管総理は去る1月24日の通常国会の所信表明演説で、「明治の開国」と「戦後の開国」に
続き、TPP (環太平洋パートナーシップ協定)への参加を、第三の開国である「平成の開
国」と位置づけて、「2011年6月をめどに交渉参加の結論を出す」との方針を表明しまし
た。
TPPを第三の開国と認識するあたり、管総理はなかなか正直な方と思われます。第一の開
国「明治の開国」は米国のペリー提督率いる黒船艦隊の圧力によるものですし、第二の開
国「戦後の開国」は、太平洋戦争に負けてマッカーサー司令官のGHQによるものです。
そして、管総理が「TPP参加」を第三の開国と強調するのは、強大な農産物・畜産物の輸
出国である米国の圧力によるものであることを如実に表しているからにほかなりません。
オバマ大統領は2012年秋の大統領選挙に向けての実績作りの一環としてTPPへの参加を進
めているではないかと言われています。 環太平洋地域での米国の最も大きな農産物・畜
産物の輸出先である日本をTPPに引きずり込むことが、米国にとって、もっとも魅力ある
ものです。
中国の経済的な台頭、東シナ海・南シナ海への海洋権益確保への動きなどで沖縄米軍基地
の重要性をいやと言うほど知らされた外交音痴の菅民主党政権は、日本国民が切望する対
等な日米関係の構築ではなく、逆に米国に隷属することこそが日米同盟強化の証と単純に
受け取ってしまったようです。 第三の開国という言葉に酔いしれるばかりで、米国に追
随してTPP参加ばかりを声高に叫ぶ一方、‘参加することが本当に日本にとって良いのか
否’か、さらに、‘参加した場合、しなかった場合’については、どのような具体的な検
討がなされているのでしょうか。
内閣府、農水省、経産省の総論的な試算が発表されています。また、民主党政権の目玉で
ある行政刷新会議では、規制・制度の改革案が遅々ながらも検討されているようで、この
中にはTPP参加した場合に直面する分野への環境整備にもなるものがありそうです。 し
かし、4ヶ月後の6月に参加表明をするという前提ならば、総論ではなく、各分野で各々の
影響を克服する具体策を提示して国民に信を問う時期に来ていると思います。
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TPPでは加盟国相互の関税撤廃、輸入牛肉などの「非関税障壁」の撤廃、人材の流動化を
はじめ、投資・サービス分野での規制撤廃、知的財産の保護、政府調達の自由化などの各
分野での新しいルール作りが始まります。 要するに、「ヒト、モノ、カネ」の移動を原
則的には完全に自由化するというものです。
(工業分野)
もともと工業立国の日本では、原材料を輸入して製品を輸出するという貿易構造であり、
日本の輸入関税は多くが無税、または5%以下ですから、国際的に見ても不当に関税を高く
していることはなく、TPP参加で輸入価格の大幅な低下は期待できそうにありません。
逆に輸出先の関税撤廃による輸出拡大が期待できそうにも思えますが、日本製品はそもそ
も価格が高く、さら円高という為替での要因も加わり、韓国製品に太刀打ちできなくなっ
てきていることなどから、関税の撤廃で日本製品の大幅な量的拡大は期待できないと思い
ます。 また、工場の海外移転や外国企業への生産委託が益々進めば、日本の本社を経
由せずに、海外工場(現地法人)から直接に第3国に輸出する比率が大きくなる可能性が
あります。 TPPは事実上、経済や農業などの国境をなくするものですから、企業にとっ
ては、日本に本社を置く必然性がなくなります。 現在でも本社機能も一部ですが海外移
転が行われるようになってきていますので、TPP参加後には本社の場所や役割が大きく変
わってくる可能性もあります。 したがって、長い目で見れば、日本からの工業製品の輸
出が増大するとは必ずしも言えないと思われます。
(人材の流動化)
人材活用の自由化については、外国人労働者受け入れ自由化があります。 看護師や介護
師についてはインドネシア、フィリピンと個別の協定を結んで実施していますが、TPPで
は、参加国すべてが対象になります。 外国人労働者が増えてきた場合には、治安上の問
題も出てくると思います。 外国人労働者受け入れに対する国内の制度などの整備は進ん
でいるのでしょうか? 単純労働者だけではなく、専門職や研究者など、なあらゆる層
で人材の移動を自由化するのがTPPの基本理念でしょうから、これへの対応(法的、制度
的な面を含めて)が検討されているのでしょうか? 日本人の技術者や研究者などが外国
に行くのも増えてくると思われますので、日本国内で優秀な人材不足になる可能性もあり
ます。
(投資・サービス分野)
投資の自由化についてはどうでしょうか。 現在日本で外資が制限、または規制されて
いる分野でも原則、外資が参入できるようになるのがTPPの考えかたですから、TPP参加し
た場合には、分野の制限なく外資が参入してくるのものと思われます。 国家戦略や国家
安全保障との兼ね合いはどうなるのでしょうか?
(医療、金融、放送・通信、宇宙開発、エネルギー、不動産、建設、物流・運輸????)
