『しゃばけ』シリーズの 畑中恵氏の『ゆめつげ』が
文庫になって書店に並んでいたので、
購入して<積読>していた。
(角川文庫、2008.4.25、552円)
いつものように 週に一度の治療院通いの時に
カバーをつけてバッグに入れて出かけ、
電車の中で いそいそと取り出す。
ちょうど 「神仏分離令」の(1)か(2)をアップしていた頃だった。
文庫本を開いたら そこに出てきたふたりの登場人物が、
神社の神官だったから、びっくりした(笑)。
というか、ホント、私って、中味を確認せずに買うんだね(爆)。

赤紫蘇の畑。 出荷直前?。 そろそろ安くなると思うよ!
弓月(ゆづき)と 信行(のぶゆき)という、川辺家の兄弟が出てくる。
ふたりは 清鏡神社の神官、という設定。
のっけから ふたりは 辻斬りらしい人物に追いかけられて
走っている。
「兄弟とも白の着物に浅黄(あさぎ)の袴(はかま)という
神官の日常着だったから、
走るには都合が良い。」(p5)
白い着物に、浅黄の袴。
これ、お坊さんと同じ!
なんでおんなじなんだろうね?!(笑)
やっぱり 以前は お坊さんと禰宜って
あちこち、一緒くただったのかな~?
「神仏分離令」を(3)まで書いて、またか? シツコイ! って?
まあ、そうおっしゃらずに、もう少し 付き合ってよ(笑)。
お坊さんと 禰宜さんの服装が同じ、って、面白いでしょ?!
父も 白い着物(白衣)を着て それから法衣を着て、袈裟を着けていた。
袴も持っていたけれど、
「めんどくさくってよう。」
とか言いながら、滅多に使わなかった。
暑がりの父は 夏は絶対に 袴なんか履く人じゃなかった。
夏には夏の、透きとおりそうな生地の袴があるはずだのに。
義兄はどうしてるんだろう?(汗)。。
師僧がああだったんだから、暑がり義兄もやっぱり。。。?(大汗!)

土色の畑や 緑の畑の中に 赤紫蘇の畑が出現すると すごく鮮やかに見える!
これは赤紫蘇の畑としては 当地では一番広い方。
この本に
「神仏習合が行き渡っている中、
多くの神社には 『神宮寺』と呼ばれる寺が
付属して 営まれている。」(P7)
とあるところまで読んだら、
そりゃあ、もう、電車の中で苦笑してたよ。
神仏習合、それこそが「神仏分離令」のテーマなんだからね(笑)。
「神宮寺」、お聞きになった事はあるだろうか?
実家の方にも 確かそんな名前のお寺さんがあったような気がするし、
「神宮寺」という地名さえ 聞いたことがあるように思う。
昔は お寺と神社がひっついて建っていて
神社とお寺とは 常に 何がしかの関わりをもって
共存していたと思う。
神仏分離令によって
寺と神社が カンペキなまでに分けられてしまった結果、
寺檀制度によって 檀家を失わなかった寺は
大打撃を蒙りながらも どうにか存続したが、
氏子を失ったとは思えないが、
収入が減ったというのか?
神社も衰退してしまった所が多かったらしい。
住職を失って
他の寺院の住職が兼務して
住職の仕事を勤めている寺院も増えたが
神官がそこに住まっていない神社、の方が
ずっとずっと増えたのではないか、と思っている。
私の父方の祖母の実家のお寺は
諏訪神社の横にひっついており、
こちらは お寺は潰れそうだが 神社はデカイ。
けれど そうでない神社も 多数あったはずで、
そういう所では 神社が潰れそうで
合祀、合祀を繰り返して なんとか消滅を免れたようだ。
当地も 大きな神社がひとつかふたつ 駅の方にあり、
わがムラの 地元の神社をはじめ 近所の小さな神社はどれも
お祭りのある日とかの 特別な時以外は
禰宜さんは お出ましにならない。
「神仏分離令で打撃を受けたのは
実は お寺ではなくて 収入の道を閉ざされた神社の方であった。」
と言う人にも 私は以前 会ったことがある。
神社も なかなか タイヘンだったようだ。
これは 時代の流れ、という波に洗われたギョーカイすべてに
言えることなのだろう。
それでも存続している。
それだけで 気高く 尊いことなのだ?

