ーピアノ・レッスンーTHE PIANO
1993年 121分 オーストラリア
監督 ジェーン・カンピオン 音楽 マイケル・ナイマン ホリー・ハンター(エイダ)ハーベイ・カイテル(ベインズ)サム・ニール(スチュワート)アンナ・パキン(フローラ)
【解説】
19世紀半ばのニュージーランドを舞台に、ひとりの女と2人の男が一台のピアノを媒介にして展開する、三角関係の愛のドラマ。「スウィーティー」「エンジェル・アット・マイ・テーブル」に続くニュージーランド出身の女流監督ジェーン・カンピオンの長編第3作。製作はジェーン・チャップマン、撮影は「エンジェル・アット・マイ・テーブル」のスチュアート・ドライバー。音楽は「髪結いの亭主」のマイケル・ナイマンで、演奏はミュンヘン・フィルハーモニック(ピアノ・ソロはホリー・ハンター)。美術は「幸せの向う側」のアンドリュー・マッカルパイン、編集は監督の前2作も手がけたヴェロニカ・ジネット、衣装はジャネット・パターソンが担当。主演は「ザ・ファーム 法律事務所」のホリー・ハンター、「ライジング・サン」のハーヴェイ・カイテル、「ジュラシック・パーク」のサム・ニール。共演はオーディションで選ばれた子役のアンナ・パキンほか。93年度カンヌ映画祭パルムドール賞(オーストラリア映画として、また女性監督として初)、最優秀主演女優賞(ハンター)受賞作。93年度アカデミー賞脚本賞、主演女優賞(ハンター)、助演女優賞(パキン)受賞(映画.com)
【感想】
有名な作品です。
いまごろですが、これ、究極の女性映画じゃないでしょうか?
女はこんなふうに愛されたいかも…。
19世紀半ばのスコットランド。
6歳で話すことを止めてしまったエイダ(ホリー・ハンター)ですが、なぜ話すことを止めたか、なせシングルマザーなのか、映画の中では語られてはいません。
でも、大きなトラウマがあることは想像できます。
このころの女性は、自分で自分の人生を決めることができないんですものね。
しかし、エイダはピアノがあるので悲観的ではありません。
父が決めた縁談で、植民地だったニュージーランドの地主スチュワート(サム・ニール)のもとに、娘のフローラ(アンナ・パキン)と愛用のピアノと一緒に嫁ぎます。
おり悪く、荒天で岸に着いてもスチュワートからの迎えは無く、人夫たちも去ってしまいました。
娘とともに浜辺で野宿することになっても、エイダは気丈です。
そして次の日、ようやくスチュワートが人夫たちを連れて迎えに来ました。
しかし、ピアノは悪路を理由に置き去りにされます。
エイダはその仕打ちを許さず、夫に指も触れさせません。
エイダは、スチュワートの留守に、マオリ族と同化するように暮している近隣のイギリス人、ベインズ(ハーベイ・カイテル)に頼み込み、浜辺のピアノのあるところまで連れて行ってもらいました。
一心不乱にピアノを弾くエイダ。
それを飽きることなく見ていたベインズは、なにを感じたのでしょう。
スチュワートに自分の土地と引き換えにピアノを譲って欲しいともちかけました。
そして、エイダにピアノを教えて欲しいと。
エイダは、「字も読めない無教養な男に」と拒みますが、スチュワートは土地が手に入ったことを喜び、エイダに命令しました。
エイダはフローラを連れてベインズの元へ。
ベインズは、ただピアノを弾いてくれるだけでいいといました。
何日が経って、ベインズはエイダに欲望を覚え、黒鍵の数だけいうことを聞けば、ピアノは返すと言い出しました。
レッスンごとにベインズは服を脱ぐように要求し、その要求はどんどん激しくなり、とうとうピアノも弾かず、裸体でベインズのベッドに横たわるまでに。
フローラはその様子を壁の隙間からのぞき見ていました。
☆ネタバレ
ベインズは、エイダに対する行いが間違っていることに気が付き、良心の呵責に耐えかね、ピアノをスチュワートに返し、エイダにも来るなと言う。
