秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 24  SA-NE著

2018年01月19日 | Weblog


「想像はしてたけど、かなり悲惨な現状ね。庭が無くなってるわ~」
美香さんは庭らしき場所で、リュックを背負ったまま、立ち尽くしていた。

庭に面して、一軒の大きな茅葺き屋根の家が建っていた。
庭には枝や竹や腐った老木が倒れていて、池みたいな場所は、斜面から崩れ落ちた土砂で埋まっていた。

「ちょっとしたジャングルみたいだね」
美香さんは、そう言うと、腐って地面に落ちていた一本の老木に、腰を下ろした。

「お茶でも飲もうよ」

と言って、リュックからペットボトルのお茶を取り出して、僕に渡した。
「ここが、僕の母の家ですか…」

ボロボロになった茅葺き屋根には何かの草が生えていて、小さな枝になっていた。
苔も無数に貼り付いていた。木の雨戸の閉まったままの家の正面に立ち、僕は茫然としていた。

玄関先に取り付けられたオレンジ色のポストは、斜めに傾いていて、メール便の郵便物で溢れていた。
何通ものメール便が、地面の枯れ草の上に落ちていた。
タウンページの電話帳が数冊変色して、ボロボロになって置かれていた。
軒下の換気口の横には、大きな穴が空いていて、真っ暗な軒下の先には、床の土台がうっすらと見えていた。


「お母さん、賢い人だったんだね」
美香さんはチョコレートを一つ口に入れて、ホースの先を指差した。
「水がこないように、ジョイントの繋ぎ目で、ホースを抜いて置いてるわ」
「水がこないって?」

僕は言葉の意味を、理解出来ずに、ホースの先を見ていた。

「都会では水はコックを開けたら普通に出てくるでしょ
この村では殆んどの人が谷の水を個人で工面しているの。
高い山の方の谷から水をホースで何十メートルも引いてくるの。

冬は水が凍結してね、水道管も凍って破裂したり
氷の溶けた時の水圧で水道管が家の中で外れるの。
で、家の中に水が溢れて大変なことになるのよ。

だから、家の外でホースを外しておく。
お母さん、ちゃんと家を腐らせない為に、用意周到してたんだね。偉いよね」

美香さんは、またチョコレートを食べて話を続けた。

「プロパンガスも外しているし、電気メーターも無いし
誰にも迷惑かけない様に完全に身の回りを整理して、ここを出たんだね…」

僕は老木に座ったまま、母を想っていた。
母さんは、この場所で生まれて、この場所で育って
この場所で生計を経て、この場所で二人の親を看取った。
そして僕を生む為に、故郷を捨てた。母の35年の全てが詰まった
母の生きてきた至上の砦に僕はようやく、辿り着いた。

美香さんが、持っていたチョコレートを2つ、僕の手に乗せた。
美香さんは傍に落ちていた小枝を小石に当て、拍子をとりながら小さな声で何かのメロディを歌い出した。

お母さん、貴女の故郷は
遠い山にありました
辿り着くまで
巡り会うまで
僕は一人で 歩いてきました
お母さん、貴女の故郷は
星の綺麗な山でした
辿り着くまで
巡り会うまで
僕は一人で 歩いて来ました
僕はようやく、貴女に逢えました~~~

「美香さん、誰の曲ですか…」と聞くと

「今、即興で作ったっ!森田智志の応援ソング~♪」
と美香さんは手に持っていた小枝を僕にぶつけて、目に涙を浮かべて笑った。

僕はチョコレートを食べながら、無性に涙が出てきて、笑いながら泣いていた。

「家の中に入ってみよう」美香さんは涙を指で押さえて、立ち上がった。
僕はまだ泣いていた。

「森田智志っ、男は何回も泣くなっ!」
美香さんに睨まれた。

竹の鳴る高い音がした。
僕は深く息を吐いた。











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