赤紫蘇の赤紫色は 美しいと思う。
たいていは、畑の隅にひと畝、あるいはひと畝の半分くらい 作っている。
自宅用だね。
私は歴史は好きだけど得意じゃない。
時代劇もあまり見ていないしね(笑)。
江戸時代の 神社やお寺が どういうものだったか、
もうすこし『ゆめつげ』を材料に 見ていきたいと思う。
おつきあいください。
でも、まあ、だんだんに、ね(笑)。
文庫になって書店に並んでいたので、
購入して<積読>していた。
(角川文庫、2008.4.25、552円)
いつものように 週に一度の治療院通いの時に
カバーをつけてバッグに入れて出かけ、
電車の中で いそいそと取り出す。
ちょうど 「神仏分離令」の(1)か(2)をアップしていた頃だった。
文庫本を開いたら そこに出てきたふたりの登場人物が、
神社の神官だったから、びっくりした(笑)。
というか、ホント、私って、中味を確認せずに買うんだね(爆)。

赤紫蘇の畑。 出荷直前?。 そろそろ安くなると思うよ!
弓月(ゆづき)と 信行(のぶゆき)という、川辺家の兄弟が出てくる。
ふたりは 清鏡神社の神官、という設定。
のっけから ふたりは 辻斬りらしい人物に追いかけられて
走っている。
「兄弟とも白の着物に浅黄(あさぎ)の袴(はかま)という
神官の日常着だったから、
走るには都合が良い。」(p5)
白い着物に、浅黄の袴。
これ、お坊さんと同じ!
なんでおんなじなんだろうね?!(笑)
やっぱり 以前は お坊さんと禰宜って
あちこち、一緒くただったのかな~?
「神仏分離令」を(3)まで書いて、またか? シツコイ! って?
まあ、そうおっしゃらずに、もう少し 付き合ってよ(笑)。
お坊さんと 禰宜さんの服装が同じ、って、面白いでしょ?!
父も 白い着物(白衣)を着て それから法衣を着て、袈裟を着けていた。
袴も持っていたけれど、
「めんどくさくってよう。」
とか言いながら、滅多に使わなかった。
暑がりの父は 夏は絶対に 袴なんか履く人じゃなかった。
夏には夏の、透きとおりそうな生地の袴があるはずだのに。
義兄はどうしてるんだろう?(汗)。。
師僧がああだったんだから、暑がり義兄もやっぱり。。。?(大汗!)

土色の畑や 緑の畑の中に 赤紫蘇の畑が出現すると すごく鮮やかに見える!
これは赤紫蘇の畑としては 当地では一番広い方。
この本に
「神仏習合が行き渡っている中、
多くの神社には 『神宮寺』と呼ばれる寺が
付属して 営まれている。」(P7)
とあるところまで読んだら、
そりゃあ、もう、電車の中で苦笑してたよ。
神仏習合、それこそが「神仏分離令」のテーマなんだからね(笑)。
「神宮寺」、お聞きになった事はあるだろうか?
実家の方にも 確かそんな名前のお寺さんがあったような気がするし、
「神宮寺」という地名さえ 聞いたことがあるように思う。
昔は お寺と神社がひっついて建っていて
神社とお寺とは 常に 何がしかの関わりをもって
共存していたと思う。
神仏分離令によって
寺と神社が カンペキなまでに分けられてしまった結果、
寺檀制度によって 檀家を失わなかった寺は
大打撃を蒙りながらも どうにか存続したが、
氏子を失ったとは思えないが、
収入が減ったというのか?
神社も衰退してしまった所が多かったらしい。
住職を失って
他の寺院の住職が兼務して
住職の仕事を勤めている寺院も増えたが
神官がそこに住まっていない神社、の方が
ずっとずっと増えたのではないか、と思っている。
私の父方の祖母の実家のお寺は
諏訪神社の横にひっついており、
こちらは お寺は潰れそうだが 神社はデカイ。
けれど そうでない神社も 多数あったはずで、
そういう所では 神社が潰れそうで
合祀、合祀を繰り返して なんとか消滅を免れたようだ。
当地も 大きな神社がひとつかふたつ 駅の方にあり、
わがムラの 地元の神社をはじめ 近所の小さな神社はどれも
お祭りのある日とかの 特別な時以外は
禰宜さんは お出ましにならない。
「神仏分離令で打撃を受けたのは
実は お寺ではなくて 収入の道を閉ざされた神社の方であった。」
と言う人にも 私は以前 会ったことがある。
神社も なかなか タイヘンだったようだ。
これは 時代の流れ、という波に洗われたギョーカイすべてに
言えることなのだろう。
それでも存続している。
それだけで 気高く 尊いことなのだ?

赤紫蘇の赤紫色は 美しいと思う。
たいていは、畑の隅にひと畝、あるいはひと畝の半分くらい 作っている。
自宅用だね。
私は歴史は好きだけど得意じゃない。
時代劇もあまり見ていないしね(笑)。
江戸時代の 神社やお寺が どういうものだったか、
もうすこし『ゆめつげ』を材料に 見ていきたいと思う。
おつきあいください。
でも、まあ、だんだんに、ね(笑)。