花熟里(けじゅくり)の静かな日々

脳出血の後遺症で左半身麻痺。日々目する美しい自然、ちょっと気になること、健康管理などを書いてみます。

「半身マヒの改善」

2012年12月30日 12時01分12秒 | リハビリ・健康管理
私は、2008年9月に脳出血を発症し左半身マヒになりました。幸いにも、翌3月に職場に復帰し、現在まで4年強の間勤務しています。 通勤時には足に補助装具をつけ、杖を使っています。(会社内では装具を外し、杖もできるだけ使わないようにしています) また、週末に近所を散歩する時には装具は使いませんが、安全面からも杖は手放せません。

あと2日で5回目の正月を迎えます。 例年ならば、冬の寒い朝、通勤で最寄り駅までの歩行の時には、マヒしている左足が強く硬直し、一昔前のロボットのようなギコチナイ歩き方をしていましたが、今年は、例年以上に寒さが厳しいにも関わらず、今のところ、わずかな硬直は見られますが強い硬直はありません。週末の散歩の時、近所の方から体の動きが大変良くなってきたと言われたこともあります。 

リハビリは、毎朝起きた時と夜寝る前の各20分〜30分程度のストレッチと柔軟体操が主で、会社では短時間のストレッチや柔軟体操を毎日しています。 それと、週末の近所の1時間半~2時間の散歩(農家の直売所での野菜の購入、目にする花々や風景の写真撮影なども兼ねています)、7〜10日に1回のハリ治療も続けています。

身体的な現状は次のように感じています。
<運動機能>
・マヒそのものの程度は退院時とあまり変わっていない。
・体幹部のバランスの不安定さも退院時とあまり変わっていない。
・手足の動く機能は大分良くなった。
・歩く時、布団からの立ち上がりなど、体の動きが非常にスムーズになった。
・寒さによるマヒした手足の強い硬直はほとんど見られなくなった。
<感覚異常>
・手足が “冷たさや熱さ“ などを過剰に感じる感覚異常は変わっていない。
・顔面の疼痛は変わらない。即ち、顔面から首筋に “虫が這っているような“ 嫌な感
 覚が常にある。ただし、手足にあった同様な疼痛感覚は幸いにも解消している。

リハビリを行うときに心掛けていることは、(1)毎日、短時間でも行う、(2)ストレッチや柔軟体操は動きを大きく、ゆっくりと行う、(3)体の動かし方に時々変化を加えて見る、(4)体の動き等で疑問に思うことは医師の2ヶ月毎の診察時に確認する、などです。
マヒしていても動かし続けていけば、健常者のようにはならないまでも、少しづつ改善していくと信じ、これからもリハビリに工夫を加えていきたいと思っています。


【2012年12月30日  花熟里】
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『サザンカ(山茶花)の花と「童謡:たき火」』

2012年12月27日 16時28分31秒 | 自然
八重の白い花を始め様々な色のサザンカの花が見事です。

















“ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹。原産国:日本。学名も英名もサザンカ。 日本では四国の太平洋岸、九州の南半分から沖縄県の西表島にかけて生育する。台湾、中国、インドネシアなどに分布。花の少ない時期(11月~2月頃)に咲く貴重な花。花の色は赤、ピンク、白等。 花径は5~7cm。 サザンカは、花びらが1枚ずつ散る。ツバキは春に咲き、花びらが全部一緒に散る。 カンツバキ(寒椿)は、サザンカとツバキ との交雑園芸品。”



童謡:「たきび」

かきねの かきねの まがりかど
たき火だ たき火だ おちばたき
あたろうか あたろうよ
きたかぜ ぴいぷう  ふいている


さざんか さざんか 咲いた道
たき火だ たき火だ おちばたき
あたろうか あたろうよ
しもやけ お手々が もうかゆい


こがらし こがらし さむいみち
たき火だ たき火だ おちばたき
あたろうか あたろうよ
そうだん しながら あるいてく



<日野の歴史と民俗 138号(広報ひの)>

―「童謡たきび」誕生70年― 

日野市で後半生を過した詩人巽聖歌(たつみせいか1905〜73)の作品の中で、最も有名な童謡「たきび」は、昭和16年9月JOAK(現在のNHK)ラジオ「幼児の時間―うたのおけいこ」で放送するために依頼されて作られました。当時住んでいた中野区上高田の落ち葉炊きの風景を歌ったものです。作品の舞台といわれる上高田の鈴木家は、いまも当時のままの景観を残してくれていて、「たきびの歌発祥の地」という看板が立てられています。

