第八章回想 光景
隣に隣接する、総合病院の駐車場の拡張工事の際に、共用の自動販売機が設置されている。雨の日も利用しやすいように、病院と施設を一階の吹き抜けの渡り廊下で、繋がっている。開放厳禁の透明なドアを開けると、病院にしては、おしゃれなテーブルと、椅子が並んでいる。この場所から丁度、病院の正面玄関が見える。江美はいつもの様に、カップのコーヒーを飲みながら、右手を握って頬に当て吹き抜ける風の心地よさに、ぼーっと玄関の方を眺めていた。休憩場の中央に植えられたヤシの木の間から、それは江美の視界の中に入ってきた。
正面玄関から、一人のスリムな女性が出て来た。駐車場の方を見ながら、携帯電話をかけている。胸元の大きく開いた花柄のブラウスが周りの目を集めている。「女優さんみたい。」江美は独り言を言いながら見ていた。やがて鮮やかな赤の色を放つ、一台のスポーツカーが、正面玄関に滑るように、横付けされた。健二だった。紛れもなく、それは健二だった。女性が健二に向けて笑みを浮かべながら、まっすぐに助手席のドアを開けた。彼女はスルリと助手席にすわり、健二に何か話して首を傾げて、うわめ使いに健二の瞳を見つめている。軽くエンジン音をたてて、健二は慣れたように、敷地内から走り去った。江美はただ、自分が今見た出来事に、呆気にとられていた。「瑠美さん、あの女性が瑠美さんなんだ。健二は、自分の車は持ってないって、会社のライトバンがあるって前に話してた。じゃあ、あの真っ赤な車は、瑠美さんのなの?江美の頭は、混乱していた。もう一度、コインを入れて、コーヒーをだす。一口、飲む。落ち着かない。膝が少し震えている。健二と彼女の、入り込めない空間が、ひしひしと伝わってきた。健二が彼女に向けた瞳、あんな風な健二を見た事がなかった。病院を後にする。電車の長椅子にもたれながら、江美は何の風景も、視野に入らなかった。洗いざらしのトレーナーの袖口が綻びかけていることに、気付いた位で、二人の光景が頭から離れない。
一人ぼっち、一人ぼっち。呪文のような透明な声が、どこかで聞こえてくる。いつもの街の風景が、西日の向こうに、スクリーンのように、流れていった。
隣に隣接する、総合病院の駐車場の拡張工事の際に、共用の自動販売機が設置されている。雨の日も利用しやすいように、病院と施設を一階の吹き抜けの渡り廊下で、繋がっている。開放厳禁の透明なドアを開けると、病院にしては、おしゃれなテーブルと、椅子が並んでいる。この場所から丁度、病院の正面玄関が見える。江美はいつもの様に、カップのコーヒーを飲みながら、右手を握って頬に当て吹き抜ける風の心地よさに、ぼーっと玄関の方を眺めていた。休憩場の中央に植えられたヤシの木の間から、それは江美の視界の中に入ってきた。
正面玄関から、一人のスリムな女性が出て来た。駐車場の方を見ながら、携帯電話をかけている。胸元の大きく開いた花柄のブラウスが周りの目を集めている。「女優さんみたい。」江美は独り言を言いながら見ていた。やがて鮮やかな赤の色を放つ、一台のスポーツカーが、正面玄関に滑るように、横付けされた。健二だった。紛れもなく、それは健二だった。女性が健二に向けて笑みを浮かべながら、まっすぐに助手席のドアを開けた。彼女はスルリと助手席にすわり、健二に何か話して首を傾げて、うわめ使いに健二の瞳を見つめている。軽くエンジン音をたてて、健二は慣れたように、敷地内から走り去った。江美はただ、自分が今見た出来事に、呆気にとられていた。「瑠美さん、あの女性が瑠美さんなんだ。健二は、自分の車は持ってないって、会社のライトバンがあるって前に話してた。じゃあ、あの真っ赤な車は、瑠美さんのなの?江美の頭は、混乱していた。もう一度、コインを入れて、コーヒーをだす。一口、飲む。落ち着かない。膝が少し震えている。健二と彼女の、入り込めない空間が、ひしひしと伝わってきた。健二が彼女に向けた瞳、あんな風な健二を見た事がなかった。病院を後にする。電車の長椅子にもたれながら、江美は何の風景も、視野に入らなかった。洗いざらしのトレーナーの袖口が綻びかけていることに、気付いた位で、二人の光景が頭から離れない。
一人ぼっち、一人ぼっち。呪文のような透明な声が、どこかで聞こえてくる。いつもの街の風景が、西日の向こうに、スクリーンのように、流れていった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます