万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本政府の半導体支援策の最適解は日本企業支援では?

2021年11月24日 16時08分38秒 | 日本政治

 今日、’グローバル市場’では半導体の供給量が不足しており、日本国政府も国内の企業活動へのマイナス影響を懸念しているようです(あるいは「5G」整備のため?)。この事態を受けて設立されるのが、日本国内に製造拠点を設ける内外の半導体メーカーに補助金を支給する6000億円規模の基金です。同基金からの支援第1号となったのが、熊本県に新工場建設を建設するTSMC(台湾積体電路製造)であり、凡そ4000億円を支出されるそうです。そして、第2弾の候補として、今般、名前が挙がったのが、米マイクロン・テクノロジー、並びに、キオクシアホールディングスなのです。

 

 日本国政府としては、今後とも半導体需要の増加が見込まれることから、国内に供給源となる製造拠点を確保しておきたいということなのでしょう。しかしながら、この判断については、いささか疑問を感じます。何故ならば、半導体支援策とは、短期的な供給確保のみを基準として判断されるべきものではないように思えるからです。半導体の分野とは、それが産業の基盤であるだけに、複数の政策目的が重層的に重なっており、これらはしばしば二律背反の関係ともなります。そこで、複数の政策目的を比較考量しながら最適解を見出さなければならないのですが、以下に、外国企業への支援の是非に関して、関連する主たる政策領域において検討を加えてみることとしましょう。

 

 最初に、半導体の安定供給の実現という産業政策上の政策目的に照らしてみますと、今日の日本国政府による海外メーカーへの支援は同目的には適っています。しかも、大手ともなりますと、価格においても安価な提供が期待されますので、半導体を必要とする国内の事業者にも恩恵が及びます。政府は、この側面を強調することで海外企業への公費による巨額支援のベネフィットを説明しているとも言えましょう。

 

 それは、競争政策の視点からはどうでしょうか。競争政策については、グローバル市場と国内市場との二つのレベルで考える必要がありましょう。グローバル市場の競争からしますと、巨大企業への日本国政府による支援は、半導体市場の寡占化を促進することとなります。もっとも、台TSMCは世界ランキングで3位、米マイクロン・テクノロジーは同5位ですので、1位の米インテルや2位の韓サムスンに対する競争力の強化により、グローバル市場での競争が活性化するとの主張もありましょうが、日本企業が’蚊帳の外’となることは確かなことです。

 

 その一方で、国内市場における競争を見ますと、海外の大手半導体メーカーへの政府の支援は、ここでも自国企業の競争力を削ぐ結果となりかねません。日本企業最大手のキオクシアでさえ世界ランキングでは12位に過ぎませんので、公的支援によってTSMCやマイクロン・テクノロジー(エルビータ・メモリーは買収されて同社の子会社に…)の生産・供給能力が高まれば、同社の国内シェアはさらに低下するかもしれません。キオクシアも支援対象とされているものの、日本政府による海外企業支援策は、自国企業の弱体化を招きかねないのです。

 

もっとも、政府の支援による競争の歪みの問題は、民間企業同士のM&Aや投資でもありませんので、競争法の適用対象外とする反論もありましょう。しかしながら、たとえ競争法上の問題が問われないとしても、今度は、通商政策における政府支援の問題が待っています。何故ならば、WTOのルールでは、民間企業に対する政府補助は、公平で公正であるべき通商を歪めるとして、してはならない行為とされているからです。もっとも、同分野でも、今般の日本政府の支援は、半導体の安定供給が目的ですし、自国企業の輸出競争力の強化のためのものではありませんので、WTOのルールが禁じる政府補助ではないとする意見もあるかもしれません(日本国内の海外メーカーが製造した半導体が一切輸出されないとすれば、国内市場における海外企業製品のシェアの拡大は必至に…)。しかしながら、表向きの目的はどうであれ、公的補助金の支給は、現実として支援を受けた特定の企業の輸出競争力を高めますので、上述した競争政策における問題性と重なるのです。

 

また、仮に日本国政府が 「5G」の早期移行やDXによる自国の全面的なデジタル化を目指しているとしますと、半導体を海外製品に大きく依存する状態は、日本経済の基盤を外部勢力に押さえられてしまうことを意味します。今後は、政治問題に起因する半導体不足も発生しかねず、半導体が’産業のコメ’である以上、’兵糧攻め’にあう可能性も否定はできないのです。デジタル政策においても、海外メーカーの支援策は望ましいとは思われないのです。

 

そして、もう一つ、重要な点は、安全保障政策におけるリスクの問題です。半導体は、あらゆる産業の基盤となる故に、軍事面においても決定的な意味を持ちかねません。軍拡に邁進してきた中国にあっても、先端兵器の開発に置いて‘アキレス腱’とされるのが半導体であり、アメリカが経済制裁の対象としているのも、同国は、未だに半導体を完全に内製化し得る段階に至っていないからです。日本国もまた、半導体の海外企業依存は、安全保障上の弱点となりましょう(中国による台湾侵攻もあり得る…)。

 

 以上に述べてきましたように、半導体政策を決定するに際しては、様々な政策領域における比較考量を要します。そして、短期的な供給不足の改善のみならず、長期的な視野から関連するあらゆる政策分野から光を当ててみますと、海外メーカーへの支援策が最適解とは思えないのです。グローバル市場、並びに、国内市場における公正で公平な競争の実現、自国経済の自立性、並びに、安全保障上のリスクなどを勘案しますと、私見ではありますが、WTOにおいて問題視されていない現状からすれば(もっとも、今後、政府補助の在り方は議論を要するかもしれない…)、自国企業を対象とした集中的な支援が最適解なのではないかと思うのです。


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