万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

プラットフォーマーに私的検閲権を認めるべきか?

2019年12月18日 14時58分13秒 | 国際政治
 本日の日経ビジネスの電子版に、「グーグル幹部が力説するプラットフォーマーの責任」と題するインタヴュー記事が掲載されておりました。話し手は、グーグルでトラスト&セーフティ統括バイスプレジデントを務めるクリスティ・カネガッロ氏なのですが、記事の内容を読みますと、どこか歯切れが悪いのです。

 とりわけ首を傾げてしまうのは、「国のトップがフェイクニュースを流すことへの対策はどうしているのか。」とする問いに対する回答です。冒頭で「我々は何が真実で何が真実でないかを判断する立場にいるとは思っていない。」と述べた後で口を濁してしまい、その後は、グーグル社で推進している「グーグルニュースイニシアチブ」の説明に話題を移してしまうのです。因みに、「グーグルニュースイニシアチブ」とは、報道機関との連携を強める協力枠組みであり、カネガッロ氏によれば日本国内でも、既に4000人以上の人々が‘トレーニング’を受けているそうです。‘トレーニング’という表現からしますと、双方向的で対等な‘協力’というよりも、‘イニシャチブ’という言葉が表すようにグーグル社が報道関係者に何らかの‘技’や‘ノウハウ’を一方的に教え込んでいるイメージが浮かんできます。何れにしましても、政府発のフェイクニュースに対する具体的な対策については語っていないのです。

 グーグル社がインタヴューに応じた理由は、おそらく、データの独占や私的検閲等の問題で高まるプラットフォーマーに対する風当たりを和らげたかったのでしょう。プラットフォーマーも、社会的責任を誠実に果たしている点を強調すれば、あるいは人々の猜疑心を晴らすことができると考えたのかもしれません。しかしながら、この狙い、回答をはぐらかしたのでは逆効果となるのではないかと思うのです。読者たちは、‘真摯に回答しようとしないグーグル社は、やはり怪しい’と思うようになるからです。

 そもそも、プラットフォーマーが国家発の‘フェイクニュースの真偽を判断する立場にない’とすれば、民間の一般の人々が発信した情報についても真偽の判断はできないはずです。情報の真偽を確認する作業は決して簡単なことではなく、ネット上にアップされたその瞬間に真偽を判別するのは人の能力を超えています。裁判のプロセスを見ても分かるように、事実認定を行うまでの間には、現場検証、証拠集め、関係者からの事情聴取など、時間を要する様々な手続きを要します。誰もが分かるような明確な嘘ではない限り、情報局の分析官ですら情報の真偽の判別は難しいのです(情報のプロでもしばしば偽情報を掴まされてしまう…)。AIであればできる!とする主張もありましょうが、判断材料としてインプットされたデータがフェイクであったり、あるいは、判断に不可欠となる重大な情報が欠けていたりすれば、真偽の判断を誤ることでしょう。データの取捨選択を人が主観に基づいて恣意的に行えば、結果を操作することもできるのです。

 加えて、フェイクニュースの発信者は、必ずしも悪意があるわけでもありません。特に危険回避のための情報、あるいは、知るべき事実ではあっても言葉にするのが憚られるような情報等については、善意や正義感からネット上で拡散されているもの少なくないのです。しかも、上述したように、プラットフォーマーによる真偽の判別が不可能、あるいは、不正確であれば、フェイクニュースを否定した側がフェイクニュースの流し手として罪を問われるケースもあり得ます。

 そして、同インタヴューで考えさせられるのは、質問者もそれに答える側も、国家のトップ、あるいは、政府が嘘を吐くことを認めていることです。政治的プロパガンダの大半は嘘混じりですし、特に日本国は、中国、北朝鮮、韓国等の近隣諸国の国家ぐるみの嘘に苦しめられてきました。国家の嘘が自明の事実であれば、グーグル社の上記の逃げ腰の回答は、‘弊社では、国家のトップの嘘についてはフェイクニュースの判定はしません’ということなのでしょう。そうであるならば、むしろ、正直に本音を述べた方が誠実な態度であり、人々の信頼をも勝ち得たのではないでしょうか。

 しかも、政府の嘘も然ることながら、同インタヴューでは、‘正規のソースから出てくる情報を優先的に提供する’とも語っております。この‘正規のソース’とは、マスメディアを意味するのでしょう。日本国内ではマスメディアに対する不信感が拡がっており、世界レベルでみても、国家のトップや政府のみならず、マスメディアも嘘をつきます。意図的ではないにせよ、誤報もあるのですから、‘正規のソース’が必ずしも事実であるとも限りません。

以上のインタヴュー内容を考慮しますと、プラットフォーマーは、国家とマスメディアの嘘は黙認すると言うことになりましょう。それでは、プラットフォーマーが国家とマスメディアの嘘を野放しにする一方で、社会的責任のみが強く求められるとなりますと、どのような事態が起きるのでしょうか。予測されるのは、一般の人々は、情報の発信者ではなく、ネット時代以前の受け手の立場に押し戻される共に、プラットフォーマーが私的検閲権を行使する社会の出現です。ネット時代とは、既存のマスコミを経由せず、人々がバイアスのかかっていない様々な情報に自由にアクセスし得る時代として歓迎されてきましたが、フェイクニュース対策を根拠としてプラットフォーマーとメディアがタッグを組むことにより、時代は過去に向かって逆転しかねないのです。

考えてもみますと、フェイクニュースに関する真の責任者は情報の発信者であって、それらの伝達手段をサービス業として提供しているプラットフォーマーが責任を負うべき問題ではないはずです。例えば、ある人が公衆の前でフェイクニュースを公言すれば、その責任は発言者自身に帰せられます。ところが、ネット時代の今日では、プラットフォーマー責任論が主流なのです(もっとも、最近公表されたデータ管理に関する国際ルールの試案では、プラットフォーマーの責任は軽減されている…)。逆説的に言えば、SNS上の書き込みに関してプラットフォーマーの責任を問わなければ、私的検閲権を認める必要もないと言うことにもなりましょう。このように考えますと、プラットフォーマーの私的検閲権に関しては、責任の解除による縮小の方向性での議論もあってよいはずなのです。

 なお、最後にグーグル社に対する不信感を強めたもう一つの理由を述べるとすれば、同インタヴューは、日本国内の一般ユーザー向けではなく、中国に向けたメッセージであった疑いがないわけではないからです。上述した「グーグルニュースイニシアチブ」も情報統制の手段に転じかねませんし、同インタヴューでは、‘(善悪の判断については)文化圏によって白黒が付きにくい状況が生じる’とも述べております。中国といった全体主義国では、メディアの嘘は日常茶飯事なのではないでしょうか(サーチナやレコードチャイナの記事にも明らかな嘘が多数混じっている…)。グーグル社は、中国市場への再参入を目指しているとも伝わりますが、逆効果を承知の上での有耶無耶な回答であるならば、それは日本国民向けの説明ではなく、メッセージの宛先は中国ではなかったかとも思うのです。

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