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一遍上人生誕地 宝厳寺の再建状況

2016年03月06日 | 伊予松山歴史散策


先日、私のブログにコメントを頂きました。
再建中の宝厳寺は、何時完成しますか?完成したらお参りに伺いますと。
現在の宝厳寺を紹介します。
新しく再建中の宝厳寺本堂で、平成28年3月4日撮影しましたのでご覧ください。

一遍上人の生誕地、宝厳寺(時宗)は平成25年8月10日、午後2時過ぎ不審火により本堂・庫裏が全焼し、国指定重要文化財「一遍上人立像」も焼失した。
平成26年12月22日、宝厳寺再建の計画が進み、再建鍬入れ式が行われ、本堂、上人堂、庫裏が再建工事中である。
宝厳寺の新しい建物は、庫裏の有った場所に本堂を、本堂のあった所に庫裏を再建、新たに本堂と庫裏の間に上人堂が造られている。
画像は、その様子、3月4日現在である。
なお、落慶法要は5月14日の予定。詳細は未だ決定していない。
参考事項:宝厳寺は、天智天皇の4年(665)国司乎智宿弥守興(おちのすくねもりおき)が建立、のち伏見天皇正応5年(1292)天台宗を時宗に改めた。
一遍上人は、延応元年(1239)、伊予豪族、河野通広の次男として宝厳寺で誕生、南無阿弥陀佛を唱え全国を遊行した時宗の開祖。
時宗の総本山は、神奈川県藤沢市の遊行寺である。


平成25年8月10日、午後2時過ぎ火災発生、撮影は、松山城天守最上階から私が撮影した。


焼失前の宝厳寺本堂。


平成26年12月22日、再建に向けて前進、再建工事の工が始まった。


平成26年12月22日、再建に向けて前進、鍬入れ式。


平成25年8月10日、不審火で全焼した宝厳寺、再建に向けてのお願い掲示板。


宝厳寺境内全景、右から、本堂、上人堂、庫裏。




再建中の宝厳寺本堂(焼失前にはここに庫裏があった)


新しく創建された「一遍上人堂」で既に完成している。


宝厳寺参道入り口で立派な寺号碑が建立してある。
終戦後まで道後の花街として栄えた街で当時は松枝町と呼ばれていた。


宝厳寺の山門で、火災は免れた。
コメント
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