秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年05月29日 | Weblog
第九章
回想マスター
アパートに、帰る気はしない。ただでさえ打ちのめされている孤独に、耐えられる筈がなかった。江美の足は、知らず知らずのうちに、居酒屋のマスターの店の前に、立っていた。格子戸を静かに開けると、マスターがテーブルの上を、拭いていた。江美に気付く。「江美ちゃん、どうしたの?今日は一人?顔色悪いよ。まあ、座ったら。おいしい番茶が、てに入ったんだ。」
江美は、カウンターに座った。自分のひじを枕がわりにして、暫く顔を伏せていた。マスターが暫くして、江美に声をかけた。「江美ちゃん、健ちゃんと、喧嘩でもした?」「ねえ、マスター、今日瑠美さんと、健二さんを見掛けたの。綺麗な人だったー。お似合いだった。ショック。立ち直れないよー」江美が顔を上げて、泣きそうな声で、マスターを見る。「江美ちゃん、あの二人のこと、詳しく知らないだろう。前に、健ちゃんが悪酔いした夜があったんだ。江美ちゃんと、知り合う前のことだけど」「健二さんに、聞いたことなかったよ。っていうか、私うまくしゃべれなくて、知りたいこと、何も聞けないまま、三ヵ月がすぎちゃったー馬鹿みたいでしょ」両手で湯飲みをつつんで、江美は一口番茶を飲む。「聞きたい」マスターは、そう言いながら、店の暖簾を、静かに中に戻す。
「健ちゃん、三年位前かなあー。瑠美ちゃんを助けたのは。」
「助けた?」
「瑠美ちゃんの、離婚話が縺れ込んで、あの子パニック障害になって、橋の上から飛びおりようとした時に、丁度健ちゃんが、仕事帰りに、通り掛かったんだ。健ちゃん、思わず駆け寄って、瑠美ちゃんを抱きしめて、言ったんだよ。」
「なんて?」
「とにかく、今は止めろ!警察にいろいろ聞かれるのは、俺だよ。宝くじ売り場が、あと10分で、閉まるんだ。今日までの販売なんだー。」「健二さんらしい」
江美は、クスッと笑った。マスターは、自分の愛用のカップにも番茶を注いだ。
「瑠美ちゃん、健ちゃんの説得の仕方が、あまりにも可笑しくなって、笑いだしたんだって。それで、健ちゃん、あのとおりのいい男だろう。瑠美ちゃんの一目ぼれだったんだ」「健二さんは」
「僕が思うのには、健ちゃん、関わった責任をとる性格なんだ。誰にでもね。だから、瑠美ちゃんのパニック障害を一緒に治してから、自分のやりたい事、ゆっくり考えるんじゃあないかなー。あれは、愛じゃなくて、責任感なんじゃあないかなあー」
江美の表情が、少し柔らいだ。マスターが続ける。「江美ちゃん、恋は、ゆっくり進めなくちゃー。しばらく、友達って感覚で、浅く広く、自分が向上する友達をたくさんつくりなよ。江美ちゃん、もう少し、おしゃれなんかもして、瑠美ちゃんを追い越してみるとかね。」
「マスター、それは絶対に無理だよ。マスターが亡くなった奥さんを、蘇らせない位に、ありえないよ」江美は、立ちあがった。「今日は、ありがとう。」「今日の話しは、健ちゃんには、内緒だよ」マスターは、笑いながら暖簾を掛けた。飲ま簾の文字が、外灯の明かりに揺れた。
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