EEKの紀行 春夏秋冬

紀行&散策を画像を交えた紹介です

龍穏寺の16日桜

2012年02月18日 | 伊予松山歴史散策
今日(18日)の松山市は、時折雪が舞い散る寒い一日、散髪に行ってきた。
毎年忘れるのが16日桜の開花時期である。松山市御幸一丁目にある龍穏寺に行ってきた。(松山大学御幸校舎の前にある)・・時より小雪が舞っていた。
画像で紹介する桜は非常に珍しい桜である。

小泉八雲が孝子桜として世界に紹介したことから有名になった。病父が桜を見ずに死ぬのは心残りだと言うので、子の吉平が祈願したところ旧正月16日に花が咲き、老父が長寿を得たという。桜の木は枯れたが孝子吉平の話として長く伝えられ、龍穏寺裏山の桜谷、吉平邸跡といわれるところにある早咲きの桜と天徳寺にある桜がこの名で呼ばれている。


龍穏寺の十六日桜にかかわる句
人の気を花に乗せゆく桜かな     松尾 芭蕉
又たくひ世は梅さかり此の桜     小林 一茶
うそのやうな十六日桜咲きにけり   正岡 子規
一枝に一輪十六日桜かな      河東碧梧桐
花に来て寺の田楽よばれけり     柳原 極堂
咲いて一輪ほんに一輪        種田山頭火

上記に記載した吉平邸跡と天徳寺にある桜の開花は3月中旬で、龍穏寺にある桜は旧暦1月16日頃に開花する。
吉平邸跡の16日桜は、松山市指定天然記念物

画像の桜は、龍穏寺の16日桜で、今日行ってみたが早く咲いた花は散っていた。
この桜は市指定天然記念物に指定されてない。がこの桜が本当の16日桜だと私は思う。

註:十六日桜の古いものは戦前山越の龍穏寺にあったが、戦災で焼け枯死した。
現在、前記2ヵ所のものは、龍穏寺からの株分けが元であるといわれているが、花期も遅く、十六日桜の形質を保ったものではなく、実生による変異品種のようである。・・松山市はこれを天然記念物に指定している・・変である。


龍穏寺本堂前にある「16日桜」・・16日桜の石碑と句碑がある


向かって左の桜の基に画像の石碑がある


龍穏寺の16日桜・・
この桜は華やかさは無く、吉平が病床のお父さんに是非桜を見せてやりたいと無理に念じその願いを叶えて厳寒の時期に咲いた桜そのものだ・・何か寂しさを感じる






龍穏寺山門前にある紅梅


向かって左の桜の後ろに16日桜を詠む句が建っている
コメント (1)
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