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万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

NPT成立はマジックか?

2025年06月30日 11時56分04秒 | 国際政治
 NPTが成立した時、地球上から核の危機が去った、あるいは、低減されたとして安堵した人も少なくなかったことでしょう。しかしながら、今に至って考えてみますと、NPTは、人々を幻惑させたマジックであったようにも思えてきます。

 軍事の常識からすれば、最強兵器の独占は、それを有する者の勝利と支配を、そしてそれを有しない者の敗北と従属を意味します。例えば、江戸時代にあって徳川幕藩体制が凡そ300年に亘って安泰であったのも、島原の乱で見せつけた大筒の威力とその独占にあったとされます。因みに、この時使用された大筒は、幕府側がオランダ東インド会社に特注して製造させたものです。また、世界史の大局から見れば、アジア・アフリカが西欧列強の分割の対象となり、植民地支配体制が確立したのも、近代科学技術の発展が、西欧諸国に兵器に関する圧倒的な優位性を与えたからに他なりません。力が支配する時代には、優位兵器の独占は、戦争のみならず、体制をも決定してしまうのです。

 この歴史が証している厳粛なる事実は、否定のしようがないように思えるのですが、NPTが成立するに至る1960年代後半を見ますと、多くの諸国、とりわけ、核放棄を自発的に放棄した非核兵器国は、すっかり最強兵器の意味するところを忘れていたようです。この‘無警戒ぶり’は、1994年にNPTに加盟したウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンよりも深刻です。何故ならば、曲がりなりにもソ連邦の一部であったこれらの諸国は、アメリカ、イギリス、ロシア等と「ブダベスト覚書」を締結し、核放棄後の自らの安全の保障を核兵器保有国に求めたからです。見方を変えますと、同覚書は、非核兵器国の安全を保障し得るのは、核兵器国しかないことを示していたとも言えましょう(最早、自衛は不可能・・・)。

 1968年にNPTが採択され、その後、多くの諸国が同体制に参加したのは、同条約の成立に奔走した人々が、平和を全面的に打ち出し、核兵器に対する恐怖心をかき立てたからなのでしょう。核兵器が全世界の諸国に拡散すれば、無法国家やテロ支援国家も手にするようになり、国際社会は、常に予測不可能な核の脅威に晒されるとする、核の恐怖に訴える作戦です。NPTを推進した核保有国が、催眠術をかけるかの如くに自らがもたらす脅威を忘却させたという点において、この説得術は、マジックとでも言うべき絶大な心理的な効果を発揮したようです。実際に多くの諸国は、核の脅威=核の拡散という等式を信じ込むようになったのですから。

 しかしながら、核の脅威とは、核の拡散とイコールなのでしょうか。NPT成立後にあって、冷戦を背景に米ソ間の軍拡競争は激しさを増し、核弾頭数を見れば、核を独占する軍事大国の保有数は大幅に増加しています。近年に至っては、軍事力の増強を図ってきた中国が保有する核弾頭数も飛躍的に増えており、核保有国に対して義務としている核軍縮交渉の条文も今や空文と化しています。ロシアや中国をはじめ、核保有国は核兵器を自らの軍事戦略に組み込んでいるのですから、核の抑止力を持たない非核兵器国の安全は、むしろ核軍拡に邁進する核兵器国によって脅かされていると言えましょう。軍事力の格差は、拡大する一方なのです。この現実を白日の下にさらされたのが、ロシアの軍事介入に始まるウクライナ戦争であったと言えるのかも知れません。ウクライナのケースでは、アメリカをはじめとした‘西側諸国’の強力なサポートがありますが、こうした軍事的なバックを欠く国では、核兵器国の前ではひとたまりもないことでしょう。

 今後、いずれかの国が、核兵器に優る破壊力を有する兵器の開発に成功した場合、それが生物化学兵器であれ、指向性エネルギー兵器であれ、宇宙兵器であれ、国際社会は、その拡散の脅威を平和の名の下でアピールし、一部の開発成功国のみにその合法的な保有を認めるのでしょうか。この事態を想定してみますと、NPTの成立が、如何に常軌を逸した出来事であったのかが理解されましょう。主権平等の原則に基づく相互抑止体制による平和という選択肢もあるのですから、人類は、現実を直視し、‘NPTマジック’から目覚める必要があるのではないかと思うのです。

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