万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘移民から選ばれる国’は何故炎上したのか?

2023年09月04日 11時21分55秒 | 国際政治
 先日、8月12日に日本経済新聞の社説として掲載された記事が、ネット上で炎上を起こしたそうです。外国人基本法の制定を後押しする記事であったのですが、予想を越えて強い反発を招いた理由は、読者に対して‘移民から選ばれる国に変わろう’と訴えたからとされます。それでは、この主張の何処に読者の神経を逆なでした要因があるのでしょうか。

 同社説の炎上要因は、おそらく選ぶ側と選ばれる側との関係における、自由と権利に関する非対称性、あるいは、非対等性に求められるように思えます。おとぎ話の世界では、白馬に乗った王子様が登場し、そのお妃選びが主軸となって物語が展開するケースが少なくありません(かのシンデレラをはじめ、白雪姫や眠り姫など・・・)。中世を舞台とした物語の多くは、お城を構える君主や領主が世襲によってその地位や権力を継承していた封建時代を背景としております。このため、王子様に好意を持たれ、選ばれれば、妃の地位と名誉を手にし、生涯に亘って華麗なる生活も約束されたのです。それ故に、こうしたおとぎ話は、自らの利己的な野望を達成しようとする野心的な女性ではなく(シンデレラの姉たちのように得てして悪役・・・)、純真な心をもつ気立ての善い女性が選ばれるハッピーエンドをもって、子供達も安心して読める説話として仕立てられていたと言えましょう(因果応報を説く仏教的な説話にも通じるのでは・・・)。

 いささか主題から外れてしまったかのようなのですが、中世のおとぎ話は、選ぶ側と選ばれる側の関係性を考える教材ともなり得ます。何故ならば、他者を選ぶ自由や権利は、位階秩序にあっては上位にある‘選ぶ側’のみにあるのであり、下位に位置する‘選ばれる側’には一切の自由も権利もないからです。しかも、‘王子様’は、他者の内面までも見抜く能力に長けており、善良な魂の持ち主であるからこそ、自らの自由意思で善良な女性を選んでいます。言い換えますと、これらのおとぎ話のストーリーは、位階秩序並びに主人公達の善良性を前提としているのであり、誰もが結末に納得するのも、この前提があってこそなのです。

 それでは、今日の移民と受け入れ国側との関係はどうでしょうか。現代という時代にあっては、一方の側のみに他者を選ぶ自由や権利を認めることは、アンフェアで差別的な行為と見なされます。例えば、婚姻では当事者間の合意が必要となりますし、‘選ばれる側’にも拒否する自由も権利もあります。選抜手続きを経る入学や入社等にあっても、まずもって自発的な志願がありますし、仮に‘選ばれた’としても辞退したり、将来的に退学や退社をする自由や権利を留保しています。またその一方で、選んだ側にも、関係性を続けることが困難と判断された場合には、離婚、退学処分、解雇など、途中で関係を断ったり、組織から退出させる自由や権利も認められているのです。一方の意思で関係性を強制することは人権侵害であり、双方ともに、自己決定権の行使として辞めたり、離脱する選択肢が保障されているのです。

 今日、個人の意思や自己に関する決定権を相互に尊重し、‘嫌ならば我慢せずに辞めるべき’、という方向に時代が流れているとしますと、‘移民に選ばれる国に変わろう’という呼びかけは、時代に逆流しているようにも思えます。一方的に移民の側に対してのみ他国に移住する自由と権利を認め、受け入れ国側の移民を選ぶ自由も権利も無視しているからです。商品や奴隷のように‘あなたは一方的に選ばれる立場にある’と言われれば、誰もが不快に思うことでしょう。しかも、移民は、‘白馬に乗った王子様’でもありませんし、必ずしも善良であるとも限りません(現実が証明するように、移民の増加は得てして治安の悪化要因となる・・・)。日経新聞の社説がネットにおいて炎上したのも、受け入れ国側の国民の不快感を誘発したからなのでしょう。移民の側のみに選択権を与え、受け入れ国側を‘選ばれる側’と見なすことは、後者を不公平に扱い、差別していると言わざるを得ないからです。

 移民優遇政策は、おそらく世界権力の政策方針なのでしょうが、それが犯罪を理由とした強制送還であれ、移民に対して帰国を求めようものなら差別として糾弾されかねないのが現状です。受け入れ国側の正当かつ公平な権利、すなわち、移民の受け入れを拒否したり、移民に対して出国や離脱を求める権利を認めようとしない態度こそ、受け入れ国側に対する巧妙に隠された差別なのではないかと思うのです。

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