作曲者の渡辺茂(1912〜2002年)は、国公立小学校で教鞭をとる傍ら、作曲家として活躍しました。「たきび」は29歳の時の作品で、渡辺茂にとっても第1作目の作品でした。代表作には、「ふしぎなポケット」「あくしゅでこんにちは」などがあり、聖歌の作品でも「めだかのくに」「キャベツのおやまに」などを作曲しています。「たきび」が今日まで愛されてきたことについては、渡辺の軽快なメロディーによるところも大きく、聖歌も「たきびは、曲がよかったんだよ」と語っています。

当初は、12月9日から3日間放送される予定でしたが、前日の12月8日に日米開戦を迎えてしまったため、戦時特別番組が組まれ、放送は2日間で打ち切られてしまいました。
当時の新聞をみると、ラジオの番組欄に午前10時から「幼児の時間」という番組があり、「うたのおけいこ」が放送される日があったことがわかります。12月9日のラジオ欄には、「うたのおけいこ」のみしか記載がありませんが、10日のラジオ欄には「うたのおけいこ「たきび(2)」」とあり、2日間放送が行なわれたことが分かります。放送予定だった11日には幼児の時間は「すすめ軍艦旗」という内容になっていて、「たきび」の放送はなかったようです。さらに、軍部からは、「たきびは攻撃目標になる」「落ち葉も貴重な資源、風呂ぐらいは焚ける」とクレームがいたということで、その後は放送できなくなってしまいました。

「たきび」の歌の放送再開は、戦後の昭和24年12月、やはり「幼児の時間―うたのおけいこ」でした。全国放送で行われ、軽快なリズムとともに各地に広まりました。巽聖歌が日野に転居してきたのは昭和23年10月ですから、「たきび」の巽聖歌として名声が広まったのは、日野に来てからのことだったわけです。
ただ、戦争中にも、東京高等女子師範学校で教鞭をとっていた戸倉ハルさんが考案した「たきびおゆうぎ」があり、戸倉先生に指導を受けた幼稚園の先生たちによって子どもたちに伝えられていたという事実があり、まったく歌われていなかったわけではないようです。子どもたちはとても喜んで「たきびおゆうぎ」をやっていたということですが、聖歌がこの事実を知っていたかどうかはわかりません。

「たきび」は、やがて小学校の音楽の教科書(1年生きせつのうた)に掲載されるようになりますが、消防署から「たきびを奨励するような歌は、防火教育上いかがなものか」というクレームがついたということです。「たきび」と同じ年に生まれた聖歌の長女やよひさんは、文部省の関係者が自宅に来て対策を協議していたことを覚えているそうです。やがて、挿絵に付添いの大人と水の入ったバケツを描くことで、この問題を解決しました。これは、現在に至るまで踏襲されています。

聖歌は、生前「たきび」を自らの代表作とは思っていないと語っていますが、作品を分析してみると、原風景としてこだわったふるさと岩手の「家垣根(いぐね)→垣根」、北国の人ならではの「北風ピープー」という表現、好んで使ったという「相談」という言葉など、巽聖歌の作品のエッセンスが豊富に取り入れられている作品であることがわかります。

聖歌の友人たちから「巽は死しても、たきびは死せず」といわれていたという逸話がありますが、平成23年12月たきびは誕生70年を迎えました。聖歌の没年(68歳)を越えて愛されつづけている「童謡たきび」は、今となってはやはり、巽聖歌の代表作といっていいでしょう。

平成18年に文化庁が選定した「親子で歌いつごう日本の歌百選」の中にも選ばれ、平成22年1月からは、JR中央線豊田駅の発着メロディーにもなっています。
現在では、ダイオキシンや煙の問題でたきびそのものが自由にできなくなってしまいましたが、かつてのわたし達の暮らしに「たきび」が身近な存在だったことを知らせる童謡としても、大切な歌となりました。