しかし、エイダの恋心にも火がついていたのです。
エイダはベインズを訪ね、ベインズの辛い心のうちを聞きました。
そして、自分の激しい思いを伝えます。
二人は結ばれますが、その様子をスチュワートが盗み見していたのです。
会うことを禁じられ、ベインズも本国に帰るという朝、エイダはピアノの腱を抜き、ベインズへの愛をしたため、それをフローラに言付けました。
フローラは、ベインズのところへはいかず、スチューワートに密告します。
怒りに駆られたスチュワートがエイダを引きずり出し、斧でエイダの指を落としました。
その指をフローラに持たせ、ベインズのところまで届けさせます。
ベインズはフローラを保護しますが、その夜、銃を持ったスチュワートが現れ、エイダとフローラを連れて自分に見えないところへ連れて行くようにいいました。
ベインズ、エイダ、フローラは、上陸した浜辺から小舟に乗って船出しました。
途中、海にピアノを捨てようとエイダが言い出しました。
ピアノを捨てるときにロープがエイダの足に絡み付き、エイダも海に引き込まれていきます。
エイダは自分の意志で靴を脱ぎ、生きることを選びました。
そしてエイダは、イギリスの片隅で、ベインズとフローラと暮しています。
ベインズが作ってくれた義指でピアノを教えながら。
こっそり、発声の練習も始めました。
エイダって、すごく激しい気性の人間だと思う。
自分の意志でしゃべることを止めるって、すごい。
その気性が災いして、生きにくい環境を作って来たのでしょう。
父も、エイダをもてあましていたのでしょう。
でも、エイダには誰にも言えない辛い秘密があったのだと思う。
ピアノさえあれば、私は生きていけると思っていた…。
ところが、嫁ぎ先の夫は、ピアノにまるで理解が無い。
ピアノを弾くことさえ理解してくれたら、新生活を従順に始めるつもりだったと思う。
そこへ思いがけない人物、ベインズのような粗野で無教養な人間が、ピアノを弾くエイダを受け入れた。
二人は肉体だけではなく、心の結びつきも感じるようになって恋に落ちていくんですね。
そうなると、エイダ生来の激しい気性が抑えられなくなって、最後は指と引き換えの形で恋を手に入れてしまう。
代償は大きいけど、エイダはしあわせだったでしょう。
だから、依存していたピアノを捨てて、自分の意固地な過去も捨てて、新しい人生に踏み出す決心をしたんだと思う。
下手をしたら昼メロになるところ、女性監督の感性で、とても重厚な作品に仕上げていました。
荒れた海、どんよりしとした空。
泥道のジャングル。
泥だらけのドレスの裾。
素朴なマオリ族の人たちと対照的な顔の入れ墨。
印象に残るシーンが続きました。
気になるのはフローラの将来です。
母の不倫を許せなくて、母を裏切り、その結果が母を傷つけることになってしまって、彼女の心はどんなに傷ついたでしょう。
とても心配ですが、エイダとベインズが愛し合っていれば、その傷も乗り越えられるのではないかともいました。
フローラはエイダよりしたたかそうだし。
演じていたアンナ・パキンは第66回アカデミー賞の最年少助演女優賞を受賞しました。
ホリー・ハンターは、自分でこの役を取りに行ったらしく、自分でピアノを弾き、ラストの海に沈んでいくシーンも、スキューバーダイビングのトレーニングをしてのぞんだそうです。
ホリー・ハンターは同じく主演女優賞を獲得しています。
また、この作品はカンヌ映画祭のパルム・ドール、主演女優賞も受賞しています。
このピアノのテーマ曲、聞き覚えがあります。
いい曲ですね。
エイダの心の中を表しているような、美しいけど、さびしい曲です。
ハーベイ・カイテルが意外でした。
美女を寝取る役とは!!
これが、美男だとダメだったのでしょう。
配役の妙ですね。
女の情念を美しく描いた作品。
よかったです。