万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中小国が戦争ができない時代の最大の戦争リスクとは

2023年05月26日 11時00分00秒 | 国際政治
 核拡散防止条約に基づくNPT体制にあって、核を保有している国は、(1)1966年までの間に核実験に成功した国、(2)同条約に未加盟の国、並びに、(3)同条約からの脱退を一方的に宣言した国の凡そ三者に分けることができます。(1)がアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の五カ国、(2)がインド、パキスタン、イスラエルとなり、そして(3)のケースは北朝鮮となります。

 時限的条件の充足により核保有国となった諸国は、国連安保理常任理事国と重なるため、核保有国=安保理常任理事国=国際秩序の擁護者というイメージがあります。実際に、核兵器国に不拡散に関する義務を負わせているため、同条約の作成に際しては、合法的な核保有国とは、国連憲章において国際社会の平和を維持する責務を負う軍事大国、即ち、安保理常任理事国であるべき、とする暗黙の合意があったのかもしれません。しかしながら、敢えて条文に核兵器国の条件として安保理常任理事国の資格を明記しなかったのには、何らかの思惑が隠されていたとも推測されます(核開発に遅れをとっていた中国やイスラエル等への配慮?)。

 何れにしましても、NPT体制の目的は、核兵器の中小諸国への不拡散にあります。とは申しますものの、軍事大国には核保有が許されて、中小諸国には許さない、とする基本的なスタンスの背景には、‘理性的な秩序や平和に対する意識の低い中小諸国に核を持たせては‘危ない’、‘何をしでかすか分からない’といった一種の蔑視や偏見が潜んでいたことには否めないように思えます。かくして核の拡散は危険とする認識が固定化される一方で、NPTの成立から凡そ半世紀が過ぎた今日、人類を世界大戦の戦渦に巻き込んできたのは、国際の平和に対して責務を担ってきたはずの大国を操る世界権力であったとする認識が急速に広がっているように思えます。そもそも、現代という時代にあっては、中小諸国は最早戦争はできないのですから。

 中小諸国が戦争ができない理由は、先ずもって莫大なコストがかかるからです。それは、兵器の価格を見れば一目瞭然です。ミサイル発射の単価は億単位であり、海上自衛隊に装備されているSM-3迎撃ミサイルに至っては凡そ20億円ともされます。高額な兵器価格は、財力に乏しい中小諸国には戦争継続能力がないに等しいことを意味します。仮に、隣国との地域的紛争であれ、中小諸国が戦争に訴えれば、ローテク戦争ではない限り、数ヶ月を経ずして軍資金が底をつき、国家破産してしまうのです。

 戦争による財政破綻の時期は、軍事大国からの兵器輸入によりさらに早まります。ハイテク兵器が戦争の勝敗を決する今日では、中小諸国の大多数がハイテク兵器開発能力に欠けていますので、戦いで勝利を収めるには相手国よりも高性能の武器を手に入れざるを得ません。このため、双方共に、高額の先端兵器を軍事大国から競うように輸入しようとすることでしょう。そして、その末路は容易に予測できます。国家破産が早まるのみならず、戦争当事国の双方が、ハイテク兵器の凄まじい破壊力によって国土が焦土と化し、多くの国民の命も失われることでしょう。あるいは、たとえ戦勝国とはなっても、戦後、長期に亘って戦争債務の返済に苦しむことになります。ウクライナが戦争を継続できるのは、NATOとの代理戦争の側面があるために日本国を含めた多額の資金援助があり、しかも、それは、世界権力によるシナリオの一部であるからなのでしょう(ウクライナは特別な国・・・)。

 その一方で、軍事大国は、巨大な軍需産業を抱える故に、戦争はビジネスの好機となります。この側面は、ロスチャイルド家がワーテルローの戦いに関する情報操作で巨万の富を手にしたように、戦時国債の引き受けや戦争関連株への投資によって金融・経済財閥が戦争利権を掌握するようになった近代戦争の特徴の一つとも言えるかもしれません。そして、ロバート・ケネディJr氏が指摘しているように、アメリカが戦争を引き起こすために秘密裏に工作活動を続けてきた理由も、莫大な戦争利権にあるのでしょう。今般のウクライナ紛争では、西側マスメディアはロシアの脅威のみを強調していますが、戦争によって利益を得る国は、ロシアであれ、アメリカであれ、何れも軍事大国なのです。そして、急速な軍拡によって兵器産業を育て、かつ、台湾の武力併合を公言する中国もまた、軍事大国にして戦争利得国家の一国と言えましょう。

 経済力並びに軍事テクノロジーの格差から戦争という選択肢が中小国からほぼ消えた今日、これらの諸国が直面している最大の危機とは、世界権力の傀儡と化している軍事大国によって戦争に引き込まれるリスクなのではないでしょうか。中小国にとっては、中小国相互の紛争が発生するリスクよりも、軍事大国によって戦争利権の犠牲に供されるリスクの方が遥かに高いのです。良識的な弱者による暴虐な強者の制御は、人類が抱えてきた難しい課題でもあります。

 こうした危機は、軍事大国に対して中小諸国が何らの効果的な抑止力を有していない現状に由来しています。この点に鑑みますと、NPT体制は、「核なき平和」の理想視するあまりに、むしろ中小諸国から対軍事大国の抑止力を合法的に奪い、国際社会の安定と安全を損ねているように思えます。軍事大国が、非核兵器国である中小諸国に対して「核なき世界」をアピールするほど、世界権力による戦争誘発工作を隠すための偽善的な策略なのではないかと疑うのです。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 日本国のNATO加盟の行方 | トップ | 日本版CDC法案が示唆する忍び... »
最新の画像もっと見る

国際政治」カテゴリの最新記事