴィチ大統領の時代であるため、もとより順法精神に乏しい中国は、同条約を今や‘空文’と見なしているのかもしれません。ゼレンスキー大統領の対日接近も‘脱中国’への方向転換の表れなのかもしれないのですが、何れにしましても、同大統領の対日接近には、その真の目的が何であれ、日本国を上手に利用しようとする思惑が透けて見えるように思えるのです。

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