万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ドイツは人類普遍の罪を憎むべきでは?-イスラエル絶対支持の危うさ

2023年10月27日 12時26分10秒 | 国際政治
 イスラエル・ハマス戦争は、目下、イスラエルによるガザ地区空爆の非人道性に批判の声が上がる展開となっております。イスラエル支持一辺倒であったアメリカのバイデン大統領も、パレスチナ住民の保護並びに国際法の遵守を求め、若干の軌道修正を見せるようになりました。その一方で、ナチスによるユダヤ人迫害という負の歴史を背負ってきたドイツでは、今もなおユダヤ人批判はタブーであり、ジェノサイドとも称される人道上の危機を目の当たりにしても、なおもイスラエル支持の立場を頑なに維持しているそうです。ドイツの過去に対する贖罪意識に基づくイスラエルに対する無批判な態度は、果たして正しいのでしょうか。

 ドイツがイスラエルを無条件に支持する理由は、過去において自国の政府が行なったユダヤ人迫害に対して深い反省を示す必要があったからです。ニュルンベルグ国際軍事裁判におけるナチス幹部に対する法の裁きに留まらず、戦後一貫してサイモン・ウィーゼンタール・センター等のユダヤ人団体による責任追及並びに言論監視を受けてきました。国内法にあっても、ホロコーストの否定は刑法上の罪とされており(ドイツ刑法第130条)、反ユダヤ主義的な言動は取締の対象とされています。一つ間違えますと刑罰を科せられるのですから、こうした状況下にあっては、ドイツにあっては、ユダヤ人国家であるイスラエルを批判することが困難であることは容易に理解されるのです。

 2008年には、アンゲラ・メルケル首相も、イスラエルの国会にて「ドイツの歴史的責任は、私たちの国の国家理性です。つまり、イスラエルの安全は、ドイツ首相である私には必須のものであり、そこに議論の余地はありません」と述べ、イスラエル防衛に対するドイツの責任について言及しています。いわば、イスラエルの安全こそドイツの国家的使命と言わんばかりであり、同首相にとりましては、‘議論の余地’のない至上命題であったのでしょう。メルケル元首相の認識が現代のドイツを代表しているとすれば、今般の戦争にあっても、ハマスの攻撃からイスラエルを守ることが、国家理性が命じるドイツの義務ともなるのです。

 メルケル元首相の謝罪の言葉には、かのワイツゼッカー大統領の「荒れ野の40年」演説が思い起こされる格調の高さが窺えるのですが、その一方で、ユダヤ人、あるいは、イスラエルに対する責任の気負いは危うくもあります。何故ならば、‘罪を憎んで人を憎まず(Condemn the crime, not the person.)’という諺がありますが、ドイツの場合には、逆に‘人を憎んで罪を憎まず’となりかねないからです。つまり、ユダヤ人を迫害したナチス、並びに、自らの過去は憎むけれども、罪となる行為そのものは憎まない、あるいは、軽視するという倒錯です。

 ナチス・ドイツを憎む余りに、行なわれた行為の罪悪に関する考察を怠りますと、簡単にこうした倒錯が起きてしまいます。過去に罪を犯した者、そして、それを支持する者達に対する糾弾で満足し、普遍的な行為としての罪そのものについては、目を瞑ってしまうのです。ワイツゼッカー大統領は、「荒れ野の40年」演説にあって「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」と述べています。‘過去’を‘過去に行なわれた非人間的行為’と解しますと、この言葉は今や盲目的にイスラエルを支持する現在のドイツにこそ当てはまるのかもしれません。

 皮肉なことに、ナチスによる‘ホロコースト’がなければ、戦後おけるユダヤ人国家イスラエルは誕生しませんでした。国際社会は、‘ホロコースト’の悲劇が二度と起きないように、被害者となったユダヤ人が国家を建設することを認めたのですから。この因果関係は、しばしばヒトラー・ユダヤ人説や偽旗説との関連から指摘されるのですが、ホロコーストの存在がイスラエルの建国に関わる死活問題であるからこそ、憎むべきは‘人(反ユダヤ主義者)’でなければならなかったのでしょう。

 なお、ワイツゼッカー大統領は、演説の大半をホロコーストの悲劇に割きながらも、「中東情勢についての判断を下すさいには、ドイツ人がユダヤ人同胞にもたらした運命がイスラエルの建国のひき金となったこと、その際の諸条件が今日なおこの地域の人びとの重荷となり、人びとを危険に曝しているのだ、ということを考えていただきたい。」と述べることを忘れませんでした。パレスチナ人の犠牲に言及した点において、同大統領は、メルケル元大統領よりも公平かつ客観的な視点の持ち主であったようです。現在のイスラエルが過去のドイツと同様に人類普遍の非人道的な行為に及んでいる今日、ドイツは、その罪に目を瞑ってはならないのではないかと思うのです。


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