ミュンヘンの町並みを眺めるため、ピーター教会に登りました。294段の階段を登ります。
フラウエン教会と新市庁舎の眺めにまず目を奪われます。ガイドブックなどでもお馴染みの構図です。
新市庁舎を上から見下ろします。
これは、また別な日の写真。
フラウエン教会。全景をみるには、この塔の上から見る必要があります。
旧市庁舎
別な日の眺め
広場には、バイエル地方名物のメ . . . 本文を読む
ミュンヘンはドイツ南部のバイエルン州の州都です。ベルリン、ハンブルクに次ぐドイツ第三位の都市で、商工業も盛んですが、ヴィッテルスバッハ家の宮廷都市として栄え、ヨーロッパ文化の中心地の一つになっています。
ミュンヘン中央駅を出てカールス門をくぐると、ミュンヘンの中心部になります。
フラウエン教会の、たまねぎ型の屋根をつけた二つの塔が頭上に覆い被さってきます。
フラウエン教会は、1468 . . . 本文を読む
連休の最終日、天気は下り坂のようです。家を出ると、すぐに雨が降り出しました。雨の日でもないと歩かないであろう、山麓をめぐる道を確認してみることにしました。
山頂を目指す道から分かれて、脇道に入ります。
カタクリが盛りになって、お花畑を作っていました。
カタクリは、この季節、そこらじゅうにあるため、このお花畑を目当てにこの道に入ってくる者はいません。
カタクリの花に、雨粒 . . . 本文を読む
晴天の天気予報にかけて、浅草岳の南に連なる鬼ヶ面山の北岳を登ることにしました。
朝の残雪のしまった時をねらって、早朝発で頑張りました。
浅草大橋のたもとから見る浅草山荘。その背後の尾根を登ります。豪雪地ですが、それでも黒っぽい藪が見えており、尾根の取り付きを慎重に考える必要があります。
建物を後ろにして左よりの尾根に取りつきました。少し急ですが、雪堤が続いており、歩きやすい状態でした。雪 . . . 本文を読む
土曜日のの晴天にかけて、金曜日は中越方面の山で様子見をすることにしました。雨は昼までに止むという天気予報を期待したのですが、結局、昼過ぎまで小雨が続き、お手軽な山として五日町近くの六万騎山を登りました。
登山口の案内板には、次のように書かれています。「六万騎城は、六万騎山の頂上標高321mにあり、上田長尾氏の武将福島大炊督の居城であった。本丸、出丸、諾丸の配置や全山の様相から兵六万収容可能と推定 . . . 本文を読む
ニュルンベルクの街を見下ろすようにカイザーブルクがあり、その城壁の下にデュラーの家があります。真ん中の少し小さい家です。現在は記念館になっています。
アルプレヒト・デューラーは、16世紀初頭に活躍したドイツを代表する大画家です。
背後に聳えるカイザーブルクの大要塞
場内に入っていきましょう。
ジンヴェル塔
1050年にハイリヒ3世が築城し、神聖ローマ時代においては、皇 . . . 本文を読む
今日は事情があって、山に行ってきました。
雪割草は、現在満開。カタクリの群落が広がりはじめました。その他の春の花も揃ってきました。
雪割草の写真をどうぞ。
カタクリも山裾から咲き始めています。
中には、白い筋が入って、ユリのように見えるものもありました。
ヤマネコノメ
コシノコバイモ
花は開きかけです。
ミチノクエ . . . 本文を読む
街中には川が流れ、岸辺にはワインハウスと貯水塔があります。
聖霊施療院
「ハンス・ザックス通り」の標識
ハンス・ザックスの像
ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」に登場するマイスター・ジンガー(親方歌手)で、若い騎士の恋を成就させるために、歌合戦で優勝するための指導をするという、バス歌手の重要な役どころになっています。
ハンス・ザックスは、1494年 ~15 . . . 本文を読む
日曜日には天気が回復するはずということで、南会津・昭和村の大仏山を登りに出かけました。会津百名山に選ばれていますが、登山道はなく、マイナーな山です。
少し遠いので、前夜発としましたが、夜中には吹雪になり、道路上を20センチほどの積雪が覆って、除雪車が出動しないと危険ということで、ほど良い場所を見つけて野宿しました。
幸い、夜中の積雪はそれ以上は多くならなかったようです。車を走らせ始めると除雪車 . . . 本文を読む
ニュルンベルクは、ドイツ南部のバイエルン州の第二の都市です。中世から続く都市ですが、この町の名前からは、思い浮かぶことがあります。
ひとつは、ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の舞台となった、ドイツ民衆芸術の発祥地。もうひとつは、ナチス党大会が行われ、ナチス・ドイツを象徴する都市になったことです。歴史の光と陰が交錯します。
駅を出ると、街を囲む城壁と塔を備えたケーニッヒ門が . . . 本文を読む
本降りの朝になったので山はあきらめていたところ、昼食を食べていると雨がやみました。
角田・弥彦山塊のまだ歩いていないコースへ、花の状態を見に行くことにしました。花は開いていないでしょうけど、花の分布状態を知っておくのが目的です。
雪割草も、結構咲いていました。
開いていないのは、承知のうえなので、仕方がないですね。
キクバオウレンは、雨の中でも元気に咲いています。
中 . . . 本文を読む
先週の雪割草見物の時に出会った、その他の花です。
キクバオウレンは、早くも満開。
よくある花ですが、咲いている場所は限られているようです。
ナニワズ。
黄色の色はめだちますね。不思議なことに、マンサクは前日の雪山では出会いましたが、この日は目につかなかった。この一帯にも咲くことは確かなのですが。
コシノカンアオイ
ベニチャワンダケ
花ではなく、キノコですが。ちょっ . . . 本文を読む
ハイデルベルクの街をもう少し歩きましょう。
コンマルクト広場。 「穀物広場」を意味します。
広場の中央に立つのは、1718年に建てられたバロック様式のマドンナ像です。イエズス会が建立したものです。天使が槍をもって蛇を退治していますが、蛇はプロテスタントを意味しているといいます。
中世の都市防衛施設の遺構である、ヘクセントゥルム(魔女の塔)
騎士の舘
ハイデルベルクで残る民館と . . . 本文を読む
丸山は、栃尾の奧の守門岳の山裾にある山です。ひそかな人気のある入塩川から守門大岳への登山道はこの山の下を通過しています。
今回は、桑代山への林道を使い、その奥へと足を延ばしました。
最終集落の菅畑から先1kmほどが除雪されており助かりました。
小雪のちらつく天候でしたが、歩きには問題のない状態でした。
暖かい日が続いて、雪はグズグズになっており、スノーシューを履いても潜る状態でした。
. . . 本文を読む
旧市街を見下ろす高台には、かつてのプファルツ選帝侯の宮廷であった城跡が残されています。
プファルツ継承戦争の間にハイデルベルクは1688年と1693年の2回フランス軍に占領され、ほぼ完全に破壊されました。戦争の終結後に、バロック様式の建物が再建され、イエズス会修道士の住まいとなりました。
フリードリッヒ館
1607年にフリードリッヒ4世により建てられて以来、代々の選帝侯の居住館になりまし . . . 本文を読む