裕福な外国人が安全で高度な医療を求めて日本に来るようになれば、医療機関は採算の良
い方を優先するようになり、一般の日本国民は病気になっても医療も受けられないことに
なるのではないか、などと不安になります。
外資による土地買い占め、たとえば、米国系中国人(または企業)が沖縄で土地を購入す
る場合にはどうするのか?
外国の巨大資本がマスコミの経営実権を握ったら、どういうことになるのか?
(調達)
公共工事への入札も以前から米国が閉鎖的と批判しています。 TPP参加すれば大規模な
公共工事や調達に米国の大企業が参入する可能性がありますが、入札において外国企業と
日本企業とでいかにして公平を期すか、大きな問題と思います。 言葉の問題、商習慣の
問題 など克服すべき課題は山ほどありそうです。外国企業との競争力をつけるのは良い
ことですが、日本企業が外国企業に敗退して、衰退していくことも考えられます。
(農業分野)
日本では農産物へは高い関税がかけられ国内産業を保護しています。コメ778%、小麦
252%、大麦256%、バター482%、落花生593%。 もし、関税が撤廃された場合には、国
内の農業が壊滅状態になると言うのがTPP反対論者の理由です。
関税が撤廃されて、安価な輸入米が出回るようになっても、日本の米は美味しく安全です
ので、国民の中には少々高価でも、国産の米にこだわる人もいると思います。 しか
し、日本の企業の海外移転などもあり、国力が低下し、日本人の所得水準も低下していく
可能性がありますので、大多数の日本人には高価な国産米には手が出なくなるのが現実の
姿だろうと思います。 多分、裕福な中国人が日本米を買いあさり、多くの裕福でない日
本国民は、安いものの安全性に問題のあるかもしれない輸入米を口にすることを余儀なく
されるのではないかと思っています。
野菜、果物など他の農産物も同じ運命でしょう。 なにしろ、日本の果物は世界で一番お
いしく、安全ですから。
補助金漬けに安住していた農業のほとんどは大打撃を受けますが、味や品質を工夫した農
業は生き残る可能性があります。 特に、‘地産地消’に目覚めた人が国産品を利用しま
すので。 しかし、こうした例は少数派であり、安価で安全性に問題があるかもしれない
輸入品を消費する多くの日本人の食の安全が保てなくなること、及び、食料不安になった
時に量の確保が出来るのか、の2点が大問題だと思っています。
また、米国牛肉の海綿状脳症(BSE)で、米国と日本の見解が異なったのは記憶に新しい
ところです。 日本の国内法での規制(検疫)とTPP協定との関係はどうなるのでしょう
か? TPP協定が国内法や国内の政策に優先するようなことになれば、食の安全が保てな
くなり大問題です。
上記はほんの一例にすぎませんが、TPP参加した場合には様々な問題に日本として独自の
対応できるのか不明です。 FTA (2国間の自由貿易協定)では、個別品目には例外、特例
を認められますが、TPPでは特例を認めないというのが原則だと思います。 参加国の経
済規模や経済構造を考えると、TPPは実質米国からの農・畜産物をはじめとする輸入完全
自由化と言えます。 韓国は米韓の2国FTSを選択しています。 日本も選択肢のある各国
との個別2国間のFTAを進め、TPPへの地ならしをしていくのが国益に沿っているのではな
いでしょうか。
マスコミも揃ってTPPへの積極的な参加を主張しています。 このままでは、TPP参加で世
論操作されそうで危険です。
政府は、TPP参加のロードマップ [いつ・何が・どうなる] 、影響 [プラス面とマイナ
ス面] 、対策を講じるべき分野とその内容 [特に、食の安全への取り組み、さらに食料
危機時対応] 、TPP協定と国内法の関係 などにつき、総論ではなく、個々に、具体的に
国民に説明すべきです。 その上で、衆議院を解散して国民に参加か否かを問うべきで
す。
◆TPPの動き
<参加国 4カ国>
2006/4 シンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイが経済連携協定を締結、
加盟国間で取引されるすべての品目(工業製品、農産物、金融・サービス)について、
2015年までに関税の100%撤廃を目指す。
<参加表明国 5カ国>
2008/11 オーストラリア、ペルー
2009/3 ベトナム
2009/11 米国
2010/10 マレーシア
参加ないし参加表明した9カ国は, 2011/11 ハワイでのAPEC(アジア太平洋経済協力会
議)首脳会議での交渉妥結を目指す。
<参加の意向を表明している国 2カ国>
カナダ、コロンビア
<参加を検討している国 >
メキシコ、タイ、日本、[韓国]、[中国]
◆内閣府が発表したTPPの影響◆
★農業分野(参加の場合)
・実質GDP 7兆9000億円(1.6%)減
・食料自給率 40% から 14% に減少
・雇用 340万人減
・生産 4兆1000億円減
(内訳)
米 90%減、 小麦 99%減、大麦 79%減、砂糖 100%減、牛肉 75%減、
牛乳乳製品加工 56%減、豚肉 70%減、鶏肉 20%減、鶏卵 17.5%減、
など計20品目 で4兆1000億円減
★産業分野(参加しない場合)
・実質GDP 10兆5000億円(1.53%)減
・雇用 81万2000人減
★マクロ経済
・実質 GDP 最大3兆2000億円(0.65%)増
(2011年1月29日 ☆きらきら星☆)