クレムリン内部の見学を終えて、赤の広場に向かいました。
まずは、ヴァスクレンスキー門をくぐりました。
ヴァスクレンスキー門は、もともとは17世紀に造られたものですが軍事パレードの邪魔になるということで、1931年にスターリンの命令によって破壊されました。ソ連崩壊後の1995年に再建されました。
門をくぐると、赤の広場の眺めが広がりました。
赤の広場というと、ソ連時代の共産党のシンボルカ . . . 本文を読む
武器庫の見学の後に、クリムリン見学の中心地となる聖堂広場にやってきました。この広場は、文字通りに、幾つかの聖堂に囲まれて、ロシア正教の宗教的行事や皇帝の戴冠式などが行われてきました。
これは、ウスペンスキー大聖堂です。
クレムリンの中央に建つ聖堂で、かつてロシア帝国の国教大聖堂とされ、ロシア皇帝の戴冠式が行われました。
南口扉の上には、17世紀に描かれたフレスコ画に飾られています。
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順序が前後しますが、ポクロフスキー聖堂の内部に入ることができなかったため、バスに戻り時間調整のために救世主キリスト教教会を外から見学しました。
救世主キリスト教教会は、1812年の祖国戦争(対ナポレオン戦争)の勝利を記念して、国中から寄付を集めて建てられました。
続いて、クレムリンに向かいました。
手前の白く丸い門は、クフフィア門です。ここがメインの入場口になります。背後の望楼はトロイツ . . . 本文を読む
午前はトレチャコフ美術館、午後は赤の広場とクレムリンの見学になりました。まずは、赤の広場の南のはずれにあるポクロフスキー聖堂(ワシリー寺院)を訪れました。
写真の右がポクロフスキー聖堂で、左はクレムリンです。
ポクロフスキー聖堂は、1551年から1560年にかけて、イヴァン4世(雷帝)が、カザン・ハーンを捕虜とし勝利したことを記念して建立しました。ロシアの聖堂でもっとも美しい建物のひとつと . . . 本文を読む
トレチャコフ美術館見学の最後は、イコン絵画になります。ここのイコン絵画コレクションは、世界一といっても良いでしょう。
展示作品は多く、興味を持ってみました。作者や題名が判らないものが多いので、解説はガイドブックに載っていたもののみになります。
「ドミトリー・ソルンスキー」 12世紀末から13世紀初頭のモザイク画です。
「人の手によらない救世主」 12世紀後半 ノヴゴロド
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この日のモスクワ観光は、トレチャコフ美術館見学から始まりました。
モスクワで絵画が展示されている主な美術館としては、もう一つ、プーシキン記念美術館があります。こちらが印象派をはじめとする近代絵画を展示しているのに対し、トレチャコフ美術館ではロシア美術を専門に展示しています。
印象派の絵画は他でも見られるので、モスクワでは、トレチャコフ美術館を見学したいと思っていました。
トレチャコフ美術館は . . . 本文を読む
セルギエフ・ボサートの見学を終えて、最後の見学地になるモスクワにやってきました。
サンクトペテルブルクでは、ロシア帝国を思わせる優美な家並みが見られましたが、モスクワでは今は無きソビエト連邦を思い浮かべるいかつい建物が並んでいました。
外務省
ひときわ目立つ高層ビルで、スターリン・クラシック様式と呼ばれる建物です。
ニューヨークの摩天楼にコンプレックスを抱いたスターリンは、それに負 . . . 本文を読む
トロイツェ・セルギエフ大修道院内にある多くの建物の中でも、中心になっているのが、このウスペンスキー大聖堂です。この教会の中を見学することになりました。
ウスペンスキー大聖堂の中に入る前に、入り口左手を注意してみましょう。ボリス・ゴドゥノフとその家族が埋葬されている墓があります。
イワン4世(雷帝)が亡くなった後は、病身で知的にも劣る皇太子フョードルが即位しました。フョードル1世には政治担当 . . . 本文を読む
トロイツェ・セルギエフ大修道院内に入って、まずはトラベサ聖堂に入場することになりました。
トラベサ聖堂は、僧院食堂とも訳されますが、セルゲイの永眠三百年を記念して1686年から92年にかけて建設されました。
トラベサ聖堂の内部は、幸い撮影可能でした。
ダイニングルームに使われた広間のようです。
キリスト像も飾られていました。
広間の奥には、礼拝所が設けられています。
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スーズダリからモスクワへの移動の途中、セルギエフ・ポサードによりました。
セルギエフ・ポサードは、モスクワの北東70kmの位置にある「黄金の環」の町の一つです。
修道院の駐車場に入ると、聖セルギエフの像と、教会の塔が見えてきました。
近くに寄ると、聖セルギエフの像はなかなかの大きさがあります。
トロイツェ・セルギエフ大修道院の入り口。16世紀に造られた城壁に囲まれており、中の教会は . . . 本文を読む
スーズダリの見学を終えて、午後はウラジーミルに向かいました。
ウラジーミルはモスクワの北東約170kmに位置し、スーズダリからはバスで40分ほどの距離にあります。
ウラジーミルの歴史は、1108年に、キエフ・ルーシ王朝のウラジーミル・モノマフ公が要塞を築いたのが始まりで、孫の代にウラジーミル・スーズダリ公国の首都になりました。内乱や遊牧民の侵入でキエフの勢力が弱まると、1169年以降ルーシーの . . . 本文を読む
スパソ・エフフィミエフ修道院の見学を終えて、スーズダリの街の南に位置するクレムリン地区へバスで移動しました。
クレムリンというと、モウスクワの旧ロシア帝国の宮殿を思い浮かべますが、本来は、城塞という意味で、ロシアの古都はクレムリンを備えていました。
バスを下りると、クレムリン跡の土塁が現れました。
ロシアでは、さまざまな形の教会を見ることができますが、タマネギ型の塔と鐘楼が並ぶのが特徴的 . . . 本文を読む