さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 アスワンからアブ・シンベルへ

2018年03月07日 | 海外旅行
イシス神殿見学の後に、アスワン・ハイ・ダムに寄ってからアブ・シンベルに向かいました。

まずは、イシス神殿への船着場脇にあるアスワン・ダムの堰堤を渡りました。

アスワンには二つのダムがあり、これは1901年に完成した下流部にある古い方のダムで、アスワン・ロウ・ダムとも呼ばれます。



ダム湖の中に浮かぶイシス神殿を望むことができました。



アスワン・ロウ・ダムの6.4km上流部に、1970年に完成したアスワン・ハイ・ダムがあります。ダムの入口には記念碑が置かれています。



アスワン・ハイ・ダムは、ナイル川の氾濫の防止と電力供給を目的として造られました。ダム湖であるナセル湖による農業用水の安定供給による砂漠の緑地化に効果があった反面、ナイル川の生態バランスを破壊したなどの批判もあります。



堰堤の中間部にある展望広場で下車して風景を眺めました。

アスワン・ハイ・ダムは、高さ111m、全長3600mの巨大ロックフィルダムです。



下流方向の眺め。



上流のダム湖は、長さ550km、面積は5250 km²。最大貯水量157km³の巨大な大きさを持ち、当時の大統領の名前からナセル湖と呼ばれています。

ナセル湖による水位の上昇によって水没することになったヌビアおよび古代エジプトの考古学的に重要な場所は、地区ごとに解体され、アブシンベルなどのより標高の高い場所に移転されました。また、ヌビア地域の集落も水没し、そこに住む数十万の人々は全て移転を余儀なくされました。



ダム近くに見えているのは、カラブシャ神殿です。古代エジプト新王国第18王朝の時代に建設され、プトレマイオス朝、古代ローマ帝国時代にかけて再建された、ヌビアの豊穣の神マンドゥリス(エジプトのホルス神に相当)を祀っています。



アスワン・ハイ・ダムの見学を終えると、いよいよアブ・シンベルに向かってのドライブが始まります。先回この区間は飛行機を利用したので、バス移動は初めてになります。砂漠の中を一直線に道路が続いています。

少し前までは、安全のために警官護衛の下でコンボイを組んでの移動が必要でした。およそ3時間のドライブの間、途中休憩ができないため、必要ならトイレはバス内でということになっていました。アブ・シンベルで宿泊しない場合には、1日でこの長距離を往復するというハードなスケジュールになってしまいました。

幸い、道路の途中には検問スポットが設けられているものの、今回はコンボイ移動は必要でなくなっており、途中休憩も1回挟まれるようになっていました。また、アブ・シンベルで一泊するので、スケジュールも楽なものになっています。



赤茶けた砂漠の中を走っていると、蜃気楼によって湖が出現しました。



砂漠の中の休憩所。簡単な施設ですが、長距離ドライブの間に、ノンストップではなくトイレが使えるのはありがたいことです。



簡単な売店もありました。

また、休憩所脇の砂漠では、訪問記念の砂を採ることができます。




砂漠の中に一直線に延びる道路。アスワン方向を見たものです。



この休憩所の前からは、蜃気楼を良く眺めることができました。



岩山の影が湖面に写っているように見えます。



ひと休みの後に砂漠の中のドライブを続けると、風化した岩山が見られるようになってきました。中には、きれいなピラミッド型をしているものもありました。



途中でナセル湖に近づくところがあって、砂漠の中に広がる湖面を眺めることができました。



砂漠の中のドライブがもう少し続きました。



砂漠の中に突然に街が現れてアブ・シンベルに到着しました。



再びナセル湖の湖畔に出ました。ナセル湖は、この先の国境を越えてスーダンまで広がっています。



アブ・シンベルのヌビア人の住居は、暑さ対策なのか、ドーム状の屋根を持つ独特の構造をしていました。





アスワン・ハイ・ダム出発後、3時間ほどのドライブの後にようやくアブ・シンベルに到着しました。

アスワンからアブ・シンベルへのバス移動は、先回の飛行機による移動とは違った面白さがありました。

アブシ・ンベルは、人口5万人ですが、観光客はアブ・シンベル神殿近くのホテルに泊まって、街は素通りすることになります。

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