(2012年12月27日  花熟里)
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「かわいらしいランタナ(七変化)」

2012年12月25日 16時51分33秒 | 自然
民家の庭先でランタナの花を見かけました。 小さくて様々な色の花が次々
と変化してきますので見飽きません。
















“ランタナはクマツヅラ科の常緑小低木。中南米の亜熱帯アメリカが原産。
日本には 140年前の江戸時代の慶応3年(1867年)と言われている。
花期:6月~12月。赤、橙、黄、白など1cmにも満たない小さな花をたくさん
咲かせる。 和名はシチヘンゲ(七変化)。花の色が次第に変化することに
由来する。開花後、時間がたつと次第に花色が変わるため、同一花序でも外側
と内側では花色が異なる (内側が新しい)。 花期を終えると、最初は緑色、
やがて黒っぽい藍色に変わる たくさんの実(果実)をつける。この果実には
毒がある。”


(2012年12月25日  花熟里)
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「可憐なウインターコスモス(菊咲き栴檀草)の花」

2012年12月24日 11時46分54秒 | 自然

近所の空き地にウインターコスモスの可憐な花が咲いているのを見かけました。













“きく科せんだんぐさ属の多年草。 北アメリカ原産。 花期は10~12月。黄から
 白色の花を咲かせる。 黄にふち白もあり。コスモスが咲き終わる頃咲いてくる。
 花径3cm程度。 コスモスとは別の種類。花の咲いている姿が似ているので、ウイン
ターコスモスと言う名前がついている。” 



【2012年12月24日  花熟里】
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「シシユズ(獅子柚子)、 ホンユズ(本柚子)」

2012年12月23日 11時51分55秒 | 自然
21日は冬至で、YVでは温泉に柚子を浮かべている様子がたびたび放映されました。
民家の庭にシシユズ(獅子柚子)の実がなっています。 見るからに、いかめしい実
です。シシユズとかオニユズという名前が付けられているのも、納得します。 ユズ
という名前が着いていますが、ユズではなくブンタン(文旦)の仲間とか。 この家
のおばあさん(80歳代か?)が毎日庭の手入れをしており、散歩のときに時々話しを
します。このシシユズはジャムにするとのことでした。

近所の農家の庭先で野菜を販売していますが、ことしは本柚子が豊作だそうで、週末
に散歩で訪れるたびに本柚子を買って帰ります。 スーパーなどで売っている柚子とは
見栄えは劣りますが、農薬等を全く使わないとのことで、生食、柚子湯で利用してい
ます。勿論21日も柚子湯に入りました。我が家には柚子の良い香りが充満しています。


【12月16日撮影】





シシユズは左奥。右手前の大きなのはブンタン


【11月24日撮影】





【10月27日撮影】







“ミカン科ミカン属の常緑低木。ユズという名前がついているが、ブンタン(文旦)
の仲間。中国原産で奈良時代に日本に渡来。  姿かたちはまさに「獅子」のような
顔をしている。ユズのような強い香りは無く、ほのかに柑橘類の香りがする。5月~
6月ごろ、芳香のある白色の花を咲かせる。果実は直径20センチ以上、重さは
1キログラムくらい。果肉は酸味が強く、生食にはむかない。ジャムやマーマレード、
ゆず酒などに利用される。また、ダイダイのように正月に玄関などに飾ったりするの
に使われる。関東以西で栽培。商業生産はほとんどされていない。別名:「おにゆず
(鬼柚)」や「ジャガタラゆ(ジャガタラ柚)」。“



<ホンユズ(本柚子)>

農家の庭先で販売しているホンユズです。



“ミカン科ミカン属の常緑小高木。海外でも「ユズ」と呼ばれていル。原産地:中国
の揚子江上流。日本でも古くから各地で栽培され、寒さに強い事もあり、東北地方ま
で栽培が可能。主なな産地:高知県、徳島県、愛媛県。江戸時代頃より冬至に柚子を
浮かべた湯舟に入浴する習慣がある。”


【2012年12月23日 花熟里】
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