秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 23  SA-NE著

2018年01月18日 | Weblog

「三社そば」の前を通り過ぎた。あの時の雪はすっかり消えていて、
少しだけ積み上げられた雪の残骸が、日陰らしき場所に残っていた。

国道にしては狭い幹線道路を進み、久保山と書かれた標識の方向にゆるやかに車は上がっていく。
見覚えのある家が見えた。しげ爺さんの家だ。
雪の消えた家は剥き出しになったトタン壁が現れて、少し貧相に見えた。

「今日は寄らないからね、しげ爺ちゃんには悪いけど、お年寄りは話が長引くからね
ちょっと声を掛けてあげたくても、何時間も話されたら、半日は潰れるからね~」

舗装された狭い道は所々がひび割れていた。数回目の分かれ道で
舗装されていない右の道を進んだ場所で、美香さんは車を停めた。

「私ね、前に帰省中にこの辺りにタケノコ狩りに来たのよ。夢中でタケノコ掘りながら
竹林を進んでいる内に道に迷ってね、上の方に光るモノがあって、必死で竹林を真っ直ぐに登ったの。
あの時は焦ったわ~袋は引っ掛けて破れるし、タケノコは半分位落とすし、散々だったわ」

美香さんは、ダッシュボードからチョコレートを出した。
「でね、倒れた茅の畦道にでてね、茅とか雑草を踏みつけながら光る方向目指して上がってきたら
森田くんの家の庭に出たの。あの時は私の人生最大のプチ遭難事件だったわ」

美香さんは、話しながら車を降りた。僕もすぐに降りた。美香さんは後部座席に乗せていた保冷ボックスから
ペットボトルのお茶を2本、取り出した。それを茶色の小さなリュックに詰めた。

「ここに車を置いてたら、邪魔にならないからね。ここが行き止まりだから。
この道を最初から知っていたら、プチ遭難はしなくて済んだのよ」
と言うと、車のロックをした。

何かの枝が無数に落ちていて、枝で形成された小高い丘が、幾層にも連なっていた。
「心配ないからね。5分も歩けば、すぐに着くからね」
美香さんはあっけらかんとした顔で笑い、リュックを背負って歩き出した。

「この土地は森田くんのお母さんちの物だよ。しげ爺ちゃんが話してたよ。
昔雇われて、杉の苗木を背負って一本一本植えて、だからここは誰の山とか
どこそこの山とか解っていて、役所の人達の測量なんてしげ爺ちゃんにしたら、笑い話らしいわ。

谷筋に沿って欅を境に杉の木、松の木を境に隣って言ってたわ。
どこの家も空き家になったり、高齢になったりで山を管理出来ないのよ。
行政が一斉に森林問題に取り組まないと、この村は荒廃の道をまっしぐらだわ!」

と言って拳を振り上げて振り向いて朗笑した。
僕の土地と言われても、全くピンとこなくて、どこか他人事の話の様に思えた。

美香さんは、折れて落ちた枝の上を、平気な顔をしてどんどん先を歩いて行く。
前方を右側に曲がった場所で、突然美香さんが、立ち止まった。
「うわぁ!最悪~道が無くなってるわ」と大声をあげて
すぐに冷静になって一人で頷いていた。

美香さんの声にびっくりして立ち止まると、テレビの台風中継で見た事のあった
土砂崩れの後らしい光景が広がっていた。僕は呆然と立ち尽くした。

「ちょっと回り道するよっ」
「回り道って美香さん、他の道を知っているんですか?」
と困惑しながら聞くと、美香さんは黒いホースを指差した。

「ホースは腐らないからね、必ず家の近くまで張っているから
川を挟まない場所だからこの杉林を真っ直ぐ下に行けば、大丈夫だと思うよ」
と言いながら、黒いホースを軽く片手で持ち上げた。

「もし、大丈夫でなかったら?」と聞くと
眉間に皺を寄せて、一瞬恐い顔になった。

「いちいち、理屈を並べていたら、何も前に進まないからねっ!
ここは東京ではないのだよっ!
全ての行動が自己責任っ!山で生きることはそういう事っ」
と声を張り上げて、すぐに笑っていた。男なのか女なのか、解らない時がある。

杉林の中を枝に掴まりながら、歩いた。
雑木や葛も繁っていて、転びそうになりながら、歩くと言うよりは上手に突っ立って滑っていた。

美香さんの背中が、杉の大木にすっぽりと隠れて、消えては現れる白装束の怒りっぽい忍者みたいに見えた。
「やったぁ!予想的中!森田くんのお屋敷です~!」

杉林の下の方で、美香さんの声が聞こえた。
何かの鳥が茂みから飛び立った。

木々の隙間から見えた空には一本の飛行機雲が
木と木を繋ぐ太い糸みたいに 真っ直ぐに伸びていた。

「遅いよっ!森田智志っ!」
美香さんの声が呼びごとみたいに、響いていた。











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