ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

初打ち

2009年01月17日 | 手打ち蕎麦打ち
新年初の研究会が吉井田学習センターで行われた。
暮れに膝を痛めてしまい予定していた年越しそばを打つ事が出来なかったので、今日はその分も含めて、福島の隠れた名産品信夫山の柚子で“ゆず切り”と“二八”を打つ必要があった。その為に今回は是が非でも一番乗りして準備から関わり、暗黙の権利獲得をして二度打ち、通常より10分ほど早く到着したが、既に先着者が台車で倉庫へ機材を取りに行く寸前ですべり込みセーフ。計画通り二度打つ事が出来たが、新年の初打ちにしては参加者が少ない10人で、初めに“ゆず切り”1Kgを打って二度目の“二八”650gの四つ出し頃からは自分一人だけの作業になり皆んなに迷惑をかけてしまった。
今日は初めから終わりまで全く慌しく過してしまったので、予定していた“ゆず切り”の工程撮影もすっかり失念して、家に帰ると今までに無かった酷い疲れを感じてしまったが何となく達成感もあった。と云うのも昨シーズンからの課題だった“ゆず切り”今シーズンは三回しか打ってなかったが、果汁も加えるBさん方式をアレンジして自分流の新たな方法が生出せた事かも知れない。前回の試食では「苦味が残る」の一部指摘もあったが、今回はほぼ全員「これはいい」「俺も今度打ってみよう」の声も聞かれたの一応満足した。