豊臣秀次は八幡山に城を築くとともに、山下町として職人や商人が住む街造りを進めた、というのがこの街の主流な成り立ちになるようだ。
八幡山(写真奥にかろうじて一部が入ってますね)は、山下町からはおおよそ北方向にあたり、その間を八幡堀が走る。琵琶湖の開けた湖水から、山下町を守るような位置にある。
それもあって、このような碁盤状の街が造られたのかもしれない。
都市の防御のための「鍵の手」上のクランクも無いし、道筋に緑を添える松は各家々の敷地内に植えられ、道幅一杯まで道路として利用できる。いかにも、商人の合理性を感じる。
新町通りには、大商人たちの屋敷が軒を連ねる。
森五郎兵衛邸。
こちらの主を始祖とする企業は、現在も現役で活躍中だという。
西川庄六邸。
木造の建築に違和感を感じさせるような要素は極力除かれている。
この街の水運の主力となったと思われる近江堀。
この日は、人も少なく長閑な姿を見る事ができた。
八幡山(写真奥にかろうじて一部が入ってますね)は、山下町からはおおよそ北方向にあたり、その間を八幡堀が走る。琵琶湖の開けた湖水から、山下町を守るような位置にある。
それもあって、このような碁盤状の街が造られたのかもしれない。
都市の防御のための「鍵の手」上のクランクも無いし、道筋に緑を添える松は各家々の敷地内に植えられ、道幅一杯まで道路として利用できる。いかにも、商人の合理性を感じる。
新町通りには、大商人たちの屋敷が軒を連ねる。
森五郎兵衛邸。
こちらの主を始祖とする企業は、現在も現役で活躍中だという。
西川庄六邸。
木造の建築に違和感を感じさせるような要素は極力除かれている。
この街の水運の主力となったと思われる近江堀。
この日は、人も少なく長閑な姿を見る事ができた。
近江商人の故里で
多くの建物が残されてますね
写真の八幡堀
ゴミと汚泥で臭気が酷く
一時は埋め立てられ駐車場として利用される事が決定していましたが
地元有志の努力によって今の美しさに蘇ってます
こんな感じなんですね。
自分のイメージより、
古い町並みが残っていそうです。
やはり、
滋賀は侮れません。
この街は、近年になってからの保存の努力を意識させますね。
ちょっとテーマパーク風になってしまう所が、惜しいのですが、そもそもそういう感じ方をする側に問題があるのかもしれません。
八幡堀は、水の動きが少ないのに、濁っていませんでした。
滋賀県は京都府の隣にあり「便覧」で爽快されている庭園の数も非常に多いです。
紅葉の時期の湖東三山のごった返しには、いささか参りましたが、それでも京都よりは人出が少ない(全体的には)のではと、思うのですが。
人出のなさのおかげで、すっきりといい構図になっています!
綺麗に剪定された松の木がちょうどいい感じです。
ああ、せっかく米原まで行ったんだったらあのあたりぶらつきたかったなあ。
台風でどうせ無理でしたね(笑)
この辺りは、観光スポットなのですが、暑さ厳しい8月の平日ともなると、写真のような姿になる一瞬もありました。
今、見てみればありがたい一瞬なのですが、街全体が鎮まったその時には、別にありがたいとも感じないでおりました。
我ながら、困ったものです。